8話 仕込んでた
場面が一向に進まないっ!!
改行はどの程度が見やすいのだろうか。
それにしても文字数が増えない……
3,717字(空白・改行含まない)
身体の自由が利かない。腕どころか指一本動かす事が出来ない。
輝は自分の身に何が起きたのかを把握出来ていなかった。これまでの経験上、意識が覚醒してから身体が動かないというのは過去に一度だけ。交通事故に巻き込まれて気がついたら病院だった時以来なのだが、それにしてもここまでピクリとも動かないものでは無かった。呼吸をするのも辛いくらいで、瞼を開く事さえ出来ない。
まるで自分の身体ではないかの様に力が入らず、思考だけ働かせる。
(一体全体、どうなってんだ……)
状況を把握する為に自らに残る記憶を辿ろうとしたが上手く思い出せない。思考能力が低下しているせいか、考えるのも億劫だし何より息苦しい。胸部への圧迫感もありこのまま死ぬのではないかとさえ感じる。
輝には不思議な事に死への恐怖というものが無かった。ただ痛みや苦しみに対する恐怖には人一倍敏感で、今は肺に酸素が不足しているという、このままでは恐ろしい苦しみを味わうであろう状態である事を瞬時に理解した。
(何とかしなきゃ)
状況打破の為に再び脳味噌を回転させようと試みるも単語にもならない無意味な文字ばかりが浮かんでは消えていき、ただ時間だけが過ぎていく。
「――――――! ――――――!!」
耳鳴りの様な音がすると、呼吸を著しく阻害していた圧迫感がスッと消えた。ほぼ同時に全身に血が巡っていき冷え切っていた身体に火が灯る。ようやく指が微かに動かせるようになった、呼吸も楽になり充分な酸素が供給された為、脳が重い腰を上げたかの様に思考が鮮明になっていく。
「お嬢様、力を込め過ぎですよ。それではアマノさんの身体の組織が死滅してしまいます」
(え? それヤバくない? そういえばサウナに入ってるみたいに暑…熱い気がする)
受付神の物騒な言葉に内心で冷汗をかいたつもりだったのだが身体の内側に熱が篭っていて普通に汗諾である。寝汗が凄いなどというレベルでは無く、血が沸騰でもしそうな熱さだ。先程まで血流が悪く冷えていた為か、それとも別の理由か。輝の体の至る所で内出血が起きてしまっており、鼻から流れ込んできた血が喉に絡みついてくる。覚醒したはずの意識が再び朦朧と――――。
「でもテルの魔力が回復するまでは私の魔力で代用しなくちゃだし、込めてた分が思ってたよりも吸われちゃってるから……」
(魔力? 俺に魔力なんてものがあったのか? というか込めてた分って?)
「お嬢様、人間と神とを同じ尺度で測ってはなりません。お嬢様が編み込んだ魔力線に先程残っていた魔力だけでもお嬢様の世界の人間が一生掛けても使い切らないですよ。魔神でも創るおつもりですか」
「え、そうなの? って、うわヤバっ!? 何かテルから湯気出てる! 血管ぷつぷつしてる!?」
輝の意識はそこで再度途切れてしまった。
「んっ、くぁ〜……」
目覚めの伸びは心地良い。男は病院の一室を思わせる真っ白い部屋のベッドから上体を起こし両の腕を肩よりも上げてそれまで動かずに凝り固まっていた筋肉を目一杯伸ばす。腰を折って左手で右の足先を軽くつまんだ後に反対も同様に行う。腰を捻りながら肩をぐるぐると回しつつ背筋を伸ばし、ひとしきり終えると今度は首を回して凝りをほぐす。ピアノの奏者の如く指を動かしては握り締め、開いては握るを繰り返す。
「いやはや死んだかと思ったけど、ここは何処だ?」
久し振りに喉を使ったせいか若干掠れた声が部屋に響いた。もちろん独り言ではなくベッドの隣に置かれた椅子には銀髪の少女が座っており、机の上で腕を枕にして小さく寝息を立てている。白く透き通ってはいるが薄いチークが乗せられており、健康的で弾力のありそうな肌とぷっくりとした薄紅色の口唇は如何にも触り心地が良さそうだ。
手を伸ばせばすぐにでも届く距離。恐らく体力的にも精神的にも消耗していたのだろう、少女の寝顔には疲れが見て取れる。見た目幼い彼女を労うならば頭を撫でてやれば絵になるかもしれないが、男にそれをする勇気は無い。ただ一言「ありがとう」と声を掛ける。
「ごめんなさい」
少女の小さな口が僅かに開き、意外にも男への謝罪の言葉が紡がれた。少女は気がつくと薄っすらと目を開けて、机に突っ伏したままの状態で男の方を見ている。
男は言葉の意味を理解していないようで困惑顔だ。
「テルが倒れたのは私のせいだから」
