宿屋
とくないっす
ぽつり、ぽつりと乾いたアスファルトに黒いシミを作る。空を見上げると先程まで顔を覗かせていた月も、黒く塗りつぶされていた。ぽつり、ぽつりとまた一つ黒いシミを増やしていく。
「雨…か」
そう窓を吐息で白く染めながら呟くと、正面玄関に乱雑にぶら下げられている ― 湯 ― の文字が入った二つの提灯に火を灯す。風呂場の換気口は開けようとするとギギギギッと悲鳴じみた音をたてながら不器用に開くのだがそれも気にせず開ける。すると風呂場に溜まった白い蒸気はここぞとばかりに歪んだ排気口から出て行く。
雨は良い。雨はよく天からの恵みだと言うが本当に心底そう思う。考えを巡らせていると男女二人が足早に二つの提灯を横切り揺らした。二人は服についた水滴を払う。
「急に降ってきたね」
「おかしいな今日は降らない予報だったのにな…止む気配も無いし…」
「と、止まるの!?」
明らかに嫌そうな顔で女が言う。
「いらっしゃいませ…」
ふいに声が聞こえ女が振り返るとそこには長身で細身の男が立っていた。
「わたくしここの宿主をやっております…オオカミと申します。」
女は嫌悪感垂れ流しの表情を浮かべながら一瞥した。
「オオカミなの?男なのに?」
そう女が尋ねると男は何一つ顔色変えずに頷いた。女はさらに表情を強張らせると男が言った。
「多分大女将と勘違いしてるんだよ、男だけど。」
フォローならぬアンフォローを男がぶちかますと女は諦めたようにため息をついた。
しかし女が疑心暗鬼になるのも無理はない。なぜなら宿の周囲には街灯などあるわけもなく、一見すると異様な雰囲気を放つ宿なのである。
男は改めて周囲をジロジロ見ながらおもむろに口を開いた。
「僕達かなり山奥まで来たつもりなんですけど、こんな所に宿があるなんて知りませんでしたよ」
オオカミはぶっきらぼうに作り笑い感満載の顔で応えた。
「…はい なにせ山奥ですから…」
「あぁそうですよね」
「…はい」
会話が続かなく気まずく思ったのか男はもう一度、女を見やってから言った。
「急で申し訳ないのですが今夜だけ…」
「いいですよ」
男はすんなりとOKを貰い呆気に取られたのか。少し間が空いてから男はふうと一息吐いた。すると女は気づかれない程度に男の裾を引っ張った。
「今夜だけだから」
男がそう言って女をなだめると女は不服の表情を浮かべつつも雨で濡れた荷物を下ろした。そのまま二人は風呂を勧められてすぐさま風呂場に入って行った。その時ちょうど午前0時の鐘が鳴った。それと同時にオオカミの腹の虫も唸った。
「支度するか…」
生き物が生きているうちに最も楽しく最も必要で最も残虐な事は食事だと思う。何故なら生き物は自分ではない他の生き物を食べないと生きてはいけないし、しなければならない。
しかしその中でも最も残虐なのは人と言われている。彼らは空腹を満たすためならどんな行いだっていとはない。そのくせ、またある人間は、まずいだの、好みではないなどと言って捨て去る者もいるのだ。
俺は思う。― 勿体ない ―
だから俺は何一つの残さず餌を食べ尽くすと決めている。骨の髄まで何もかも。
オオカミは独り勝手にイライラを募らせながらも手際よく晩餐の用意を進めた。抑えきれない食欲とイライラが唾液となって姿を見せた。
丁度その時風呂場の扉が開いた。それはオオカミにとって晩餐の始まりを告げる合図であった。
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ぽつり、ぽつりと淡い緑の葉を小刻みに揺らす。溢れるように白い煙が口からでていく。そしてまたぽつり、それは身体を伝って衣服に染み込み重くしてゆく。
「雨だ…」
彼女は独りぽつり呟いた。
何故ここにいるのか分からない。何をしていたのかわからない。ただ分かることは寒い。この日は真冬の寒気が上陸していて今年一の寒日だという。その中を彼女はひたすら歩く。
「凍る…死ぬかも…」
どれほど歩いただろうか。手の感覚がなくなり足の感覚もなくなりかけた頃、暗闇に一つ光を見つけた。少し歩きようやく形がはっきりしてきた。よく目を凝らすとそこには ― 湯 ― の文字。彼女は温度を求め、足を進めた。
えっと初めて書いてみたんですけどとても難しくして挫折しそうです!励ましてください!
2018年 1月某日