ハロー友達、グッバイ種族
僕は家出して来た魔王だ。おかしいと思うだろうけど、ちょっと僕の話を聞いてほしい。
人間界の世襲制とかいう頭おかしい制度とは違い、魔界は完全実力主義だ。強い者ほど上へ。1番強い者が魔王になる。
だから僕は魔界で一番強い事になるのだ。
……いやおかしいよね!? おかしいって思ってくれた!? 単純に強さだけで王様選んじゃダメだと思うんだよね!!
王になるには、強さはもちろん、何より誰よりカリスマ性とリーダーシップがなくちゃいけないと思う。
僕は人に思ってることを伝えるのが苦手だ。
端的に言ってしまえばコミュ障だ。
お分かりになるだろうか。
ハイこの時点で完っ全に魔王不適合者!!
ただただ強いだけの魔族のバカ、それが僕ですはじめましてさようなら。
僕が死んだらきっともっと良い人が為政者になってくれるさ……あ、だから皆僕の命狙ってんの?
魔王になってから「お前を倒せば俺が魔王だ」って言って僕を殺しにくる奴が増えたんだよね。
なるほど、僕が魔王をやってるのが気に入らないのか。
そりゃそうだよね、僕みたいなのが魔王とかマジふざけんなって感じだよね、知ってた!
魔王に仕えてくれてるシュバルツは「魔王様が気になるのでしたら、全員消してきます」なんて物騒な事言ってたけど、いやいやいや、悪いのは僕だから。
僕があんまりにも不甲斐ないせいで他人をイライラさせてるだけだから。むしろ消されるのは僕の方ですすみません。
僕は強いけど、戦うのが好きじゃない。
できれば平和的に生きたいと常々思ってる。
幼馴染にも「お前って魔族らしくないよな、性格は」と太鼓判を押されたほどの平和主義者だ。
皆が思ってる魔王ほど好戦的じゃない。
ほんっと、話し合おう?
なんでも物理()で解決するの良くない。
けど、魔界の皆はそんな考え方に反対だ。
まあ魔族の宿命っていうか、魔族は皆好戦的で「戦ってる時だけが生きてると実感できる」なんて言う人もいるぐらい、戦闘が大好きだ。
僕が「話し合おう」と言ったら「いや殺しあう方が早い」って言っちゃえる戦闘民族なのだ。
話し合いを提案した僕を鬱陶しいからって理由で殺しにかかってくる野蛮な奴らなのだ。
あ、僕は怪我しないから大丈夫だよ。基本的に相手をボコボコにしちゃえばもう歯向かってこないし。
……あれ、僕も割と物理で解決しちゃってる?
いやいや、そんなバカな。僕は魔族一平和な男だ。
とにかく! そこで、僕の家出につながるのだ。
周りは僕に「人間界を滅ぼせ」ってうるさいし、僕何もしてないのに殺されかけるし(返り討ちにするけど)、時折来る勇者も敵意剥き出しだし。
僕君に何かした!? 何もしてないよね!!
もううんざりだ!! 僕は平和に生きたいんだよ!!
……てな訳で僕は家出を決意して、人間界に来た。
いやー、人間界はすごい!
僕は思わず感激していた。
物を「買う」って発想が既にすごい。
それを皆が実行してるのもすごい。
物って買えるんだ、奪うものじゃないんだ。
自警団? 騎士団? なんかよくわからないけど、ちゃんと戦えそうな人が街を見回ってるのもすごい。
つまり街の皆を守ってるって事でしょ?
守るって発想ないよ、魔族に。己の身は己で守れだよ。
死んでも「弱かったのが悪い」って言われるからね。
弱者を守るって発想がすごい。
けど人間界の金銭感覚はよくわからない。
書物で勉強したつもりだったけど、実際に見てみるとさっぱりだ。
なんで魔石が安いので千円なの?
魔界だったらその辺にゴロゴロ転がってるよ。
魔石とは魔獣や魔族の核(心臓)の事だ。要は殺せば手に入る。なんてお手軽。
魔族は戦うのが好きだが、殺した死骸は放置がデフォルト。だからその死骸が消えた後には魔石が残る。
もうその辺の砂利と同じぐらいあるからね。
砂利に千円? バカじゃないの。
そんな事を考えながら【魔法具店】で時間を過ごしていると、女性に声をかけられた。
「君!」
この店、僕以外の客がいない。
明らかに僕を指差しているので、僕に話しかけてるんだと思うけど、いかんせん僕はコミュ障なのだ。
僕は振り向いて、小首を傾げる事で意思の疎通を図る。
この動作で「何?」って言ってるつもりだ。
「潜在値すごいな! ああ、私は勇者育成学院、通称勇者学院の教師をやってるんだが、君ほど潜在能力がある子中々いない。ああ、そんなに怯えなくていい。私は人の潜在値が視えるんだ。生まれつきね。ウラノスアイズって言われるものの一種だ。それを買われて勇者学院の教師になった。教師と言っても、臨時講師で時々学院にいるだけで、基本はこうして街中をふらつくのが仕事だ。そうっ、君みたいな子をスカウトする為にね!」
待って待ってマシンガントーク。僕追いつけない。
人間と話すの初めてなのに、そんなに早口で話さないで聞き取れないから。
えっと、まず潜在値が視えるってすごいですね、かな。
潜在値とは、魔力量+伸び代で決まる。
僕も自分より下の人のなら視えるけど、自分より上は視る事ができない。そんな人、今まで出会ったことないけれど。
「あ、あの、ウラノスアイズ、すごいですね」
生まれつき持った目の能力を、総称してウラノスアイズと呼ぶ事が多い。
よし、とりあえず『関係を円滑にする十の方法』の一、褒めるはできたぞ。
「まあ生まれつきだからすごいかどうかは分からん。ただ便利だとは思うがね」
「あ、そうなんですか……」
え、褒めてもダメっぽくない?
あの書物間違いじゃん。
それとも僕の褒め方がいけなかったのか。
うっ、あり得る。
「私みたいに生まれ持った能力より、努力して手に入れた能力の方がよっぽどすごいからな。まあ私の事はどうでもいいのさ。問題は君だ、君。どうだい? 私の学院に入る気はないか?」
え、勇者育成学院?
魔王が入っていいの?
ダメじゃない?
「えっと、僕は別に、その、学院に入りたい訳じゃないので、あー、勉強はしたいです、けど、でも、勇者学院はちょっと、」
僕が入るには難度が高過ぎっていうか。
「勉強がしたいなら、我が校ほど適してるところはないぞ。君ほど潜在値が高ければ、私が掛け合って学費は免除できる。お金のことは心配しなくていい。親御さんにもそう伝えてくれ」
「あ、いえ、僕、親はいないので、大丈夫です」
いや、何が大丈夫なんだ。何も大丈夫じゃないだろ。バカか僕は。
今問題なのはこの誘いの断り方なのに。
魔族の大半は親がいない。
魔族って自然発生なんだよ、知ってた?
僕たちは生まれた時から既に成体(って言っても6歳児ぐらいの姿)で、生き方も戦い方も全部なんとなく本能で理解した状態で生まれる。
僕たちは常に一人ぼっちだ。
だって魔族って二人揃うと殺し合い始めるからさ……ね?
幼馴染はかろうじて僕だけは殺さないでいてくれるけど、他の奴が近づくと即殺す。
僕に対する優しさを他の人にも分けてあげよう?
そう言ったら「お前は殺そうとしても殺せないから、仕方なく一緒にいるだけ」って返された。
仲良しだからと思ってたのは僕だけだった。悲しすぎ。
時々、吸血鬼とか淫魔とかが身籠って出産する事もあるけど、そうして生まれた子供も早くて一ヶ月、遅くても三ヶ月すれば独り立ちする。
子供は親が自分より弱いと殺してしまうことがあるらしい。
親も親で子供が煩わしくて殺しちゃう事もあるぐらい、魔族は【家族】というものに対する情がない。
ていうか【家族】って概念がない。
僕も本で読んで初めて知ったし。
「ふむ、そうなのか。それは失礼した。だったら尚更我が校に入った方がいい。学費は免除で、寮にも入れる。学生の本分は勉強だから、働かなくてもいい。保護者がいなくては生き辛い時分だ、君が独り立ち出来るまでの間だけでも、学院に入ってればいい」
その言い方だと、独り立ちすれば出てっていいみたいに聞こえる。
待って僕幾つに見える? もう30過ぎだよ。
魔族の中じゃまだまだ子供だけど、人間界だとおっさんなんじゃない?
確かに見た目は14歳ぐらいかもしれないけど。
いやいや、そもそもそんな長期間家出する気なかったから、何も用意してないし。
あんまり帰るのが遅いと、シュバルツ辺りが人間界に乗り込んできそう。
あと、勇者育成学院なのに、卒業して勇者にならなくてもいいの?
言いたいことがグルグル頭の中を回っているが、口からは1つも出てこない。
コミュ障がコミュ障たる所以です。
何言っていいのか、なんて言ったらいいのか分からない。
「勇者育成学院、と銘打ってはいるが、全員が勇者になるわけじゃない。その中でも特に成績優秀者が勇者となり、魔王討伐の旅に出る権利が与えられる。任意だが大抵の生徒は行く事を選ぶ事が多い。そして勇者にならなかった者は大体が就職するか、もしくは冒険者ギルドに所属するな」
なるほど、勇者学院で優秀な奴が勇者となって、魔王城に来てたのか。僕に辿り着く前に殺されてたけど。
人間の死体って消えないのが嫌なんだよね。
放っておくと臭いし、ハエがたかるし、不衛生。
殺した奴が責任持って処分してくれたらいいんだけど、あいつら絶対やらないもん。
殺す事しか頭にない。
後処理誰がやってると思ってるんだ。我魔王ぞ?
あ、大丈夫、死者に対する冒涜のように、人間界に喧嘩売るような真似してないから。
しっかり供養して、肉を落として、骸骨兵として雇ってる。戦争に発展させない為の努力の一つだ。戦争反対。
「無理にと言ってるわけじゃない。ただ、君の為になる提案だと私は思うよ」
【先生】はそう言って僕の目を見つめる。
【先生】の持つ生まれ持った目の能力の原初は神の目と呼ばれる超強力な能力で、見通せない物は一つもないと言われている。未来でさえ視ることが出来たとか。
けれど、血が混じり効果が薄くなって今や能力の一部しか現れなくなってしまった為、ウラノスレンズは姿を消し、その下位互換たるウラノスアイズが台頭した。
けれどその血でさえもこれからもっと薄くなり続け、最終的にウラノスアイズ持ちすらいなくなるだろう。
人間の寿命ごときで失うには惜しい。
んーっ、欲しいなあ、その目。
僕を見つめる【先生】の目を見つめ返す。
吸血鬼の眷属にでもさせれば、とりあえず100年は生きるだろう。
とりあえず【先生】に眷属になる事を納得して貰わなきゃ。
だって僕、平和主義者だもの。
無理やりとか誘拐とかしたくない。
【先生】が納得出来ないなら、残念だけど仕方ないと諦めるしかない。でも、だからこそ、ここで【先生】との繋がりを途切れさせる訳にはいかない。
「……わかりました。勇者育成学院に入らせてください」
「本当か! いやー、良かった、君が頷いてくれて。君ほどの人材を逃す訳にいかないから、正直どんな手段を使ってでも入れさせるつもりだったんだ」
あれ、魔族の僕より危険な思想してるな、この【先生】。
「あ、あの、名前、教えてください」
「ん? ああ、失礼した。私はフローラ。一応第五王女だが、名ばかりだ。地位も名誉も、今の学院の『先生』としてしか受け取ってない」
「お、王女、サマ……」
うっ、王女となると魔族側についてもらう訳にいかないじゃないか。
仮にこの人が同意してついてきてくれても、人間は『僕が攫った』としか思わないだろう。
そうなれば戦争だ。
戦争の口実を与えてしまうことになる。
ああ、さらばウラノスアイズ!
