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人は奇跡を選ぶ(D-01)  作者: 橙ノ縁
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 第三王子はディアンを回収するとどこかへ運んだらしい。リドとダリアがあの王子に声を掛けようとしたらしいのだが、気位が高いようで一般人の呼びかけには全く反応を見せなかったそうだ。

 僕は急いでリドとダリアに合流して、王子とハインさんを追いかけた。

「ジュニア、王子様の行先に心当たりがあるの?」

 僕たちは炎天下の中、全力疾走している。

「さっき噂話を聞いたんだ。宮殿の外れにある庭園方面に向かったって」

「それだけで分かるものなのか?」

 リドが走りながら首を傾げた。

「庭園には王族それぞれの庭を持っていて、きっと第三王子の庭に向かったんだ」

 それに地面には所々に血痕が残されている。きっと辿り着けるはずだ。

「ねえ、まだ走るの?もう、無理だわ」

「あと少し」

 僕たちは監獄の裏手にある地下道へ続く階段を下っていく。ここにも血痕があることから、王子たちもこの道を進んだのだろう。

 階段を下って真っ暗闇になると、目がくらんで前が分からなくなった。手持ちにランプは無く、目が慣れるまで立ち止まるしかないと思われた時だった。

「ジュニア、こっちよ」

 突然現れた女性は僕の腕を掴み引っ張ろうとする。

「ティダ。どうしてここに」

「つべこべ言わない。急いでるんでしょう?」

 地下道で待っていたのはティダだった。彼女が道案内してくれると言うので、僕たちは手を繋いで一列になって暗闇を走った。

 ダリアは闇の中を走るのが怖いと喚いて五月蝿かった。

「左に曲がるよ。すぐに階段があるから気をつけて」

 上り階段を駆け上がり、扉を押し開けると、眩しい光の中に美しい薔薇園が広がっていた。そしてその高い薔薇の木に囲まれた真ん中で人が集まっている。

「見つけた」

「じゃあ、私はこれで」

「ティダ、ありがとう」

「これぐらいしか協力できないから」

 彼女と別れると、僕たちは息を切らせながら王子の許へ駆け寄る。

「そこの者、止まれ」

 王子の側近が抜剣して僕たちの前に立ちはだかる。確かにここは王子の庭なのだから、僕たちは不法侵入したという事でここで命をとられても仕方がない。だが、今は自分の命を惜しんでいるわけにはいかない。

「話を聞いてください。時間がありません」

「その恰好。お前、先ほどのルシオラではないか。歌を歌いにでも来たのか」

 僕が右に動くと側近も付いてきて、どうしても王子に近づけさせない。優秀な側近だが、今はとても邪魔だ。

「おじさん、ちょっとどいて。ディアン隊長をこのまま死なせてもいいのかしら?」

 しびれを切らしたダリアが後ろから文句を付けてくる。その言葉に王子がこちらを振り返って「どういう意味だ?」と恐ろしい剣幕で近づいて来た。首から下が血で真っ赤に染まっているので、なおさら恐ろしい。

