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閉塞

作者: 雪広 真咲

 暗く、湿った空間に僕はいた。周りに見えるのはどす黒く変色したコンクリートの壁。窓のようなものがあるが外が見える高さではない。そもそも光が差してない。窓かどうかも怪しいものだ。その空間は大体8畳程の広さだろうか、部屋の隅は暗闇の向こうでよくわからない。明かりがないのに薄らと部屋の状況を観察できるということはこの暗闇の中に相当な時間居たのだろう。ドアのようなものは見えず、閉じ込められているのだということが見て取れる。大分状況が観察できたが、どうして自分がこのような場所にいるのだろうか。気が付いたらこの部屋に居たのだ。なにか理由があって僕はここにいる筈。ここにこうして存在している。別に死んだわけではないようだし体にも異常はない。異常なのはこの状況だけだ。


 目が覚めてから何時間たったのだろう。あれから色々と脱出を試みたものの、壁はコンクリートで人間が素手で如何こう出来るものではない。殴っても引掻いても傷などつくはずもない。窓から出ようと思ったが登れるとっかかりも何もないのでどうしようもない。この部屋を歩き回っても埒はあかない。どうしようもないのだ。不思議と腹は空かないのだがいつまでもこうしているわけにはいかない。出たい。防空壕の中のような、カタコンベのような。この世界に自分一人取り残されているような錯覚を覚える。孤独が僕の首をゆっくりと絞めつけてくる。出たい。出たい。出たい。


 何も思い出せない。正確にいえば、最近のことだ。ここ二・三日の出来事を思い出すことができない。朝起きて朝食を済まし、ぼうっとテレビを見ていた気がする。ニュースでは中学生の遺体が公園で発見され、朝から暗い雰囲気になっていた。その日は特にすることもなく本を読んだりテレビを見たり過ごしていた。外は快晴で最高気温が33℃になると言っていたので外出する気はさらさらなかった。ただ、一日が過ぎるのをじっと待っていた。テレビでは依然として中学生のニュースを流していた。変わり映えのしないコメント。同じような内容の話を繰り返す司会と出演者。事実を伝える気がないとしか思えない内容で辟易していた。そうこうしているうちに外は暗くなり、簡単に夕食を済ませるとさっさとベットに潜り込んで眠りについた。

 これがおそらく二・三日前のことだと思う。そう思うのには特に理由はなく、一番新しいと思われる記憶がそれだからだ。ベッドで寝てからこの空間で目覚めるまでがすっぽりと抜け落ちているような感じた。実はそうではないのかもしれないが、抜け落ちているという感覚は確かなものであった。その抜け落ちた記憶がどこに行ったのか、どのような記憶だったのか知るすべはない。ただ、気づいたらこの空間にいて、出ることもできず助けを呼ぶこともできない状況にいるのは確かなのだ。早く出たい。


 また、数時間がたった。いや、一日たったかもしれない。もはや時間の概念なぞ忘れ果て暗闇をじいっと見つめて堂々巡りする考えを如何に出口へ導くかと四苦八苦していた。なぜ自分はここにいるのか。なぜ自分がこんなことになっているのか。何故自分なのか。

 疑問ばかりが浮かんでは消え、回答なんてひとつも浮かんでこない。思考の底の底の汚泥に絡めとられたままあがってくる気配なんて一向に感じられない。考えても埒はあかないが他にすることがないのだどうしようもない。こうも時間を持て余すと人間というものは不思議で、自分のおかれた状況なぞどうでもよくなってくる。余計なことばかりを考えてしまうものらしい。あれをすればよかった、あの時ああしてればよかった。あんなことするんじゃなかった。昔のことばかりだ。あれをしたかった、あれを見たかった食べたかった。後悔ばかりだ。死にゆく人間は皆、このような思考にとりつかれるのだろうか。後悔と自責の念。どうしようもなく取り返しのつかない過去の事。挙げていけばキリがない。もうどうしようもないのだということだけははっきりとわかる。自分は死ぬのだと。生きていてもどうしようもないのだから死ぬしかないのだと。花も実も付けぬ木は枯れるしかないのだ。緩やかに死を受け入れ、後悔とともに水底へ沈んでいくしかないのだと。


 死にたい。死はなんでも受け入れてくれる。どんな重いものを抱えて沈んでも死はそれを呑みこんでくれる。どこにいても死は傍らに寄り添い、つかず離れず見守ってくれる。どんな状況からでも救済してくれる。死こそが出口であり希望であるのだ。誰もが避けている、直視しないようにしている。しかし、それと向き合った者には判る。死。これが、これこそが求めていたものだと。何物にも代えがたき至高のものであると。死。早く僕も連れて行って欲しい。この閉じられた世界から。抜け出せるのだ。自らの力で。死と共に。ただ生きているだけでは到底見ることのできない光。死を望み、渇望したものが視ることのできる光。美しい光。この暗い空間を隅々まで照らし出す光。もはやそこには冷たい壁なぞない。思考もなく、死によって満たされる。曇りなく純粋なガラス玉。死がやってくる。待ちわびたもの。手に入れた力。死。湧き上がる感動。込み上げる涙。心の奥底から。闇が取り払われる。死がやってくる。

「助かった」


 ふと気が付くと僕は空にいた。暗く閉鎖された空間から一転して、広く明るい世界。周りの景色が矢のように過ぎていく。目の前の壁を突き破るのは自分の力なのだ。


 「本日未明、○○市に住む23歳男性が自宅アパートのベランダから転落。部屋が荒らされており、警察は事件の疑いがあるとしている」

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