9話 不具合サポートセンター
少しペースアップ。
単に文字数が増えただけとも言いますが(
全体的にルビが多いので読みづらいかもしれません。
活動報告にも書きましたが、タイトル変更を再度検討中です。
2017/06/06 誤字・脱字を修正しました。あとがきを追加しました。
6,407字(空白・改行含まない)
鏡の中から自分を見つめている男は何者なのか。
鏡というのは光を反射し、反射したものの姿をそのまま映し出す道具である事はある程度発達した文明を持つ人間であれば周知の事実である。なれば目の前に映し出されている男は輝自身であると言わざるを得ないのだが、輝は彫りの深めな顔付きでハーフかと言われる事はあれども生粋の日本人で黒髪黒目の筈だ。
思わず、初めて鏡を見た時の犬や猫の様に、手にしたコンパクトをひっくり返してみる。当然、蓋の表面に男が居座っているような事はない。
「え? いや、でも! 髪ッ! それにこの目……」
日本人であれば凡そ自分の顔など見慣れている。輝も仕事柄 特に身嗜みには気を使っている為、鏡に映る男のそれは自分の顔であると断定出来た。しかし幼少より暗い生活を送っていた輝は染髪なんぞした事は無いしカラーコンタクトを必要とするまでの運動もしていない。髪と目の色が違うだけでこうも印象が変わるものか。
ふと、輝が鏡に映る自分と正面にいる少女を見比べる。
「これ、その………………ミト?」
「………………はひ……」
鏡の中の輝の髪と目は、小さく 気の抜けるような声で応える少女のそれと全く同じ色であった。右の瞳だけ彼女と若干違うものの、横に並べば兄妹とも見てとれるほど雰囲気が似ている。元々顔の造りは日本人離れしていたし悪くもない為、海外の人気俳優と謂われても疑う者はいないだろう。
……日本人の感覚などそんなものだ。
「ま、まぁいいけど。これって……?」
「私の、魔力で、そ…………そまっ……、染まっちゃった」
輝の魔力線内に流れる魔力が空になり、ミトの魔力だけで満たされた。二人の魔力線が通常ではあり得ないほど絡み合い癒着した為に、輝は魔力だけ見るとミトとほぼ同一の存在となった。俗な言い方をすれば、「彼女の色に染まった」という処だろう。
髪の色や目の色というのはメラニン色素に由来していた筈だが、強く質の良い魔力というのは色が表面化してくるらしい。そしてその色には個体差があり、一様ではないとの事。
(んじゃミトから魔力を奪ったらミトもこの色じゃなくなるのかな)
輝は気づいていないが、魔法の存在する世界でこのような事を異性に対して言うと須くセクハラとして認識されるし好意を持った相手からは勘違いされる事 請け合いである。
ともあれ今は目の前で顔を真っ赤にしている少女に尋ねなければならない事が幾つもある。輝が神界に来てからやった事といえば、ビルの屋上から辺りを観察して感動し、なんちゃら協会に登録し、自分を拉致してきた美少女に名前を付けたらぶっ倒れた。目が覚めたら髪と目の色が変わっていた という、文字に起こせばたったこれだけしかしていない。
輝はミトにコンパクトを返しながらこれからの事を尋ねた。
「んで、これからどうするんだ?」
「あ、そうだね。まずは私の世界に最適化しなきゃだね」
「ほいよっと」
いそいそとベッドを降り、綺麗に揃えられて置かれていた革靴を履き、壁に掛けられている自分のスーツを羽織った。楽しみで仕方がないといった表情が少し曇る。
口を真一文字に結んだままスーツを肩から下ろした輝を見て、ミトは こてんと首を傾げ「どうしたの?」と訝しんだ。自分の世界に行くのを了承してくれて、嬉しそうにしていたつい先程とは正反対の緊張した顔だ。
「いや、なんか急に肩が上がんなく……起きた時は平気だったんだけど」
「ん。ちょっと見せて」
ミトはそう言って輝の背後に回り、背中に手を置く。着たまま横になっていたせいか少し皺になったワイシャツの上から仄かに温かい熱を感じる。
「【魔力栓】が出来てるね。放っておくと危ないし、すぐ治しちゃうねっ」