「どうした、そんなに落ち込んで。安心しろ、不躾な態度を不敬罪に問うつもりはない。私は一介の先生に過ぎないからな」
ポンポンと慰めてくれるの優しい。
涙がちょちょぎれる。魔族にない温もりだ。
シュバルツとか僕の意見ガン無視で家臣取り仕切ってるからね。
僕が(恥を捨てて)泣いて喚いても絶対僕の言う事聞いてくれない。僕要らないよね、シュバルツが魔王やればいいじゃん。
落ち込んでても「お相手をご用意しましょうか」だよ、酷くない?
てか、相手って。戦いの方なのかベットの方なのか……いや、どっちも無しだよ!?
ベットの方だったら怖すぎ。女型の魔族とか凶暴過ぎて嫌。絶対ち○こ千切られる。ヒェッ!
「それより、君の名前を教えてくれないか?」
「僕はターシー、って…言います……」
しまった、本名言っちゃった。人間って魔王の名前知ってるのかな。
知ってたらバレる! やばい!
「ターシーと言ったか?」
「うっ、ああ〜……はい」
万事休す。
終わった僕の家出。
ただいまシュバルツ。
「では、ターシーで書類を作成する。私についてきてくれ」
「えっ」
セーフ?
セーフなの?
「どうした?」
「あー、いえ、その、えっは早いなあー、と」
「君の気が変わらないうちに、と思ってね。しかも、ちょうど入学式が明日なんだ。どうせ入るなら入学式からがいいだろ」
「は、はい」
気遣いありがとうございます。
心の中で頭を下げまくる。
疑ってすみません。
・
そんなこんなで無事(?)僕は勇者学院に入学した。
魔王が勇者学院とか、ははっ、何の冗談? 笑えない。
けど、勉強できるのでまあよしとする。
どれだけやきもきしても、なるようにしかならないのだから、今を謳歌するのが一番さ。
結局、王女様が教材とか道具とか一式全部用意してくれて、お金は返済不要らしい。なんて親切!
けど、それだけ融資してくれたのにごめんなさい、僕魔王なんです。
一度、シュバルツとコンタクトを取ろうと思って、魔王城に向かったんだけど、門番に追い返された。
え、我魔王ぞ?
門番は「シュバルツ様のご命令で、反省のご様子が無ければ城に入れるな、と」と言っていた。
いや、我魔王ぞ?
お前らの主人は僕じゃないのか、シュバルツなのか。僕よりシュバルツの方が偉いのか。
てか反省ってなに?
僕に反省すべき事なんて一つもないんですけど。
むしろシュバルツ達に反省してもらいたくて家出したのに。
更に「シュバルツ様より伝言です。『勇者学院に潜入したなら、人間界の弱みの一つや二つ握ってこい』……潜入なされたんですね、おめでとうございます」だって。
「ありがとうございます……?」って言うしかないよね。
てか、僕の行動筒抜けなの。
あーあ、グッバイプライバシー。ハロー監視生活。
僕に自由なんてなかったのだ。
あと、僕は話すのが苦手だけど、女の子からすごく声をかけられる。
魔族と違って皆優しい。ち○こ捥いだりしなさそう。
人間ってすごい。
どうやって教育したらこんなに優しい人が育つの。
男の子は時々野蛮だけど、それも魔族に比べれば可愛いものだ。
子供のわがまま以下。戯れみたいな。
そうやって生活していたら、そこそこ皆と仲良くなって、僕のコミュ障も治りかけていた。
「ターシー君すごいねっまた一番じゃん!」
「ターシー様あ、あのーこれ、よかったら食べてくださあい」
女の子は勢いがすごい。
「あ、いや」
魔族は空気中の魔力吸って生きてるからご飯いらないんだ。
もっと他のひもじい思いしてる子にプレゼントしてあげて。
……とは言えないので、相手に四苦八苦してると、
「おい、ターシー! 女子にチヤホヤされてるからっていい気になるなよ」
「お前ちょっとこっち来い! 一度痛い目見せてやる」
男子の集団が僕を引っ張っていって、助けてくれる。
とっても有難い。
あーあ、僕も人間に生まれたかったな。
そしたら価値観の齟齬でいがみあわなくてもよかったのに。
「お前、覚えてろよ、次こそ俺が勝ってやるからな!」
「うん、覚えてる。約束ね」
その約束が戦いの約束っていうのがアレだけど、殺し合いじゃなくて【手合わせ】みたいな、なんていうか、お互い本気じゃなくて、自らを高める為の【稽古】みたいな感じだから全然オッケー。
戦って死人が出ないなんて平和でいいね。
へへへ、と思わず頬が緩んでしまう。
「……なあ、前から聞こうと思ってたんだけど、お前って男色なの?」
約束した男の子に訊かれる。
そういやこの子は第五王女の【弟】なんだって。
【姉弟】って概念があるのいいなあ。
「男色?」
「男が好きなのかって意味」
「人間って種族が好きだから、どっちも好きだよ」
「いや、そういう意味ではなく」
「じゃあどういう意味で?」
「お前、女子にあんなにチヤホヤされてんのにちっとも靡かないし、男の俺にはよく笑うし」
「うーん、ちょっとよく分からない。女の子にチヤホヤされたら靡くものなの?」
「普通の男子だったらな」
そうなのか。
んー靡く? 靡くってナニ。
……あっ
「【恋】をするってこと?」
「う、うーん、まあ、そうなるな?」
そうか、人間には【恋】の感情があるんだ。
魔族にもあるっちゃあるけど、してる奴を見たことがない。恋してるより戦ってる方が楽しいんだよ、どうせ。
それに対して人間は精神構造から平和主義らしい。
「魔族は【恋】はしないから」
「……そうか」
なにかを察したみたいで一人頷いてくれる。
僕が魔族って察しちゃったのかな?
けど、それを口に出さずに気遣ってくれるあたり、すごくいい人。
ああ平和だ!
・
俺は第五王女の弟で、第七王子のトロッツだ。
俺の同期一位はターシーという名で、色んな意味で一位だ。
純粋な学力とか戦闘力はモチロン、女子人気とかズレてる度とか、色々一位。
俺は最初、この学園で一番になるつもりだった。
なれるつもりだった。
どれだけ強い奴がいても俺には敵わない、実際に武闘大会では大人もいる中で優勝した。
だから、正直舐めてた。
俺以外の雑魚なんて、って気持ちから油断もあったけれど、初対戦のあいつに瞬殺された。
屈辱だった。この俺が、こんなヘッポコでナヨナヨしてて頼りなさそうな子供に負けるなんて、あり得ない!
再戦した。瞬殺された。俺はやさぐれた。
ケッて唾を吐き捨てて、その辺のゴミ箱蹴飛ばしちゃうようなやさぐれ方だった。完全なる不良。俺の黒歴史。
だが、そうなってしばらくターシーを観察してるうちに、あいつが相当なアホって事に気がついた。
いや、女子のあの目は優良物件漁ってる肉食獣の目だから。
なんでお前気づかねーの? バカなの?
俺が救出してやらなきゃお前多分、食われてるよ。
「人間の女の子って優しいよね」ってお前の育った所は女がいなかったのか。
女の方が強かで計算高くて強いぞ。
あと、なんでか知らないけどすっごく自己肯定感が低い。「僕なんて」「僕なんか」「他の人がやった方が」が口癖だ。うっせー黙ってろ自分の力考えてから発言しろ、俺への嫌味か!?
そんなこんなで、あいつに嫉妬してる俺が阿呆らしくなって、俺は脱不良した。
根気強く再戦し続けてるうちに、なんとか十回に一回ぐらいの確率であいつを必死にさせる事が出来るようになった。
勝てないけどな!
あいつは周囲のものを傷つけないように、魔法を打ち消そうとするからそれを利用してすごい複雑に編み込んだ魔法を放てば必死にさせる事が出来る。
今まで打ち消されなかった事はないが、それでもあいつを必死にさせるって快挙だ。
ああ? レベルが低い? んなわけねーだろ、むしろ高レベル過ぎて教師が引くレベルだ。
あと、半分本気で「男色なの?」と聞いたら、トンチンカンな答えが返ってきた。
「人間って種族が好き」って何だよ。
お前は何種族のつもりなんだ。
「お前、女子にあんなにチヤホヤされてんのにちっとも靡かないし、男の俺にはよく笑うし」
「うーん、ちょっとよく分からない。女の子にチヤホヤされたら靡くものなの?」
「普通の男子だったらな」
おいおい、王子の俺が俗っぽいことを言うようでなんだが、性欲盛んな十代男子が普通の性癖で女に興味ないって、割とやばいぞ。
「【恋】をするってこと?」
恋をする、間違っちゃいないが、ちょっと違う……のか?
いや、女子にチヤホヤされて嬉しいって言うのは、女に恋をしてるからなのか?
「う、うーん、まあ、そうなるな?」
あながち間違いではないような気がして、肯定してしまう。
「僕は【恋】はしないから」
何でもない普通のトーンで言われたその言葉に俺は何とか言葉を絞り出した。
「……そうか」
俺とそう変わらない少年が『恋をしない』と宣言できてしまうぐらいの覚悟を持ててしまう、この世の中。過去によっぽど嫌な思い出があったか、それとも恋をする余裕もないぐらい何か別の目的があるのか。いや、この学校にこの強さで入ってるなら、故郷が魔族によって潰された、とかしかあり得ないだろう。いつもヘラヘラしてるこいつにも、そういった過去があるんだ。
王子が知らない平民の世界がある。
俺はそういう悲しい出来事をなくしたい。
きっと、王子として甘やかされてのうのうと生きてきた俺には想像もつかない過酷がこの世には溢れている。俺は七番目の王子で、王位継承権なんてほとんど無いようなものだけど、それでも王子として生まれたからには出来る限りの事をしたい。
それが、俺が俺に生まれた使命だと思うから。
・
トンッと軽くぶつかってしまう。
「す、すみません」
そう謝ってきたのは教材を沢山抱える女の子。
前髪が目にかかっている。なるほど、それで前が見えてないのかもしれない。
「い、い、いえ。その、全然大丈夫です。それより、僕少し持ちます」
「え、いいです! 結構です! お気遣い、ありがとうございます!」
手伝いを申し出たら全力で拒否られた。そ、そんなに拒絶しなくてもいいじゃん……僕泣きそう。
「うん? そんな所で項垂れてどうした」
「トロッツ君」
「王子を君付けするのお前ぐらいだわ」
「僕、そんなに頼りないかな」
「いや? 勇者候補としては頼もしすぎるぐらいだ」
そうだった、僕勇者候補だった。
けど、勇者にはなれないんだごめん、だって僕は魔王だから。
「さっき女の子の荷物持とうとしたら、全力で拒否られた」
「ああ、お前見た目もやしだもんな」
「もやし?」
「ヒョロイって意味」
「そんなに頼りなさそうに見えるんだ……」
元気出せよ、みたいな感じでポンポンと頭を軽く叩かれる。トロッツ君の方が背が高いんだよね、年下のくせに。
「年下のくせに」
「お前十四だろ? 俺十六だから」
え、僕十四に見られてるの。実年齢の半分以下じゃん。いや、人間にしては成長遅いから仕方ないんだ。そうだ、仕方ないんだ。
「いや、こう……精神年齢的に」
「俺がガキっぽいって言ってる? 喧嘩売ってんのか、買うぞコラ」
そう言うトロッツ君は王族と思えないぐらい品が無……ガラが悪い。
「ちが、そういう意味じゃないよ!」
「闘技場行こうぜ、俺新技考えたんだ」
「ええー、トロッツ君の術式解析面倒なんだよね。最近ますます腕をあげてきたし」
「お前を倒す為なんだから解析すんなよ。大人しくやられてろ」
「いやだ。僕の自慢は生まれてこの方大怪我をしてない事なんだ」
「そりゃそんだけ魔力あれば、自動防御も出来るわな」
僕、思うんだけどトロッツ君最高に強いと思う。
今まで来た勇者(僕は戦ってないからわからないけど)よりよっぽどマシじゃない?
