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人界魔討伝〜三魔〜  作者: 人工サンマ
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第三魚 街中

 月明かりすら届かぬ深淵。

 広がるのはたださんまの(はわらた)よりも昏らき闇黒(あんこく)

 認識することすらも死を招く闇の中で、サンマ共が蠢いていた。

 魔宴。

 尋常ならざる闇のサンマ共によるそれはそう形容せざる負えなかった。

 噎せ返るほどの血の匂い。

 超常のサンマ共の快楽のためだけに贄とされた人は、血肉と成り果てただ快楽を誘う香りを匂わせるのみ。

 もし、この場に真っ当な人間が居合わせたとするならば、立ち所に自らの理性を放棄し死することのみを願うだろう。

 いいや。

 恐怖に呑まれ、己が生存を絶望することこそ、人にとって最も理性がある行動と言えよう。

 奈落そのものたる闇黒の最奥に在るのは玉座であった。

 そして、その玉座に座するモノ。

 言葉にすることですら、生命の冒涜となるおぞましきサンマであった。

 そのモノが目を少し…ほんの僅か開く。

 ただそれだけの動作で世界はそれを恐れるように震える。

 世界の慟哭。あるいは悲嘆。

 永遠に続くとすら思えるそれは再びそのモノが目を閉じたことにより終わりを告げた。

 それが終わりを告げると同時に闇黒に全ての災厄が参じた。

 ある者は最強。

 ある者は最凶。

 ある者は最恐。

 ある者は最狂。

 どの災厄も、一度人界へ放たれれば人は抗うすべもなく滅びを待つのみである。

 災厄の一角、サンマエストロが口を開く。

「ギョギョッ!!麗しき魔王。我ら三魔四天王(サンマイスター)馳せ参じました」

 最も恐ろしきサン魔が頭を垂れる。

 魔王。そう字名されたモノは沈黙した。

 王の意向を伝える為に言葉など不要なのだ。

「ギョギョ。王の意向、しかと拝命しました。どうぞ我ら三魔四天王にお任せ下さい」

 謁見はそれだけであった。

 サンマ共は災厄が謁見の場より下りるのに合わせて散っていた。

 人の世を終わらせるために。

 サンマが我先にと散っていく中、二体の災厄がその場を離れずに対峙していた。

「サンマエストロ…貴様の|三魔文体《サンマトリョーシと互角に闘えるものがいたと聞いた」

「えぇ。闇黒の剣士よ、確かに私の三魔文体と互角に闘えるものがいましたとも」

「……名はなんと」

秋水三魔(しゅすいさんま)と」

「三魔か…」

「身に覚えが?」

「知っていて問うのはサンマを愚弄することとなるぞ」

「おや、これは失敬いたしました。お詫びに三魔文体をお貸し致しましょうか?」

「…興味がある。貸せ。貴様が秋水とやらと闘った時の物を。それとサン魔忍も貸せ」

「サン魔忍もですか?」

「そちらは貸しでよい」

「承知しました。一つ貸しで。いやはや、三魔四天王の内、最強と謳われる貴方に貸しを作れるとは。生きるもんですねぇ」

「……して、どれほどの強度だ?」

「そうですねぇ…私めですら普段の半分程度しかサン魔力を出せませんでした。あなたほどのものであれば普段の五分の一も出せぬかと」

「謙遜はよせ」

「いえいえ。私めはただのサンマーティスト。三魔四天王の中で最も矮小な存在。それは肝に刻んでますゆえ」

「……貴様も捨てたものではあるまい。真正面から対峙すれば俺の勝ちは揺るがぬが、それ以外は分からぬ」

「いやはや。貴方様にそこまで言われるとはサンマ冥利に尽きます」

「…直ぐにできるか?」

「はい。出来ますとも」

 二つの災厄がその場を去ると、闇黒に静寂が訪れる。

 そのこそ静寂は、やがて広がり人の世を覆い尽くす滅びである………。


 模擬秋刀魚(しない)を振るう。

 先刻のサンマエストロとの闘いで秋刀魚(やいば)秋刀魚物質(サンマテリアル)が酷く損耗し秋刀魚商工会(サンマーケット)へ修理に出したのだ。

 例え、己の魂たる秋刀魚を持たぬとも日魔星(サンマスター)であることには変わらぬ。