柔らかくふんわりとした感触と熱が僧帽筋をなぞり、三角筋との境目で止まる。じんわりと熱が広がり心地良い感覚はマッサージでも受けているかのようだ。とりあえず魔力栓ってなんぞやという疑問も 快感と共に薄れていく。意味は何となく予想出来るので聞くまでもないだろう。
「あ゛〜〜……極楽じゃぁ………」
「うわ、オヤジくさ」
これは定期的にやってもらおうと密かに決意した輝であった。
俺達は階段を上がって協会のビル六十二階に来ていた。
コンビニの駐車場で最適化バグにより姿が視えなかったミトの魔法で 無理矢理引っ張られた状態の俺は現在バグを内包したまま神界に滞在している事になる。ミト自身も不具合を抱えた状態だったので、通常の最適化処理ではなく念の為 サポートカウンターのある六十ニ階まで足を運んだのだ。
転移ではなく、わざわざ歩いてきたのは受付嬢の神様から注意されたからだ。「バグったまま転移魔法を使うのは危険ですからビル内では禁止されてます!」と。おい副会長の娘、目を逸らすな。
窓口ではバグ報告と状況説明をしてから専用の端末を使って最適化をしてくれた。俺はID登録時から元の世界の情報がバグっていたので10分くらい待たされたけど、ミトは数秒で終わってた。何とも仕事の早い優良サポート……。やった事といえば入会の時と同じくタブレットに手を翳しただけだけど。
一つ、気になっていた事があったので窓口の神様に聞いてみる。
「神様達が話されているのって日本語ですよね? 書いてある文字も日本語だし、神界ではまさか日本語が主流なんですか?」
そう。俺の世界に最適化して来たミトはともかく、神界で働いている他の神様方は違う筈だ。フロア案内だって[ 60F 入会受付・最適化エリア ]とか[ 62F 不具合サポートセンター ]とか日本語表記だ。まさかのワールドワイド。いや、アナザーワールドワイド?
俺の質問に対して、何が嬉しいのか 満面の笑みを浮かべている窓口の神様。そういえば神様の仕事って仕事じゃなくて娯楽なんだっけ。一呼吸置いてまさかの答えが返ってきた。
「English? 中国话、Deutsch , Le français、Italiano? あー…설마 우리말…… или рýсский язык?」
「えっ!?」
突然の謎の言葉の応酬に固まってしまった。辛うじて前半は聴き取れたがネイティブの様な発音で何を言っているのかさっぱり分からない。
あたふたと困惑していると窓口の神様はやっぱり楽しそうに笑っている。隣で何故かミトまでくすくすとしているんだけど。どういう事なの!?
「クク……いや、すまない。下の階の奴らから新神さんは皆そうやって驚いてくれるって聞いてたもんだからね。新しい子がこっちに来る事は珍しいもんだからついね」
「テル。協会には最適化前の神様がいっぱい来るから、ここで働いてる神様は全員 殆どの言語をある程度は喋れるの。文字は勝手に視覚変換されてるんだよ」
つまり協会で働いてる神様は皆、ポリグロット……何ヶ国後も話せるすんげーヒト達だったって事か。最適化前にも関わらず音を聴き取れるのはビル自体に特別そういう装置を取り付けているのだとか。
ちなみに受付嬢の神様は全世界の全ての言葉をコンプリートしているのだとか。受付神のお姉さんすげぇぇえ!!
「それじゃ私の世界に最適化するから、下の階行くよー」
「りょーかい、階段は…あっちだっけか」
「ふふふ……ていっ」
「うわっと!?」
突然ミトに抱きつかれ、もといタックルされ危うく倒れそうになった。でも二度目だからな、何とか踏ん張る。女の子に何度も押し倒されるのは情けないものね? はぁ、やわこい。
すぐにじんわりと身体が熱を帯びてくる。これは発情してる訳じゃなくて転移する時の魔力の感触というやつだ。たぶん、恐らく、きっと。そういや不具合は治したのだから転移使っていいわけか。何かあったら怖いので離れないようにミトの肩に手を置いておく。抱き締め返したい処だけど、気安いとはいえまだ名前で呼べるようになった程度の関係で腰や背中に手を回せるほどの勇気はありません。……って、あれ? 俺がミトって呼ぶのは当然としても、いつの間に輝って名前で呼ばれるようになったんだ?