多分、シュバルツに勝てるよ。シュバルツは僕の手下なんかやってるけど、本当はナンバー2だ。一介の魔族じゃ手も足も出ないぐらい強い。彼に勝てるって事は、魔界にも敵なし(僕以外)って事。
「……うん、トロッツ君が勇者になればいいよ」
そうして魔王城に来て、心置き無く僕と戦うんだ。僕は戦うのが好きじゃないけど、トロッツ君と戦うのは楽しみかも。
本気の、殺す気で来たトロッツ君と歴代最強と言われる僕の一騎打ち。
僕、自分と同等の人と戦った事ないから、いつかトロッツ君と殺し合えるといいな。
うーん、所詮、僕も魔族だって事だね。
口では平和主義だと言っていても、本能が闘争を求めるんだ。
戦闘狂の文化、恐るべし。
トロッツ君、その時はちゃんと僕を殺してね。
殺されるのは嫌だけど、君になら殺されてもいい。
君と闘って死ねるなら本望だ。
君がいなくなったら、多分僕退屈過ぎて世界滅ぼしちゃうよー!
……いやいや、八割冗談。平和主義者な僕が世界を滅ぼすわけないじゃん。
けど、退屈なのは本当だから、まず魔族の奴らに喧嘩売りまくって、満たされなかったら人間にも手を出すかも。
あ、世界征服出来ちゃう。
今まで平和主義者って言ってたけど、撤回しなきゃいけないかな。
だって、同じぐらい強い人と戦うことが、こんなに面白いと感じるなんて今まで知らなかったもの。
そりゃ皆戦うよ。
「嫌味か。ったく、俺は元々そのつもりだっつーの。お前さえいなければな!」
「二位の人にも勇者権限? みたいなの与えられるじゃん」
「それじゃ意味ねーよ。一番の勇者じゃないなら、どうせ魔王城行っても死ぬだろ? 俺はお前をぶっ倒して一番になる! そんで魔王も倒す!」
僕倒せた時点で魔王討伐成功だけどね。
まあ、成長して、強くなって、僕を倒してみせてよ。
僕はそれを楽しみに待ってるから。
「頑張って、応援してる」
「嫌味かコラ」
なぜ嫌味?
純粋な気持ちだったのに!
「……まあ、お前が俺のパーティに入りたいって言うんなら入れてやっても良いし、なんならその方が心強いっていうか……」
ゴニョゴニョと小声でなにか文句を垂れているトロッツ君。
全然聞き取れなかった。魔王の耳で聞き取れないって相当モゴモゴ話してるんだけど。
「ごめん、なんて言ったの?」
「〜うるせー! ぜってー倒すっつったんだよ!!」
・
「俺さあ、今お金に困ってんの。わかる? お前俺の婚約者だろ。じゃあ未来の旦那様の為なら金出せるよなあ? ん?」
【カツアゲ】の現場に出くわした。
魔界ではよく見られる光景だったけど、人間界で見たのは初だ。
そうやって恐喝して他人から奪うのは良くないと思う。
あ! やっぱり僕は平和主義者のままだ。ほっ。
「ゃ……やめて、ください」
あ、この子、この前ぶつかった前髪で目が隠れてる子だ。
小さな声で抵抗している。
「ああ? 誰がお前みたいに根暗な奴を婚約者にしてやってると思ってんだ、あ? 俺は公爵家だぞ、お前の家なんか一捻りなんだからな。お前の家族がどうしてもって言うから、俺が仕方なく娶ってやるのに、なんだその口の聞き方は。大体お前みたいな根暗を誰が好きになるかよ。俺だってなあ〜」
そこからはぐちぐちグチグチとその子の悪口を本人の目の前で垂れ流す。
気分が良いものじゃないな。
魔族にはそういうのはなかった。不満に思った瞬間殺しにかかるからだ。やだ魔族物騒すぎ。
しかしその悪口に対して女の子は俯いたまま何も抵抗しない。
あれ? 嫌じゃないの? そういう趣味?
だったら僕が助けるのもお門違いかな。
だって、嫌な事されたら殺すのが当然だ。
人間だと勝手が違うけど、流石に反抗したり、喧嘩したりするものじゃないの?
そうしないってことは、つまり大して嫌じゃないってことだ。
なーんだ、じゃあ別にいっか。
僕は廊下の角から見守っていたが、あれは二人が好んでやってる事らしいので、普通に横を通り過ぎる。
「で、でも……貴方、九男で……」
「うっせー黙ってろブス! お前のところに婿入りするがな、俺は誇り高き公爵家なんだよ!! お前とは格がちげえんだ!」
人間界は世襲制だもんね。
九男だったら家を継げない。けれど、男の子の能力だと実力主義でもダメだと思う。
潜在値低すぎ。女の子の方があるよ。
てか……あれ、女の子、潜在値そこそこ高くない?
人間にしてはずば抜けてる。トロッツ君の半分はあるんじゃないかな。将来有望じゃん!
思わず立ち止まってガン見してしまう。
立ち止まる場所が悪かったかな、男の真後ろで立ち止まっちゃったから、男も気付いたみたい。
「なんだてめえ! 文句あんのか!?」
「えぇ、いや、僕は文句ないよ。女の子が嫌がってないなら良いんじゃない?」
「お、おう、そうか……?」
急に意気消沈した。
なんなの、人間って不思議だ。
「アホか、嫌がってるだろ、バカが」
と、そこに現れるトロッツ君。
なんか君が現れるタイミング良いよね。
勇者みたいだ、格好いい。
「僕はアホなの? バカなの?」
「アホでバカだ。それより、お前。何してた?」
「ひっ、いえ何もしておりません!」
急に大人しくなったなあ。
あの子に対しては大きく出てたのに。変なの。
「貴族の名前を貶めるような行為をしてるように見えたが?」
「そんな訳ありません!」
「……まあ、あの公爵家の九男なら仕方ないか。さっさと行け。退学処分を進言しておく」
「……はっ!? いやいや、待ってください、それだけは! 金ですか? 女ですか? 俺にできる事ならなんでもしま」
「くどい。その態度が改善されるまで、俺に話しかけるな」
ギロッとトロッツ君が睨むと、男は短く悲鳴を上げて逃げていった。
トロッツ君なんか尊大になってるね。
けど、格好いいなあ。
「トロッツ君、男前だね」
「……貴族として当然だ。それより、君、大丈夫か」
「ヒッ、は、はい、大丈夫です」
怯えてる女の子に僕は話しかける。
素朴な疑問に対する答えを貰うためだ。
「ねえねえ、なんで君抵抗しなかったの?」
「えっ?」
「嫌なら嫌って言わなきゃ伝わらないよ。君の方が強いんだから、嫌ならぶっ飛ばせばよかったじゃん」
「いえ、あの、うちは貧乏で爵位低くて、公爵家に楯突くなんて……」
人間界の世襲制と地位による身分社会は、マジで意味がわからない。
「身分が低いと逆らっちゃダメなの?」
「えっ、はい」
当たり前ですけど、みたいな感じでこっちを見てくる。
「当たり前だろ、お前の常識どうなってんだ」
「いやいや、僕の住んでた所は王様を殺しにくる奴が一日五、六人いたよ」
「どんだけ恨み買ってるんだその王様。てか、お前随分物騒なところで暮らしてたんだな?」
「だから家出してきたんだよ。あんな戦闘狂と一緒に居たくないしね」
軽口を交わしていると、女の子がこっちを見て驚いてるのが分かる。
え、そんなに驚く事?
あ、トロッツ君王子様だっけ。
こんな口聞いちゃダメだったかな。
「……トロッツ様?」
「なんだ急に気持ち悪い」
「ひどい。ごめん」
「な、なんであなた、ここに……!? いえ、あなた、何が目的なの!?」
急に女の子が叫びだした。
「おい、ターシー、お前知り合いだったのか」
「ううん全然見知らぬ他人、だけど」
女の子の【目】を見る。
髪の毛に隠れて見えなかったけど、ウラノスアイズを発動する時特有の紋が浮かび上がってる。
あ、ウラノスアイズ持ちなのこの子。
んで、僕のステータス覗かれて、僕が魔王ってバレた感じだよね?
「ちょっとこっち来て!」
女の子の手をひっ捕らえて、廊下の角を曲がる。トロッツ君は置いてけぼりだ。
「ひっ、離しなさい! この穢れ……キャッ」
角を曲がった瞬間、瞬間移動した。
トロッツ君が追いかけてこれない所に。
「よし、ここならいっか。改めて自己紹介しよう。僕はターシー、君は?」
「ま、魔王に名乗る名前なんてない! それよりどういうつもり、一体何が目的でこの学院に忍び込んだの!」
「あーやっぱり魔王ってバレてるか。内緒にしといてくれる? 実は城から追い出されてるんだよね、今」
「……信じないわ、そんなこと」
「僕は君に敵意は無いよ。なんなら僕に攻撃してもいい。僕は反撃しないから」
「なんの目的があって、勇者の学院に魔王が来てるの」
「目的っていうか、勉強したくて。僕は殺すのが好きじゃないんだ。だから人間界に逃げてきたんだよ」
「……いえ、それでも先生に言う。だって魔王がいるなんて、大変な事態で」
「お願い、黙ってて! 卒業したら魔界帰るから!」
「え、ちょっ」
力任せに肩を掴んだら予想以上に踏ん張ってなかったみたいで、僕が押し倒したみたいになっちゃった。
「ご、ごめ」「やっと見つけたぞターシ……お前、何やって」
ほんっとタイミング良いよね、トロッツ君!
「いや、そうか、なるほど、だから女に靡かなかったんだな。既に心に決めた相手がいただなんて……悪かった、俺が無粋だったな」
「「待って違う!!」」
二人して引き止めてなんとか説得した。
女の子は何故かトロッツ君に僕が魔王だとは言わなかった。
僕のお願いを承諾してくれたのかな?
トロッツ君はいろんな授業取ってて、次は剣技の授業らしいからその場から去ってしまった。
僕と女の子がその場に取り残された。
「えーっ、と、さっきは言わないでくれてありがとう」
「え、彼は既に知ってるんじゃ……」
「いや、隠してるよ?」
「えっ……じゃあ伝えなきゃ」
「待ってお願い待って!?」
僕は平和に終わらせたいのに!
「本当に僕に敵意はないんだ」
「……遺憾ながら、それに関しては信じざるを得ない」
あれ、分かってくれてる。
「勉強がしたくて」
「……」
「潜在値がすごいから、スカウトされちゃって」
「……うん」
「家出しちゃって行く当てがなかったから、寮生活してるんだ」
「……続けて」
続けて!?
