03 - もう一人の王子様
わたしの目の前には美少年の頬笑み。
光に当たってキラキラと輝く金糸の髪。
幼さの残る薔薇色の頬。
汚いものなんか映したこともなさそうな、純粋なアメジストの瞳。
その美しさを例えるなら、この世の幸せを象徴する、清らかなる天使。
「何してるの、食べなよ。僕が出したものなんだから」
「……ドウモアリガトウゴザイマス」
だが口を開けば、残念。ミニチュアオルフェなんですよ、これが。
こちらの美少年は、『自称』オルフェの弟、クインス王国の王子、ルイ。
本当に王子かどうかは置いておいて、オルフェの弟ってことは疑う余地無いと思う。そっくりなんだもん。俺様で、暴力的で、訳分かんない感じが。
「……うぅ……」
わたしは、ルイのつめたーい目に脅され、謎の長い机に並べられた異世界ディナーに目線を戻した。
色とりどりの、これまでの逃亡生活で食べてきた料理から、見たことのない食材まで、大量の食器にちょこーんと乗せられている。まるでフランス料理フルコースみたい。……ちゃんと食べたことないけど。
口をつけるかどうか、迷うなあ。ホントは食べたい。食べてみたいけど。
本当においしそうなものばっか。……いや、ひとつ、なんかおかしいのもあるけど。匂いはピリ辛サムゲダンっぽくておいしそうなのに、極彩色なせいで食欲をそそられないスープ的な何か。逆に気になる。
――けど。
「ルイ様はお食べになられないんですか?」
「君は余計なこと考えなくていいんだよ」
「そ、そーすか。申し訳ございませんねっ。わたし一人でこんな豪華な食事食べるなんて、気が引けてしまってっ」
「無意味だね。食べればいい。今ここにあるんだから」
あ、だめだこれ。オルフェより会話できねえ。
「わたし、さっきルイ様に勧められたもの飲んだじゃないですかー、そしたら急に眠っちゃったじゃないですかー、で起きたらベッドの上でー、びっくりしたんですよー」
「不要な手間を掛けたくなかったんだ」
遠回しに『オマエ睡眠薬かなんか使っただろ?』と聞いてみるとこの返事である。
おいしそうな料理が目の前にあるのに、食べれない。なんというジレンマ。憎い……、この美少年が憎い。
「で。やっぱりわたし、宿に帰してもらえないんでしょうか」
婉曲表現を使わずに、直接的に聞いてみると、ルイは、眉を少し寄せ、わたしを軽蔑するようなつめたーい視線を送ってきた。
「君の頭にはオガクズが詰まっているの? 僕言ったよ。オルフェ兄上が来るまで捕まっていろって」
「もちろん、それは聞きましたよ。聞いた上で、お願いしてるんです。すっごく帰りたいんです」
「なにそれ。愚かだね。無意味だね。却下だよ」
でっすよねー。
わたしが今いるのは、詳細不明、所在地不明、の豪邸だ。
『豪邸』と表現したのは、入る時に見たのがでっかい、吸血鬼の住んでそうな西洋の館だったから。玄関開けたらホールがばーんとあって、どでかい中央階段があって、壁に大きな絵画が飾られてて、光源不明のシャンデリアらしきものだったりが頭上にキラキラしている感じ。
宿じゃないだろうと思っているだけで、本当は、コテージだとか、一軒家を改築した宿とかだったりするのかもしれないけどね。
そんな豪邸に圧倒されて、恐縮しちゃってたのかな。客室らしきところで、勧められた飲み物を飲んだのがいけなかった。いや、そもそもルイ様についてきちゃったのもいけないんだけど。だって怖かったしさあ! オルフェの弟だよ? 言うこと聞かなきゃ絶対暴力ふるわれたって!
てなわけで、ぐっすり夢の世界へ飛び立ってしまったわたしは、次に目覚めたとき、ベッドの上にいましたとさ。あり得ねえ。何が起こったのかさっぱりわからなかったわ。
「愚かって言いますけど、フツー帰りたくなりますよ。こんな足枷つけられたら」
「首輪と迷ったんだよ」
その報告は要らん!
わたしの足には、手錠に似た拘束具がはめられている。両足を互いに繋ぐ鎖と、ベッドの支柱に繋がれている鎖の計三本の鎖が伸びてて、けっこう重い。身じろぎするだけで、鎖がじゃらじゃら言うし、両足を繋ぐ鎖は、歩幅より短いらしくて、意識せずに歩こうとしたらコケそうになっちゃう。っていうか、実際コケた。
外せないか格闘してみたけど、まー、フツーに無理だった。そりゃね。
ベッドと離れられないっていうのは、つまり、この部屋から逃れられないっていうのと同義だ。わたしはその鎖が届くところまでしか動けないのだから。
今座っているテーブル近くの椅子までは超ヨユー。けど、この部屋、窓は一個もないし、扉は届かないところにあるし、すごく鬼畜仕様なんだ。
……マジで帰りたい。
「オルフェ様に連絡はついたんですか?」
「さあ? 今、マルクがやってるよ。僕は待つだけ。早く結果が出るといいね。僕、あんまり待たされたくないなあ」
「ま、待たされるとどうなっちゃうので……?」
「暇潰しが必要だよね。君とか」
うわ……。実際、わたしを拉致した上で監禁している人の言うことだし、すごく、すごーく、真実味がある。ぞわぞわぞわっと背筋が寒くなって身体を震わせた。
無邪気な天使の頬笑みが本当に怖いです。
ていうか来そうに無いんですけどオルフェとかー! 無理でしょー!
