第178話『人の神』
アンシャーリーは自らの目の前に刀と甲冑を出現させました。
「リッヒ・・・我が息子よ。あなたには、この甲冑と、刀を授けます」
リッヒは立派な甲冑と、名刀正宗を、アンシャーリーからもらいました。
「こっこれは・・・?」
「リッヒ・・・・あなたは伝説の竜人で、私の子供。唯一私の産んだドラゴン達を完全に使役出来る存在です。くれぐれもドラゴン達を可愛がって、大事に育ててあげてくださいね」
「勿論だ、アンシャーリー。いや、母上」
「うふふ・・・あなたも、これから研鑽を怠らなければ、竜に関わる、とても強力な特殊能力を、沢山身につける事ができるでしょう。ですが私は過ちをおかしてしまいました。あなたを弱く産みすぎてしまいました。ですから、これからあなたには、転生を繰り返してもらい、もっと強くなってもらいます」
「転生って、どういうことだ、母上?? また何千年も未来で生まれ変わるのか」
「いいえ、あなたには、以前のように卵になっていただきます。そして再び一度世に出てきなさい。そうするたびに、あなたは強くなります。聖女の守護者として、重要な使命を担ってください」
「よく話が見えないが、定期的に卵に戻ってみよう」
「うふふ・・・・あなたもその竜の血を目覚めさせますよ」
次にアンシャーリーは、ゼントにも視線を向けました。
「そしてゼントよ、あなたはいつの日か、人間世界の神として、偉大なる国を統治する定めにあるようです。ですが今のあなたではまだ未熟。もっと力も心も強くなり、いつの日か、スセリビメと共に、この世界を治めてください」
「・・・ふう・・またその話か。興味ないと言ってるだろう。しかもよりによってリョウマのようなチビとなんて・・・」
「ふふふ、とりあえずのあなたの使命は、スセリビメと仲間達の命を守る事。それに集中してください」
「・・・承知した」
「あなたには、この剣を授けましょう」
「剣なら間に合ってる」
「あなたの持っている剣はとても強いですが、いざというときの為の切り札にしなさい。普段の戦いでは、これから、この剣を使うとよいでしょう」
そう言って、アンシャーリーは半透明に美しく輝く、鞘に収められた剣をゼントに託しました。剣を抜いたゼントは、その刀身を見て驚きます。
「なんだこの剣は? 少し透明だぞ??」
「それは白托の剣という、竜人族に伝わる秘剣です。耐久力は低いですが、あなたの強烈な剣技にも、ある程度耐える事が出来るでしょう。ですが剣技を派手に使いすぎると壊れます。くれぐれも気をつけて使うのですよ」
「・・・承知した」
最後に、アンシャーリーは勇者に視線を合わせました。
「虹色の勇者、ルクレティオ様。あなたにも武器か剣を差し上げたいのですが、生憎今、渡せるものがございません、お許し下さい」
「武器なんて、僕にはいらないよ。だって何も装備できないし。一応魔綬の練習用の、女神の剣は持ってるけれど、そもそも僕は剣術なんて、才能も無いからさ」
「いいえ、そのようなことはございませんよ。あなたは自らの内なる才を知らなすぎるだけです。この私が全身全霊をかけて、あなたに託せる勇者の武器を、異世界も含めて探しています。もし見つけたらお呼び致しますので、その際は、今一度、このマガゾに足をお運び下さい。勿論、あなたの意思で来て頂いても構いません」
「はっはぁ・・・・わかったよ、アンシャーリーちゃん」
勇者は少々疲れたようなかすれ声で、守護竜に言葉を返しました。
「おい、ゼント。その剣。ウチが預かるぜよ」
「何故だ? リョウマ」
「神の子の状態になってると、カバンの中にある武器や防具も増えるようになるっしかも増殖速度も増える数も倍倍に上がる。白托の剣、壊れやすいみたいだし、もっと増やしとこう? な」
「・・・そうだな。では、頼んだぞ、リョウマ」
ゼントはリョウマの提案に乗り、白托の剣を渡しました。早速リョウマはカバンにしまい込みます。
「もしあなた達がもっと強くなりたいと願うなら、いつでも私が手合わせをしてあげましょう。素のレベルは上がりませんが、私と戦う事で、あらゆる能力が上昇していくと思います。特殊能力等も何か覚えるかもしれません。無事試練に打ち勝てたら、褒美を差し上げましょう」
アンシャーリーは不敵に口角を上げてみせました。
「ひええ・・・レベル1兆5000億の、超巨大な竜と戦うの?? そんなの無茶苦茶だよ~~」
勇者は怯え始めました。
「ふふふ・・・安心なさい、勇者よ。決してあなた達の命を奪ったりはしません。覚悟が出来たら、来て下さい。いつでも相手になりましょう」
「はっ・・・・ははは・・・なんだか、頭が可笑しくなりそう」
「お前の頭はもうオカシイだろ!! 俺の母親を誘惑しやがってっ」
リッヒは勇者にすっかりお冠状態でした。
「虹色の勇者、ルクレティオ。あなたに一つだけ、申し上げたいことがございます」