これ以上話すことないんだけどな、うーん。
「トロッツ君とは喧嘩仲間で、よく模擬戦してるんだ」
「……」
「トロッツ君凄いんだよ、すっごい複雑な魔法ポンポン撃ってくるの。それを編むのも凄いけど、それらが全てオリジナルって言うのが更に凄くて、剣も強いし魔力の潜在値もまだまだあるんだ。初めてやった時は全然ヨワヨワだったけど、いつの間にか強くなっちゃって。トロッツ君ってばめちゃくちゃ諦め悪いんだよ? 僕にボコボコにやられた癖に何度も立ち上がって『次は倒す!』とか『覚えてろ!』って言ってくるし……」
「やめて、分かったから、やめて」
「あ、うんごめん」
目頭を押さえて、僕を制止した。
続けてって言ったのそっちなのに……謝っちゃう僕も僕だな。
「あなたの言う事に嘘がないのは分かる。けど、貴方を信用できるかどうかは別」
「どうしたら君に信用してもらえるの?」
「…………無理」
「お願い信じて!!」
無理って言わないで!
僕今の生活結構気に入ってるんだから!
「……貴方が魔王ってことは言わないであげる。けれど、少しでも不穏な行動をしたら、すぐ取り押さえるから」
「うん、それでいいよ」
「……やけにあっさり……」
だって問題起こすつもりないもん。
「それより、君の名前を教えて」
貴重なウラノスアイズ持ちだ。
あわよくば魔界に引き込もう。
「……リーラ」
「よろしくリーラ。ところで、そのウラノスアイズはなんの能力なの?」
「……」
あれ、だんまり?
聞いちゃいけない感じだった?
「……貴方が色々話してくれたから、私も少し話してあげる。私のはウラノスアイズじゃなくて、ウラノスレンズなの」
「えっ、ほんと!?」
うそだあ、原始の目じゃないか、神の目じゃないか!
実在したんだ!
いいなあ、ますます欲しい!
「私の家は元々ウラノスアイズを持ってる人とばかり結婚して子供を産む家系だった。うちの家系は狂ったように『目』を求めてたから、一族全員ウラノスアイズ持ち。そんな中、ウラノスアイズの血を濃く引き継いだのが私なの。突然変異みたいなもので、私一人だけウラノスレンズをもって生まれてしまった」
神の目、御伽噺かと思っていた。
彼女の家族に感謝しなきゃ。最高の貢物だね。
「私の家族は私を閉じ込めた。外へ出られないように、逃げられないように」
いや、貢物って言い方は良くないよね。
彼女だって意思ある人なんだから、意思を尊重しなきゃ、うん。
「父は公爵家の子息を婿に迎えて、今度は家の地位を上げようとした。それでいてどうせ子供は彼との子じゃなくて、他のウラノスアイズ持ちの奴と作らせる気なのよ。気持ち悪い」
「あのー目、見せてもらっていいかな?」
「私の話聞いてないわね?」
正直、ウラノスレンズがどういうものなのか見てみたくて堪らない。
僕は彼女の前髪を上げて、瞳を見る。
ウラノスレンズを発動してない時にも、紋はあるみたいだ。さっき発動してた時はもっと濃くはっきり鮮明に見えたんだけどな。
よく見えないので、ぐいっとさらに近づきつつ、観察する。
「これは……術式? 古代文字で書かれてる……僕でも読めないや。字細かすぎ。文字古すぎ。いや、待てよ、この術式と同じ方針の魔法陣、トロッツ君組み立ててなかったかな。この前使ってた魔法陣が一層目のコレと似てる気がする。文字は違っても構成式さえ分かれば、うーん、一層目なら作れるけど、これ奥に何層あるんだろう? 視認できる範囲なら調べれるけどそれ以上だと厳しいなあ……いや、その前に目の中に術式を埋め込む技術を確立するのが先か? そもそもどうやって目に術式が書かれてるの? 生まれつきだとしたら、なんかもう人類の神秘を感じてもいいぐらいすごいけど、うーん……」
「は、離れて!!」
彼女に両手でどんっと押されてよろめく。
「えっうわあ、ごめん、夢中になってた!!」
思ったより接近してたみたいだ。鼻と鼻がひっつくぐらい。そりゃ離れてって言われるよ。
「ほ、ほんとうにごめん」
怒りか羞恥か、顔を真っ赤にしている。
「いいえ、貴方が眼に興味を持ってるのは十分伝わりました。眼にしか興味がないことも、十分分かったので、結構です」
「あ、いや、君自身にも興味あるよ? 潜在値とか目を見張るものがあるし。よかったら魔族にならない?」
「お断りします」
「そんなこと言わないで、ちょっとだけ考えてみてよ。ここでウラノスレンズを人間の寿命ごときで失うのは惜しい。かと言って、下手な奴と子作りなんて、ゴブリンじゃないんだから、嫌でしょ?」
「当たり前じゃない」
「じゃあ、長生きして、良い人品定めすればいいんだよ。魔族になったら長生きできる」
「……ちなみに何年ぐらい?」
「百は余裕。相性と魔力量にもよるけど、二百三百生きてる眷属もいるよ。僕の知り合いに眷属募集してる奴いるから、紹介しようか?」
「お断りします」
「えっ、そんなあ! いい条件だと思うんだけどなあ……まあ、気が変わったら言ってね。いつでも歓迎してる」
「絶対いや。死んでも言わないから」
僕の誘い文句がダメだったのかな。取り付く島もない。
まあ、仕方ないよね。種族を変えるって中々勇気がいる。
気長に待とう。魔族は長生きなんだから。
・
卒業式を迎えた。相変わらず僕はこの学院一位で、トロッツ君は二位。
本当に色々あった。
特にヤバかったので言うと、魔族侵入事件(僕の正体がバレるかと思った)とか魔物襲来(僕だけ襲われない珍事件)、それから第一王子暗殺事件(トロッツ君が容疑者にされた)とか。
容疑者トロッツ氏は、卒業試験前の最後の手合わせをした時に地団駄を踏んでいた。
「くっそ! 絶対負かす、覚えてろ!」
そんな三下のやられ役みたいな台詞も、今は懐かしい。
「うん、楽しみにしてるね」
「嫌味かこのヤロー」
そして、案の定リーラにはずっと振られ続けた。彼女はこの生きづらい人間界で生きていく決意をしたらしい。
「私がどうして断ってるのか分からない限り、貴方と共に行くことは出来ない」
とは彼女の談。
どうしてって、魔族になりたくないからでしょ、と聞いたら「だから貴方は人間の気持ちが分からないのよ」と詰られた。解せぬ。
結局、彼女は婚約者と結婚する覚悟を決めたのだろうか。あんな婚約者、彼女に相応しくないのに。
「シュバルツ紹介しよっか?」
と進言したら、むっと顔をしかめて
「私の問題だから。関係ない貴方が首を突っ込まないで」
と一刀両断された。
えー少しは頼ってくれても良くない?
僕ら、なんだかんだ二年間一緒にいた仲間なんだから。
そりゃ、魔王が信頼出来ないってのは分かるけど、そうだとしてもトロッツ君を頼るとか……むしろトロッツ君と結婚すればいいじゃん!
僕も信用できるし、王族らしいからリーラにとっても優良物件。
僕も二人の幸せを祈れたら幸せだ。
少し【寂しい】気がするのは気のせいだろう。
なんせ魔族に【情】の機能は存在しないのだから。
そうして学院を卒業した僕は二年ぶりに家出から帰ってきていた。
「ただいま、シュバルツ」
「……おかえりなさいませ、魔王様。多少、マシな顔つきになられた様で何よりでございます」
「その言い草はないんじゃない? てか、家出少年を捜す訳でもなくむしろ締め出すって何事? あの時締め出された事、僕忘れないからね」
「それは何よりです。さあ、お召し物を。そんな人間界のみすぼらしい物をいつまでも着てないでください。みっともない。あと少し人間臭いです、馴れ合いすぎじゃないですか」
「あーもううるさいなあ、姑かよ。この服は大事に取っといて。また着れたら着るから」
「コレをですか?」
「文句あんの?」
「……いえ、ございません。少し見ないうちに立派な魔王の風格を備えられて、わたくしは満足です」
「あっそ。あ、魔王軍に通達。この顔の奴が魔王討伐に来たら、素通りさせて。彼とは本気で闘いたいから」
僕はトロッツ君の顔写真をシュバルツに見せる。
「承知いたしました」
僕は卒業後すぐ、行方を眩ませた。
理由は単純、トロッツ君達に付きまとわれない為だ。
すぐに姿を消してしまえば、他の人たちも追ってくる術が無い。
そして僕は待ち遠しくて長い長い時間を、この魔王城で過ごすのだ。
早くトロッツ君来てくれないかな。
リーラ、口説き落としたかったなあ。
人間界は楽しかった。
けれど僕はやっぱりまごう事無く魔王なのだ。
瘴気に満ち溢れたこっちの方が、体調が良い。
人間界では互角だったトロッツ君とも、こっちじゃ僕が圧勝だろう。
なんせ魔族の本当の強みは、瘴気から魔力を得られる事なのだから。
僕も実際、自分の魔力と瘴気を組み合わせて練り上げた方がより強力な魔術ができる。
「でも、そんなの僕に有利過ぎちゃうんだよね」
だから僕は、瘴気を完全に消す術を編み出す事にした。トロッツ君が来るまでの良い時間つぶしだ。
「早く来ないかな。退屈で死んじゃうよ、僕……」
このところ、愉しい事が無いから僕は死んだ様に生きてる。生きてる意味が見出せないなら、死んだも同然だ。退屈で単調な日々を送るぐらいなら、いっそ死にたい。
……転生先は人間がいいな。まだ死なないけど。
トロッツ君と殺し合うまでは死ねないよ。
・
二年が経った。もう一年も前に瘴気を排除する術式は完成した。
「もうっ、遅いよトロッツ君!」
水晶玉で覗いた先には、魔界の入り口に立つトロッツ君と女の姿。フードを被ってるからあんまり分からないけれど、あれってもしかしてリーラ?
へーえ! リーラとトロッツ君が勇者パーティなのか。
他にも杖を持った奴とか弓持ってる奴いるけど、大したことなさげ。
そこら辺の雑魚にやられそうな感じ。
「二年経ったけど、あの学院の制服着れるかな……着れたら着れたで複雑だけど」
だって、二年前と全く変わってないって事でしょ。身長が。成長しないって辛い。
いや、魔族の中で過ごしてれば大して辛くないんだけど、一段と大人になったトロッツ君と、ちょっと大人の女性っぽくなって来たリーラ見てると成長が止まってる事が嫌になる。
「……着れた。着れちゃった」
二年じゃ魔族は大して成長しないって事だ。
ただそれだけの事なんだけど、人間が羨ましい。
あんなに成長するなら、あんなに変化するならきっと毎日がキラキラしてて楽しいに決まってる。
「またトロッツ君に身長の事からかわれるんだろうな」
そう言いながら、瘴気排除術式を展開させる。
この一室から瘴気が消えて、人間界とほぼ同じ環境になる。
会ったら何話そうかな。
久しぶり、元気だった? 来るの遅いよ、何してたの。待ちくたびれちゃった。
それからーー
バンッ、と扉が開く。
トロッツ君の目も見開かれる。
「お、おまっ……ターシー、だよな?」
「うん、久しぶりトロッツ君。元気だった?」
ダッと駆け寄って来て抱きしめられる。
敵意がなかったから流石に迎撃しなかったけど、敵の大将に抱きつくってどういう神経回路??
「この制服とか、懐かしくない? トロッツ君と会うときはこれ着ようって決めてたんだ」
だって、もし僕が魔王みたいな格好してトロッツ君に気付かれなかったらって思うと、なんか心臓の辺が痛いから。
昔と変わらない格好なら気付いてくれるでしょ?