「あのう……」
震える声を振り絞って、なんとか音節を作る。
ルイは机に腕をつき、手のひらに顎を乗せて、先を待つような仕草をしている。そんな格好をすると、窓辺で親の帰りを待つあどけない少年みたいに見える。
ほんと、見た目だけは天使なんだよね。中身は俺様で鬼畜ですが……。
「やっぱり、オルフェ様が来るなんて、わたしにはどーしても思えないです」
「理由は」
「だって、オルフェ様が逃げていた相手って、ルイ様だったんですよね? それで、ルイ様に呼び出されて来るなんて、飛んで火に入る夏の虫っていうか。オルフェ様は、ワナだって知ってて敵の中にホイホイ入っていく人じゃないですよ。むしろわたしごと、この建物に火を放っても、個人的にはしょーがないかなーって思えるくらいです。オルフェ様のこと、全然知らないわたしが言うのもなんなんですけど――痛っ!?」
そこまで話したときだった。突然ルイがわたしに手近な食べ物を投げつけてきた。
肩がいいのか、コントロールがいいのか、頭部に直撃。ぐちょっ、と殻のようなものが破裂し、汁なのか中身なのか、液体状のものが、びちゃびちゃっと顔に垂れてくる。
こ、これはおいしそうな貝の匂い……じゃなくて! おい、食べ物になんてことすんだこのクソ野郎。
「ちょっと、なにするん――」
「なにそれ。不快。不愉快」
「はっ!?」
「その結論に至る頭、不要だね。オガクズ頭だからなの? それともほんとに何にも知らないっていうわけ?」
「何も知らないって、どういう……」
「兄上がどういう人か。兄上が何をしたか。なんで逃げてんのか」
ぐっ。……知らない。全部知らない。そんなの全然知らないよ。
『王子なのになぜか逃げている』ってことだけしか、教えられてないんだもん。理由は不明。誰から逃げてるかも不明。王子だってことも、あんまり信じてなかった。
わたしがオルフェのことで知ってるのは、『どんなに俺様でサイテーか』ってこと。移動中に寝袋に入るくらい寝汚いし、ぐーたらで、面倒くさがりで、自分勝手で超・腹立つ。イケメンでも許されないマイナス点ばっかのやつ。何考えてんのか、さっぱり分かんない。
そして――、『怖い』ってこと。
「僕は知ってる。君がね、オルフェ兄上の特別な人だっていうこと」
あっ、すいません、それ嘘です! 嘘なんです!
ルイがすごく真剣な口調で言ってるのに、顔が思わず引きつっちゃう。貝の汁が目に染みて涙が出そうだ。
ジャンさんの趣味で……美少年が騙されるなんて……ッ!
「いや、わたしにそんな価値あるわけないじゃないですか。オガクズですよ?」
っていうか、オルフェ公認の鳥頭です。
貝の中身を滴らせつつ言うと、嘲笑が返って来た。
「不毛だね。無駄だよ。理解できない人に言っても。君が思ってることなんて、僕に関係ない。僕には僕の考え方がある。君が決めることじゃない。君。つまらない」
「なっ……!」
「泣く。怯える。喋れなくなる。震える。自殺しようとする。君。しなかったね」
「いや、そんなことしても問題解決にならないでしょ」
「そう。だから、期待した。それなのに。オガクズ頭だって認めるし。価値がないって言う。君。愚かだ。無能だ。何も見えていない」
自分のことを卑下するとかいう考え方は、ルイのなかにはないんだろうなあ。自信がなくなるとかさ。失敗して自分の非を認めるとかさ。しなさそーだなあ。
オルフェもだけど、ルイも、わたしとは根本的に考え方が違うんだろう。もう、こいつらは、『俺様王子』って人種なんだろう。そうでも考えないとやってられん。
「自分のことを価値のある人間って認めないと、ルイ様としては、有能じゃないんですか」
「そう。僕は、自分の価値が一番大事だ。僕が有能であること。それが全て」
「……」
「オルフェ兄上も自分が一番大事『だった』。オルフェ兄上が有能『だった』こと」
「だった……?」
「無知だね」
ルイは立ちあがり、テーブルの上に置いてある布ナフキンを取ると、わたしに近寄ってくる。キラキラの美少年がドアップで視界に映り、思わず仰け反った。
手にした布ナフキンで、ルイが手ずからわたしの顔に滴る貝の汁をぬぐってくれる。なんかごめん。そのままにしてたから、さすがにみっともねーこいつ、顔も自分で拭けねえのかよ無能。とか思ったんだろうな……。
ルイの手は小さい。
わたしと同じくらいの大きさ。まだ幼くて、柔らかさも残っている手だ。
ぐいぐいとわたしのことは一切考えてない乱暴な手つきなのは、まあ、置いておいて。それはもう『俺様王子』だから仕方ない。
まだ子どもなんだよね、ルイって。
この街に来た時――オルフェと手を繋いだときには、なんて思ったっけかな。
力強えよひっぱんなよ、って思った記憶はある。大きさはどんなだっけ? 大きかったっけ? あったかかったかな? 硬かったかな?
