第198話『錬金術の秘訣』
アグニ達は昆虫型の怪物達と物理主体で戦いつつ、道中にある敵の少ない空洞で短い休息を繰り返していました。目的は、主にピエタがトガレフとの戦いで受けた傷の治療です。ペロッティはマナが少ない影響を受け、少し体調を崩してしまいました。アグニが必死に回復薬を飲ませるなどし、ペロッティの介護をします。
そんな中、クシャーダの知恵の一つ、血を使った錬金術、血性連金の習得に夢中になっていた漣が、ついにその才能を開花させました。
漣は握り拳を作り、出来上がった代物を高らかに持ち上げ、感情を爆発させています。
「出来たって何がです」
近くで休んでいたグラウスが漣に尋ねました。
「見て、グラウス。ほら、サツマイモ」
「それは中々素晴らしいですね。でも、食べられるんですか」
少し言葉を濁しつつ、グラウスは眉をしかめています。
「勿論、食べられるに決まってる! 私ができたんだから、グラウスだって、やれば出来るはずよっやってみてっだってあなたは魔法の天才でしょ」
「そうは言っても、一体どういう風に行えば・・・」
やや困惑気味なグラウスに、漣は地面に落ちていた小石を拾って差し出します。漣の暖かな白い手に触れつつ、グラウスは訝しげな表情で手にした小石をじっと見つめました。
「自分が作りたい物を、頭の中で明確に具現化して、そのイメージを魔力で作った白いキャンパスに書き込む感じで指先に集中させつつ、練り込んだ魔力を血にするっと移動させて、この小石に一滴垂らすのよ、やってみて」
その狂気に満ちた錬金手法を聞いたグラウスは一瞬怯えた表情をみせましたが、勇気を出して言われた通り、口に出して試してみました。
結果、グラウスが垂らした人差し指の血は小石に落ちた瞬間に石を包み込み、透明な容器に入った液体へとギュルギュルと音を立てて変化していきました。
「この液体は・・・水、かな。凄い、グラウスっこれと私のサツマイモで、飢えを凌げるじゃないっ」
漣は、全身で飢えから開放された喜びをグラウスに表現してみせました。
「キミ達、さっきから一体何をギャアギャア騒いでるんだい」
ピエタの回復を終えた勇者が、二人に声をかけます。
「聞いて、ルクレ。私達、錬金術で、芋と水が作れるようになったのよ。これでもう、柿の種から卒業できるっ」
話を聞いた勇者は少し感心した様子で、漣が作った紫色のひし形の芋と、グラウスが生成した容器に入った水を交互に手に取り、真贋を確認していました。
「芋はともかく、水かどうかわからないけど、この液体を飲むのは、ちょっと止めた方がいいね。毒がある可能性も捨てきれない。それにしても、漣はかなり時間がかかったみたいなのに、グラウス君は一回で出来たのか。キミって、確か錬金術が出来るよね? ひょっとして、それが関係あるんじゃないのかい」
そういうものでしょうか、ときょとんとした表情を浮かべるグラウスに「そうだよっうらやましいよ、錬金術が出来るなんてさっ」と、勇者はやや恨めしそうな表情で詰め寄りました。
「便利ですが、戦闘では使い物になりませんよ」
「いいかいグラウス君、伝説の勇者様、皆に尊敬されるべき高潔なる存在が、ありがたい話をしてあげよう。大事なのは、創意工夫だ。一見戦闘には不向きだと思ってても、実は滅茶苦茶使える能力ってのは結構ある。例えば僕の体を煙に変える力は、そのきっかけは、昔僕が賊に捕らえられたときに牢獄から抜け出す、それだけのために作ったものだったんだ」
「戦闘目的ではなかったんですか」
「あのときは逃げるのに必死でね。最初はそれ以外の使い道なんて無いと思ってたんだけど、今では、この僕にとって欠かせない能力の一つになっている。大切なのは、使い方だよ。キミが持つ破呪も、魔法精製も、錬金術も、場合によっては戦闘に利用できる可能性はあるってことさ」
「私の能力が、戦闘中にも、使えると・・・」
「錬金術って、色んな物が作れるんでしょ」
「錬金術とは、未知なる物を産み出す技術ですが、私は自分が使う薬程度しか錬金した経験がないんです」
「でも錬金術って、既存に存在する物同士を合成して、新たなる物を産み出すんでしょ。その力を戦いのときに上手く使えれば、即興で、戦闘に有利な道具とかを色々錬金できるようになるんじゃないかな」
「そうですかね? そんなこと、考えたこともありませんでしたね」
「少しは考えなよ、グラウス君はさ。ところで錬金術って、無機物同士を錬金することはできないわけ」
「無機物同士? どういう意味です、というか、空気って、無機物なんですか? というか、無機物って何ですか」
科学の知識に疎いグラウスに、博識な勇者が無機物と有機物の違いと、空気が無機物であることを親切丁寧に、地面に絵を描いて分かりやすく説明しました。その後、
「例えば、空気と魔力とか、生物体を構成してない物同士を組み合わせる、みたいなことはできないわけ」
「さあ、どうでしょう。試した事が無いので」
「なら、ラズルシャーチに着いたらでもいいから、試してみなよ。ひょっとしたら、何か凄い事ができちゃうかもしれないよ」
勇者は腕組みしてそう言い切りました。
「錬金術を、戦闘に使う、か・・・そんなこと、考えもしませんでしたね。そうですね、機会があれば試してみます」
このときの勇者の何気ない発言を、グラウスは思案し始めました。特に実態のない物同士、空気と魔力の錬金、という点に、元々向学心旺盛な若きエクソシストは強い関心を示しました。