「っ、お前、勝手にいなくなんなよ! 俺すっげー寂しかったんだからな!? 卒業式終わったら一緒に魔王倒さないかって誘うつもりだったのに、お前いねーし! 人間界じゃ相手になる奴いないからつまんねーし! どこ行ってたんだよ!?」
「お、落ち着いてトロッツ君。僕がマシンガントークについて行けないの知ってるでしょ」
「……悪い」
パッと距離を取ってくれた。
「僕もトロッツ君に会いたかったよ。だって、約束したのに全然来てくれないんだもん。待ちくたびれちゃった。二年って予想以上に長くて戸惑ったよ。学院に居た時はあっという間だったのにね」
「待て、俺、お前とそんな約束したか?」
「したよ。最後の手合わせの時『絶対負かす』って言ってくれたから、僕はここで待ってた」
「……ここで? 魔王は、魔王はどこにいるんだよ。まさか、もうお前が倒したとか!?」
「あれ、知らないの? 僕が魔王だよ」
リーラ、教えてないんだ。
「……は?」
「リーラから伝わってると思ってた」
クスクス、と僕が笑うとリーラはフードを深くかぶり直して言う。
「あなたとの約束だからね。言わないって約束したもの」
「律儀だよね。そう言うところ本当に好きだよ。やっぱり、こっち来ない? 不自由させないよ」
「あなたが欲しいのは眼でしょ? ならくり抜けばいい。出来るものならね」
「したくないよ、そんな事。欲しいのは眼でも、リーラが来てくれなきゃ意味ないから。その眼を使えないじゃん」
「……そんな事だろうと思った。本当に二年間、何もしてなかったのね。少しも成長してない」
なんとなく言葉が刺々しい。
「そう言わないで。僕だってちょっと悩んでるんだ。魔族の成長は遅いと言えども、トロッツ君とこんなに身長差あると、考えさせられるところがある」
「違う、そういう意味じゃないわ。だから貴方は人間の気持ちがわからないのよ」
また言われちゃった。『だから』の意味は分からないけど、仕方なくない?
僕魔族、君ら人間。
互いに埋められない溝があって当然だと思うんだよね。
人間が魔族に堕ちる事はあっても、魔族が人間になったケースは聞いた事ないし。
所詮、魔族からの歩み寄りは不可能なんだって、この二年間考えて出した結論だから。
「仕方ないよ、僕は『魔族』なんだから。そういう戦闘民族の魔族が嫌で嫌で仕方なくて、僕はここを飛び出した。けれど、戦うことは愉しい事だって気付いちゃったんだ。もう平和主義者なんて、口が裂けても言えない」
トロッツ君と戦う事で、僕は戦いの愉しさに目覚めた。
今までつまらなかったのは、一方的な蹂躙だったからだ。要はイジメ。結果がわかる戦い程つまらないものは無い。
けど、トロッツ君と闘ってる時は違う。互角で、どう転ぶか分からないぐらい良い勝負で、トロッツ君は意表をつくのが得意だからそれもすごく楽しかった。要はケンカ。
「やっぱり。貴方は『そう』言うと思った」
「ウラノスレンズで、未来の事までお見通し?」
「違う。貴方の『友人』としてそう思っただけよ」
「友人……」
友人、ともだち。
同族間でさえ育めなかった関係が、異族間で築けてしまったなんて皮肉だね。
ところでさっきからトロッツ君(と付き添いの弓師と魔法使い)が静かなんだけど、どうかしたのかな?
「……今まで、俺を騙してたのか?」
「そうなっちゃうね、ごめん。騙すつもりはなかったんだ。誓って言うけど、僕は君に、嘘をついた事は一度もない」
「じゃあなんで言ってくれなかったんだよ!」
「言ったらトロッツ君はどうしたの?」
「……」
きっと僕は勇者学院を追放されるか、その場で捕らえられるか、どちらかだ。
捕らえられても逃げるし、あの学院でトロッツ君ほど優秀な人は他にいなかった。
だからどうせトロッツ君が勇者で、僕が魔王で、ここで相対するのは決まってるんだ。
「何も変わらないよ。言っても言わなくても、結果は同じさ。勇者と魔王は戦う宿命にあるんだ」
だから、トロッツ君が友人を手にかける事を負い目を感じる必要もはない。今まで騙されてた事に対して悲しむ必要はない。
なんなら、よくも騙してくれたなクソ魔王、と罵りながら突進して来てもいい。
だって、トロッツ君は勇者だから。
「剣をとって。戦おう。僕は二年間、この時のために耐えて来たんだ」
「……」
トロッツ君は動かない。
「何か戦う理由が足りない? うーん、『勇者と魔王』以上に理由たり得るものなんて早々ないけど……あ、もし君が戦わないんだったら、僕は退屈に耐えられず、世界を滅ぼしに行くよ。なんせ僕は歴代最強の魔王だからね、朝飯前さ。さあ、武器を取って!」
トロッツ君は渋々、義務感といった形で剣を取る。
弓師と魔法使いは応戦するつもりがあるのか武器を構えるが、リーラは動かない。
「リーラはいいの? 魔法使えば勝機があるかもよ」
「……いい。結果は見えてるから」
「そっか」
『リーラが手を出すまでもなくトロッツ君が圧勝する』って意味なのか、それとも『どうせ負けるから闘っても意味がない』って事なのか。
リーラが視た結果は果たしてどちらなのだろう。
気になるけど、聞いたらつまらないから聞かない。
それを思えば、未来が視えるなんてリーラも大概つまらない人生歩んでるよね。
「じゃあ手合わせの時みたいに、トロッツ君からどうぞ」
「……」
無言で六層の魔法陣を積み上げる。
普通の人は二層できると凄いと言われる。
因みにウラノスレンズの中の魔法陣は数え切れないほど重なってて、トロッツ君が好んで使うのは13層以上重なった魔法陣だ。
六層程度で僕を止められると、本気で思ってるの? いや、まだ小手調べって事かな。
僕は簡単に打ち消してみせる。それと同時に弓師から強化弓が放たれていたので、そちらは躱す。
ファイアーボールも飛んでくる。コントロールはいいが、威力がイマイチ。手で揉み消した。
僕は弓師と魔法使いを狙う。弱い奴らは邪魔しないで欲しいんだよね、だからちょっと眠ってて!
「スリープ」
相手に直接触れて、脳からの信号をシャットアウトさせる。それだけで昏倒するので楽なものだ。
「……よし! じゃあ今度は僕がやるからね」
自分の周囲に五つの魔法陣を展開する。それぞれが10層の強力な魔法陣。
属性付与をした為、衝撃だけでは無く、熱や痺れが走るだろう。
トロッツ君でなければ即死ものだ。
だからリーラには絶対当てない。
コントロールがしやすいように、たかだか10層程度の魔法陣にしたのだ。
全てを時間差でトロッツ君に向け放つ。
トロッツ君はそれを全て見切って、いつも通り対抗魔術を構築して……
「え……?」
僕の予想は大幅に外れ、トロッツ君は全てをまともに食らって、地面にひれ伏してる。
なんで? 余裕でしょ?
やめてよ、そういうの。
僕は戦いたいのに。闘いたいのに!
「なんで、どうして? トロッツ君? まさか、死んでないよね。なんで対抗魔術を構成しなかったの? 僕と約束したじゃん! 『必ず倒す』って言ってくれたじゃん。僕は、それを信じてたのに……」
「……はあ。こうなる事ぐらい、分かってた」
僕が弓師と魔法使いにかけたスリープを、リーラが解除する。
「リーラ……トロッツ君はこんなに弱くなってたの? この部屋、わざわざ瘴気払ったのに」
「彼は魔王を殺す覚悟は決めてても、友人を殺めるつもりはなかったの。貴方には分からないでしょうけど」
その言い方にはどこか棘がある。
魔王を殺す覚悟があるなら、僕の事も殺せるよ。
僕が魔王だもん。
魔王だからって理由だけで、殺す理由には十分じゃん。
友人って関係が足枷になってるって事?
「分からない……分からないよ。トロッツ君は約束は絶対守る人だったから、こんな形で反故にされるなんて思ってなかった。最悪だ」
「最悪なのはあんたよ!!」
突然の大声に僕はびっくりする。
「トロッツが、どれだけあんたを捜したか知ってる? 魔王城であんたの姿を見た時、なんであんなに喜んだのか分かる? 貴方が魔王だと知った時の動揺が、今まで騙されてたんだと分かった絶望が、友人と殺し合わなきゃいけない苦痛が、あんたに分かるの!?」
分かんない。分かんないよ。ちっとも分からない。
人間の感性を僕に押し付けないでくれ!
僕は魔王なんだ。魔族の中でも、1番強い魔族。
戦えることは愉しい事。
争えることは嬉しい事。
殺し合えるのは生きてる証。
殺されるのは弱いから。
生き残れるのは強いから。
世界はこれらの単純なルールで出来ている。例外はない。
単調なルールに僕は退屈過ぎて死にたくなる。
だから代わり映えしない日々を変えてくれる、勇者を心待ちにしてたのに。
いつかトロッツ君が僕を殺しに来てくれると思えば、僕は退屈で死にそうな日々にも耐えられたのに。
「……はっ、分かるわけないじゃん。人間の価値観押し付けないでよ。魔族に感情の機能付いてないんだから」
魔族には簡単な喜怒哀楽と、闘争本能しか目立った感情がない。
色んな感情が同時に心を支配する事はない。
悲しみと怒りは共存しないし、痒すぎて辛いも腰が痛くて辛いも同じ『辛い』として処理される。そこに区分はない。
でもそうだったね、人間は複雑なんだ。だから面白いし、好きなんだ。
人間の複雑な感情まで考慮してなかった僕のミスだ。
「……興醒めだ。これあげるから出てって」
ポイっと回復薬が入った瓶を投げると、怒った顔をしたリーラが受け取る。
「次来るときには、僕を殺す覚悟が出来てからにして」
もう僕をがっかりさせないで。
「貴方こそ、次来るまでにその酷い顔なんとかしときなさい」
えっ、と思い鏡で顔を見る。別にいつもと変わらないよ。ただちょっと泣きそうなだけで。
リーラは弓師と魔法使いを叩き起こして、トロッツ君をヒョイっと担ぎ上げる。
いつの間にそんな筋力つけたの……?
「言っとくけど、これ身体強化してるだけだから!」
僕の考えをウラノスレンズで見透かしたのか、リーラは赤い顔して怒鳴る。
「あ、ああ、そうだよね。ごめん、リーラはそんな筋肉ついてなさそうだから、驚いちゃって」
ふんっと踵を返して魔王城を出て行く勇者一行。
僕はソファーを引き寄せてどかっと座る。
「……疲れた」
大して動いてない。魔力も使ってない。
なのにどうしてこんなに疲れてるんだろう。
「シュバルツ」
「はい、ここに」
いつもいつでも、シュバルツは呼んだらすぐに来る。暇なの?
「僕はいつ殺して貰えるのかな」
「……そんな事を仰らないでください。魔王様がいなくなったら、誰が魔王になりえましょう」
「シュバルツがなれば良いよ。僕、もう既に退屈過ぎて死にそうだ」
期待を裏切られたせいで、トロッツ君のせいで、楽しみだった再会があんなにつまらないものになってしまった。
あの瞬間の為だけに生きてた僕は、一体なんだったんだろう。
「……そう言わずに。歴代魔王様は最低でも五十年は続いております。貴方はまだ即位して五年ほど。今は退屈でも、将来きっと楽しいことがありますよ」
「……そうかな、そうだといいな」
例えば魔界に、僕より強い子が現れる、とかね。
次代の魔王が現れた時が、魔王生活の中で一番楽しいのかもしれない。
先代魔王も僕が現れて、僕に負けた時そう思っていたのかな。やけに笑顔だった理由が、今なら分かる気がする。
「……ちょっと寝る」
「かしこまりました」
トロッツ君のせいで、僕は戦いの愉しさに目覚めたのに。よりにもよってトロッツ君がそれに一番ショックを受けるってどゆ事!?