 寧ろ、秋刀魚を酷く損耗しながらもサン魔をみすみす取り逃した自分は日魔星として失格だ。

 少しでも日魔星としてあるべき姿に近づくために、俺は休まず模擬秋刀魚を振るっていた。

 秋刀魚の切れ味は持ち主のサン魔力に比例する。

 サン魔力は元々の備わっている天性のものと、日魔星としての鍛錬で後天的に伸ばすしかないのだ。

 俺は…少し、特別な家系であるため生まれつきのサン魔力は高い。

 しかし、それにかまけていることは許されない。

 一匹でも多くのサンマを討ち滅ぼすため一瞬たりとも無駄にはできない。

 流す汗が水溜まりを作り、さんまに塩味をつけられるようになっても俺は模擬秋刀魚を振るった。

 ただ我武者羅に振るっていただけでは無い。

 一太刀、一太刀、己のサン魔力をのせ振るう。

 短距離走者が練習で百メートルを一本一本全力で走るようなもので、身体への不可は計り知れない。

 己の限界へひた潜り続けるようなものだ。

 まさに命懸けの鍛錬。

 気を失いそうになりながらも、歯茎から血が滴るほど強く歯をかみ締め耐える。

 ひたすら命を削るような鍛錬を、時間感覚が薄れるほど続けると模擬秋刀魚を置いて鍛錬を一度終える。

 全身の虚脱感を感じながらも、一息つくために鍛錬室を出る。

「ようやく出てきたでありますか」

 鍛錬室を出ると同時に声をかけられる。

「…マリアンヌ」

 サン・マリアンヌ。先日のサンマエストロとの闘いの場で居合わせた少女だった。

「お疲れ様であります」

「何か用か?」

 そう、問いかけはっとする。

「すまん…先日、礼をすると言ってまだだったな。あの時は助けられた。不甲斐ない日魔星ですまない」

 告げると、彼女は赤面しながら直ぐに否定した。

「れ、礼なんて。自分こそ三魔様に助けられまして…お礼をしたかったであります。それに、三魔様は決して不甲斐なくなんか…」

「礼は不要だ。だが、俺の礼は受けてもらう」

「な、なんて頑固者でありますか…」

 彼女が何かをつぶやく。

「何か言ったか?」

「なんでもないであります」

「そうか…それでは。もし任務であったらよろしく頼むぞ」

 そう告げ、彼女に背を向けると鍛錬室へ戻ろうとする。

「さ、三魔様。まだ鍛錬を続けるでありますか?」

「当たり前だろ?一息つきたかっただけだ」

「そ、そんな。一体何時間、鍛錬していたか知ってるでありますか?」

「知らん。秋刀魚の修理が終わるまで続けるのみだ」

 言い切ると、鍛錬室の扉に右手をかけた。

「ま、待って欲しいであります」

 声をかけられ、同時に左手に柔らかい感触がした。

 マリアンヌが俺の左手を握っていた。

「お、お昼はまだでありますか?」

「お昼?…今は昼か。食べていないが、後でいい」

「なら、一緒に来て欲しいであります」

「いや、申し訳ないが鍛錬をしなければならない」

「…お礼をしてくれるのでありますよね?」

「先程しただろう?」

「足りないであります」

「…分かった。希望の金額を言え。稼ぎにはほとんど手をつけていない」

「お金でなくて、誠意を見せて欲しいであります」

「誠意だと?俺にどうしろと?」

「一緒に来て欲しいであります」

「だから鍛錬だと」

「金サンマ級の日魔星とあろうものが、恩人へのお礼を無下にするでありますか?」

「……分かった」

 渋々と折れる。

 なんて頑固な女だ。その言葉を飲み込むとマリアンヌに手を引かれ秋刀魚商工会のレストラン街の方に向かった。


「美味しいであります!」

 マリアンヌは注文したさんまの蒲焼をたべながら感嘆していた。

「この店のさんまの蒲焼はサンマーマレードをかけると更に美味しくなるであります!」

 彼女は懐からオレンジ色の物体を取り出すと蒲焼にかけた。

「………味覚は人それぞれだから敢えてツッコまないが、飲食店での持ち込みは感心しない」

「この店は持ち込み可であります。三魔様もどうでありますか?」

 と、問うが否や彼女は俺の蒲焼をマーマレード塗れにした。