あんまり思い出せない。オルフェがいつもしないようなことをしてきたから、混乱して、それどころじゃなかったんだよ。うん。そのせいだ。所詮オガクズ頭とか、そういう話じゃなくてだね。
「君が。クズだと思っていても、僕は遊ぶよ。オルフェ兄上の特別な人」
拭き終えて、一言、耳に囁かれる。声変わりのしていない高い男の子の声。
ううむ。帰結するところはそこなのか。ジャンさんのせいなんですと教えてみる? でもなー、またキレて投げてこられても困るし。
と、そこへ、コンコン、と扉がノックされた。
「入れ」
「失礼致します」
入ってきたのは、銀ぶちメガネをした頭のカタそーな目つきの鋭い長身の男だ。なんていうか、数学の先生っぽい。数字は美しいとか言いそうな感じ。
数学メガネ(仮)は、銀縁メガネごしに、ちらりとわたしを見た。な、なんだ? やんのか? ルイが隣に立ってるのになんでテメーは座ってんだ女、ってことですか? 怖いです。すいませんでした。
「ルイ殿下、只今帰還致しました。ご報告はこちらに」
ん? 帰ってきた……ってことは、もしかして、オルフェたちに『娘は預かった、帰して欲しくば』なメッセージを伝えに行った、マルクさんという人だろうか。
メモを渡し、45度の礼をしたマルクさんに、ルイは労いの言葉も何もない。チラリとメモに目を走らせ、その幼さの残る美しい顔から頬笑みを消した。
天使の笑みを封印したルイは、それだけで、冷酷な雰囲気に見える。
「なるほどね。準備を始めよう」
「はっ」
「君。いい子にしていて」
ルイは手に追ったナフキンをわたしに向かってばさりと投げつけ、部屋を出て行った。うっぷ。貝汁が染み込んで冷たい。
小さな俺様王子がいなくなり、部屋に残されたのは、わたしと、恭しく一礼しているマルクさんだけ。
マルクさんは、部屋をざっと見渡すと、パンパン、と手を叩いた。
それだけで、ササササーっと入ってくる黒子――じゃなくて、一律の使用人服に身を包んだ人たち。どっから湧いて出た!? 召喚魔法ですかっ。
テーブルの前に手つかずに残っている料理を見ても、マルクさんも給仕の人たちも何も言わない。ただただ、与えられた任務を遂行するだけだ。
マルクさんは、料理を片付けさせている間も一秒たりとも無駄にはしない。わたしとベッドをつなぐ鎖、ベッドのシーツなどをテキパキと点検し、何やら手元でメモを書いている。
黒子――使用人さんたちがハケたのと同じ時間で任務を終えたマルクさんは、ぼけーっと椅子に座ったままでいるわたしにまたちらりと目線を寄こした。銀縁メガネがキラリと光った気がする。
こ、怖いって。こっち見んな。こっち来んな。
近寄ってくるマルクさんの動きはキビキビしていて、まるでロボットだ。どう動けばどう見えるのか、まるで逐一計算されているかのよう。
「明日の予定を申し上げます。起床は六ノ時。朝食は七ノ時。場所はこちらの部屋。それ以降の予定は明朝お知らせします。以上。――何かあればこれを鳴らすように」
用件をだだだだーっと並べたあと、マルクさんがテーブルの上に置いたのは、ホテルでよく見る呼び出しベルだ。取っ手が天使の羽根の形をしていて、金色をしている。なんだかルイっぽい。
「主に私が。私がいないときはメリーという唖の女が参ります」
「はあ……」
「何か質問は」
「えっと……マルクさん?」
「ふむ。名乗った覚えはありませんが?」
「あー、ルイ様がさっきポロっと言ってたので、そーかなと――あの、オルフェ様のところに行って来たんですよね。結果は……」
「お教えできません」
「そうですか」
まあ、そうだよね。マルクさんが今受け付けている質問は、ここでの生活について、ってことだったんだろう。それ以外のこと――例えばここはどこかとか、オルフェが来なかったら結局わたしどうなるんだとか――は、ルイに無断で答えられないだろうし。
答えていいかどうか判断を仰ぐにしても、ルイの性格からして、『教えない方が楽しいから教えるな』って言いそう。鬼畜だし。
教えられない、で一蹴するマルクさんは、聞くだけ無駄なの分かってらっしゃるんだろーなー。
わたしが黙ったままでいると、「他に何もないようでしたらこれで」、と言ってマルクさんは部屋を去って行った。ついでみたいに、鍵を掛けて。
あー、これで密室が完成しちゃったなあ……。
ぐうう、とお腹がまぬけに鳴った。それどころじゃないんだって、自分の腹とはいえ、ばかな腹だよ。生命と精神のピンチに、そりゃないよ。
さっきルイから投げつけられた、布ナフキンがすごくおいしそうな貝の匂いをさせている。マルクさんに片付けてもらうのを忘れていたな。生殺しだ。
もしかしたらわたし自身からも貝の匂いするかも。空腹に耐えかねて自分のこと齧り出したらどうしよう。
「あー、ばかだな、わたし」
わたしはテーブルにナフキンを投げつけ、椅子から立ち上がると、ベッドの上にごろりと寝転がった。
