第133話 『母なる墓標《クオレ・ミア・マードレ》』
トガレフの変異と、そして元の人間の姿に戻り、地面へと叩きつけられるリッヒの姿を見たリョウマが驚きます。
「なっなんだ? トガレフの奴?? レベルが見えんようになったぞ??」
「一体どういうことですの」
そしてこれまで動けずにいたトガレフは、自らの四肢でゆっくりと起き上がり、そして悠然と闊歩し始めたのです。
事態の悪化を察したピエタは皆に激を飛ばそうとしましたが、その前に勇者が叫びました。
「皆っここからが正念場だぞっ今ある戦力で何とか戦うんだっ」
勇者は、鼓舞、という特殊能力を所持しています。これは勇者が皆を鼓舞することで、仲間の身体能力などが一時的に上昇する、というものです。勇者自身も把握していないこの力が発動したことで、皆の能力は向上していました。
「まずは、回復専門術士を落とすとするか・・・」
そう呟くと、トガレフは、恐ろしい速さでグラウスを治療中のマテウス目掛け突進していきます。
「!! マテウス! 危ないっトガレフの奴、あなたを狙ってるわよっ」
アグニの叫びを聞いたマテウスは、必死にグラウスから一時的に離れ、トガレフに背を向けながら逃走します。
しかし、「遅い!!」と叫んだトガレフに、背中から巨大な右前足の蹄で踏み潰されてしまいました。
鈍い音が周囲にも聞こえました。マテウスの背骨が砕けたのです。彼女は痛恨に満ちた悲鳴を上げますが、勇者の鼓舞によって身体能力が向上していた為、何とか意識を保つことが可能な状態に踏みとどまることが出来ました。。
このまま倒れるわけにはいかないと、マテウスは気力を振り絞り、自らの究極魔法を発動させます。
「・・・しっ・・・至高の幸福を願いし者に滅びの誉れを・・・絶望の道を歩みし者に・・・幸福を・・・偉大なるマナの潮流によりて与えたまえ・・・授けたまえっ極限継続治癒術法、母なる墓標」
そう叫び、マテウスは意識を失いかけ、うつ伏せに倒れ込んでしまいます。母なる墓標は、仲間全体の体力と魔力、そして傷を長時間継続的に癒していく、という回復専門術士を極めたマテウスの必殺回復魔法です。そのおかげで、へし折れた彼女の背骨も、ゆっくりですが修復されつつありました。
「ふん・・・回復などする奴は殺すまで。そして次は、あの少女だっ」
動き出した怪物は、今度はリョウマを狙い始めます。
おりょうの加護全体化の体力消耗は、彼女にとっては激しく、既に加護は切れていました。再び使用できるようになるには、およそ1分ほどの時間がリョウマには必要だったのです。
「くっしまった。ウチがおりょうの加護を切らしたばかりに・・・」
「次は貴様だっ小娘!!!!」
リョウマに全力で向かっていくトガレフの前に、勇者が立ちはだかりました。
「悪いけど、キミ、ここから先にはいかせないからな。元のところに戻ってもらうぞっトガレフ」
そして勇者は自らの特殊能力、俺の右手は超豪腕を使い、右腕だけ、どんなあらゆる物をも動かせる強靭な武器に変化させたのです。
「何っおのれ勇者めっ」
ルクレティオはトガレフの体を右腕で掴むと、ぐいぐいと力いっぱい彼を戦闘開始直後にいた位置へと押し込んでいき、そのままの状態を維持させました。
「くっこの小僧っ余の魔法を封印し、更に体の自由まで奪う気か?? だか、さすがの貴様もこれでは攻撃もままならん。ジリ貧だな、勇者よっ」
「黙れっトガレフッまだアグニちゃんとリョウマちゃんがいる。攻撃なら、あの二人に託すさ。それに左手でも、消し去る鳥は使えるんだぜ? トガレフ!!!」
勇者は煙の魔人を解除して、消し去る鳥を左手でトガレフに叩き込み続けました。
くっ・・・・これで今、魔法封印、僕の右手は超豪腕、更に消し去る鳥で、もう特殊能力は使えない。さて、どうするか・・・。勇者は冷静に、慎重に戦局を見極め、臨機応変に動き続けていました。開幕、前線が足りないと見るや囮役となり、回復が追い付いていないと見るや回復役に回り、火力が足りないと見るや攻撃に転じる。万能で機転が利く勇者が孤軍奮闘することで、なんとか戦闘を維持することが出来ていたのです。
「勇者よっ煙になるのを止めたのか? ならば貴様に絶望の斧を食らわせてやるっ」
「やってみろっ自分の身は自分で守るっ消し去る鳥を解除するっそして、煙の魔人っっ」
勇者が決死の覚悟でそう叫んだ、そのときでした。
「愚か極まる愚者へ《イグナ・ネオメガ・アンプロポス》!!』
突然、トガレフの体が突然極めてゆっくりと動くようになってしまいました。悪霊の回復速度も大幅に遅れます。
天井が破壊された塔の空中から、コアラ姿のペロッティが、トガレフに、新たに閃いた究極の時空魔法、愚か極まる愚者へ《イグナ・ネオメガ・アンプロポス》を叩き込んだのでした。
そしてその少し上空には、漣・エローレ・雪定と、理性を取り戻した本来のライカールトの姿もあったのです。