「…………せめて答えを聞いてからかけてくれ……」

 今までサンマとの闘いで感じてきた絶望と比較しても遜色ない絶望を感じながら悲鳴をあげた。

 眼下に広がらさんまをグリルで焼くが如き冒涜的な光景に躊躇いながらも橋をのばし、異物と化したナニカを口に入れた。

 宇宙の味がした。

 悶絶する俺をマリアンヌは楽しそうに眺めていたが、そのうち俺の蒲焼を食べてくれた。

 元凶はマリアンヌなのだが何故か感謝することになった。

 食事を終えると、直ぐに席を立つ。

「もう鍛錬に戻るでありますか?」

「当たり前だ」

 さんまの蒲焼にサンマーマレードをかけるような女といられるか。

 口を付いて出かけたその言葉を何とか飲み込む。

「まだ付き合って欲しいであります」

「お礼はもう十分だろう?」

「今度は自分のお礼を受け取って欲しいであります」

「お前のお礼は受け取らないと言ったはずだ」

「金サンマ級の日魔星とあろうものが」

「わかった。…どこに行けばいい?」

「付いてきてほしいであります!」

 マリアンヌは意気揚々とレストランから出ていく。

 俺は二人分の会計を済ませると彼女を追う。

「まずは食べ歩きであります」

「今食べたばかりだろう?」

「だからであります」

 どういうことだ。

 と、声にする前に彼女はサン饅頭の屋台に並んでいた。

 しばらくして、二つサン饅頭をもってくるとてひとつ手渡ししてくれた。

「すまん…値段は?」

「先程ご馳走になったのでいいであります」

 それから彼女は懐からサンマーマレードを取りだした。

 そして躊躇いなく…。

 何も感じないことにした。

 よく分からないモノを頬張りながら、彼女は歩き出す。

 足取りは軽く、機嫌が良さそうだ。

 そのままフラフラとサンマフィンの屋台に並ぶとまたもや二つ買ってきて、手渡される。

「何度もすまん…」

 両手にサン饅頭とサンマフィンで塞ぎながら答える。

「もー三魔様、先程から思ってありましまが、こういう時はありがとうでありますよ」

「…ありがとう」

「そうです。そうでありますよ」

 彼女は柔和な笑みを浮かべると、サンマーマレードを…。

 そのまま、彼女によるサンマーマレードの暴飲暴食に付き合わされながら、食べ歩きを続けた。

 そして、彼女に連れられ時計台へと来た。

「ここに来たかったであります」

「何かあるのか?」

「登れば分かるでありますよ」

 マリアンヌは意気揚々と階段を登り始め、それを追う。

 ビルの五階分程登ると、そこは展望室だった。

 マリアンヌは窓までかけると、俺へ手招きをした。

 彼女の側まで行くと、窓からサンマランドの景色が一望できた。

「どうでありますか?」

「サンマランドだな」

「そうじゃなくて、綺麗かどうかであります」

「…綺麗だ」

「そうであります」

 彼女はそのまま景色に目を移して、黙り込んだ。

 眼科に広がるサンマランドの光景。

 秋刀魚商工会の活気ある様子や、母秋刀魚(サンマザー)の立派屋敷。

 母秋刀魚の屋敷を指さし答える。

「俺が住んでいるところも見えるのだな」

「そうであります。三魔様の家も。三魔様の家は、鍛錬室は大きいでありますか?」

「大きい…。だが、とっても小さい」

「そうです、三魔様の家も鍛錬室もちっぽけであります。三魔様、世界にはサンマ以外にも沢山あります。サン饅頭も、サンマフィンも、サンマーマレードも。いっーぱい、いっぱいあるであります」

「……そうだな。それを言いたくてここまで付き合わせたのか?」

「まぁ…そういうことであります。怒っているでありますか?三魔様」

「…様はいらない。呼び捨てでもなんでもいい」

「…では、その。三魔さんと」

「その、スマンな」

「三魔さん、そこはありがとうでありますよ」

「あぁ。ありがとう…な…」

「どういたしましてであります!」

 マリアンヌは子供のように明るく笑った。

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