第3話 対面
俺の名前は葛城正人。実家の花屋を継ぐためフラワーデザイナーの専門学校に通う21歳。
趣味は花いじり。花畑とかが最高に大好きだ!
彼女はいない。中学時代に出来た初めての彼女は、花が好きなんて女みたいな趣味だと言って一方的に別れを告げられ破局。
…自分のことは思い出せる、しかもかなり鮮明に、凄く余計なことまで。頭にモヤがかかったような感覚でもない。
俺の目の前には現在、ヤギの顔で燕尾服着た人…みたいなのが立っている。
最新のVRはすごいなぁ!まるで本物じゃないか!って思ったりもしたが、目元にゴーグルはついていないし、むしろ目を擦って痛みを感じるくらいで…これは、夢じゃない…
ユフィールにここで待っていろと言われてすでに1時間が経過している。暗めの部屋で出された紅茶を啜りながら、ユフィールの帰りを待つ。ヤギの人と俺しかいない部屋に、少し風が凪いだと思った瞬間。目の前のソファにユフィールが腰掛けていた。
「やぁ、待たせたね。最近本当に忙しくてルシファー様も全く動けない状態だったから、仕方なくお手伝いをしてきたよ。いやー、骨が折れるね~」
「お、お疲れ様…です?」
いやそうじゃない、今絶対目の前は空席だった。絶対だ。俺は目の前のソファを眺めながら、高そうだなーとか考えながら紅茶を飲んでいたのだから…
「ふふ、驚いているね。別にボクは飛んでこなくて良かったんだけど、早くキミにこの世界が現実のものであると理解して欲しかったから、わざわざ見せてあげているんだ。キミの元の世界との違いを」
「…そりゃどうも。んじゃそこのヤギさんも被り物とか特殊メイクじゃなくて本物って…ことなんですね」
「あぁ、そうだよ。なんなら彼の頭のツノでも触ってみるかい?」
「遠慮しますっ!…そんなことより、その…ルシファーさん…は?」
俺の問いに微笑みながら、言葉は紡がず部屋の扉に目を向けるユフィール。その視線を追うと丁度、扉は少し軋む音を上げながら開かれる。
ネズミのような顔した女性が開けた扉の先には、黒い大きな翼が6枚背中についている男の人が立っていた。
「随分と楽しそうに話をしているではないか、我とも話をさせよ。よく来たな、カツラギ マサトよ」
地の底に響くような、身体の芯から震えるような、低くて迫力のある声。それとは裏腹に切れ長の目を細め、表情は柔らかく微笑んでいる。
恐怖は不思議と感じなかった。黒い翼はこの世のものとは思えない美しさだ。線が細く儚げで、男だとわかる体躯にもかかわらず女性のようなしなやかさがある。
ボーッと見つめている俺の目の前まで歩いてきたその男は、その綺麗な顔を近づける。
「ほう…美しい魂をしているな。死した後は天界へと導かれるだろう。このような機会でもなくば会うことも叶わなかっただろう」
そう囁いた後、ゆっくりとした所作で上座の席へと座る男に、ユフィールは足を組みながら文句を言う。
「こら、キミはまたそうやって誑かす!今はそういうおふざけをしている場合じゃないことはキミが一番わかっているだろう」
「別に我はふざけてなどおらぬが…しかしそうだな、今は一分一秒が惜しい。本題に入ろう」