出会いました(後編)
「ここか?」
「ああ……」
三人でやってきたのは、村の中で一番異彩を放っている場所だった。
しかも、ここは大きな廃屋の裏から少し歩いた所にポツンと建っていた。
そこは古びて壊れてしまっている社。
嬉々としている孝太郎に比べて、俺はげっそりとしていた。
少し気分が悪い。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと、具合が悪い……かな?」
俺の調子がおかしいのに気付いたのか、美優がそっと声を掛ける。
そんな美優に対し、俺は素直に体調が悪い事を伝えた。
「ここはかなり澱んでいるんで、多分そのせいですね」
「マジか」
壊れた社をジッと見つめながら、珍しく真剣な口調で説明してきた。
美優の様子に、俺はちょっとゾッとした。
今すぐ、村を出た方が良いかもしれない。
「庄助、美優ちゃん、良い物を見つけたぞ」
「……ッ!」
社の中を物色していた孝太郎が、嬉しそうに何かの箱を持ち上げた瞬間、異様な気配が辺りを包む。
それがヤバい物だという事は、霊感が全くない俺でもわかった。
「孝太郎さん、それを今すぐ離して下さいっ!」
普段、ニコニコとしている美優でさえ、焦った様子で孝太郎を制止した。
それが、どれだけヤバい物かわかるというものだ。
孝太郎は美優の声に慌てたのか、箱を落としてしまう。
落ちた衝撃で、箱の蓋が開いた。
中から古い銅鏡らしき物が出てくる。
しかも、銅鏡から黒っぽい煙のようなものが湧き出してきた。
逃げなきゃ。
俺達は全員共通していたと思う。
しかし……。
「……ッ!」
身体が動かない。
金縛りのような状態になっていた。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。
辺りから、先程まで感じていた気配が膨れ上がる。
ヒトガタの影が幾つも現れてきた。
ゆっくりと、こちらに近付いてくる。
「走って下さい!」
美優の声で我に返った俺は、気付くと身体が動くようになっていた。
視線を送ると孝太郎も動き出していた。
周りを囲んでいたヒトガタの間をすり抜けて俺達は逃げた。
後ろからヒトガタ達が追い掛けてくる。
「くそっ!」
「ハヒッ……ハヒッ……」
吐き捨てる俺と息切れしてヨタヨタしている孝太郎。
まずい……。
このままでは追い付かれてしまう。
追い付かれたらどうなっちまうんだ……俺達?
恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだ。
追い立てられるまま走り続けた俺達は、気が付けば山の奥深くに入っていった。
「ここ何処だよ?」
「あれ?」
前回同様半泣きなった孝太郎は、迷った事にパニックを起こしている。
辺りを見回すと、先程までいたはずのヒトガタ達は消えていた。
代わりに、ヒトガタが幾重にも重なったような白いモノが目の前に現れる。
『クワセロ』
白いヒトガタは大きく口を開き、ニタリといやらしく笑う。
その声は色々な声が混じり合っていた。
歯が噛み合わなくてカチカチと音が鳴っていて、初めて自分が恐怖で震えている事を理解する。
『クワセロ』
迫るヒトガタに後退りする。
本能が理解していた……奴は捕食者なのだと。
自分はここで喰われてしまうのだ。
それが肉体なのか魂という存在なのかはわからない。
ただ、俺の人生はここで終わりだという事だけが、妙にリアルに感じた。
「先輩っ!御守りを外して下さい」
「御守り……?」
「早くっ!」
この御守りは天明さんがくれた赤い着物の女性への対策用だ。
それを外せとは、一体……?
戸惑う俺に、美優は再度叫んだ。
これを外して、本当に大丈夫なのか?
いや、美優には考えがあるはずだ。
俺は首から下げていた御守りを引き千切るように外して放り投げた。
次の瞬間、身体が重くなった。
ヒトガタの手が俺へと伸びてくる。
俺は、身体がズキズキと痛んで動けなかった。
これはマズい……。
そう思った時、何かが弾けた。
ヒトガタの手だった。
『ウオォォォン』
ヒトガタの叫び声が村中に木霊する。
目の前に、あの赤い着物を揺らしながら女性が浮いていた。
その姿を最後に、俺は意識を手放した。
目を覚ましたら時、そこは見慣れた天井だった。
そう、神社での俺の部屋だ。
「先輩、目が覚めましたか?」
「美優……あれから、どうなった?」
美優が心配そうに寝ている俺の顔を覗き込んでくる。
俺はゆっくりと身体を起こして、気を失った後の事を尋ねる。
「白い奴に赤い奴が喧嘩を売ったんです」
「は?」
喧嘩?
何だか、あの恐怖体験が子供の喧嘩のように見えてくる。
話を聞けば、襲ってきたヒトガタは着物の女性も食べるつもりだったらしい。
それが気に食わなかった着物の女性に気付いた美優は俺に御守りを外すように言った
そのお陰で女性は襲ってきたヒトガタに反撃が出来たという事だった。
結果は痛み分け。
勝敗はつかず、お互いにボロボロになって引いた。
その時を見計らって、気を失った俺に御守りを持たせたらしい。
「なるほど」
「いや、際どい賭けでしたよ」
「そんなあっさりと言われても……」
こちらは命が危なかったというのに。
結構、簡単に言われてしまう。
まあ、生きてたから良かったが……。
「結局、あれは何だったんだ?」
「多分、呪具に憑いていた怨念とか色々です」
美優は俺にもわかるように説明してくれた。
あの銅鏡は誰かが悪意を持って作った呪いの品で、何人もの人間を呪い殺してきたらしい。
その怨念が呪いと一緒になったのが、ヒトガタだったという訳だ。
「そうか……」
まったく、良く生きていたもんだ。
俺はゴロリと横になると深々とため息を吐いた。
出来れば、もうあんな目には遭いたくないものだ。
そう思い、俺は目を瞑った。
そこで、ふと思った。
「孝太郎は!?」
「先輩を担いで山を降りて、タクシーに乗せた時にぎっくり腰に……」
「マジか」
人を脅して心霊スポットまで連れて行って、あんな目に遭わせたのだ、ある意味因果応報である。
とはいえ、さすがに可哀想なので、今度見舞いに行こう。
そう俺は思った。