才能を入れ替えて人生をやり直しませんか?
僕は先日居酒屋で懐かしい友人と出会った。Aだ。Aは数年前にベンチャーを立ち上げたという。彼の事業は軌道に乗り相当稼いでいるようであった。
ああ、うらやましい……
Aと僕との間に差を感じ始めたのは小学校高学年からだろうか。Aは全てに於いて僕よりすぐれていた。体育の授業では何をやらせても大活躍、テストをやれば毎回一番、そして人格も優れクラスのみんなと仲良くしていた。
対して僕は体育の授業で活躍をしたり、勉強をしたり出来るわけなく、友達もそれほど多くないという状況であった。中学に進学してからは差がより広がった。僕はこの差を埋める事は不可能だと薄々感じ始めていた、が諦めずに僕はAの真似をした。Aと同じ参考書を買い、Aと同じ塾に通い、Aと同じ部活に入った。しかし時間が経っても差は埋まるどころか広がっていった。そうしてある日、これは才能の差でありこれ以上足掻いても無駄なのだと悟った。
その後Aは県外の有名高校に進学し、僕は滑り止めで受けた偏差値50の所謂“自称進学校”に入学した。僕は才能がないが故に高校で落ちこぼれていった。結果として3年後には名前を書くだけで受かる大学、という程ではないが地元でも有名でない地方のアホ大学に進学することとなった。
大学4年生の夏、僕は就職活動を始めたが世間では不景気、それにより僕はまともな就職先を見つける事が出来ず、とはいえニートになる経済的余裕もなかったので渋々と食品工場にて非正規で働いた。そこで僕は大きなミスをすることもなく一年程度働き続けた。起きる→出勤→仕事→退勤→家でゲームor推しの配信者の生放送を視聴する→寝るといったルーティンを毎日繰り返し続けた。その当時、僕は人生に不満を感じていなかった。楽な仕事だし、自分の時間をある程度確保でき、まあ給料は安いが贅沢をしなければ生きていくことは出来た。
だがある時、僕は大学の同期であるBと偶然出会った。Bは大企業に運よく就職。そして現在は出世街道を駆け上がっているという。
その時僕は初めて自分は負け組だと気づいた。ネットを見渡すと工場勤務は底辺という意見が多く存在し、自分より遥かに良い環境で過ごす人間がごまんといることに気が付いた。僕は負け組という烙印を押されるのが嫌で後日直ぐに工場を退職した。だが再び不景気により就職先は見つからず結局アルバイト。以前と同じ非正規雇用だが、当時は自分がアルバイトであるという事実によりストレスを感じ、毎日のように酒を飲んでいた。
そんな中僕はAと出会い、Aの活躍を聞いた。僕のメンタルはズタボロに破壊された。居酒屋を出て僕はあてもなく裏路地を歩き続けた。そんな中僕はある客引きに誘われた。「才能を入れ替えて人生をやり直しませんか?」
僕は酔っぱらっており正常な判断が出来ず、そのまま客引きについていった。僕は雑居ビルの一室に案内され、そこで詳しい説明を受けた。僕の望む人物の才能と入れ替える事が出来る。僕の思った時代に戻りやり直せる。現在は無料トライアル中だから代金は頂かない。
酔っぱらいの僕はこの危ない誘いに乗った。
結果として僕は素晴らしい人生二週目を送ることが出来た。才能により友人に恵まれ彼女もできた。学業も運動もすべて完璧。素晴らしい青春を送り、有名大学に進学して大手企業に研究者として入社した。その後独立してベンチャーを立ち上げ成功を収めた。そうして結婚し幸せな家庭を築いた。現在は豊かな老後生活を満喫しており、その暇つぶしとして今僕はブログを書いている。才能入れ替え屋は素晴らしい。是非とも使ってほしい。
ブログは大成功を収めた、インターネット上にあふれる底辺層を釘付けにし、才能入れ替え屋は結果として客が増えた。本当に素晴らしい……
「Aさん、どうっすか?」
「びっくりした、Bか。いきなり声をかけるな。今日の研究なら失敗した。」
俺たちは現在無能を有能に作り変える研究をしている。この技術を生かし学習塾でも社会人セミナーを開き、大儲けできるだろう。まるで夢のような技術である。
現在は有能になるために才能は必要ないのかという事を調べている。無能の奴らに才能を与えたら有能になるのかという事を試すために、無能に取り付けたヘッドギアを用いてシミュレーションしている。これにより実際の無能の思考を再現することが出来るのだ。まあ今までの被験者は今日の奴を含め、皆才能を無駄にして没落していったわけだが……
「シミュレーションが終わった無“脳”には仮想通貨のマイニングでもやらせるぞ。人間の脳はしっかりと制御してやれば意外と高スペックでマイニングには最適だ」
「了解です。あと例のブログですが、想像以上に反響があり“店の売り上げ”も上々です」
「ほう、無能の脳に書かせた前半の懺悔部分、そして俺たちが書いた後半を組みあわせただけの乱文が人気出たのか。にしてもバカな奴らだな。見え見えの宣伝に引っ掛かるとは……」
「ははは、でも私達も彼らと同じように“情報の罠”に引っ掛かっているかもしれない。『上には上がある』という言葉があるように情報強者と思っている自分も、実は情報に踊らされているかもしれないですよ」
「確かに。となると世界で一番賢い人間は誰に踊らされているのだろうか?」
「さあ、それは世界で一番賢い人間でもわからないでしょうね」
理系の私には小説を書く才能がない。是非とも才能入れ替え屋に頼りたいものですなぁ。