「時間がありません。説明は後です。ジュニア、誕生日の歌を歌って。ダリアは練習通りに」

 側近を振り払って僕たちはディアンさんに近づく。好都合なことに、王子はディアンさんの頭部と体を引っ付けて寝かせていた。

「よし、やるわよ。成功して、お願い」

 僕は本能に負けてレクイエムを歌ってしまいそうになるので、両耳に指を突っ込んで、頭で思い出した通りに誕生日の歌を歌い始めた。

「ちょっと、ジュニア。めちゃくちゃな歌になっているわ」

「ダリア、構わずに始めて」

 リドはディアンさんの頭と体を固定して、ダリアの急かした。

「言われなくても」

 彼女は肩の力を抜くと、呼吸を整えて、ディアンさんの赤い首に両手を当てた。

 ぐっと目を閉じて、指先に念を込めている。こんなことで本当に首はくっつくのだろうか。

「ああ、もう。ジュニアの変な歌のせいで集中できない」

「でも歌わないと魂が出てくるかもしれないじゃないか」

「喧嘩はやめなさい。ダリアは妄想に集中する。ジュニアはとにかくレクイエム以外の歌を歌うことに集中すること」

 リドはダリアの後ろに回ると、彼女の耳に手を当てて僕の歌声が聞こえないようにした。

「お前たちは何をやっているんだ?」

 血だらけの王子が僕たちの三人を見渡して、理解不能だといった雰囲気で立ち尽くしている。

「白い骨の断面が合わさって、血管が繋がり合って、筋肉が引っ付いて、皮膚が滑らかに一枚に揃う。もっと鮮明に考えなくちゃ」

 数時間前、割れた高級皿が時を戻したように綺麗に元通りになった。信じられなかった僕たちは再び皿を割ってみて、ダリアにもう一度繋げられるか実験してみた。

「上手くいかないわ」

 二度目は上手く繋がらず、やはりたまたま奇跡が起きただけだったのかと諦めかけた時、リドがさっきと同じようにやってみてくれと言った。

「さっきは、この部分とこの部分が一度溶けて、再び繋がる想像をしたの」

 ダリアが言うには頭の中で皿がくっつく過程を自分なりに思い描いたのだと言う。

「もう一度やってみてよ」

「割れ目が熱で溶かされて、二つが溶けあうようにくっつく。…・…できた!」

 彼女が念じた通り、目の前で皿の割れ目がわずかに溶けたように見えて、真っ二つの皿は三度一枚の絵皿に戻ったのである。

「これなら、ディアンさんを助けられるかもしれない」

「ジュニア、それってまさか」

「人に使えるか分からないけど、試す価値はありそうだね」

 僕が思いついた案を二人も同じように思いついたらしかった。



 ダリアが目をつぶって治療を頭の中で思い描いていると、だんだん血が止まっているように見える。ただ単に体の中の血が外に出切ってしまっただけかもしれないが、青ざめていた顔に色が戻っていくようにも感じる。

「うーん。筋肉ってどう繋がるものなのかしら。繊維が伸びて絡まり合う感じかしら?」

 ダリアの独り言を全員が黙って聞くだけで、返答はしない。というよりは返答しようが無いと言った方が正しいと思う。

「肌って煉瓦のように層になって重なり合うものかしら?それとも網目?」

 みるみるうちに首が繋がっていく。その摩訶不思議な光景に第三王子はディアンさんに飛びついて間近で目を見開いて見つめている。

 そしてダリアが手を離すと、僕も歌うのを止めた。王子は自分の袖でディアンさんの首にべっとりついた血を拭う。

「繋がっている……」

「上手くいったのね」

 リドがディアンさんの左胸に耳を押し当てて心臓の音を確認する。

「動いていない」

 たとえ首が付こうが、人を蘇生さるなど不可能なのだろうか。

「心臓を動かせばいいのか」

 側近がリドの側に寄って、地面に剣を無造作に置くと、ディアンさんの上に跨った。

「ある軍師に教わったことがあります。心臓が止まった場合はこうして胸の真ん中を押せば心臓が動くと」

 ディアンさんのみぞおち付近で両手を組んで乗せ、一定の速度で何度も胸を押す。数分間それを続けると、ディアンさんが口から黒い血を吹いた。

「嘘だ」

 王子が眉間に皺を寄せて言葉を失っている。その反応は当然で、僕たちだってまさか息を吹き返すことが出来るなんて思っても見なかったのだから。

「これからどうする?」

 ダリアの言う通り、首をくっつけてからの事を全く考えていなかった。

「血を失い過ぎている。このままでは再び死ぬでしょう」

 側近がディアンさんから下りて、王子の側で膝をつき、荒い呼吸を整えていく。騎士でも心臓を押して動かすと言うのは体力を使うらしい。それとも年齢のせいだろうか。

「血って、どうやって増やすの?」

 僕の質問に大人は誰も答えられず、視線を外した。そしてこの質問に答えを出してくれたのは王子だった。

「ゼノは血で魔法を使う。きっと血を増やす方法も知っているだろう」

「じゃあ、ティダを探そう。僕、探しに行ってくるよ」

 地下道へ戻ろうとすると、王子が「待て」と厳しい声音で僕の足を止めた。

「ゼノの集落へ行く。ついてこい」

 一つに束ねた長い髪が夏の熱風に揺れると、王子は意を決したような硬い表情で立ち上がり、歩を進める。

 リドと側近がディアンさんを両脇から担いでそれに続く。僕とダリアも置いて行かれないようにその背中を追いかけた。




 再び地下道に入り、ますます階段を下っていく。ゼノの集落はどうやら地下深くにあるらしい。

 狭い階段を下りきると、天井の高い広場に出た。そこではランプに火がともっていて、とても明るく、舗装された石畳がずっと奥まで続いていることが分かった。

「何者だ」

 ある扉の前に門番のようは一人の大柄な男性が立っていて、僕たちの前に立ちはだかる。側近が腰に下げた剣に手をかざしたが、目の前の大男は武器らしい物を持っていそうにない。