仰向けに寝て見えるのは、赤いジュータンふうの、豪奢な布。天蓋付きベッドだ。超高級じゃね? 背中を包むのも、柔らかい布団と清潔なシーツだ。すごく、豪華。
でも、気分は最低。
わたしがもし、ジャンさんが取ってくれたあの宿に泊まってたら。
小じんまりとした部屋、清潔なベッド、青いカーテン、窓からは潮のにおいがする風がふいていて、今ごろ海の街の、活気ある夜の風景が見れたのかもしれないんだ。酔っぱらいの、漁師のおじさんとかが楽しそうに肩組んで歩いてさ。キレイなお姉さんがセクハラの被害にあってたりしてさ。ごちゃごちゃしてて、うるさいけど、いい感じの夜の風景。
そんな部屋で、フレデリクを巻きこんで、ジャンさんの講義を聞くのもいいな。それで眠そうなオルフェが文句を言って来てさ、わたしがそれに言い返すんだ。オルフェにだって知らないことはあるでしょって……。
今はなんにもない。
何も聞こえない。何も見えない。誰もいない。窓がないし、外に出られない。
ルイが飽きる前にわたしが飽きます絶対に。
「どうしてこうなったのかなー……」
ルイについてきたわたしが悪い。はい論破。……虚しい。
いや、反省してる場合じゃない。現状打破のためには、考えなくちゃ。
まずルイの動機。
ルイがわたしを拉致したのは、オルフェを捕まえるための『餌』にするため。
ルイは、オルフェを捕まえられればそれでいいと思っている。つまり、わたしは、おまけというか、ついでというか。ルイにとっては、暇つぶしみたいなもの。大迷惑だけどさ。勘違いってこわい。ジャンさんのばか。
今まで、わたしにとって、オルフェの主張は、『自称』でしかなかった。だって、身内同然のジャンさんとフレデリクしか、彼の地位を裏付けるものがなかった。逃げてるっていったって、追手を実際に見たわけじゃないから、実感がわかなかった。
でも、今はわかる。ルイはオルフェを追いかけている。勘違いとはいえ、わたしみたいなのを餌にするためだけで拉致しちゃうくらい、本当に捕まえたいと思ってる。
じゃあ、ルイはなぜオルフェを追っているの?
分からない。教えてくれなかったし、ルイがオルフェに対してどういう気持ちなのか、よくわからない。憎しみみたいなのは感じなかった。有能だから、有能じゃないから、って話だった。
ルイの事情から考えるのが無理なら、オルフェのほうから考えてみようかな。『逃げるから、追われる。じゃあなぜ逃げるの』っていう発想だ。
オルフェが逃げる理由は何だろう?
オルフェは、たまに「もう王子じゃなくなるから」って言っていた。どういう感情から出ている言葉なのかは分からないけど、たぶん逃亡に関わることだ。
王子が嫌になったから王子じゃなくなるために逃げるのか。王子の地位を揺るがす何かがあって、逃げなければならなくなったのか。
『兄上がしたこと』を知らないわたしを嘲笑ってたルイの口ぶりからすると、どちらかといえば、後者っぽい。
オルフェは何をしたの?
オルフェって、なんなの?
「もー、分かんないよ。もしかして、あいつ、なんかすげーヤバいことやっちゃったんじゃないの?」
初めて会ったときのオルフェは、すごくこわかった。
いきなり腹に蹴り。しかも二発。冷たい目と、強い命令口調。わたしを人と思ってないみたいだった。
まあ、ルイ曰く、『俺様王子』からしてみたら、自分以外の人間なんて価値ないんだもんね。
「チカ」
って、オルフェが初めて名前呼んでくれたのは、いつだっけ。
なんだかすごくすごく昔のことみたいだ。たった一ヶ月前出会ったばっかなのに。蹴り入れられるっていう、もう二度と経験したくないキョーレツな出会いだったけど。
「お前の名前には意味があるそうだな」
あ、そーだそーだ、そういう感じだった。
ジャンさんと文字の話をしていて、三人の名前はどういう文字を書くのかって話から、わたしの名前の話になって。
「わたしの国では、文字自体に意味があって、だから名前にも意味があるんです」
――ってジャンさんとフレデリクに言った、次の日の朝。
わたしの寝室(馬車の倉庫)の扉がガンガンガンと絶え間なく叩かれた。犯人はもちろんオルフェ。
「名前の意味? ああー……、昨日の話ですか?」
「俺様の質問に答えろ。あるのか、ないのか」
「ありますけど、それがどうかしたんですか?」
「具体的に教えろ」
「はぁ……」
眠たい目を擦りながら、のろのろと頭を起動させた。はいはい俺様だから俺様が知りたい時に知って当然だもんねえ、ってそんな気持ちだったな。
「わたしの国で、主に使う字は三種類あります。『漢字』って言うのと、『ひらがな』と『カタカナ』わたしの名前に使われている字は、漢字です。この漢字っていう字は、表意文字と言って、もともとは――」
「講釈はいい」
「あ、そ、そーですか……。えーと、わたしの名前は『千夏』と書きます」
そのへんの地面に、適当な木の棒で、ずずずーっと大きく文字を書く。こっちが『チ』で、こっちが『カ』ですよーと教えてあげる。
