罠にハマりました
「お帰りなさい。大変でしたね」
退院してきた俺を、鳥居の前で美優が出迎える。
俺が目を覚ましたのは三日後だった。
何と、俺は祖母ちゃん家から何百キロも離れた場所に、一人倒れていたらしい。
祖母ちゃん家の居間で寛いでいる頃から記憶が曖昧で、何故そんな場所にいたのかわからなかった。
「……」
「退院祝いです。あちらにご馳走を用意してますよ」
ただ、何故だろう、美優の姿を見た瞬間黒い澱みが胸の奥底から沸いてくる。
俺の気持ちを知ってか知らずか、美優はニコニコと説明してきた。
歩き出した美優に続くように、鳥居をくぐると鳥居がギシギシと音をたてる。
「何だか変な音が聞こえますね」
「そうか?」
「小さい地震でも起こってるんですかね?」
「さあな」
音に気付いた美優が首を傾げていたが、俺が大して気にしてないようだったので、気のせいだと思ったようだ。
美優が案内した場所は、神社の裏手の奥で、あまり踏み入った事がない場所だった。
奥には大きな岩が一つ置いてある。
そのすぐ横にレジャーシートが敷かれていた。
その上に重箱と紙皿、リンゴなどが置いてあった。
「すぐに準備しますね。あっ、リンゴ切ってもらって良いですか?」
「ああ……まかせておけ」
ナイフとリンゴを受け取った俺は、ゆっくりとリンゴを降ろす。
頭の中で、何かの声が聞こえる。
『殺セ』
「……」
俺は声に従うように、ナイフを握り直す。
今なら美優は気付いていない。
恐らく簡単に刺す事が出来るだろう。
チクリ。
そんな俺は胸が小さく痛む。
本当に、そんな事をするのか?
『殺セ』
そうだ。
殺すんだ。
謎の声には逆らえなかった。
「先輩?」
「……ッ!」
俺の様子が異常な事に気付いたのか、美優が心配そうに声を掛けてきた。
その声に俺は反応するように、俺は美優の胸にナイフを刺し入れていた。
胸に血が広がっていく。
「……?」
きっと、美優は何が起こったのかわからなかっただろう。
疑問の瞳を俺に向けながら、ゆっくりスローモーションのように倒れていった。
その瞬間、自分一体何をしでかしたのか、ようやく気付いた。
「うわぁあああっ!」
目の前の状況に、俺は今にも発狂せんばかりに叫び声を上げた。
それと同時に、俺の中から何かが飛び出した。
それは、猿のような異形のモノ。
その時、俺は全てを思い出した。
山神とのやり取りを……。
「美優っ!」
このままでは、美優は山神に喰われてしまうだろう。
俺の身体は自然と庇うように、美優に覆い被さった。
美優だけでも何とか救いたい。
無理かもしれないけど、それでも動かずにはいられなかった。
「とりゃーーっ!」
「ぐはぁっ!」
刺された美優がムクリと起き上がり、覆い被さろうとする俺にタックルをかましてきた。
完全に不意をつかれる形になった俺は、為す術なく吹き飛ばされていた。
もつれるようにして、ゴロゴロと転がる俺と美優。
「今ですっ!」
「!?」
美優の声に、何処にいたのか爺ちゃんや天明さんが現れて、山神を中心に注連縄で辺りを囲んでいく。
俺は何が起こっているのか、全く理解出来なかった。
それよりも美優はどうなってるんだ?
「美優、傷は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。あのナイフは玩具ですから」
「は?」
俺はオロオロと美優の真っ赤に染まった服をさする。
美優は相変わらず表情で説明した。
意味が分からず、俺はポカンとしてしまう。
美優によると、あのナイフは刃を押すと引っ込み、血糊が飛び出す仕掛けになっていたらしい。
つまり、服が真っ赤に染まっていたの血糊だったという訳だ。
「良かった……」
「まだです。これからが問題です」
ホッと息を吐く俺に、美優は表情を固くして山神に視線を向ける。
山神はこちらを窺っているのか、獣のような唸り声をあげていた。
「どうするんだ?」
「九物村の山の神様から頂いた封の大岩を使います」
「封の大岩?」
恐らく、中心付近にある大岩がそれなのだろう。
この大岩は、素人で霊感無しの俺でさえただの岩ではない事がわかる。
これを一体どう使うのだろう?
「あの大岩はこの世ならざるモノを封印する為の物です」
「なるほどな。でも本当に封印出来るものなのか?」
あの邪悪な山神は相当な力を持っている。
そんな山神を封じ込められるか?
「あの大岩は大地の力があり、力が強ければ強い程強力に封印するんです」
美優によると、あの大岩は栓に過ぎず、実際は大地そのものに封印するらしい。
そうこうするうちに大岩の力が発動し始めた。
山神がどんどん引っ張られていく。
『!?』
山神の表情に焦りの色が見え始める。
地面に爪を立てて抵抗するも、身体は段々引っ張られていく。
後少しだ。
『許サン……許サン……許サン……』
吸い込まれていきながら、山神は憎々しげにこちらを睨み付けて、呪いの言葉を吐き続ける。
そして、全てが飲み込まれた。
俺はペタンとその場に座り込む。
「先輩、全て終わりましたよ」
「終わった……?」
何だか実感がわかなかった。
本当に、全てが終わったのか?
何だか違和感を感じてモヤモヤしてしまう。
「ちょっと待て。背後の女の幽霊はどうなった?」
「あっ!」
「おい……」
当初は、山神の封印ではなく、女性の幽霊を祓うのが目的だったはず。
確かに、新たな脅威は去った事は間違いないが、全てが終わった訳ではない。
「まあ、本体が封印されたんで、力は随分弱くなるはすわですよ」
「あの山神が本体だったのか!?」
「はい。あの女性の先輩の一族に対する怨みを利用したんです」
初耳だった。
なるほど。
あの女性の霊が強力だったのは、バックに山神がついていたからだったんだ。
「まあ、しばらくは悪戯に悩まされるでしょうが、死ぬ事はありませんから」
「おいおい」
クスクスと笑いながら答える美優に、俺は肩をガックリと落とした。
まあ、美優の様子からそんなに大した事は起こらないと推測できた。
「それにしても、良くこんな準備が出来たな」
俺は血糊が飛び出す玩具のナイフを何度か押しながら疑問を口にする。
俺に、山神がとり憑いていると確信してなければ、ここまで準備できるはずない。
「山の神様が教えてくれました。狙いが私だという事も」
「マジか……」
神様スゲーーッ!!
結構、何でもわかるんだな。
思わず、俺は感心してしまう。
今度、田舎に帰ったら、山に向かって手を合わそう。
「とり憑いたのが先輩だったので、簡単に罠にハマってくれました」
「それ絶対褒めてないよな?」
きっと、大方の問題が解決した事で、美優の肩の荷も降りたのだろう。
後は、爺ちゃんか天明さんにお祓いでもしてもらえば大丈夫だと思う。
見れば、爺ちゃん達は大岩に注連縄を巻いて、封印を完了したっぽかった。
本当に終わったんだ。
俺は空を見上げて、大きく息を吐いた。