「族長に会わせてくれ」

 王子がそう言うと、扉から女性が出てきて「族長が会うと仰っている」と告げた。

 僕たちは開かれた扉をくぐり、中に入ると、そこは想像を超えた広さの空間に出たのだった。

「なんて広いの」

 ダリアが天井を見上げて、その広さに驚いている。僕だってびっくりした。三階建ての家が一軒まるまる入ってしまうほどの高さと、家の近くの公園が数個入るくらいの広さがある。

 しかも無数にランプが置かれてあり、とても明るい空間だ。

「このような所に足をお運びくださるとは、我々皆とても驚いております」

 僕たちの前に現れたのは、腰の曲がった白髪で銀縁眼鏡をしたお爺さんだった。片足が悪いようで、銀の杖をカンカンとつきながら近づいてくる。

「頼みがある。人を助けて欲しい」

「王族の方に頭を下げられる日が来ようとは、長く生きておくものですな」

 その風貌からしておそらくゼノの族長だとう。族長は王子が誰なのか既に知っているようだった。

「彼を失う訳にはいかないのだ。見返りは用意する」

「しかし、首の繋がっていない者をどう助けたものか」

 族長は少し微笑んだ口元のまま、首を軽く傾げて見せる。始終柔和な雰囲気だが、どこか恐ろしさ声音に混じらせているように感じる。

「首なら繋がっている。心臓も今のところは動いている。なら問題ないか?」

 少し驚いたのか、銀縁眼鏡の奥の目が少し見開かれ、族長はディアンさんのもとに近づき、その奇跡的な姿を見て「これは困った」と呟くのだ。

「なんと恐れ多い。死者への冒涜ですぞ」

「まだ死んでいなかったのだ。そうだなルシオラの子ども」

 急に話を振られて、僕はうん、うん、と二度頷くしかなった。魂を呼び出して糸を切っていない以上、ルシオラ的にはまだ死んでいない状態と言っても間違いではない。

「ゼノは血を増やす術を持つと聞いた。力を貸してはくれないか」

「……やってみましょう。しかし上手くいくとは保証できませんよ」

「構わない。ここまできたなら出来るだけの事をしたいのだ」

 族長は一つ小さなため息を吐くと、数人のゼノの名を呼んだ。すると、すぐさま人が集まって、ディアンさんの周りを囲った。

「ルシオラの君、歌を歌いなさい」

「何の歌ですか?」

「調和の歌を」

 調和の歌とは、複数人で一つの事を為す時に歌うのだと教わったが、僕の短い人生で一度も歌ったことが無かった。

「すみません。歌ったことが無いので効果があるかどうかわかりません。歌詞がめちゃくちゃでもいいですか?」

 旋律は覚えているが、歌詞が思い出せそうにない。歌を教わったのは六歳とか七歳だったと思う。

「とにかく歌ってみなさい」

 僕はとりあえず、でたらめな歌を歌い始めた。曖昧な部分も多いが、それなりに曲に聞こえるから大丈夫だろう。

 ここは大声で歌って咎める人間もいないし、洞窟のように声が気持ちよく反響して広がるので、歌っていて楽しい。ルシオラの本能が言う、自由に歌うことは歓びだと。

「どうして調和の歌を歌うのですか?」

 ディアンさんを床に寝かせたリドが族長に尋ねると、族長はまじまじと彼と横のダリアを眺めて、不思議そうに「ほう、これはこれは」と頷いた。

「あの、聞こえてますか?」

「いいや、なんでもない。君たちの言う魔法というのは同じ種類の力を使っても個々に少し違っている物なのだ。その違いをルシオラの歌で整えるのだよ」

「歌で個人の能力を調整調和させるという事ですか。とても興味深いです」

 ゼノ達は自分の親指を小刀で切ると、滲んだ血を全部の指先に馴染ませて小声で呪文のような何かを呟いている。

「もしや首をくっつけた方は貴女か?」

