とある潜入者の末路
俺は、狭い通路を必死に走っていた。
まもなく体力の限界を迎えそうだが、ここでバテてしまっては奴等に捕まってしまう。奴等が俺を生かしておくはずがないことは、火を見るより明らかなことだ。
一刻も早く外の世界へと出たいところなのだが、そうは問屋が卸さない。アジトがあまりにも広すぎることは、長年居た俺が一番よく知っている。だが、俺はここが広いということは知っているのだが、どのようにすれば逃げ切れるのかはわからない。長年居たのだからそれぐらい調べておけよという話になるのかもしれないが、それは不可能といっても過言でもない。狡猾な奴等には、変な行動を起こせばすぐに感づかれてしまうのだ。
故に、俺は毎日、黙々と自分の仕事をこなすしかなかったのだ。
まあ、外に出て活動することも出来たので、出入り口の場所は知っている。しかし、そこは真っ先に奴等が封鎖するだろう。奴等は冷徹さに加えて狡猾さも持っているからな。
「うわっと……」
目の前に行き止まりが見えたので、俺はやむ無く足を止めた。息を整える間に、辺りを見回す。
「左だな」
俺は角を曲がろうとして、体を震わせた。耳が、2つの足音を捉えたのだ。その足音は、大きな音を響かせて、こちらへと近づいてくる。
(まさか、感づかれたのか!?)
いや、ありえない。俺は走っていたものの、出来る限り音をたてないように慎重にやって来たのだ。それなのに気付かれてしまっては、俺はもう為す術がない。
おれがあれこれ思案していると、話し声が耳についてきた。
「まさか、鼠が一匹迷い混んでいたとは思い込みもしませんでしたよ、兄貴」
この声は……兄貴分にいつも引っ付いているあいつの声だ。こいつは能無しなのだが、それ故に突拍子もないことをしでかしてくる。俺も昔から苦労したものだ。
「フン、前から痕跡は残っていたからな。そうだろうとは睨んでいたが……。いい気になりやがって。ただじゃ済まさねーぞ」
こいつはNo.4の、言わば幹部格の男だ。能無しの弟分とは違い、知恵があるため、こちらの方が何倍も怖い。また、武器の扱いにも長けていて、昔、別のところから潜入してきた奴が容赦なくうたれたところを俺は見ている。
「ったく、何処に消えやがった……」
「まあ、そうあせるな。出入り口は全て固めてある。もう奴は袋の鼠だ。逃がしはしねーよ」
んだとォ!? そしたら、どうやってここから逃げおおせるっていうんだよ! このまま留まり続けても、何れ見つかってしまうし、かといって下手に動いて追い詰められたら元も子もない。考えろ、俺。どこかにあるはずだ。この窮地を抜け出すことの出来る、解決策が――!
「にしても、とんだ災難だぜ。よりにもよって二人が不在の時に見つかるなんてよ」
「フン、俺がいれば戦力は大して変わらないだろう。まあ、あちらには熟練の技というものがあるけどな」
そ、それだっ!!
二人というのは恐らくNo.1のボスとその側近のNo.2だろう。それが不在ということは、何れ扉が開かれると言うこと。それに乗じて外へと逃げられれば、俺の身は保証されたも同然だ!
おっと、すまなかった。一人で勝手に喜んでいたな。
いい忘れたのだが、ここはボスとその側近、No.3の女、そして例の兄弟分二人を中心に組織されている。下3名と側近は頻繁に外へと駆り出して行くのだが、ボスは基本、アジトに留まって作業をしているのだ。しかし、今日は側近を引き連れてどこかへ行っているらしい。先程まで能無しとその兄貴しか見かけなかったのは、そういうことだったのか。
まあ、何れにせよ、アジトの出入り口の近くへと移動した方が良いだろう。ここからだと距離があるため、いざというときに不利に働く。
慎重に見回して確認すると、俺は駆け出した。大丈夫だ、この隅を走っていけば、見つかることは――
「見つけましたぜ、兄貴!」
なにいッ!?
「よくやった。どこにいる?」
「そこの奥に入って行ったようですぜ」
バレてる、だと!? 何故だ、何故なんだ!
「よし、これを使おう」
「それは……」
「新しく仕入れてきた薬だ。これを使えばどんなやつもイチコロだとよ」
あ、あれは! この前耳に挟んだ、即効性の毒ガス!?
「よし、いくか。吸わないように気を付けろよ」
や、やめてくれえっ! た、頼むからっ!
「…へ………てきた………にき」
「よ……った…………うで…だ」
それから、俺の記憶は途絶えた。
*
「へへっ、でてきたぜ、兄貴!」
「よくやった。上出来だ」
二人の男が、顔に笑みを浮かべる。そこに、一人の女が階段を降りてやって来た。
「ちょっと、またやってんの? 最近ミステリとかギャングモノの見すぎじゃない? 悪の組織のリーダーになりきっちゃってさ。いい加減に止めないと……って、きゃぁっ!」
高校生くらいの少女は、“それ”を見て悲鳴を上げた。
「へへ、ねーちゃん苦手だもんな」
「でも大丈夫、捕まえておいたから。ほら」
「何が大丈夫なのよ! こっちに見せないで!」
無邪気な笑顔を浮かべて、少年たちが差し出したそれは、一匹の鼠だった。
注釈
・自分の仕事をこなす
英語でdo one's businessというと、トイレに行く、用を足すという意味になります。教えてくれた英語の先生に感謝です。
・ボス
・側近
ボスがかーちゃん、側近はとーちゃんです。母は強し(意味が違うな)。