未来に架ける希望の橋
「お先に失礼しまッす」
「お、なんだよ新見。最近やけにさっさと帰るじゃないか」
「いやー、ちょっと。へへ」
「なんだデートか? 若いってのはいいねえ。よし、しっかり励んで、早く新見も幸せで幸せでたまらない家庭を持てよ。オレのようにな!」
ドアを半開きにしたままで、俺は足を止めて苦笑した。
一回りも違わない歳のはずなのに、この上司のこのオッサン臭い発言。冷やかすというより、しみじみとそんなことを言うのが癖になっているらしい。しかもこの杉村さんときたら、愛妻家の上に子煩悩で、のろけとも家族自慢ともつかない話を始めたらキリがない。
入社直後の研修を終えて今の職場に配属されて丸二年。何かと世話になっている人だし、言っておいたほうがいいかもしれないな、と俺は杉村さんに向き直った。
「や、実はですね。バイトしてるんですよ」
「バイト? へえ……そりゃまたずいぶんと頑張るな」
「はい。その『幸せで幸せでたまらない』っていう未来のため、ですかね」
「ははぁ。例の彼女か」
学生時代からの恋人である美菜と、将来のことを真剣に考え始めたのだ。
そうなると、どう考えても、今の会社で働いた収入だけでは足りそうにない。美菜に贈る婚約指輪をはじめ、結納金や結婚式と披露宴にかかる諸々の費用、それに新婚旅行。新居の家具とかは当面のところお互いがアパートで使っているものを持ち込むとしても、夫婦向けの部屋を借りるための敷金礼金、引っ越し費用……数え上げたら目眩がしそうなほどだった。
だから、バイト。ある程度まとまった額を貯めて、目処をつけて。美菜の実家に挨拶に行くのはそれからだ。
広告代理店の本業をきっちりこなしたあと、深夜までファーストフード店で働いて、休日返上の生活が続いている。身体はキツいけど、確かな充実感があるし、美菜がときどき差し入れを持ってきてくれるのが嬉しかった。
俺と違ってしっかり者の美菜は大学生の頃からコツコツと貯金していたし、倹約を苦にしている様子もない。デートの回数は減り、外食の回数も目に見えて少なくなっているのに、不満ひとつ漏らさずに俺の身体の心配をする彼女。その存在に、どれほど支えてもらっていることだろう。
こんなこと、面と向かっては絶対言えやしないけど。
「そんなわけで、お先にすみません」
「おお、お疲れさん。頑張れよ。身体を壊さないようにな」
朗らかに手を振る杉村さんに背を向けて、俺は事務室を後にした。
いったんアパートへ帰って、軽く飯を食べなきゃならない。こんな日々が続いていて、忙しくて疲れているはずなのに、身体の隅々まであたたかな力が行き届いている。とても不思議な感覚だ。
「さあ、妻子のために頑張りますか!」
まだ独身だし、子どもができたわけでもない。そんな独り言を呟いてしまう自分がおかしかった。
きっと今夜も美菜に行ってきますメールを入れて、張り切って出かけるんだろうな、俺は。
杉村さんの気持ち、なんか、ちょっと分かるかもしれない。そんなふうに、思った。