第151話『悪役令嬢とバージンハルバード』
決戦から一夜明け、マガゾの国民を襲っていた象皮病は治り、レジスタンスたちは獣教の崩壊とトガレフ撃破、マガゾの危機が去ったことを宣言しました。そして軍事政権と対峙する暫定政権を起こしたのです。その代表には、ペイトが選ばれました。民の多くは暫定政権を歓迎しましたが、自由を抑圧されていたとはいえ、それなりに安定した生活を享受していた民達の中には、軍事政権を支持する声も多くありました。マガゾの隣国イカルディの軍事的脅威に対する恐怖心もあり、強い軍事政権を望む民達も一定数いたのです。
軍人達は、暫定政権との間で、この内戦の決着方法を思案していました。暫定政権の自分達への追及を逃れるため、誰か代わりになりえる生贄を探していたのです。
軍部は会議室で、誰に全ての責任を押し付け、いかに自分たちの身を守り、政権を維持するかを必死に考えていました。そして幹部でマガゾ軍諜報部責任者のドンズルが、最高司令官にこう進言したのです。
「第三勢力であり、我らにとっても邪魔者であったトガレフが討たれたことを上手く利用しましょう。我ら軍部は、全てトガレフの言うなりに支配されていた、と。我が国の英雄リッヒ・シュワルツァは、トガレフの支配下にあり、獣教軍の全権を指揮していた人物です。トガレフ亡き今、彼を6年前から始まった、我ら軍部の行動の全てを影で操っていた真の黒幕であり、裁かれるべき巨悪であった、という風に世論を誘導しましょう。今から我ら諜報部が、民たちがリッヒの処刑を望むように全力で工作活動をします。」
「上手く行きそうか」
不安そうな表情を浮かべている最高指令官は、狡猾な笑みを浮かべるドンズルに視線を向けます。
「ご安心下さい。マガゾの民の間では、未だに情報が錯綜しています。暫定政権の地盤は極めて不安定であり、我々を非難する民もいれば、トガレフが悪だった、という民もいます。イカルディの軍事侵攻に対する恐怖心から我々を支持する民や地域も存在します。まだ世論は、一つに纏まっていません。一つに纏まらないのが、人の性です。今こそ軍部の情報操作能力をお見せ致しましょう」
こうして、彼らは、獣教軍に所属していたリッヒ一人に全ての責任を押し付けることに決めたのです。ドンズルは怪しい笑みを浮かべ、優秀な部下達に指示し、事態を飲み込めていない多くの民達の世論を誘導する工作活動を開始させました。ですがその事実を、戦いを終え、疲れ果てたアグニ達は知らずにいます。マガゾ内戦終結への戦いは、新たな局面を迎えました。
その頃、ハインの病院の治療室で、ピエタの傷口をハインが縫って修復していました。胸部の裂傷は実に三十針も縫うほどの大怪我でしたが、奇跡的に傷は浅く、血だけが止まらない状態となっていたのです。
しかし・・・。
「駄目。聖女の血で傷と眼は治せたけど、この傷口を覆っている禍々しい邪気が消えてないよ。このままだと、また傷が開いちゃうかも」
ハインは見守っていた仲間達にそう告げました。憔悴しきったゼントは、未だに別室で眠ったままです。
「案ずるでない。この邪気は強くない。2、3ヶ月もすれば消えるであろう。じゃが、最低でも一ヶ月は養生が必要かも知れぬな・・」
ピエタは残念そうに呟きました。
「少しでも早く邪気が消えるよう、私が回復魔法をかけ続けます」
マテウスはピエタを励ますように力強い言葉をかけました。
「うむ、済まぬな、マテウスよ」
「ライカールト、私は今しばらくこのマガゾに残るわ。いい?」
「ああ、構わん。先ほどモントーヤ公に手紙を書いて状況を知らせた。大賢者様が動けるようになるまで、暫くは我々もマガゾに留まろう。それに、お嬢様に指南したいこともあるしな」
マテウスの背後に立ち尽くしていたライカールトの言葉に、マテウスは安堵しました。
そしてライカールトはその手に持っていた、長く尖った先端を持った白銀のハルバードを、隣に立っていたアグニに見せ付けました。
「お嬢様、これをお持ち下さい」
「ライカールト、その武器は何ですの」
「この斧槍は、バージンハルバード。我がリオネル家に伝わる秘伝の武器でございます。斧術を身につけたバージンの女性にしか装備できない一品で、その破壊的な攻撃力と耐久力は驚異です。ラズルシャーチへの道中の迷宮は、獣人族ばかりのようですが、とてつもなく広大で、出口に到達するには最低でも二、三週間はかかると言われています。お嬢様は魔法使いですが、今後の事も考え、道中はこの斧槍を使って魔力を温存しつつ、上手く戦ってください」
「わかったわ、ライカールト」
「大賢者様が動けるようになるまで、この私が、直々にハルバードの使い方を指南いたします。よろしいですね」
「ええ、結構よ」
こうして、アグニは自らの神器となるバージンハルバードを手にしたのでした。
それから暫くして、卵と化したリッヒが殻を破って出てきました。その様子を見ていた漣とリョウマは驚きの声を上げます。
「おい、リッヒ! おまん、大丈夫か?」
「ああ・・・大丈夫だ・・・」
「とりあえず、無事そうで安心したわ」
漣はほっと胸を撫で下ろしました。
そしてライブレーションを強化させた勇者が治療室に入ってきました
「ふう・・・ピエタちゃん。ライブレーションを強化させてきたよ。ついでに僕もマテウスちゃんの代わりに回復をしてあげよう」
「済まぬな、回復勇者よ」
「その呼び方、止めてくれよっ蔑称だっ」
「いいじゃない、ルクレ。あなたの回復魔力はマテウスさんに匹敵するんでしょう。彼女をサポートしてあげて」
漣に優しく肩を叩かれ、勇者は渋々了承しました。
そして応急治療を終えたピエタは、一同に見守られながら、病院の豪華な個室へ移動されていったのです。




