えっ、幼馴染が勇者!?
えっ、告白!!!?
「お断りです!!!!」
腹の奥から声を絞り出して勇者を振った。
えっ、これって勇者を私が振ったことになるの!!?
「そうか、それは残念だ。いつでも待っているぞ」
すごい大声で返事が返ってきた。
そして勇者は来た道を戻っていった。
えっ、ちょっと待ってここまで来て屋敷に入らないの!?
ここは聖術を鍛える女学院よ。
私以外にも優秀な聖術使いがいっぱいいるのに……
えっ、つまり最初から私だけ目当てでここに来たってこと?
それでも、不本意なことにリペス先輩が死んだ悲しみが少し和らいだ。
まあ、いいや。
次の勇者が日暮れまでには来る。
今回はまともな人だといいな。
少なくとも即告白だけして帰るとかはやめてほしいな。
というか本当に何しに来たんだあの勇者。
遠距離告白打ち逃げって本当になんだったんだ。
えっと、次の勇者が来るまで屋敷に籠っていよう。
それも暇だな。
なにか本を読むとかそういう気分でもないし、聖術の特訓でもするか。
私は部屋を出て訓練場へ向かった。
道の途中で「あんたが聖女になったせいでリペスは死んだのよ」とか言う奴もいた。
私は何も言えなかった。勇者に告白された可笑しさも完全に掻き消えた。
「訓練場を借ります」
少し気が立っていて強い語調になってしまった。
「聖女になったというに熱心だね」
寮監からは優しげな言葉を返された。
だってそうしないと怒りを振り払えないんだししょうがない。
【聖術】それは体に宿る神秘の力、聖力を使った技の総称。
聖力は体内で精錬された魔力のことで汎用性に欠けるが魔力を使った術【魔術】よりも強力な聖術を扱える。
私は聖術の基本三術である守護術と回復術と剛力術の全てを扱える。
勇者が来るまでの時間つぶしなので試し打ちだけにしよう。
最初は守護術だ。
守護術は聖力を膜のように伸ばして災いを防ぐ術だ。
怪我などをした部位の防菌や止血に使えたり、食材が腐るのを遅らせたりと便利な術だ。
守護術を丸く展開して聖力の壁を作る。
次は半径5mほどのドームのように展開して全方位から守る。
余談だがこんなに広範囲を囲えるのは同年代では私ぐらいのものだ。
今度は小さいボールを作る。
それに触るとぷにぷにしていて気持ちいい。
癒される。
この聖力ボールは、ここ最近の生活でリペス先輩の次に癒しになっていた。
ああ、リペス先輩。どうしてこんなに早く死んじゃったんですか?
やめよう。やめよう。
次は聖力を全身に纏って防御形態。
下手な攻撃じゃ傷つかない聖力の鎧が完成だ。
大体、完璧ね。次は剛力術かしら。
剛力術は体内に直接聖力を流し込んで筋力を活性化・効率化させる術だ。
これを使えばものすごい速度で走ることもできる。
なかなか調子はいいみたいだ。
最後に回復術を使おうと思ったが怪我人がいないのでイメージトレーニングで済ませる。
回復術は、文字通り傷や病気を癒す術で最も高度な技術が要求される。対象の体に聖力を流し込み自然治癒能力を活性化させて怪我や病気を治す術だ。
なかなか術の展開速度も好調なのでよしとしよう。
「ナツメ、ナツメじゃないか」
そんな声が後ろから聞こえた。
この建物に男性はほとんどいないし、全員と顔なじみだけどそのどれとも違う若い男の声だから誰だろう?
もしかして次の勇者がもう来たのかな?
それにしても、この声どっかで聞き覚えがあるような気がするんだよな。
「おーいナツメ。僕だナーブだ」
そう言って私を後ろからたくましい手で抱きしめた。
その男はナーブだった。
孤児院で一緒にいっぱい遊んだナーブ。
結婚の約束までしたナーブ。
一緒に逃げそこなったナーブ。
「えっ、ナーブ、どうしてここに?」
私は嬉しくてナーブの顔が一刻も早く見たかった。
でも、私は嬉しくて泣きじゃくって、綺麗じゃない顔をしていたので顔を見せたくなかった。
「そいつがお前の女かナーブ」
後ろからもう一人男の人の声が聞こえた。
「えっ、どちらさま?」
「俺はドーテ。勇者ナーブの師匠でライバルだ。それにしてもナーブが聖女様と知り合いってのがまさか本当だったとはな」
「えっ、ナーブが勇者なの!?」
「そうだよ。ナツメ。最初は剣闘王者から貴族位を得てナツメに会いに行くつもりだったんだけど、まさかナツメが聖女になっていたとはね」
「ナーブ、会いたかったよ。ナーブと別れてから11年間ずーっとずーっと会いたかった会いたかった会いたかった会いたかったよ」
私の心の奥で何かが弾けた。
私は泣きながらナーブに叫んだ。
本当に会えて良かった。
ナーブがいなければここまで頑張れやしなかった。
私が落ち着くまでナーブは力強く私を抱きしめていた。
ありがとうナーブ。
本当にありがとう。
「感動の再会のところ悪いが予定が詰まっているんだ。積もる話は馬車でしてくれ」
えっと、たしかドーテさん?が私たちを落ち着かせてくれた。