「ん? 何だい」
「あなたは確かに敗北し、力を失い、死の呪いをかけられ、今、自らの人生にさぞかし絶望していることでしょう。ですがルクレティオ、たとえ心が折れたとしても、残された寿命に絶望したとしても、決して諦めてはいけません。勇者とは、あらゆる困難に挑み、例え負けたとしても、何度でも立ち上がり、そして、最後には、必ず、勝利、という栄光を掴み取り、世界を救う偉大なる存在です。あなたはとても強き者です。絶望してもかまいませんが、もう一度立ち上がろうとする、その勇気の心だけは、勇者として、どうか忘れないで下さい」
「・・・僕は臆病者だし、警戒心も人一倍強いから、勇者には選ばれたし、勇者の誇りは持ってるつもりだけど、勇気なんて、僕には、とてもとても・・・荷が重過ぎる。でも、一応勇者だから尊敬されたいし、チヤホヤされたいし、モテたいから、まあとりあえず、もう一度頑張ってみるよ。ただし死にそうになったら、絶対に逃げるけどね」
「・・・うふふ。勇者よ、あなたは大層欲の深いお方ですね。ですが今は、あなたには少し踏ん張ってもらわないと困ります。もし踏ん張らないというのなら、このレベル1兆5000億の私が、あなたに無慈悲なる一撃を与え、屠って」
「わかったよっ踏ん張るから、踏ん張るから、屠らないでおくれよ~」
「では、勇者としての使命を全うしてくださいね」
「う、うん・・・勇者の使命か・・・厳しいなぁ」
「うふふ・・・あなた達は、とても素敵な方々ですね。こんなに人と長く喋ったのは初めてです。とても良き実りとなりました。子供達も強くなりましたし、これからは、私もちょくちょく人間の姿になって、世界を回ってみたいと思います。さあ、私からの話は終わりです。あなた達は下界に戻るのです」
話を終えたアンシャーリーに、漣に背負われていたピエタが徐に口を開きました。
「・・・アンシャーリー様、大賢者として、一言だけ言わせていただきたい」
「なんでしょう」
「大賢者は他国の内政には不干渉が原則ですが、このマガゾの民達は苦難の歴史を歩み、愛する子供を失った親御さんも多数おられます。その者達への慈悲を示す言葉はないのですか? 自分の子供さえ助かれば、それでよいのでしょうか」
ピエタの言葉にアンシャーリーは一瞬眉をしかめました。しかし大賢者は臆することなく喋り続けます。
「仮にも国の守護竜であるあなたが、苦しむ民の姿を静観していたことに、一人の人間として、私は辛抱なりませぬ。一体どれほどの無辜の民の命が失われてきたか、少しは考えてくださらないと、困りますぞ」
ピエタは怒りを押し殺し、冷静に、可愛らしい声でアンシャーリーに諫言します。
「大賢者ピエタ・マリアッティ。確かにあなたの仰りたいことは解ります。ですが、神は人の為におらず、です。私が民の問題を解決するのは簡単ですが、それでは民は自立しません。人の行いは、人の赴くままに。神はただそれを見守る立場なのですよ」
「左様ですか。つまり、君臨すれども統治せず、ということですな。では、何故、民が赴くままに決断したリッヒの処刑に涙を流したのです? 神と問答する気はありませぬが、神とはいえ、所詮あなたも心あるお方。マガゾの未来の為に、神として民の幸福を願い、この国に加護ぐらいはかけてもよいのではないでしょうか? スサノオノミコト様が自らの興した国にしたように」
淡々と冷徹な瞳で大賢者に見つめられ続けたアンシャーリーは、一瞬視線を逸らし、そして再び正面を向き、こう言いました。
「・・・人の世界に干渉するのは、神の使命に反することですが、加護をかけるぐらいなら、致しても良いでしょう。スサノオノミコトが自らの国にしたように」
その言葉を聞いたピエタは、眉を怒らせ、こう言いました。
「ええ、ぜひそうしていただきたいですな! 自らの息子には加護をかけるのに、民達に加護をかけないというのは、聊か筋が通りませぬからね」
ピエタはアンシャーリーを見つめ少しだけ語気を強め、言い切りました。アンシャーリーはしばし沈黙し、そしてこう言います。
「・・・大賢者ピエタ・マリアッティ、やはりあなたは大賢者、このオフェイシスを代表する存在ですね。神として、あなたと対話は有意義ですよ」
アンシャーリーはうっすらと微笑んでみせました。
「こちらこそ。私も神と対話し、神という生き物が如何なる思考を持っているのか理解致しました。神は人の為におらず、ですか。なら、人の神はどこにいるでしょうかね。大賢者としては、人の神に出会いたいものですな。それでは、偉大なる神、アンシャーリー様、ご無礼な発言の数々、失礼致しました。ごきげんよう」
「・・・ごきげんよう」
こうして、新たなる統治者を目指す軍部の暴走から始まった民衆達との戦争と、国家転覆を狙うトガレフの暗躍。三つ巴の内戦は終結し、いよいよマガゾは国家として新生することになるのです。