「どうして私だと分かったんですか?」

 誰も説明していないのに族長は首を再生させたのがダリアだと言い当てた。ゼノの族長って人の心とか読めてしまう物なのだろうか。

「お嬢さん、すぐにこの国を出た方がよろしいかと」

「どうして?」

「今のこの世ではその力はあまりに強烈で、人々にとっては猛毒なのです。そう、ランテルナの祝福の灯のようなものです。その力を求めて人々が狂ってしまう」

 ランテルナが姿を消してますます「祝福の灯」と呼ばれる光の入ったランタンは高額で売買されるようになった。

 ランタンを持つ者は光が消えるまで幸運に恵まれ、災いを除け、何不自由なく生きていけると言う。

 迷信とかではなく、現にランタンの光を嫌う動物も多いし、眩しいくらい明るいので暗闇になって困るという事もないらしい。多くの金持ちがその幸運を手に入れたくて大金をつぎ込んでいるとか。

「望むなら国の外まで送る手助けはするが?」

 王子が二人にそう提案すると、二人は少し考えさせてくれと答えた。

「お前たちは我が国の者か?」

「いいえ。自分たちはグッタ国の出身で。ディアン隊長と一緒にケルウスに来たんです」

「グッタ国民に入国許可証は発行されていないはずだ」

「はい。入国許可証は無かったのですが、兵士のふりをして入国しました」

 王子の強気な質問にリドは目線を外して答えるのだが、僕の耳が感じた限りでは、どこかに嘘の音がする。

「ケルウスに不法入国するほどの理由とはなんだ?」

 僕だってその理由は一度聞いたが、上手くはぐらかされてしまい聞けずじまいだった。よほどの理由が無ければ戦地に飛び込んで、ディアンさんに「ケルウスに連れて行ってくれ」と願ったりは出来ない。

 リドは「それは……」と返答に困ったが、ダリアが「白状すれば」と背中を押すので、腹をくくったのか一呼吸を置いて自分の上着を捲った。

 上着と肌着の間には一冊の薄い本が挟まっていて、体型に合わせて少し弓なりに曲がっている。

「自分はエアルの手記を解読したいのです」

 族長がその本を覗き見て「ほう、これは懐かしい」と言って細い眼をした。僕はその本がどんな本なのかは知らない。

「そんな大昔の遺産を解読してどうするつもりなんだ?」

 王子はその本を奪い取って、ぺらぺらと中身を適当に見ていく。

「決まっているじゃない。魔法を私たちの手に戻すのよ」

 ダリアのその発言に、この場に居合わせた全ての人間の呼吸が止まった。呪文を唱えていたゼノも、歌っていた僕も治療が一時停止してしまった。

「……本気なのか?」

 ずっと毅然としていた王子すら動揺して本を落としてしまう。

「ダリアの目的はそうらしいのですが、自分の目的はどうしても彼の事が知りたいだけなのです。エアルはグッタでもケルウスでも奇跡を奪った大罪人です。しかしその本性は謎のまま、出身地も人種も何もかも分かっていません。彼はどうして人々から魔法を奪うという行動を起こしたのか、知りたいとは思いませんか?」

 かつて人々は皆、魔法という名の奇跡を当たり前のように起こしていた。人々は自由を謳歌し、好きなだけ寿命を延ばして、不便なことは無く、食糧不足とも無縁で、病に恐れることもなく、豊かに生きていたという。

「だって、魔法があれば病気も怖くないし、ひもじい思いもしないでしょう。苦労なんてしなくていいのならその方がいいに決まっているわ。だから魔法を戻したいの。奪えるという事は取り返せるという事でしょう?」

 ダリアの言う理屈は納得しがたいが、確かに再び魔法が人々の手に戻ったなら、僕たちルシオラは自由になれるだろうか。罪人を見送るという苦しい仕事から解放されるだろうか。