私たちは馬車に乗り込むまで無言だった。
勇者一行は基本的に四人一組で登録されるドーテさんと私とナーブで三人なのであと一人か。
「あとは、剣闘場と魔術連盟、騎士団のどこに回るんですか?」
勇者一行には誰にでもなれるというわけではない。
国が信頼できる機関の一員でなくてはならない。
私の所属している聖術組合と剣闘士を管理している剣闘会と王国を守護する騎士団と魔術を研究している魔術連盟のいずれかに所属している人間しか勇者一行に登録できない決まりだ。
「次は魔術協会の予定だ。ナツメでいいか?あんたのことはナーブから聞いているが改めて紹介頼む。おれはドーテ。ドーテ・レイヴォン、レイヴォン家の次男坊さ。所属は騎士団だ」
「あっ、私はナツメ・クァル。クァル家の養子で聖女です」
「改めてナーブです。真実の剣を抜いて勇者になりました。所属は剣闘会です」
「もう、なんで敬語なのよ」
「あっはは、ごめんナツメ」
ヤバい照れるナーブが可愛い。
「僕、いっぱい修業したんだ。勇者になれたのもドーテのお陰だよ」
「私もいっぱい頑張って聖女になったんだ。ナーブ」
この甘ったるい空間が永遠に続けばいいのに、あとやっぱり私の心臓止まらない苦しいやっぱり終われ、でも終わるな。
そんなことを思いながら見つめあう私とナーブ。
私は何を言っていいか分からなかった。
ナーブも一緒だと思う。
不思議と気まずくはなかった。
「お二人さん、着いたよ」
永遠にも続くかと思えた見つめ合いが終わった、ドーテさんの言葉で。
「ここが魔術協会か」
思わずそんなことを言ってしまった。
「真実の剣に選ばれた勇者様ですね。一級魔女のギーレレイ様が勇者一行に加わりたいとの要望を出しています。庭で待っているそうです」
魔術協会の門番さんがそんなことを私たちに言った。
勇者一行へ入るかどうかの決定権は勇者と入る人それぞれにありどちらかが加入を認めなければ勇者一行に入ることはない。
そして勇者一行への加入依頼は断られることも少なくないだろう。
実際、聖術女学院で積極的に勇者一行に入ろうと思っていたのは私ぐらいなものだ。
もっとも、告白勇者はさすがにドン引きして加入を蹴ってしまったが。
まあ、なので入ってくれるならありがたい。たぶんそのギーレレイさんで決まりかな。
「ギーレレイさんか、どんな実力の持ち主か一応見てから決めよう」
ナーブのその言葉で取り敢えずギーレレイさんの実力を見てから考えることになった。
私たちは馬車から降りて門番さんが言っていた庭に向かった。
そこには緑のフード付きマントをつけた小柄なおばあさんが木の杖を振るっていました。
おばあさんが杖を振るうと魔力の弾が五発ほど出て変幻自在に飛び回るではないですか。
「すごい」
私は思わず感嘆の声を漏らしてしまいました。
そして五つの方向から魔力弾を同時に当てられて練習用の的は木っ端微塵になってしましました。
「あなたがギーレレイさんですか?僕は真実の剣に認められた勇者ナーブです」
「いかにも、儂がギーレレイじゃ。おぬしが勇者かてっきり儂は後ろのデカブツが勇者だと思ってしまったわい」
後ろのデカブツってドーテさんのことかな。
「勇者だなんて照れますよ。私なんてただの貴族の次男坊ですよ。あっ、ドーテ・レイヴォンです」
「謙遜しないでよドーテ。実際霊峰テリアでの試練すごいぎりぎりまで行けたじゃん」
「ナーブ。っはぁ、お前が言うな」
そう言ってドーテさんはナーブにヘッドロックを仕掛ける。
仲睦まじそうで何よりだ。
「あの、私はナツメ・クァル。聖女です。ギーレレイさんよろしくお願いします」
ここで一応私もギーレレイさんに自己紹介しておく。
さっきの魔力弾の操作ができれば勇者一行として一緒に旅するだけの価値があるよね。
「さっきから言いたかったんじゃがギーレレイさんとはなんじゃ。同じ旅の道連れじゃ、ギーレレイでよいわ」
そうは言ってね。
「たとえ、同じ冒険の仲間でも年配者には敬意を払わないわけにはいきませんよ。ギーレレイさん」
少なくとも私はそう教え込まれた。
「貴族の娘というのも窮屈じゃな。ナツメ・クァル」
「ナツメでいいです。それに私は貴族といっても育ちは孤児院です。そんなたいしたものじゃありません」
「ではナツメよ。謙遜するな。むしろそれで聖女になったのは誇るべきことじゃ。胸を張れぃ」
そう言いながらギーレレイさんは私の背中を思いっきり叩いてくれました。
「はいっ」
「じゃあ、王宮に戻るか」
ドーテさんに促され再び私たちは馬車に乗った。
これから勇者一行の認定式だ。
ワード解説
Q剣闘会って?
A言葉通り剣闘士の管理育成がお仕事。剣闘試合は国家興業なので剣闘士は一応公務員。
そして剣闘士たちに道中の護衛を依頼する人も少なくないのでこの世界の冒険者的な側面もある。
一対一なら上級騎士とも互角に戦える者も一部いる。
また優秀な成績を収めた剣闘士は貴族位が一代限りで与えられる。