トロッツ君のばーか……。
あーあ、楽しい記憶の中だけで生きられたらいいのに。
・
今日の格好はちゃんと魔王らしい物だ。
この前みたいに、友人だからと手加減されては困るから、出来る限り僕の面影を消したかった。
「……また来た」
水晶玉を覗き込んで、勇者一行の姿を確認する。今度はもっとマシな戦いが出来るかな。
今回は手加減なんてしてやらない。
あんな腑抜けと戦うぐらいなら、すぐに殺しちゃう方がマシだ。
前回と同じように、バァンとドアが開かれる。
「来たね、トロッツ君。僕を殺す気になってくれた?」
「……ああ『魔王』、お前を倒しに来た」
そうやって僕に剣を向けるトロッツ君。
そうそう、それだよそれ! 僕が望んでたシナリオ!
……だけど、どうしてだろう。
なんだか酷くよそよそしくて、他人みたいな口調。
胸が、苦しいや。
……いやいや、何を言う。僕が望んだ事じゃないか。
「……うん待ってた。トロッツ君からでいいよ、手合わせの時みたいにさ」
僕は胸の苦しさを見て見ぬフリして、普通にトロッツ君に話しかける。
「……言われなくても」
真剣な、深刻な表情で展開したのは15層の魔法陣。
僕は瞬時に対抗魔術を構成し始める。
15層か、ちゃんと僕を殺す気でいるんだね。
「!?」
他のところから二層の魔法陣が飛んでくる。
あの魔法使いか。面倒だな。
そう思ってると弓も飛んで来て、僕は躱すのに少し時間を使ってしまった。
お陰で微妙に対抗魔術が構成しきれなかった。
姑息な真似して、まったく!
「くそっ」
僕は最高の防御魔法、全知全能の盾を展開する。
すごい魔力使うけど、あれ直撃したら相当痛いから。
対抗魔術が失敗した分も魔力が消費されるけど、僕魔力量多いから全然平気。余裕余裕。
トロッツ君は更に追撃しようとする。
僕に攻撃する暇を与えないつもりだな?
ってか何その陣、僕見たことないんだけど。
対抗魔術編めるかな。
やっぱりすごいなあ、トロッツ君は。
あ、氷のつぶてが出て来た。氷属性付与したらしい。
その間にも弓やら2〜3層の魔法陣が飛んでくるので避けていると、なんとびっくり氷のつぶてが付いて来た。
えっ、ホーミング機能ついてるの!?
まだ対抗魔術編めてないのに!
「くっ」
腕でガードしたはいいけど、ガードしたところか凍りつく。
こんな魔術を考えつくなんて、流石トロッツ君だ。
僕はファイアーボールを自分の腕にぶつけて、氷を溶かす。
次々にやって来る氷のつぶてを一々処理してたらきりが無いので、全知全能の盾を使って、氷のつぶてを止める。
そして身体強化してギュンッと弓師と魔法使いに近づこうとするが、見えない壁に阻まれた。
「ぐへっ」
どうやらトロッツ君が壁を作ってたみたい。
僕が気付かなかった? そんなバカな。
僕は即時対抗魔術を編んで壁をすり抜け、二人を触る。
もちろん、かける魔法はスリープ。
「え、リーラ!?」
リーラが二人の手を握って解術してるから、スリープが掛けられない。
なるほど、対策はバッチリってわけね。
リーラに触れようとしてもウラノスレンズで僕の動きが視えるのか、全然触れない。便利だなあ、その目!
その間にトロッツ君が構成した10層の魔法陣が僕を襲う。
瞬間的に10層程度の魔術を編めるのは本当にすごい。
僕は吹き飛ばされる。
「けほっけほっ」
うん、コレだこれ。僕が楽しみにしてた戦いは。
僕が負けちゃうような戦いを、僕は心から望んでた。
トロッツ君の目が冷たいように感じるのは気のせいで、それを見た僕の心臓がぎゅうってなるのはもっと気のせい。
だって、僕はこんなに満たされてるのだから。
僕は70層の魔術を編んでる間、簡単な魔法を放つ。ファイアーボールだったり、サンダーだったり。
他の奴らに邪魔されないように。
口で呪文を唱えながら頭で魔術を組み立てる。
「よし」
属性デタラメな魔力弾が、計50発発射される仕組みだ。
そうそう簡単に対抗魔術は編めない。
リーラなら出来るだろうけど、そのための魔力が足りないだろう。
「くっ……!」
トロッツ君が声を上げる。防御魔法で必死みたい。
「ほらほら、どうしたの? 守ってばかりじゃ勝てないよ」
僕がそう煽ると、トロッツ君はクソって顔した。けど、他の奴らにどうにか出来るほど易しい術じゃないので、必然的にトロッツ君が防御しなきゃならない。
50発が終わったところで、トロッツ君は即座に攻撃に転じた。
剣に属性付与をしたのか、僕めがけて突っ込んでくる。
「無駄だよ」
僕はそれを防御魔法で防いだ。が、止められたのは一瞬のことで、ふんっとトロッツ君が力を入れると同時に、防御魔法が斬られた。
え、防御魔法斬るって何?
聞いたことないよ!
トロッツ君、いよいよ人間やめたね!?
僕は間一髪でなんとか避ける。
そうだった、トロッツ君は僕と違って剣術や体術でも大概一番だったんだ。
僕はもう一度、全知全能の盾を作ろうとして気づく。
うそ、魔力足りない!
ガス欠状態だ。なんで?
まだまだ余裕のはずなのに!
いや、いつもより構築が雑になってたのかもしれないな。っと、今はそんな事を考えてる余裕ない。後回し!
簡単な魔法ならまだまだ出来るので、僕は身体強化をかけて、命からがらトロッツ君の攻撃を避ける。
その過程でオブジェが持ってた剣を奪い取り、トロッツ君と剣を交える。
「そういえば、トロッツ君と剣で戦うの初めてだね」
トロッツ君は返事をしない。
胸が痛むのは気のせい、気のせいだ。
魔族にそんな機能備わってない!!
ブーストかけ続けている分、トロッツ君と互角の動きは出来ている、と思いたい。
が、純粋な剣技は彼の方が上で、僕はジリ貧だ。
さて、どうしようか。
当然、この部屋にかけ続けてる『瘴気を排除する魔術』を解けば部屋に瘴気が充満して、圧倒的に僕が有利になるだろう。
けど、それは僕の信念に反するから却下。
……うーん、どうしようもないな、死ぬしかないや!
殺されるのがトロッツ君相手なら、悪くない。
そう思った次の瞬間、僕の剣が弾き飛ばされた。
「っく」
咄嗟に水を弾丸みたいに発射するが、トロッツ君には軽々避けられて、僕の首筋に剣が突き立てられる。
怖い、死ぬかもしれない。
ん、怖い?
いやいや、満足でしょ。
自分より強いトロッツ君に殺して貰えるんだから。
「……どうしたの? 早く殺しなよ」
僕は催促する。両手を上にあげて、目を閉じて降参のポーズだ。
「……っ、興醒めだ」
「……えっ」
トロッツ君は剣を納める。
僕もびっくり、彼の仲間もビックリだ。
「一度逃してもらった。俺も一度は見逃す。だが、二度目はない」
「律儀だなあ、殺しちゃえばいいのに。魔王なんて、人類に仇成す敵なんだから」
僕は何もやってないけど、他の魔族がちょっかい出してるみたいだから。
部下の行動は上司が責任持つべきなんでしょ?
本にそうやって書いてあった。
「っお前が! ……なんで、お前が魔王なんだよ……っ」
トロッツ君は泣きそうな声で、弱々しく言った。
初めて聞くトロッツ君のそんな声に、僕は少し動揺した。
「……仕方ないよ、そうやって生まれちゃったんだもの」
トロッツ君が、今日初めて僕を見てくれた。『魔王』じゃなくて、僕を。
それが、なんとなく嬉しい気がするのはどうして?
「……お前とは、友達でいたい」
そう思ってくれる事が、とても嬉しい。
僕も、友人でありたい。
「僕もだよ。だから僕を殺して欲し」
「人間は友達を殺したりしねーんだよ!」
「……」
じゃあ友達じゃなくていい
……だなんて言えないよ。
魔王として殺して貰うのも、トロッツ君と友人でい続ける事も、僕にとっては大切なんだ。
両方ともは叶えられないの?
「ごめん」
「……何に対する謝罪なんだよ」
「…………ごめん」
僕にだってわからない。
けど、僕はトロッツ君の望み通りの動きは出来ないし、僕がトロッツ君を苦しめてるのは事実だから、謝らなきゃと思って。
「……早く出てって」
僕の魔力が切れそうだ。
そしたら、この部屋にも瘴気が充満してしまう。
瘴気って人間の体には毒なんでしょ?
「いやだ、お前とは話し合わなきゃいけない気がする」
「勇者と魔王の決着が話し合いでつくなら、今までだってやってるよ」
ねえ早く出て行って。おねがい。
「勇者と魔王じゃない。友達としての話し合いだ!!」
「……それでも僕は魔族で、君は人間だ。種族の溝は埋まらない」
「いいや、埋まる! いつかきっと、分かり合える日が来る!」
来ないよ、そんな日、永遠に。
だってそもそも体の構造から違うんだから。
「僕はどう足掻いたって、君達と同じ時間を歩めない!!」
トロッツ君の声が止まる。
「僕の姿を見たら分かるでしょ? ちっとも成長しないんだ。君達は僕を置いていく。そのくせして、何が友達だよ」
「……」
「魔族はいつだって戦う事だけが生き甲斐の戦闘狂ばっかりだ。僕だってその中の一人。戦う事が楽しくて仕方がない」
魔力まだ持つかな。
「僕達に君達人間みたいな感情は無いし、価値観も違う。それは話し合いで解決できるような物じゃなくて、本能的な物だ。お願いだから、帰ってよ。君達とは分かり合えないんだって、分かってよ」
僕だって分かりあいたいよ。
何のために家出したと思ってるの。
人間の良い所たくさん知ってる。
トロッツ君の凄いところたくさん知ってるよ。
リーラの素敵な所も沢山知ってる。
けど、どうしようもなく僕は魔族で、君は人間なんだ。
僕に君たちの考え方を理解する事は出来ない。
人の気持ちを分かった『フリ』はできても、心からの共感はできない。
「人間にも戦う事が好きな奴は沢山いる、同じ人間だってそれぞれ違う価値観を持ってるっ。ターシーに感情がない? じゃあ、お前が今泣いてるのはなんなんだよ!」
「ぼくが、? ないてる?」
思わず顔を拭うと、確かに泣いているようだ。
「確かに魔族と人間は分かり合えないかもしれない。何百年も争ってきて、今更分かり合えるだなんて俺だって思ってない。そう思えるほど、俺は優しくない」
「……」
ほらやっぱり分かり合えないじゃないか。
僕の魔力が底をついたのを感じる。
瘴気が少しずつ部屋に入って来る。
「けど、魔王とか勇者とか、そんなの関係なく友人としてわかりあう事なら、きっとできる。学院に居た時みたいにな」
「【友人】ね……魔族には【友人】も【家族】も、そういう概念がないんだ。だから僕が君たちに向ける情は存在しない。帰って、瘴気は体に毒でしょ?」
「嘘だ。俺らに向ける情がないなら、なんでお前はこの部屋の瘴気を排除してたんだ? 俺らの体を気遣ってくれてたんじゃないのか」
「それは……」
僕が思う存分闘いたいから瘴気を無くしただけ。
本当に? だったら戦い終わった時点で、瘴気を部屋に流し込んで良いはずだ。
「魔族魔族って、自分も含めて一括りにするなよ! 俺が分かり合いたいのは、魔族じゃなくてお前なんだよ!!」
僕と分かり合いたい?