「お前たち、増血の術を続けなさい。君もさあ歌って」

 族長が歌も手も止まっていることにようやく気付いて、再開するように促す。

「この本は本物か?」

 側近が本を拾って王子に手渡す。王族は自分で落としたものを他人に拾わせる人種だ。

「本物の複製品です。自分は故郷でこの本を解読する研究者でした」

「それでケルウスに来て同じ研究者を探しているのか」

 リドが頷くと、王子は本をもう一度捲って、あるページで手を止め、ある一文に指で示した。

「これを研究している者を一人知っている。十五ページ目を解読に成功したと噂に聞いた」

「本当ですか!」

 横目で覗いてみると、その本には記号のような不規則の文字がひしめいていて、読めそうにはとうてい思えない。

「その者を紹介しよう」

「殿下、お考え直しください。あの者は虚言者として有名です。その解読が嘘かもしれません」

 側近が心配そうに助言するが、王子はすでに決心しているようで、簡単に聞き流す。

「魔法が手に入るなら、こちらも願ったり叶ったりだ」

 そう言って、本をリドに返すと、ディアンの元に戻って顔色を確認する。

「族長、どれくらい時間が必要だ?」

「半日から一日はかかるでしょう。何度も言うようですが、成功するとは限りません。出血量も多く、心臓の停止時間も長いようです。元通りという訳にはいかないでしょうな」

「ならば、ゼノが以前ほどの魔力に戻れば、ディアンは元通りになるか?」

「……なるでしょうね。短時間で簡単に後遺症もなく、美しいほど元通りになりましょう」

 王子は少しはにかんで「そうか」と言った。彼にとってはディアン・アルスメールという男は、死者への冒涜と言われた技を容認してまでも、失われた魔法を取り返してまでも、生き返らせたい男なのだろう。その執念に僕は少し寒気を覚えた。

 パタパタと走る音が響いて近づいてくると、僕たちの後ろで止まった。僕が振り向くと、そこに立っていたのはティダだった。

「大長、これはどういうことなんですか?」

「ティダ。この人は君の担当でしたね」

 ティダは床で横たわっているディアンさんの姿を見ると、思わず口元に手を持っていき小さな悲鳴を上げた。

「ジュニア、貴方なんてことをしたの?」

 歌う僕を見つめる目は、化け物を見るような恐ろしいものへ対しての嫌悪のように感じた。

「私はこんなことをするために道案内をした訳じゃない。ディアンさんとお別れをするために急いでいるんだと思ったのよ」

 僕は歌うのをやめて、下を向いた。まさかここまで軽蔑されるとは思っても見ず、胸の奥が重くて苦しい。

「第三王子を待つ間、無理やりにでも時間稼ぎをするんだろうと思ったら、何も行動に起こさないから、現実を受け入れることにしたんだと思ったのに。これはしてはいけない事よ」

「……ティダ」

「いくら魂を取り出せていないと言っても、頭と体が離されれば死者と同じ。貴方はディアンさんの事を考えたことはあった?無理にでも生き返らせれば苦しむのはディアンさんよ」

 ティダの言う通りだ。全ての行動は自分勝手であり、ディアンさんが死にたくない、生き返らせてくれ、と頼んだわけではないのだ。

「ディアンさんはレクイエムを歌ってくれと頼んだのでしょう?あの人は死を受け入れていたのに、なのに鎮魂の歌を勝手に歌って、挙句の果てには蘇生ですって?何やってるの!冒涜だわ。弟ならどうして止めなかったのよ!……ってハインさんはどこ?」

 カンカンに怒っていたティダがその名前を口にしたとき、僕たちもようやく気付いた。関係者が一人少ないことに。

「そう言えば、弟さんはいつから居ないのかしら」

 ダリアの言う通り、僕たちは記憶を思い返してみる。そして庭園に着いた時からハインさんが居ないことにようやく気付いた。

「ハインには負傷兵の引き上げを任せて、すぐに出航を命じた。あっちには事情をよく知る者がいるからな」

 王子がしょぼくれている僕の前に立つと、ティダと正面から向かい合う。ティダは王子だからといってひるんだり、しおらしくしたりはしない。眉間に皺を寄せたまま王子を睨みつけている。

「あんたの言っていることが一番まともだ」

「はい?」

「首をくっつけるだの、心臓を無理矢理動かすだの、血を増やすだの、魔法を取り返すだの、大罪人を知りたいだの、ここに居る奴は俺を含めて頭がおかしい。あんただけがまともだ」

 ティダは眉間に皺を寄せたまま首を傾げて、王子を睨み続ける。彼が何を言おうとしているのか見当がつかないようだ。

「決めた。あんたを嫁にする」

「殿下!」

 側近が今日一番の大声で王子に駆け寄るが、王子は気にもかけずに話を続ける。

「第三王子で悪いが、それでも少しはゼノの地位が向上する。それにもし俺が王になれば市民権も与えよう。職業の自由、参政権も用意する。族長、見返りはこんな感じでいいか?」

 ティダが眉間の皺を解いて口を半開きにしたまま固まっている。突然の王族との結婚話を聞けば、誰だってこうなってしまうのかもしれない。

 ちなみにディアンさんを治療していた他のゼノ達もティダと同じく驚いた顔のまま固まってしまったのだった。


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