田舎で遭遇いました(前編)
「夏ですねぇ」
終業式が終わり、美優解放されたと言わんばかりに両手を上げて、大きく伸びをした。
期末テスト、赤点を何とか回避した美優は補習を免れていた。
ギリギリだったけど……。
俺達は、暑い太陽が照りつける中、誰もいない田舎道を歩いていた。
「自然がいっぱいですね」
「いっぱい……っていうか自然しかないな」
ザッと見回しても、田んぼと山しか見えない。
ここは、天明さんの実家である。
夏休みを利用して、俺達は美優の祖父母の実家に来ていた。
天明さんが言うには、実家は昔から拝み屋のような事をやっていて、祖父も霊能者らしい。
しかも、かなり知識も力もあるらしいので、祖父に視てもらおうという訳だ。
「しかし、暑いな」
「もうすぐ到着しますよ」
汗を拭う俺に、美優はニコニコした笑顔で答えた。
俺達が向かっていたのは、近所の小川だった。
美優の祖父に、後で視てやるから、取り合えず遊んで来い、と言われたのだ。
「お前の爺ちゃん豪快だな」
「良く言われます」
俺の言葉に、美優はクスクスと笑う。
俺は美優の祖父を思い出した。
ゴツい体つきに日焼けした黒い肌。
俺が爺ちゃんと呼ぶと嬉しそうにガハハと笑う大きな口とかが、俺には新鮮だった。
呪いのせいで、俺には父親や祖父といった男の身内がいない。
「ああいう爺ちゃん、良いな」
「はい」
「さ、寂しいとかそんなんじゃないからな」
俺の言葉に、美優は小さく頷いて、優しく目を細めていた。
そんな美優に、俺は何だか恥ずかしくなって、言い訳らしき事を言ってしまう。
「はいはい」
俺の態度は、美優に軽くスルーされてしまう。
見透かされているようで、鼻の頭を掻きながら、俺はそっぽを向いた。
そんな視線の先に人集りが見えた。
「何の集まりだ?」
何だか気になって、俺は野次馬根性がムズムズと起き出してきた。
やいのやいのと言っている人の輪に近付くと、真ん中には中年の女性に少年が抱えられていた。
「まさか、紅紐様を見たのか!」
「こりゃ、マズいぞ……」
「大地朗さん、呼んで来い」
人の輪は焦った様子で口々に話していた。
紅紐様?
何だか嫌な予感がする。
ちなみに大地朗さんとは、美優の祖父の事である。
美優を見ると、少し青ざめているような気がする。
「美優、紅紐様って何だ?」
「紅紐様はこの村に古くから伝わるお話です」
美優によると『紅紐様とは子供が悪い事や危険な事をすると現れてあの世に連れて行く』という良くある話だ。
しかし、美優はそれだけではないと続けた。
「人を攫うんです……紅紐様は」
「作り話じゃないのかっ!?」
「実在します。だけど、攫うには条件があるんです」
あまりにも意外な言葉に、俺は思わず前のめりになる。
美優はげっそりした顔で頷き、さらに補足した。
聞けば、子供の頃に爺ちゃんに散々脅かされてきたらしい。
「どういう事だ?」
「紅紐様は自分の姿を見た人間を攫って行くんです」
詳しく話を聞くと、紅紐様は遠くから姿を現すらしい。
間近で姿を見なければ大丈夫という事だった。
で、その時の姿が紅い紐のように見える事から『紅紐様』と呼ばれるようになったという事だった。
ただ、地元の人間は対処法を知っているのだそうだ。
その場で目を瞑り、通り過ぎるまで待っているという事だ。
「簡単だな」
「はい。ただ、何年かに一度、余所から来た人が被害に遭う場合があります。その時にお祖父ちゃんが呼ばれるんです」
「今回もそのパターンって訳か……」
少年を見ると、格好がこの辺の子供達とはちょっと違ってお洒落な感じだ。
多分、都会から帰省した親に付いて来たのだろう。
そのうちに、爺ちゃんを呼びに行っていた人が帰ってきた。
後ろから下駄を鳴らして、爺ちゃんが走ってくる。
「紅紐様を見た奴が出たっちゃホントかっ!?」
「みっちゃんとこの孫が道の真ん中で紅紐様に会うとったってガキ共が言いに来とった」
「そうか」
少年の身体をあちこち調べている爺ちゃんに、その場にいた一人が経緯を説明する。
視線は少年に向けたまま、爺ちゃんは軽く返事した。
「こりゃいかん」
「どげんしたね?」
「印ば付けられる……」
『……ッ!』
眉間に皺を寄せて、爺ちゃんはダメだと言わんばかりにゆっくりと頭を振る。
その言葉に、俺を除くその場にいた全員が息を飲んだ。
「どうしたんだ?」
「印とは紅紐様に目を付けられた証です。それが無ければ助かる可能性があるんですが……」
一体何が起きているのか、訳が分からず、俺は美優に疑問を耳打ちした。
美優は暗い顔で俯いて答える。
「何とかならないのかっ!?」
俺は興奮して思わず、デカい声で美優に詰め寄ってしまう。
辺りに響き渡る言葉に、その場にいた全員が静まり返った。
「庄助ちゃん」
爺ちゃんが人を押し退けながら、こっちへと向かってくる。
しまった!
この村に来たばかりで何も知らないのに勝手な事を言っちまった……。
「庄助ちゃんがおったら、何とかなるかもしれん」
「へ?」
ズンズンとやってきた爺ちゃんに、怒られると思って、俺は目をギュッと瞑り身体を固くする。
しかし、爺ちゃんは俺の肩をガシッと掴み、意外な言葉を吐いた。
俺はその瞬間、バカみたいに呆けてしまう。
その顔を見た爺ちゃんはイタズラを思い付いた子供のようにニカッと笑う。
「庄助ちゃん、ちょっとガキの為に命懸けてみんか?」
その言葉に、俺は気が遠くなる気がした。