意識を失った時の記憶を手繰り寄せてみるが、男――輝は何の事かが分からないとばかりに肩を竦めている。どういう理由にせよ目の前の少女が自分を苦しみから救ってくれた事に変わりはない筈だ。元の生活に未練も無いので死ぬのは構わないが痛かったり苦しかったりするのは嫌なのだ。
少女は机から体を起こすと首を横に振った。
「テルが倒れたのも、苦しい思いをしたのもそんなになったのも私が失敗したせいだから。ごめんなさい」
「失敗?」
輝自身は過ぎた事で文句を言うつもりも無いし、何の事かは不明だが目の前の少女はわざわざ自分なんかの為に苦心して治癒に励んでくれたのだから多少の失敗があったとしても気にはしない。むしろ美少女の寝顔を拝めて眼福である、と考えるくらいには寛容であった。
少女は小さく息を吐いてから申し訳無さそうに、輝が倒れた理由とその後の経過についてを説明し始めた。
彼女が言うには、輝の倒れた一番の原因は命名による魔力の損失が大きすぎた事らしい。
輝は彼女に【ミト】という名前を付けた。しかし大きな魔力を持つ存在に新たに【命名】するというのは命をその名で拘束する事であり、一種の【魔法契約】だった。魔法契約は契約者の魔力を使用して成立されるものであり、内容によって必要な魔力の量は異なる。今回は神に命名するという必要な魔力が大きすぎる契約であった為に輝の持つ魔力が根こそぎ奪われてしまったのだ。
そもそも輝は魔法とは無縁の世界の住人である。元々保持している魔力など微々たるもので本来 命名に必要な魔力が足りていなかった。しかし輝の魔力線、生き物全てが有していて 毛細血管の様に細かく張り巡らされている魔力が通る為の導線に彼女の魔力線を癒着させた上で彼女の魔力を送り込んだ。二人の魔力は混ざり合い、そこから契約に必要な魔力を捻出したという形だ、筈だった。
ところが元々の輝の魔力はあまりに少な過ぎた。
この世の全ての物質は原子より構成されている。点が集まり線となり面となり立体となるように、原子同士が結合して分子となり分子が集まったものが万物を構成している。そして【魔素】という分子が一定数集まり、力を持ったものが【魔力】だ。
元来 魔法というのは魔力の質の良いものから順番に消費されていく性質があるのだが、今回は質の良い彼女の魔力が消費される際に微量に混ざった輝自身の魔力も引っ張られた。通常であればどうということはない誤差の範囲の筈が、素が少な過ぎた為にその誤差分で自身の魔力を消費し尽くしてしまったのだ。
それだけ神である彼女の命名契約に必要な魔力が多大であったという事なのだが。
「本当に、ごめんなさい。テルの魔力が完全に無くなってしまうのは予想外で……」
「いやまぁ、他に迷惑掛かった訳じゃないしそれはいいんだけど」
契約なら事前に言っておいて欲しいものだがこればかりはクーリングオフの様に契約破棄をしてもただの苦しみ損だろう。ある事すら知らなかった魔力を返還してもらっても何の意味もない。
通常なら大クレームになるところだが、輝にとっては別の誰かに迷惑が掛かる訳でないなら気にしないようだ。死に掛けたにも関わらず輝にとって自分の命は非常に安いものだった。それは過去の経験からくる、もはや病気とも言える自己評価の低さに依るもの故だろう。
「いつの間に仕込んでたの? えぇと、魔力線っての」
「…屋上から転移した時」
あの時か。全身が埋まっていく様な感覚はあったけど、ビックリしててそれどころじゃなかったな。やわこかったし。
そんな事を考えながら魔法契約や魔力、魔素などの馴染みはあるが馴染みのないような言葉についてを質問していく。ちなみにちょくちょく身体に触れていたのは魔力を巡らせる意味合いもあったのだそうな。
「も?」
「……それで倒れた後は減った魔力を補充していたんだけど」
スルーされた。他の意味合いがあったのだろうか。ちょっと期待したい。
「テルの魔力が全然回復しなくってね。わた……私の…………まりょ…くで………………」
突然しどろもどろになる少女を訝しげに見ると何故か顔が真っ赤だ。今までのやり取りに何かそういう要素あったっけ?
「どうしたの?」
「あ、あぁ…ぃぇ……、私の魔力のせいでそんなになっちゃった」
「そんなって?」
おもむろに何か円形のケースを手渡してくる。これってコンパクトかな? 秘密で有名な呪文を頭に浮かべながら中を開けてみる。「秘密なのに有名…」と少し面白くなりながらケースの中身を確認するとやはり思った通りの化粧品だ。当然蓋には鏡が付いている。それを見た瞬間、輝は目を見開き 絶句して暫く動けなくなってしまった。
鏡の中からは銀髪碧眼の男が驚愕の表情をしてこちらを見つめていた。
色がお揃いになっちゃいました。