「意味は千の夏。千というのは、数えきれないほどたくさんという意味。夏は、季節のひとつ。太陽がギラギラ元気に輝く、いっぱい汗を流して遊べる楽しい季節のこと。つまり、わたしの名前は、『たくさん遊んで元気に大きく育て』って意味なんです。夏の字については、わたしが夏生まれってこともあるらしいですけど。親が由来を教えてくれたときには、なんだか感動しましたね」
ふむ、とオルフェはわたしが書いた『千夏』の文字をじーっと見つめて、
「チカ。なるほど。分かった」
そうやってわたしの名前を呼んだんだ。
それだけかよーってその時は思った気がする。でも、今考えてみると、『オルフェにしては』すごく納得したような顔をしてたかもしれない。
オルフェのなかに千夏をインプットしました、みたいな感じ。
わたしはあのときオルフェにちゃんと、「怪しい女」「どっからか来た女」ではなく『わたし』として認識されたんだと思う。
じゃなかったら、一生わたし、オルフェに「お前」「女」とか呼ばれてたんじゃないかな。意味を教えられるような名前でよかった。親に感謝……しなくちゃ……。
「やばい……」
鼻の奥がつんとして、目の裏のほうがじわっと熱くなる。
ぶわっと、頭のなかに、帰りたい、帰りたい、帰りたい、って気持ちが広がった。頭の隅のほうにおいやって、心の奥のほうに押し込めて、閉じ込めておいたものが、一気に溢れ出たみたい。
わたしの名前を考えてくれたお父さんとお母さん。
しょーがねーやつだなーとかいいながら、いつも助けてくれるお兄ちゃん。
おねーちゃんより早く彼氏が出来たよとか言う生意気な妹。
やだな、すごい、すっごい、胸が苦しい。
帰りたい。
なんでわたし、こんなところにいるんだろう。
もしも、こんなわけわかんない、窓ひとつない部屋に繋がれたまま、もう二度と家族に会えなかったら、絶対に嫌だ。絶対に帰りたい。
「う、……よく、わたし、耐えてこれたなあ、こんなんで」
こんな苦しい気持ちをどうして今まで押さえてられたのか。
最初のころは、もちろん毎夜こんなふうに考えてたような気がする。
でも、人間関係を築くのに必死になって、生きて行くための知識を身につけるのに頭がいっぱいになって、日々を過ごしているうちに、いつのまにか楽しいって気持ちが生まれてた。
『帰る方法を見つけよう』って、ポジティブな考えができるようになったのは、あの三人のおかげなんだと思う。もし、あの三人と出会えてなかったら、わたし、今みたいな気持ちで、一ヶ月過ごすことになったんだろう。
いっぱいヤなこともあったけどさ。主にオルフェの蹴りの話だけど。
でも、ヤなことばっかりじゃなかった。
やさしくて紳士なジャンさんに、知らない大きな世界のことについて、たくさんたくさん教えてもらったり。ちょっと生意気なフレデリクと、喧嘩したり、バカなことしたり、どーでもいーよーなこと話して笑いあったり。そして、あのよく分かんない俺様王子のことは。
知っていくのが楽しかった。なんだよこいつ超最低、ってとこから始まって、訳わかんなすぎて、もういいやこういうやつだもんねってなって、いつのまにか喋ったりするのも嫌じゃなくなった。
――わたし、きっと、そんなにオルフェのこと、嫌いじゃないんだ。
こわいって思うことも、たまにあるけど。でも、オルフェと出会わなかったら、『分からない人を知りたい』って気持ち、知らなかったかもしれない。あいつに会って、わたし、色んなこと考えたと思う。あいつの立場だったら、とか、あいつ今なんでこんなことしたんだとか、どーしてそんなこと言うんだよとかさ。
今まで暮らしてきた世界とは全く違う世界にきて、初めて出会った人間で、どーしても関わらなきゃいけなかった――それだけじゃないと思う。
あんな勝手な奴を分かろうとするなんて、嫌いだったら、ありえない。分からない、で終わらせてもいーじゃんね。こういうやつなんだなあ、知れて嬉しいな、って嫌いだったら思わないもんね。
あーあ、帰りたいなあ……。
どこに帰りたいか、って、それは――
ガタンッ
すぐ近くでした大きな音に、ハッとする。
「なっ、なに!?」
ベッドの上から飛び上がり、部屋の中を見回したけど、変わったところは見当たらない。何? 気のせい?
それにしても、びっくりした。色んな事を考えているうちに、いつのまにかうとうとしちゃっていたみたいだ。もしかしたら、夢のなかでの音だったのかな。
耳を澄ますと、ごそごそとくぐもった音が聞こえた。気のせいじゃないみたいだ。
じゃらじゃらと鎖を引っ張ってベッドから降りて、音のするほうを探る。
「チカ、ここ、ここ」
頭上から聞きなれた声が降ってきた。どきっとして、見上げると、そこにはぴくぴくと動くイヌ耳が。
「フレデリク!?」
「ちょっと待ってろ、降りるから」
「ど、どーしてそんなとこに」
「この部屋、窓がねーだろ? だから、上から来たんだ」
「逆転の発想……なのかそれは」
突然天井から登場って忍者かよ! どうなってんだよこの屋敷の構造は! 日本式ですか!?