目元が熱くなり一瞬目を閉じる。目を開けると既に転移が終わっていた。
「はぁ……お嬢様。そういうのは場所を弁えてお願いします」
「テルはまだ慣れてないからねー」
カウンター内で受付嬢の神様がぶつぶつと文句を宣っておられるが、ミトの言う通り俺はまだ魔法自体に慣れていない。額に稲妻マークの付いた丸眼鏡魔法少年の世界の転移だと失敗して足や腕が別の場所に移動してる事があるので怖いんです、暫くはこのままでいさせてください、マジでお願いします。
あぁうん、いい匂い。
「端末借りまーっす。テル、こっちだよっ」
「えぇと、お借りします」
ミトに裾を引っ張られながら受付嬢の神様に断りを入れて軽くお辞儀をしておく。本当ならもう少しちゃんとご挨拶しておきたいのだけど、ミトが矢鱈と張り切っているし最適化終わってからでいいか。
図書館にある読書スペースみたいなキャレルデスクが並んでいて、デスク毎にタブレット状の端末が埋め込まれている。最適化自体は一瞬で終わるのに何故キャレルにする必要が……? そう思ってミトに聞いてみると、ついでに調べものも出来るようにしてあるらしい。検索用の端末はここより下の階って聞いたんだが。
「そりゃね、司書さんがいないからね。他の階には」
そう言ってミトが受付神のお姉さんの方を見遣る。
お姉さん、司書までされてたんすか。美人で全世界の言語をマスターしてて協会の受付やりながら司書までしてるとか、めちゃくちゃハイスペック過ぎんだろ。超人、いや超神だな……もしかして神様って皆そんなにハイスペックなのだろうか?
ミトを見る。お姉さんを見る。そしてまたミトを見ると目が合った。碧色の目をぱちくりとさせて「なぁに?」と首を傾げている姿はとても可愛らしい。可愛らしいんだけど、ポンコツ具合が割りと残念な娘。コンビニの駐車場で知り会った時からそう思っていたけど、実はこやつも意外とすごい神様なのだろうか?
システムをバグらせたのを気づかないままやって来て、車のドアに頭をぶつけて(ドア開けたのは俺だけど)、買い物待たせてる間は落ち着き無く、説明不足のまま人を神界に連れてきて、バグってる最中に使うのは禁止されてる筈の転移を使って受付まで降りてくる娘が?
いやいやそんなまさか。
ちょっと優しい気持ちになって暖かい眼差しを注ぎながら頭を手の平でポンポンと上下させたらジト目で睨まれた上に右目でまた眉間を焼かれた。解せぬ。
「そこ、イチャついてるだけなら追い出しますよ!!」
待って。
俺、焼かれてるだけなんだけど!?
一体どこをどう見たらイチャついてるように見えるの!?
周りの神様方からの視線が痛い……
神様方はそことかあれとか、ねぇねぇとかおーいとか言うだけで誰の事を呼んでるのか思念で判っちゃうもんだからしらばっくれられない為、非常に気まずい。貴女の事ですよミトさん。人類が衰退しちゃった世界の顔文字っぽい妖精さんみたいな顔して俺を盾にしないでくれます?
嗚呼、視線がグサグサ刺さって居た堪れない。
最適化を済ませた輝は出発する前に、ある調べものをしていた。
世界の創造を行うのだから必要な事は膨大と言うのでは済まない量、と思われたのだが、ミト曰く「一人二人で創る世界がそんなに大変な訳がない」と窘められてしまった。仮にも人間を含む数多の生物が存在した世界なのであれば大変に決まっているのでやはり神様である彼女もまた規格外なのかもしれない。
しかし輝はそうではない。少なくとも神様ではなく只の人間である。一口に「世界を創る」と言っても どうやって創るのか。
ミトの世界にはどこまで発達した生物が存在しているのか。
大気、水、食はどれほど安定しているのか。
鉱物やエネルギー資源の埋蔵量は?
それらを供給する手段は?
