第105話『無残』
ピエタ達は全力疾走でゼント達の後を追っていました。
「ピエタ様。この事をゼントにも伝えた方が良いのではないですか?」
グラウスは走りつつ、ピエタに言いました。
「伝えたいのは山々じゃが、ワシのテレパシーの範囲外におるのじゃ」
そして一同は奇妙な空間にたどり着きました。そこには影にしか見えない黒さの皮膚をした人間のような鎧を着込んだ何かが倒れていました。右腕は歪な方向に曲がっています。おぼろげですが、レベルは47000ほどでした。鎧の隙間からは緑色の液体が噴出しています。どうやら毒を浴びたようです。
「これは・・・一体、人間? この液体は・・・毒? ですね・・・。」
ペロッティが陰鬱な表情で消え入りそうな影をあらためます。
「ゼント・・・あやつ、木刀で本気を出しおったようじゃな。2人は相当先に進んでいるのう。急ぐぞいっ」
「この者・・・・人間にはみえませんね。何者でしょう」
亡骸を見たライカールトは、表情を崩すことなく、淡々としています。
「立ち止まっている場合ではないっ皆の者、行くぞっ」
賢者の力強い激に、二人は呼応するように走り始めました。
ゼントとマクスウェルは、既に魔道雲の屋上にたどり着いていました。
その中央には甲冑を着込み、腕組みをしたリッヒが待ち構えています。
リッヒのレベルは、ゼントには見えません。
「久しぶりだな・・・リッヒ」
ゼントが低い声で語りかけます。
「・・・久しいな、ゼント」
「国を裏切るとは・・・俗にかぶれたか?」
ゼントは眉をしかめ、説き伏せるようにリッヒに語り掛けました。
「リッヒ、悪いがお前には死んでもらうっ」
マクスウェルは意気軒昂にそう叫びます。
「いいや、・・・死ぬのは、お前だっ」
突然、ゼントは木刀を抜き、背後にいたマクスウェルに襲い掛かりました。
しかしその木刀は空を切り、マクスウェルに避けられてしまいます。
「突然何をするんだ、ゼント! 相手が違うぞっ」
「いいや、間違ってない。お前はマクスウェル、じゃない。邪悪な気配が匂ってるぞ。また影か? 誘いに乗ってやったんだぞ? 正体を晒せっ」
ゼントの発言に怒りを覚えたのか、マクスウェルは歯軋りをしました。
「・・・くっくっくっ・・・まあいい。ここまで来たら、俺の勝利だ」
マクスウェルは狂気に満ちた笑みを浮かべました。
そして躊躇いも無く、唐突にゼント目掛け炎魔法、イグナ・グラムスを放ったのです。
ゼントは突然の攻撃にも動じずに俊敏な動作で避けましたが、もう1人の裏切り者、リッヒに背後から背中を切りつけられてしまいました。
「地獄に落ちろ、ゼントッ」
「くっそ、たれっ」
ゼントは十束剣に手をかけましたが、過去の出来事やリッヒと築いた友情等を思い出し、一瞬抜く事を躊躇ってしまいました。その一瞬の隙を逃すほど、敵は愚かではありません。リッヒの巧みな剣捌きが容赦なくゼントを襲います。
激しい斬撃によって体中を切り刻まれたゼントは、更に追い討ちをかけるようにマクスウェルに蹴り飛ばされ、魔道雲から落下しそうになりました。
「守銭奴めっせいぜい黄泉の国で金策に励むといい」
「ふざけるな・・・こんなところで、死んでたまるかっ」
必死に雲の縁にしがみつき、ゼントは落下を防ぎました。そして決死の覚悟で再び戦場へと舞い戻ってきたのです。
満身創痍のゼントは全身の傷の痛みに耐えつつ、とうとう十束剣に手をかけましたが、それでも彼は、様子のおかしいリッヒ相手に冷徹に徹しきれず、剣を抜く覚悟が出来ませんでした。
そして向かってきたリッヒとゼントは、互いに激しく剣と木刀をぶつけ合います。
「ふふふ、かつての盟友同士が殺し合う。実に残酷で、とても愉快な宴じゃあないか。母上もさぞかしご満悦であろう。思惑通りとはいかなくなってきたが、問題ない。そう、微風ですらない。全く問題ないんだぞ、全ては、この私の掌の中だ」
本性を露わにしたマクスウェル、いや、何者かは解りませんが、その男は容貌に似合わような下卑た笑みを浮かべ、戦う二人の様子をしばし眺めています。
傷を受けて動きの鈍っていたゼントは、本来の力を発揮できず、リッヒの圧倒的な剣技の前に防戦一方になってしまいました。
「リッヒよっ私はゼントが欲しいっその美しい顔は決して傷つけぬよう、心臓だけを突いておけっ」
翼を生やしたマクスウェルは空中を飛び上がり、その場から立ち去って行きました。
「待てっ!!」
「どこを見ている? ゼント」
そのときでした。リッヒの神速の刀による突き技が、ゼントの心の臓をあっさり貫いたのです。
「ぐはっ」
ゼントは、雲に膝をつきました。彼の胸元から流れ出る大量の血が、白い雲を汚します。
そしてリッヒは差し込んだ刃を抜き、ゼントの顎を拳で力いっぱい殴りつけ、魔道雲から落下させてしまったのでした。
ピエタ達が魔道雲の屋上にやってきたのは、正にその悲劇の直後だったのです。