でも、僕は魔族だ。僕と分かり合いたいって事は、魔族と分かり合いたいって事になるんじゃ……ううん、魔族の中では平和主義者だったじゃないか、他とは、違う。
僕だって……
「……ハハ、トロッツ君も泣いてるよ」
「うるせー、瘴気が目に沁みただけだ!」
「……でも、僕は魔王で君は勇者だ。勇者は魔王を倒さなきゃいけない。友人だろうと、そこは変わらない」
「……そんなのどうでもいい」
「良くない。トロッツ君の立場が悪くなるんじゃないの? ……また来てよ。次で最後だ」
「……っ! 俺はお前を殺したくない!! なんでわからねーんだよ!?」
「僕は君に殺して欲しいよ。もし君が僕を殺さないなら、僕が君を殺して世界も滅ぼすから」
「ターシー!」
「分かり合えないってことを、分かって欲しい」
僕は部屋に流れ込んで来た瘴気を使って三層程度の魔術を作り、トロッツ君をドアの外へ吹き飛ばす。
魔力が無くても、瘴気があれば多少の魔術は使える。
「ケホッ。おい、ターシー!! まだ話は、」
「終わりだよ。話す事なんて何もない」
トロッツ君は叫んでる。
トロッツ君が入ってこられないように壁を作る。
僕の友人が、君でよかった。
君となら、分かり合えたかもしれない。
けれど、君が人間の世界で生きていくなら、魔王を倒さず逃げ帰ったなんて外聞が悪いでしょ?
君が僕を倒せば、君は世間の英雄だ。それでいい。
それが勇者の友人として魔王が唯一できる事だから。
「他の人たちも出て行きなよ」
僕が睨むと、弓師も魔法使いもトロッツ君に続いて出て行ったけど、リーラだけは残った。
「リーラも出て行ってよ。それとも、眷属になりたい?」
「冗談はよして。……私は未来が視える」
「ウラノスレンズでしょ、知ってる」
「貴方は、世界を滅ぼさない」
「そうだね。君が言うならそうなんだろう」
元々、滅ぼすつもりなんて無い。
トロッツ君が僕を殺してくれないなら、退屈な日々をまた味わうぐらいなら、いっそ死んでしまって、来世に期待した方が建設的だ。
「……私、貴方の血を持ってる」
「ん? えっうそ、いつ取ったの?」
「学院の時に採取させてもらった」
「ナニ、そんなに僕の眷属になりたいの?」
僕は冗談めかして、少し笑って見せた。
魔族の血を飲めば眷属になれる。有名な話だ。
まあ、相性にもよるけど。
「なってもいいとは思ってる。貴方が『魔族』をやめれば」
「……え、なってくれるの?」
「貴方が魔族をやめればね」
「意味が分からないよ」
僕が魔族やめたらリーラは眷属になれないよ?
「貴方の『魔族として』の主張は聞き飽きた。私は『貴方の』想いが聴きたい」
「僕の、おもい……?」
僕の想い。
リーラに魔族になって欲しい、その眼が欲しいから。
できれば、僕の眷属になって欲しい。
どうして? ……どうしてだろう。
「……僕の眷属になって欲しい」
「他の人じゃダメなの?」
「それは、ダメ。魔王としてならウラノスレンズが手に入ればなんでもアリなんだけど、僕は君を他の人に渡したく無い、かも」
「どうして?」
「……その眼が欲しいから?」
「じゃあくり抜けば?」
「それじゃ使えないよ。君が欲しい」
「使えるかもよ? 誰かに移植すれば」
リーラ以外の人が、リーラのウラノスレンズを使うの? ……なんか、嫌だな。
「嫌だ。君がいいんだ」
「どうして?」
「……君が、欲しいから」
「なんで?」
「……」
「まあ、成長した方ね。貴方は、『魔王だから』と自分の心から逃げないで、しっかり向き合うべきなのよ」
「……リーラが言うなら、そうなのかも」
「そうなの。……また来るわ」
リーラはそう言って、部屋を出て行った。
ばたん、と扉が閉まる音がする。
「……うん、待ってる」
ウラノスレンズは何でもお見通しだ。
多分リーラには敵わない。
きっと、僕の本心だって見抜いてるし、僕の悩みの答えもくれる。
けれどそれをせずに自分で答えを出すように促すのは、リーラなりの優しさなんだろうと思う。
ああもう本当、僕の友人は優し過ぎる。
ますます好きになっちゃうじゃないか。
・
バンッと扉が開く。
今日はどうやら勇者一行のうち、弓師と魔法使いは置いてきたらしい。
トロッツ君とリーラの二人だけだ。
「よお、ターシー。よくもこの前は追い出してくれたな」
「やあ、トロッツ君。この前はごめんね」
今度は手合わせじゃなく、本気の戦いを。
僕はトロッツ君に向けて30層の魔術式を撃ち込む。
「いきなりかよ!?」
「殺し合いにいきなりも卑怯もないでしょ?」
「おい、ターシー!」
「ほら、反撃しなよ。じゃなきゃ死んじゃうよ?」
「っくそ!」
トロッツ君は20層の魔術式を僕に向けて放つ。いつも通り解析して、最小の魔力消費で対抗魔術を編む。
僕はこの前トロッツ君が使った、ホーミング式氷のつぶてを使う。
「ゲッ」
トロッツ君は全てを盾で防いでるけど、それも時間の問題だ。
ホーミング式のと普通の氷魔法を織り交ぜて使う。
トロッツ君はどちらがホーミング式かなんて分からないから、全てを受け止めるしかない。時折、鋭く尖った氷つぶてを混ぜて、盾の一箇所に突き刺す。それを何度も繰り返す。
トロッツ君はホーミング式の魔術を対抗魔術を当てて打ち消したけど、普通の氷魔法は消えない。ギョッとしてるトロッツ君の盾に穴が空いた。つぶてが彼の体に当たる。
「けほっ」
「『炎龍』」
龍の形をした炎がトロッツ君を呑み込む。
トロッツ君は水魔法でなんとか防いでるようだ。
「『鏡返し』」
トロッツ君がそう唱えた瞬間、炎龍が自分の方へと跳ね返ってきた。
「うわっ」
相手魔法のコントロールを失わせる魔法?
強すぎじゃない?
僕は即座に水をかけて消火する。
息吐く間も無く、トロッツ君から追撃が来る。
そうして1時間はやり合っていた。お互い退かず、決着はつかない。魔力だけが消費されていく。魔力が無くなったら、次は肉弾戦だ。そうなると完全に僕は不利になる。
けど、楽しい。
思わず笑ってしまって、しまったと思いトロッツ君の顔を見ると、トロッツ君も同じように笑っていた。
なんだ、似た者同士じゃないか。
僕は最後の一撃をトロッツ君に叩き込む為、魔法陣を重ねる。残りの全魔力を使った、僕に出来る最大級の魔術だ。
「おまっ、これは、城壊れるぞ!?」
「いいよ、別に! 僕が建てた訳じゃないから!!」
もっと、もっと重ねなきゃ。
僕の魔力が底を尽きても、しばらくは瘴気を排除出来る仕掛けにしたから、瘴気に関しては心配いらない。
魔族は魔石なんて使わないんだけど、人間を見習って魔石を組み込んでみて、30分〜1時間は保つようにした。やっぱり人間ってすごい。
「っよし、こい!!」
トロッツ君は覚悟を決めたらしく、対抗魔術を算出し始めた。
防がれてたまるか!
「いっけえぇぇー!!!」
ドオォォン、という爆撃音。
その日、魔族の象徴たる魔王城は崩壊した。
・
僕とトロッツ君は二人して外に放り出された。
魔族は魔力体、つまりエネルギーの塊みたいな存在だから、魔力がスッカラカンになった時点で満身創痍だ。
因みに魔族の発生方法にも起因している。瘴気が異常に濃くなり、固まり始めたら魔族が生まれる前兆だ。
対してトロッツ君は立てるぐらいの余裕はありそう。寝そべってるけど。
「ふふっ……あはははっはははっ」
なんでか笑えてくる。体はぐったりだけど、頭はスッキリだ。なんで今まで、あんなに殺される事に執着してたんだろう。
僕は死んだフリしてれば、トロッツ君は魔王を倒したって証言できるじゃないか。
戦うだけなら死ななくてもいいって、人間界で学んだ筈なのに!
それに、今まであんなに辛かったのが嘘みたいに楽しい。
「くっ、わはははははは」
トロッツ君も、可笑しくてたまらないみたいで笑ってる。
ゴツン、ゴツン!
「いだっ」
「いってえぇぇ!!」
痛みにのたうち回るトロッツ君。いや、痛かったけども、そんなに?
目の前にはすんごい怒ってるリーラ。
リーラ、痛いよ。
「ふんっ、自業自得よ。ほんっと男の子ってバカなんだから。いつまで経っても戦いが好きなのね。戦うのはいいけど、あんたら完全に私の事忘れてたでしょ!?」
リーラが何か言ってるのはわかるんだけど、トロッツ君の「うおー」「いてー」がうるさくってよく聞き取れなかった。
ていうか、勇者を悶絶させるグーパンを放つ女の子……
「……やっぱりリーラってゴ「言わせない」ウッス」
今気づいちゃった。
これからリーラのあだ名は『ゴリーラ』だ。
……心の中でそっと呼んでおこう。
「身体強化かけただけだから」
「にしてもお前、全力だったろ!?」
「当たり前じゃない。私、死にそうな思いしたのよ? それをゲンコツ一つで許そうってんだから優しいと思わない?」
「なんで俺にだけ全力なんだよ!?」
「あなた、まだまだ元気そうじゃない」
「お前が死にそうになった原因アイツな!!」
ビシッと指さされる。そうだね、リーラがいるって事すっかり忘れてた。
「ごめん、リーラ。忘れてたよ」
「さいっってい」
「ごめんって」
僕はハの字に眉を下げる。リーラはうっ、と言葉に詰まる。
「……次はないから」
「お前、ターシーに甘くね!? いくら好きなグフォッ!!」
「うっさいわよ、あんた!」
顔を真っ赤にして怒るリーラ。
だから、勇者を吹き飛ばす蹴りの持ち主って……流石ゴリーラ。
身体強化って言っても、元が強くなきゃ強化しても大した効果はない。強化率は10パーセントってところだからだ。もちろん、僕みたいに体のリミッター外して50パーセント底上げとかも出来なくはないけど、多分人間がやったら五分で血まみれだ。体が耐えきれずに。
つまり、強化してるって言っても、元が強くなきゃ蹴り飛ばせないので……まあそう言う事だ。
「なに、リーラ僕の事好きなの?」
「はあっ、ばっか、違うわよ!! 自惚れないで!」
「そっかあ、けど僕は好きだよ。君たちの友人で良かった」
へへへ、と笑う。
トロッツ君は一瞬破顔した後、リーラを見てニヤニヤしだした。リーラはリーラで複雑そうな顔だ。
「残念だったなあ、リーラ?」
「……いや、嬉しいわよ。嬉しいんだけどっ」
二人は仲良しだ。ほんと、二人で結婚しないかな。祝いやすいし。
そういえば結局、まだ決着着いてないんだけどな?