忍者フレデリクは、天井のタイルをひとつズラして、その隙間からしゅたっと飛び降りてくる。しなやかな、身体全体の筋肉を駆使した着地。ふりふりと尻尾がご機嫌に揺れているところを見ると、怪我はしてないみたいだ。
うーむ。高いところから落ちて足をくじいたりしないのか。さすが忍者。いやフレデリクは忍者じゃないけど。
「フレデリク、あの……」
駆け寄って、色々聞こうとすると、フレデリクは、しーっとわたしの口に人差し指を当てた。イヌ耳がぴくぴくと動き、部屋の外の音を聞いているみたいだ。マジで忍者か。
「ん。バレてねーみてー」
しばらくして、フレデリクの人差し指が離れた。息をとめていたわけじゃないのに、ぷはーっとため息が出ちゃう。
フレデリクは、黒くて動きやすそうな服――忍者服かな――についたホコリなんかをパンパンとはたくと、わたしに向き直り、ニカッと笑った。
「よー、チカ。元気か?」
「うん、なんとか」
「って、スゲー状態だなー。ガッチガチじゃん。予想してたけど」
「よ、予想済なんだ……」
「そこはほら、ルイ殿下だから」
「それで済んじゃうってヤバくね?」
ルイとオルフェがアレで通常運転って、どーなってんのよ。国民それで大丈夫なの? 鳥頭でオガクズ頭な超・部外者とはいえ、心配しちゃいます。
「ん? お前」
何かに気づいたみたいに、フレデリクの釣り目が大きく見開かれ、ぐぐっと顔を寄せてまじまじと顔を観察される。あ、やべ。
「もしかして、ちっとだけ泣いた?」
「あはは、やっぱ、分かっちゃうよね」
言われて、目を擦って誤魔化した。頬のところがバリバリしてる。たぶん、涙の跡だ。貝の汁ではない……と思う。
「なんか色々考えちゃった。出れなかったらどうしようか……って。わ、笑っちゃう、よね」
う。ヤバい、また思い出しそうになっちゃった。止まれ、涙よ止まれ。
両手で顔を擦りまくっていると、フレデリクに手首をガッと掴まれる。
「おい、やめろよ。泣きたいなら、素直に泣いとけよ。笑ったりしねーから」
お前……泣いちゃうだろ! やめろ!
いつもツンツンして生意気なことばっかり言ってるフレデリクが、まっすぐな目で、すっごい真剣な目で、そんなこと言うから。
ぶわわわっと涙が溢れてしまう。さっき自分で泣いた時より、酷かった。
おいおいと声を上げて、盛大に泣いてしまう。
バレたらごめんよ忍者フレデリク。せっかく忍んで来てくれたのにさ、わたしが台無しにしたらごめんな。でも、止まんないよ。
フレデリクはぐしゃぐしゃなわたしを笑ったりせず、頭をぽんぽんと叩いてくれた。それもまた涙を誘う。
うええん、何ていい奴なんだよフレデリク。わたしの頭、ちょっと貝のニオイするけど気にすんな、気にしたら負けだ。
「落ち着いたか?」
「……うん……」
わたしの涙がひくのを待って、フレデリクは自分のポケットからハンカチを出してくれた。
ずびずびと鼻を鳴らしながら、ありがたく使わせてもらう。鼻水付かないようにがんばるけど、ついたらごめんな。
「ごめんね、フレデリク。あとで洗って返すよ」
「あー、そんなんいーよ。お前にやるよ」
「ま、マジで。ありがと」
じゃあ鼻水も拭いちゃお。
ぐしゅぐしゅやっていると、「あのさ」とフレデリクが切り出した。なんだなんだ。ニュースですか。今わたし監禁状態ですし、なんの情報でも嬉しいです。
「殿下からの伝言があるんだ」
「えっ!? オルフェ様から?」
なぜ伝言!?
褒めてくれと言わんばかりに、フレデリクの尻尾がふりふりしてるところを見ると、いいニュースらしい。
ううむ、わからん。会ってから言えばいいところを、わざわざ伝言ってことは、すげー大事なことなのかな。
「うん。えーっと、待ってろ。メモがあっから。あー、あったあった」
フレデリクがポケットをごそごそと漁り、メモを取りだした。おい、覚えてねーのかよ。
「『迎えに行く』――終わり」
「……はい!? それだけぇ!?」
「オレに言われても知らねーよっ!」
「っていうか、そんな短い伝言くらい、メモに残さなくても覚えておきなさいよ!」
「殿下に頂いたものなんだからしゃーねーだろー!」
つまりあれか。オルフェがフレデリクの記憶力を疑っているってことか。かわいそうなフレデリク。
フレデリクはわざわざ助けに来てくれたのにね。オルフェは『迎えに来る』の一文だけですよ。はっはっは。まあ分かってたけどね。オルフェのばーか。
って、あれ?
