山月記~学校版~
山月記~学校版~
甲西の李 徴太郎は博学才穎、容姿端麗、文武両道、ついには生徒会長にまでなったがそれだけでは満足せずに学力テストで全国一位を取ろうと日々努力していた。
しかし李 徴太郎の点数はもう上がってやらないとでも言うかのように上昇をやめ、嘲笑うかのように同じ点になってみせた。
李 徴太郎は焦った。
何故上がらないのかと、しかしまぁ焦れば焦るほどに点は下がるものらしく、李 徴太郎の点は一点、また一点と下がっていった。
そして、いつしか李 徴太郎は友達付き合いを避けるようになり勉強のために時間を使うようになった。
そんなある日の事だった。
李 徴太郎は返って来た成績を見たとたんに発狂した。
どうやら学年二位になったらしい。
十分良い点数だが李 徴太郎にとって学年トップに君臨していたことは心の支えになっていたらしく、心の支えを失った李 徴太郎は何か訳の分からないことを叫びながらどこかへ姿を消した。
数か月後の事だ。
三年四組四三番袁 傪乃介という男が校外学習に山へ行った。
どうやら自然と触れ合い仲間と一緒に与えられた作業をこなすというありきたりで面白味のない目的のためらしい。
袁 傪乃介は四班に入り一つ目の作業であるチェックポイントを通りながらの山の散策をしていた。
しばらく歩いていると袁 傪乃介はだんだんと疲れてきた、そして何より昨日彼は夜がふけて来て日が少し昇ってきて部屋に外の光が射しこみだす頃までゲーム機をいじっていたため眠気を催し出し睡魔と長い間攻防を繰り広げていた。
長い攻防の末に負けた袁 傪乃介は傍にあった木にもたれかかり寝る準備を始めた。
しかし袁 傪乃介が寝ることができたのは二秒とすこしだった。
悲鳴が聞こえたのである。
女子生徒であろうその悲鳴は嫌になるくらい山に反響する声だった。
何かとそちらを見ると鷹が下に滑空してきては生徒の横を当たるか当たらないか危うい距離を何故かキョロキョロしながら通り過ぎる。
そんな時だ、一瞬袁 傪乃介と鷹の目が合った、すると、何故か猛スピードで袁 傪乃介を追いかけ始めた。
こちらに鷹が狙いを定めたと分かった瞬間、袁 傪乃介の眠気は吹き飛び思考は鷹から逃げる事だけに向いた。
全力で逃げる袁 傪乃介の後ろを鷹が余裕綽々といった様子で飛ぶそのうち袁 傪乃介の足が絡まり、彼は派手な滑りを見せ顔が地面とキスをし、後ろから追っていたはずの鷹は袁 傪乃介の足にとまっていた。
彼は死を覚悟した。
しかし、袁 傪乃介は気付いた、自分には戦うという方法が残されていた事に。だが、袁 傪乃介は飛びかかろうとしたが途中で止めた。
理由は数か月間行方不明だった李 徴太郎の「袁 傪乃介よ、久しいな」と言う声がどこからか聞こえたからであった。
一体どこから彼の声がするのかと彼は西を見、東を見していると「ここだ」と言う声が聞こえる。
近くにいるのではないかと思えるほどに良く聞こえる声だったが、近くには人の陰すら見えない。
どこにいるのかとまた木と木の間を目で探すがあるのは木の枝、木の葉のみだった。
不思議に思っていると「致し方なかろうな、今の私は人の姿を捨ててしまったものでな。少し前を向いてくれはしないか?」と李 徴太郎の声は言った。
彼の声に従い袁 傪乃介は前を見たが、いたのは先ほど襲ってきてそのまま彼の足の上にとまっていた鷹であった。
鷹は真っ直ぐに袁 傪乃介を見ると李 徴太郎の声で「これが今の私の姿だ、わが友袁 傪乃介よ」と言った。
袁 傪乃介は驚きのあまり後ろに一回転してしまった。
その後、彼は大勢を戻し「本当に李 徴太郎なのか?」と言って肯定の返事を聞くやいなや驚愕のあまり顎を小刻みに上下させながら「よく再開しに来てくれた徴太郎」と聞こえるか聞こえないかの声と発音で言った。
というのも、李 徴太郎と袁 傪乃介は親しい仲であり、二人は幼少期から競い合うライバル同士でもあった。
李 徴太郎は「こんな姿ですまない」と言ったが、顎の震えが止まった袁 傪乃介がすぐさま「とんでもない。徴太郎、会いに来てくれただけで俺は感謝してる」と返した。
「それより何故そんな姿に?」と彼は続けた。
李 徴太郎は細く尖った鷹のくちばしでゆっくりと語り始めた。
「あれは君も知っての通り、私がテストで二位になったあの日の事だ、クラスで天才ともてはやされ、校長にまで期待の目を向けられていた私は期待に応えられぬまま、あろうことか学校一の地位まで失ってしまった。いつかこうなるのではとは思っていたが、いざ来てみると耐えられなくなり破れていくプライドに首を絞められ、心がおかしくなってしまった。何かを考えれば崩れてしまいそうだったため空を見上げていた、すると、一羽の鷹がちょうど体育で使う笛のようなあのような鳴き声を発し天高く舞い踊っていた。私はその鷹を羨んだ、勉強に縛られ、学校に縛られ、人の目に縛られ続けた私と真逆の位置にある生物のように思えたからである。無力な己が嫌になり、走った、走り続けた。何度も転んでは立ち上がり走り続けた、しかし、ある時転んで起き上がろうとしても身体がいうことを聞かなくなった。叫んだ、叫び続けた。自らの限界を恨み叫んだ。しかしある瞬間に意識がどこかへ行ってしまった。すると、次に目が覚めた時の事だ。私は縦横無尽に空を飛び四方八方を見渡し獲物を探す鷹となっていた。鷹となった事を初めの内は悲観的にとらえていた、何故神はこうもわたしを苦しめるのだろうかと。しかし、テスト勉強の幾倍もましである事に気が付いた。私は私を苦しめた勉強という病気から解放されたである。それからは私は自由を満喫していたため、会いに来るのがおそくなってしまった。本当にすまない」
李 徴太郎の話を聞き終えた袁 傪乃介は「これからどうすんだ?」と彼に問った。
李 徴太郎は「鷹として生きていこうと思う」と言った。
袁 傪乃介は小さく「そっか」と答えた。
その後、彼らの間には長い沈黙が訪れた。
先に静寂を終わらせたのは袁 傪乃介だった。
袁 傪乃介は「たまには会いに来いよ」と言った。
李 徴太郎は「あぁわかった」と言った。
そして彼は「また会おう」と言って美しい翼で大きく強く羽ばたいていった。
あとに残ったのは少し黒ずんだ小さな羽のみだった。