けど、トロッツ君ったら僕にトドメを刺す気配がない。
確かに僕の負けだけど、本当の本当に僕を殺さずに、人間界に虚偽の報告をしてもいいの? それは人間界に対する裏切りじゃないのかい?
……人間を、裏切ってもいいの?
・
その後の話をしよう。
トロッツ君は魔王を倒した勇者として、人間界の英雄になった。
その時に行われたパレードには僕も参加させてもらったけれど、ヒトがすごく沢山いて、屋台がたくさん出てて、皆幸せそうだった。
僕が倒されただけで、このお祭り騒ぎ……ごめん、魔王、本当は生きてる。あ、おっちゃん、イカ焼きちょーだい!
流石にトロッツ君は主役過ぎて抜け出せなかったみたいだけど、リーラはちょっと抜けてきたみたいで、僕と一緒に屋台を回った。
「あんたを倒した祝いのパレードなのに、よく楽しめるね」
「お祭りって初めてだから。魔界じゃやらないもの。ねえ知ってた? このピカピカ光る水、パチパチするんだよ!」
「ライトソーダね。そのお面は?」
「トロッツ君を模した勇者の面と、僕モチーフの魔王の面」
カケラも似てないのが寧ろ笑える。
「満喫してるわね」
リーラは呆れ顔だった。なんで?
お祭りは楽しむものでしょ?
少しの時間だったけど、友達と一緒に回れて良かった。今度は3人で回りたいな。
あと、トロッツ君は王家を追い出されたらしい。なんで、勇者なのに! って言ったら、英雄になって人気が高まり過ぎたのが原因らしい。以前、容疑者になってたこともあり、謀反の疑いアリって思われたんだって。
「仕方ないよ。トロッツ君、人相悪いもん」
最近、ヒトの顔の判別がつくようになってきた。こういうヒトが格好良くて、ああいうヒトが可愛いんだ、みたいな。それでいくと、僕は中々格好いい、と思う。自惚れじゃなければ。
「なんだと? やる気かコラ。けどまあ別に王家にこだわってたわけじゃねーしな。むしろ俺から出てきてやったわ!」
ふんっと鼻息荒くトロッツ君は言う。
「昔は『王子として民を、王を支えていく…』とか言ってたじゃん」
「やめろ、ほじくり返すな」
もう王族云々とかはどうでもいいらしい。
考え方って、二年で変わるものかな?
きっとよっぽど何か劇的な事が起こったのだろう。
そして、リーラの婚約者だが、リーラの方からキッパリお断りしたらしい。トロッツ君も介入したんだって。仲良いね。
「二人は結婚しないの?」
「俺は王族だったし、下手な恋人作れなかったからな。第七王子の妃って旨味ねーし、女も寄り付かん。だからまだまだ当分先だ」
「私は相手にその気がないから」
うーん、僕は二人で結婚しないのかってニュアンスで言ったんだけど、伝わらなかったみたい。
「えっ、リーラ相手いるの」
「最近ようやく自分の感情を理解し始めたばかりの人がね。まだ恋まで至ってないのよ。気長に待つわ」
人間は興奮・不快・快から始まり、2〜3歳で基本的な感情が全て揃うらしい。
つまり、相手は幼児?
魔族の僕でも人間の世界で幼児と結婚するのが異常だってことはわかる。
「な、中々応援しづらい恋だね。幼児を相手にするより、身近にいい人いると思うけどなあ」
「待って、幼児?」
「え、幼児じゃないの」
「違う!」
トロッツ君が笑いをこらえてる。トロッツ君は相手を知ってるのかな? 後で聞いてみよう。
「なんだ、そうなの。リーラが変な言い方するからびっくりしちゃった。因みに僕のオススメはトロッツ君ね。二人が結婚したら、僕お祝い行くよ」
リーラがガンっとトロッツ君の頭を殴る。
なんで急に!?
も、悶絶してる……!
「だ、大丈夫、トロッツ君?」
「……お〜う、大丈夫大丈夫。あの暴力女なりの照れ隠しだハハ」
そ、そう言う割には目が座ってないかな?
若干目に光ってる涙には触れないほうがいいよね。
いや、人間界には「喧嘩するほど仲がいい」なんて言葉もあったはず。やっぱり仲良しさんなんだな。
その後、トロッツ君はリーラに殴りかかってたけど、いや、無理でしょ。ウラノスレンズには敵わないって。
ほら避けられた。あ殴られた。
二人ともお似合いだと思うんだけどなあ。
同種族だし。
……やっぱり、僕も人間が良かったかも。
これは来世に期待だね。
「……まあ、色々あったが、これでようやく俺らの柵が一つもなくなったわけだ」
「うん?」
ゴリーラにボコボコにされて腫れ上がった顔で何を言ってるんだろう?
「俺は第七王子ってこともあったし、いろんな人から勇者になれるって期待かけられてきたし、今代の騎士団長には剣術指導の点で大変お世話になりました。けど、皆の期待には応えたし今は王子じゃない」
「うん」
トロッツ君は立派に勇者やったよ。
僕死んでないけど。
結局の所、魔王を殺してなくても『殺した』って宣言すれば勇者は英雄になれるらしい。
えー、なにそれ。言ったモン勝ちじゃん。
「……私は婚約者との縁は切ったし、家に対してなんの未練もない。問題ないわ」
「うん?」
まって話が見えないよ? 僕置いてけぼり。
何の問題がないの?
「ってわけで、密かに育んでた恋のために俺とこいつは駆け落ちして行方を眩ます」
「おっ、おおっ? それはおめでとう!」
リーラとトロッツ君が一緒なら安心だ。
ちょっと寂しいけど。胸がツキンとするのは気のせいだね。
「っていう設定ね。筋書きを真実みたいに言わないで」
ぶへえっ、と汚い声を出したのはトロッツ君。その頬っぺたを殴りつけてるのはリーラだ。
「え? ドユコト?」
「要は人間やめるってこと。トロッツ」
「はいよ。せーの」
「えっ」
それ、血? まさかまさか、僕のじゃないよね?
いや、人間の生き血を啜ってたとしたら、それもそれで大問題だけど!
人間やめるって何?
え、二人が魔族になるってこと?
「待って、無理しないでいいからほんと」
「うぇ、もう飲んじまった。諦めろ」
「いや、でも二人は人間だし、僕なんかの為に二人が合わせる必要どこにもなムグゥ」
頬っぺた挟まれて、タコさん状態だ。
「貴方が気にすることない。私達が自分の意思で選んだこと。そもそも、常々私に魔族にならないかって誘ってたのあんたじゃない」
「それは、そうなんだけど。でも、僕が魔族なばっかりに二人までそんな」
リーラの場合、絶対断ってくれるって安心感が密かにあったって言うか。
「ウジウジ言ってんなよ。俺らが望んだことなんだよ。それに、もう飲んじまったもんは吐き出せねえしなあ」
「それは、そうだけど……」
「それともなんだ、俺らがお前の眷属になるのは迷惑だったか?」
僕は両手で顔を隠して小声で言う。
「……実は死ぬほど嬉しい」
「ならいいだろ。何も問題ねーよ」
頭をワシワシされる。なんか面映ゆい。
「唯一の問題は人間界で噂される私たちのことね。こいつと駆け落ちとかあり得ない」
「俺だって嫌だわ。けどそれが一番スムーズだったんだから仕方ねーだろ」
そんな二人に僕は提案する。
「いっそ噂を本当のものにするとか……」
「「絶対いや」」
お似合いだと思うんだけどな?
その日の夜、二人に魔族化の兆候が見られて、二人は大いに気持ち悪がってた。むずむずするみたい。
翌朝には完全に魔族になってた。
小さなツノが生えてたり、翼があったり。
二人して互いの姿を指差して笑ってた。
「あんた、自分のブツよりご立派(笑)なツノじゃない! 生粋の魔族より魔族っぽいわよ、悪人面!」
「はあ? なんでお前が俺の息子知ってんだよ!? じゃねえわ、俺の息子こんなミニマムじゃねーから! お前の方こそ、何その翼!? 天使か!? 悪魔のくせに!!」
「あんたら、私の前で堂々と野糞してたでしょうが!! 翼は魔族らしくちゃんと黒いじゃない! 触り心地最高よ!?」
……二人とも、昨日はムズムズしてて眠れなかったみたい。テンションがおかしくなってる。
「まあまあ、二人とも。最初はそんなものだよ。成長するにつれて大きくなるさ」
魔王城は崩壊して無くなってしまった(犯人:僕)ので、骸骨兵に新しい城作らせてる。
不眠不休で活動できるとは言え、大変そうだから今度戦うときは外でやろうね、トロッツ君。
「……待てよ、俺、ターシーの魔族スタイル見たことねーぞ」
「そう言えばそうね。魔法で隠してるわけでもなさそうだし……?」
リーラはウラノスレンズで魔法の反応を見てるのかな?
けど、魔法じゃないんだな。物理的に切除しただけだから。
「ああ、うん。切った」
あんまり好き好んで切ろうとする人いないけどね。
魔族は角とか翼は立派であればあるほど魔力が高い証拠で、誇りにしてる人が多いから。
「「切った!?!?」」
「え、うん、人間界に忍ぶのに邪魔だったし……」
「切れるのこれ!?」
トロッツ君が僕に掴みかかる。わあわあ、揺らさないで〜。
「ええと、人間でいうと爪みたいなものかな。成長の遅い魔族でも二〜三ヶ月で生え揃うし。成長しきったらそれ以上伸びないけど」
本当はトロッツ君たちがここに来る前にも生えてきてたんだけど、気づいてもらえないかもしれないと思って、切り落としたんだよね。
僕って分かってもらえないと悲しいじゃん?
言わないけど。
「じゃあ、貴方ずっと深爪状態!?」
「慣れればなんとも。ああ、けど隠すこともできるよ。こう、グッとして引っ込める」
「わっかんねーよ、その感覚!」
「魔族なら生まれた時に備わってる筈なんだけど……そのうち出来るようになるよ! 僕もいつの間にか出来てたし」
「……じゃあターシーも私たちと同じように生えてくるのね?」
「うん」
「じゃあ俺らはその時を楽しみに待ってるわ」
「そうね、なんならカメラでも買っておきましょう」
「え、ええ、そんな面白いものじゃないよ? 人間の耳とか、人それぞれ形違うけど全く興味ないでしょ? それと同じ感じで」
「隠そうとするのが余計怪しい。そもそも、今まで何年も一緒にいたのに、その度に切ってたのか?」
「そうだね。バレたくなかったし」
「マジか、生え際気にしときゃよかった」
「ハゲてる人みたいな言い方やめて」
「ターシーに生えるのが楽しみね」
「そんな面白いものじゃないけどね……」
魔族になった事に興奮してるだけで、そのうち絶対飽きるよ。
いつの間にか普通で当たり前になってるから。
けど、二人がいるなら、当たり前の事もきっと楽しい気がする。
つまらない日常もきっと楽しめる。そんな気がするんだ。
「二人とも、ありがとう」
「な、なんだよ、急に」
「魔族になった事に対してなら、お礼は要らないわよ。私たちが好き好んで成ったんだから」
要らないって言われても、何度でもお礼したい。その事もあるけど、僕が一番伝えたいのは、
「僕の、友達になってくれてありがとう。君たちの友達になれて良かった」
うん、これだね。
自分の気持ちをはっきり言葉にして伝えた結果、僕は二人に抱きしめられた。
リーラはいいけど、トロッツ君、痛いよ。
ふふっ。
僕、世界で一番幸せだ!