出会いました(前編)
あれから期末試験まで、俺の平穏な日々は続いた。
その安寧を壊したのは、やはりあの男だった。
「刺激、求めに行こうぜ!」
「懲りないな」
親指をピッと立てて、爽やかな笑顔を見せる孝太郎に、俺はヤレヤレと首を振る。
こいつは……。
「良い心霊スポットをネットで見つけたんだ」
まるで、新しい玩具でも見つけたかのような無邪気な笑顔を見せる。
前回、あんなに怖い思いをしたのに、良くまた行こうだなんて思えるな。
俺はついつい孝太郎の頭の構造を疑ってしまう。
「今回は絶対に行かない。貸してる物も無いし、前回の手は使えないぞ」
絶対に孝太郎には物は貸さないと、俺は心に誓っていた。
それさえ無ければ、無理矢理連れて行かれる事もない。
「ふっふっふ。それはどうかな?」
「何っ!?」
不敵に笑う孝太郎に俺は驚愕する。
まだ他にも俺を絶対に連行出来る術があるとでもいうのか?
いやいや、そんな筈はない。
だけど、この自信はどこから……?
「美優ちゃんに、お前の性癖を全部暴露する!」
「ぐはっ!」
孝太郎の言葉が俺の胸に突き刺さる。
会心の一撃!
ダメージMAX!
庄助は死んでしまった。
そんなレベルで俺はショックを受けた。
いやいや待て待て。
このまま、あいつに屈してしまえば、この後も同じネタでゆすられるに違いない。
「べ、べ、別に、俺は気にしないぞ」
「ほほう。お前に貰った秘蔵のエッチな本を見せても良いと言うのだね」
「やめろーーっ!!」
完全に俺の負けだ。
俺は逆転サヨナラホームランを打たれた敗戦投手のように、ガックリと膝から崩れ落ちた。
という訳で、俺と孝太郎、そして美優は、テスト休みを利用して心霊スポットに向かった。
今回向かったのは、バスで30分、タクシーで30分ぐらいで着く廃村だった。
俺達は何があるかわからないので、色々な物を準備していった。
美優に至っては、荷物を沢山詰めたリュックを背負うという徹底ぶり。
「それで、今回はどんな感じなんだ?」
「今から行く廃村はな、戦後間もなくに大量虐殺があった場所なんだ」
「大量虐殺……」
「その後、村は無くなり、残った廃村では幽霊や異形の者の姿が目撃されているらしい」
凄惨な現場が予想される。
もしかすると、成仏出来ない霊達が沢山いるのかもしれない。
危険な場所だ。
出来れば、そんな場所には行きたくない。
そんな俺の想いとは裏腹に、無情にもタクシーは止まってしまう。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとうございます」
「迎えに来て欲しい時は電話したらいいから」
気の良い運転手さんに、支払い時にお礼を告げて、俺は電話番号を受け取った。
俺達が降りた場所は小さな山道の入口だった。
「ここから歩きだ」
「こんな所、入って行くのか?」
目の前の山道は昼なお暗い感じで、奥は薄暗い。
しかも、殆ど人が立ち入らないせいか、藪が凄かった。
「雰囲気あるだろ?」
「……」
何が嬉しいのか、嬉々として進み始めた孝太郎に、俺は沈黙したまま歩いた。
道中は変な鳥の声や藪が揺れる音にビクッとなりつつも、何も起こらなかった。
一時間ぐらい歩いた頃、急に目の前が開けた。
そこには、確かに村があった。
ボロボロで朽ちている家やまだ何とか大丈夫な家とか、ザッと見ても五、六軒ぐらい。
恐らく、奥に行けばもっとあるだろう。
「取りあえず、見て回ろう」
「あ、ああ……」
まずは一通り村の中を回ろうという事になったのだが、俺は気もそぞろだった。
何故なら、村に一歩足を踏み入れた瞬間から妙な気配を感じていたからだ。
気配というか……視線?
とにかく、そんなものを感じて、俺は辺りを落ち着かない様子でキョロキョロと見ていた。
「先輩、どうしたんですか?」
「何か見られている気がして……」
「気のせいだろ」
俺の異変に気付いて美優が顔を覗き込んできた。
俺は感じている気配を素直に口にする。
しかし、孝太郎はあっさり笑い飛ばした。
確かに、気のせいと言われればそうかもしれない。
気にし過ぎか?
「腹減った」
村を回っている途中、急に孝太郎がしゃがみ込んだ。
まったく、子供か。
俺はヤレヤレと首を振る。
「お弁当にしましょうか」
「美優ちゃん、弁当作ってきてくれたの?」
マジか……。
俺も知らなかった。
まさか、そんな事に気を使っていたとは……。
目の前に出て来たのは、弁当というには豪華なお重が三つと温かいお茶と冷たいお茶の二種類の水筒だった。
中にはおにぎりと唐揚げやウインナーなど色鮮やかなおかずが並んでいた。
というか、ちょっと待てよ。
俺は美優のリュックをポンポンと叩く。
「先輩、どうしたんですか?」
「お前の荷物、これだけか……?」
「はい。あっ、後、板チョコが一枚ありますよ」
予想外だった。
俺は、てっきり幽霊対策の荷物だと思っていた。
まさか、弁当と水筒だけだとは……。
楽しそうな昼食を、釈然としないまま過ごした。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
孝太郎が手を合わせて、それに答えながら美優がお重を片付ける。
俺はずっと気が気ではなかった。
美優の荷物の中身が弁当だった事もあるが、それよりも昼食中、ずっと視線が背後に注がれていたからだ。
「さて、一通り見て回ったが、気になる所はあったか?」
「……」
腹も膨れて、一息ついた孝太郎が仕切り始める。
孝太郎の言葉に、俺は沈黙で返す。
実は一カ所だけ気になる場所があった。
それは、多分俺だけが気付いていたと思う。
「何か見つけたな」
孝太郎が俺の表情を見て、スバリと言い当てた後ニヤリと笑った。
さすがは親友だ。
あっさりとバレてしまった。
「ああ……でも止めた方がいい」
「よし行くぞ」
制止も聞かず、孝太郎は嬉々として、俺に案内させた。
それが、どんな結果になるとも思わずに……。