オキました
「先輩、朝ですよ」
身体がゆさゆさと揺さぶられる。
ゆっくりと目を開けると、目の前に美優の顔があった。
「おふぁよ」
「まだ寝てるみたいですね」
欠伸混じりに挨拶する俺に、美優はクスクスと笑っていた。
あれから、一週間が経っていた。
御堂の父親の天明さんの好意で住まわせてもらったお陰か、女性からの攻撃的夢は見ないようになっていた。
ちなみに、最初の方は美優の事を『御堂』と呼んでいたが、天明さんまで振り向くので、名前で呼ぶようになった。
目をこすり、目覚まし時計に視線を送ると、まだ五時半だった。
俺はフラフラとしながらベッドから降りて、まだ回っていない頭で着替えを始めた。
「……」
「……」
「いやいや、着替えてるんだから出ていけよ」
寝間気を脱いでいる俺を、美優はジーッと見つめていた。
その視線で頭が覚醒した俺は、気まずくて美優に退出を命じる。
「別に良いじゃないですか。減るものじゃないですし」
「いや、普通に恥ずかしいから」
ブツブツと言いながら部屋を出て行く美優の背中に、俺は投げかけた。
手早く着替えを終えた俺は、竹箒を持って掃除を始める。
住み始めて一週間、これが俺の日課になっていた。
また少し薄暗い中に起きて掃除する。
住まわせてもらっているので当然だ。
「ふわぁ」
「おはよう、庄助君」
まだ出る欠伸に、俺は大きく伸びをして、眠気を飛ばす。
そんな俺に、ジャージ姿の天明さんが声を掛けてきた。
「おはようございます」
「体調はどうだい?」
「悪くないです」
天明さんは、いつも俺の身体を気にしてくれる。
夢は見なくなったとはいえ、まだ予断を許さない状態なのだろう。
俺には見えないが、確かに後ろに女性はまだいるのだから。
「それは良かった。もし、少しでも違和感を覚えたら言ってくれ」
「わかりました」
片手を挙げて社務所へと戻っていく天明さんに、軽く会釈して掃除に戻る。
「ふんふーーん」
最近良く見るCMソングを適当にハミングしながら掃除を続けていると、急に殺気を感じる。
しまった。
いつの間にか、鳥居の外に出ていた。
外に出る時は、天明さんが作った特別製の御守りを身に付けているのだが……。
鳥居の中へ戻ろうとするが、身体が全然動かない。
金縛りだ。
最近、俺に何も出来なかった鬱憤でも溜まっていたのだろうか、直接的な攻撃を仕掛けてきた。
背後に気配を感じる。
目線だけを動かして視線を後ろへ向ける。
夢に出て来ていた赤い着物の女性がそこには居た。長い髪で目は見えない。
ニタニタと笑う口元だけが妙に強調されていて、恐怖で胃が逆流しそうになる。
そのうちに背中に鈍い痛みが襲ってくる。
何かが体内に入ってくる感覚。
そして、心臓が激しく痛んだ。
「う……あ……」
俺はこのまま死ぬかもしれない。
そんな事が恐怖と痛みの中で頭を過ぎる。
「とりゃーー!!」
「ぐはぁっ!」
景気の良い声と共に背中に凄い衝撃を受ける。
背中が反り返りながらなす術無く吹っ飛ばされる俺。
「チッ」
微かな舌打ちが聞こえたかと思うと、金縛りは解けた。
しかし、身体は動かない。
「先輩、朝ご飯出来ましたよ」
「美優、言う事はそれだけか?」
いつもの笑顔で、美優は俺の顔を覗き込む。
俺は唸るように吐き出して怒りを表現しみたが、大した効果はないだろう。
美優は動けない俺の足を持つと、ズルズルと鳥居の内側まで引きずっていく。
「危ない事しますねぇ。もう少しで死ぬところでしたよ」
「気が付いたら外だったんだ。もしかしたら、呼ばれたのかも……」
「それはないです」
美優の忠告に、俺は倒れたままの状態で真剣な表情を作ってみせる。
しかし、バッサリと切って落とされる。
「まったく、先輩はドジっ子さんですね」
そう言って、美優はまた笑った。