人類が生息するなら滅ばぬように配慮したい。
技術提供に関して神様は人にどこまで関与していいものなのか。
その他にも多々気になる事が山程ある。輝はミトからノートとペンを貰って必要そうなものを箇条書きにしてからそれぞれを端末から読み取れる事を出来るだけ細かく記入していった。無論、他の神様からも情報を集めた。輝と同じようにキャレルで調べものをしていた神様から話を聞く。はじめは話し掛けるのに躊躇したが、いざ声を掛けてみると彼らは予想外に喜んで答えてくれた。質問を終えると皆寂しそうに「ガンバ!」「またいつでも聞いてくれ」と応援して自分の調べものを再開していたのは、ヒトと話す事に飢えているのだろうか……
――――仕事でもこれだけ気軽に話せれば失敗しなかったかもなぁ
人の世、自分の住む世界では大勢が時間に呑まれ忙しなく動いており、知りたい事も「自分で調べろ」「ググれ残滓」と言われるばかりであった。知識は礼儀である。それは良い。しかし知識を得る場を、多くの人は家族・友人・上司・同僚などの知人から得る。輝にはそのどれも当てに出来なかったし、上司から「失敗して客から学び取れ」と言われ実行してみれば「そんな事も分からないで」と言った上司からも先方からもどやされる。支社長や先輩方は優しかったが、それでも彼ら自身忙しい身だ。覚えの悪い輝には相性の良くない職場だった。理不尽の塊の中での日々は輝を心の病に侵すのにそう長い日は掛からなかった。
日本人が異常なのか、輝が弱かったのか。どちらもその通りなのだろうが、幼少より全てを否定されながら育った輝の人生の闇、極端な人運の悪さが伺える。自己評価の低さと被害妄想・加害妄想はその影響の最たるものだろう。
話を戻そう。
神様達の時間の感覚の違いには驚かされたが、輝にとっては僥倖だった。元々話すのは好きだし、時間さえ許すならこういった纏め作業は得意なのだ。時間が掛かるという点に於いて得意と言えるのかは疑問だが、本人がそう感じているのだからそうなのだろう。気持ちは大事である。
不思議と眠気も来ないし、周りの神様方も休憩は挟むものの帰る様子が無いので作業は捗った。ミトがちょくちょくちょっかいを掛けてくれるのも良い刺激だ。なにせ可愛いを体現した様な美少女だ。人間の集中力は十五分から二十分で切れやすい。興味のある事、楽しいと感じている事をしている間でも一時間おきに声を掛けてくれる存在はとてもありがたい。
ミトも、自分の世界の為に勉強している輝を急かしはしても冗談の気晴らしみたいなもので、邪魔をするつもりは毛頭無い。横から脇腹を突っついたり、背中に指で文字を書いたり、輝からの質問に答えたり。彼が他の神様と話しているのを隣で感心しながら聴いているので暇では無いらしい。
話を聞いていると、ミトの言う 彼女の世界というのがどうやら初めから全てを創るのではなく途中から任された世界のようで、ミト自身も世界を創るのは初めてなのだそうだ。もちろん一神で複数の世界を持っている事は滅多になく、輝が予想した通り複数の神々で一つの世界を動かすのが普通との事。ミトはそれを聞いて衝撃だったのか、雷を受けたかの様な表情で固まっていた。尤も、本当にピシャッ!ゴロゴロと鳴り響いて彼女の数歩後ろに小さな雷が落ちていたのだが。その件でミトが受付嬢の神様から拳骨を貰っていたのを見た輝が彼女の頭を撫でて慰めている様子が周囲の神々からどう映ったのかは言うまでもない。
輝からしたらネタを披露してくれたミトを労っていただけなのだが。
「いろいろと必要そうな事は調べてみたけどさ」
輝がミトに根本的な事を尋ねる。
「人間の俺は何をすればいいの?」
ピシッと空間にヒビが入った音が、フロア全体に響いた気がした。
もっとイチャイチャして欲しいけど物語が進まなくなっちゃうから程々にね?
『ハリーポッター』シリーズの姿くらまし・姿あらわしは要免許とはいえ怖いですね。『人類は衰退しました』の妖精さんといえば(・ワ・)です。あの作品のイラストを担当している戸部先生は電撃プレイステーション4コマや『ぷよぷよ〜ん』の頃から大ファンです。
受付嬢のお姉さんは協会のマドンナとして大人気ですがミトはこれまで認知度が薄かった模様。
お姉さんの容姿は黒髪ポニテ、シュッとした切れ目で金色の瞳に下縁の薄い眼鏡でレディースのカジュアルスーツ装備。色はご想像にお任せ。
実は神界でスーツは結構珍しいとだけ言っておきます。