「ちょっと待って。迎えに来る……? って、どこに? これからわたし、フレデリクと外出るのよね、天井から」
「あ、違えよ」
天井の隙間を指差して言うと、ぷるぷると首を振って否定されてしまった。
ええ?どういうこと?
「あー、先に言っとくべきだったな。俺は別にお前を連れ出しにきたんじゃねーんだ。ただの伝言役なんだよ。わりぃ」
「えっ」
「チカを連れて逃げることは、俺だけじゃどうにもならねーんだよ。ルイ殿下とマルク様に気づかれずに、って、ぜってームリ」
「じゃあ、オルフェ様が言う『迎えに来る』って」
「『ここ』に迎えに来るってこと」
「ここに?」
「ルイ殿下の協力者の別荘」
「オルフェ様が? わたしを?」
「チカを。……っつーか、ほかに誰がいんだよっ!」
さすがにイライラしてきたのか、ばったんばったんとフレデリクの尻尾が床を叩いている。いやいや、分かるけど。ごめんね、だって分かんないんだもん。
「だって、だってさ、明らかに罠じゃん。ルイ様、わたしのこと、オルフェ様を呼びだす『餌』だって言ってたよ。ルイ様の好きにできるようなところでさ、オルフェ様が直々に来たら、捕まっちゃうよ。オルフェ様は、ルイ様から逃げてるんだよね?」
「あー、それか。うーん、そうなような、そうじゃないような……。まー、チカにはムズかしー話なんだ。ちゃーんと理解するためには、建国ってほどじゃねーけど、ちょい古い歴史から説明しなきゃならねえし」
「じゃあ説明してよ」
「無茶言うなっ! 俺に出来るわけねーだろ!」
そーだよねー。フレデリクって説明役じゃないよねえ。説明はジャンさんの役割だもん。で、わたしとフレデリクが生徒役。しかもちょっと問題児気味の……。
「……でも、フレデリク。わたし、知りたいんだ。みんなのこと。オルフェ様のこと。簡単にでいいんだよ。お願い」
「無理だっつーの」
「お願いったらお願い。だって、わたし、こんな目に遭ってるんだよ。ね、ちょっとは知ってもいいと思わない? ねえ」
「ぐっ……うー、なんで俺が……。分かりにくくても怒んなよ」
頭を抱えながらも、渋々頷いてくれた。ありがとう、親友。ありがとう、忍者。
大幅にはしょったり、ちょいちょい間違えたり、時系列がバラバラになりつつも――フレデリクは根気強く教えてくれた。
オルフェは『クインス王国』の『第一王子』、ルイは『第四王子』である。
オルフェは妾腹で、ルイが待望の正妃の初子。
『クインス王国』の慣例では、『第一王子』がつねに王太子。つまりオルフェは次期国王のはずだった。
陥れられ、王太子の位を剥奪され、王族から除名されそうになった。
拒否したら暗殺されそうになったので王都から脱出。以後逃げ続けている。
憶測だが、ルイはオルフェを捕えることによって、勲功をあげようとしてるのではないか。
「……っつーわけだ」
「それって、ルイ様は、誰かに唆されてるってこと? それとも、自発的にやってることなの?」
「さーな。知らねー。ルイ殿下のお考えなんか、俺に理解できるわけねー」
フレデリクの話には、『誰が』オルフェを陥れたのか。『なぜ』オルフェじゃだめだったのか。っていうのが、すっぽり抜けている。
そんなこと、オルフェもジャンさんもフレデリクも調べないはずない。真っ先に調べたはずだ。きっとオルフェたちは怪しい人物をつかんでるんだろう。陥れた奴が一番ヤバい奴なのに、具体的に教えてくれない、ってことは、わたしがまだ知らない人物。
――つまり、オルフェを陥れようとしたのは、ルイじゃない?
じゃあ、誰なんだろう。第二、三王子? それとも臣下? 考えられる選択肢はいっぱいある。
でも、わたしがしなきゃいけないのは犯人捜しじゃない。現状をどうするか、だ。
「ねえ、やっぱり、オルフェ様がここに迎えに来れる理由がわからないよ。結局、ルイのところに来たら捕まっちゃうのには変わりないんじゃない。わざわざオルフェ様が危ない目にあう必要なんてあるの? もっと違う方法があると思うよ。わたしなら、待てるし。いや、頼ってばっかで悪いよね、自分でどーにかしろって言われたら、頑張る。できるか分かんないけど、やってみる」
フレデリクはわたしの鎖にじゃれながら、呆れたようにため息をついた。
「あのさあ、わざわざ来んのなんて、理由、一個しかねーじゃん」
んん? どういうことだ。
「お前のことが大事なんだよ」
「は? なにそれ、大事って」
「必要なものってことだ」
「いや、意味聞いてるんじゃなくて……」
えっ、なになに、わかんない。分かんないですよー。ちょっと待ってください、整理させてくださーい。
フレデリクがルイとの会話を知っているわけじゃないだろうし、あれ? ジャンさんの設定の話じゃないってこと?
フレデリクにはからかっている様子はないし……。
あ、大事な仲間とかそういう意味か? やべえやべえ、ちょっと勘違いしたわー。こわいわー。
「あの……大事って、言ってくれて、嬉しいけど。わたし、超・部外者だよ。川から流れてきて、偶然出会って、色々あって、一緒に旅しただけ。身元もきっと、オルフェ様たちからしたら意味わかんないし、自分で金稼げないお荷物じゃない?」
「……まあ。お前はさあ、確かに、訳分かんねえよ。違う世界とか言われても、ハァ? って感じだし」
あはは。わたしも未だに、ハァ? って思います。同じだなー。まあ、当事者的にはハァ? で済まされないんだけど。だって本当に起きてることだもの。
「まぁそんなんあってもいいかなって、チラッとくらいは思うけど。別に自由に行き来出来るわけじゃないんなら、ないよーなもんだろう。だって分かんねえもんよ。お前の言うとおり、俺たちは出会っただけ。訳分かんねえ奴を抱え込むほど、余裕のある旅じゃねえ。逃亡の旅の資金には限りがある。俺たちの旅の目的も、『俺たちがまた王都に戻るため』と『お前が無事元の世界に戻るため』って、増えちまったしなあ、面倒ばっかだよな」
フレデリクさん、言うときは容赦ないね! スラスラとマイナス点を列挙されて、わたし顔がひきつっちゃいます。
「それでもなんでお前のこと抱え込んでんのか、つったら、やっぱり、出会っちまったこと、が大きいかな。知っちまったんだから、知らねえ時に戻れねえっつーか。……あとは、お前が俺たちに関わり、俺たちがお前に関わっちまったこと」
「え? どういうこと?」
「お前、知らないうちに、ルイ様に存在を知られていたよな?」
「うん。……って、まさか――」
「はは……色んな奴が、お前と俺たちが一緒にいたことをもう、知ってんだよ。お前、もうオレたちと運命を共にしてるんだ。」
「えええ!?」
変装意味ねーじゃん!!! あ、そっか、気づいてるから変装が必要だったのか。確かにそんな話したな。鳥頭オガクズ頭でごめんなさい。
「似たものどーしって言うの? 真実探す旅。たぶん、道連れが欲しいんだ。おれたち。勝手に、お前のこと道連れにしてたんだ」
「……道連れ……」
「お前、これ、メーワクって思うか? 黙ってて悪かったよ。言う必要ないって殿下が言うから、黙ってたけど、やっぱ、勝手に運命決められてんのって、気持ち悪ぃよな」
フレデリクは、苦々しい表情をして、首のあたりを擦っている。『やっぱ』ってことは、彼も、何かしら似た経験があったのかもしれない。
迷惑、かあ。まあたしかに現在進行形で監禁されて困ってるけど。
……迷惑かけたのは、お互い様、ってことなのかな。
「でもさ。お前じゃなかったら、俺たち、道連れにしてなかったと思うんだ。お前がさ、けっこう気楽にさ、食いものバクバク食ってたりさ。なんだかんだ変装に乗っかってきてくれてたりさ。殿下だけじゃなくて、ジャンとも、俺とも、全員同じよーに、同じだけ喋ってくれるだろ」
「うん」
「だから、俺たち、お前と一緒にいてもいーかなーって思ったんだ、と思う……勝手に俺が言ってっけど」
はにかんで笑うフレデリクは爽やかだ。なんか、超生意気、とか思ってたけど、フレデリクって、こーゆーの、ちゃんと言ってくれんだね。こういう、仲間意識みたいな、少年マンガにありそーな台詞。超青臭いよ、フレデリク。恥ずかしいじゃん。
でも。恥ずかしいけど。……すっごい嬉しい。
「わたし、一緒にいていいの?」
「一緒にいてもいーって思ってるもん同士なら、問題ねーよ。なーんだよ、チカ。お前、俺たちと一緒にいたくねーのかよ?」
「一緒にいたい。わたしも、いっちばん最初に出会えたのが、三人でよかったなーって思ってる」
「じゃー、問題ねーな。解決じゃんっ、終わりだ終わり。ったく、伝言届けに来ただけなのに、ヘンな話させやがって」
フレデリクはぐぐーっと伸びをして、ピクピクッとイヌ耳を細かく動かしている。周囲の様子を探っているんだろう。
「じゃー、俺、そろそろ帰るわ。殿下がお待ちになってっから」
「……うん。ありがとう。気をつけて」
「って、あ」
「ん? どうしたの?」
部屋のイスを使って、天井裏に飛び登ったフレデリクが、何かを見つけて戻ってくる。マジ忍者。
「ジャンからの預かり物もあったんだった」
なんだろう……この心の奥底から沸き起こるような不安は。
「なに、それ」
わたしが顔を引きつらせながら尋ねると、フレデリクが、天井裏から引っ張ってきた袋に手をつっこんで、引き出した。袋から現れたそれは、しゃらら~ん、と効果音がつきそうなほど、きらびやかな……。
「ドレスだけど」
「何故ドレス!?」
「必要だからだろ」
「だからなんでだ!?」
「叫ぶなよ……響くだろ、屋敷に」
大声がこたえたのか、フレデリクのイヌ耳がペタリと頭部にくっついている。ご、ごめん。




