M-095 戦は数だ
「問題は敵の数です。」
フラウはそう言って、作戦地図を司令室の大型ディスプレイに表示させた。
この位置から俺達の目的地までは直線で700km程だ。
最初の偵察用イオンクラフトが敵の時限断層に激突してこの間の大部隊を敗走させるまでに3ヶ月程経過している。
そして、あれから一月過ぎた現在では、歪みのある敵の本拠地の周辺に沢山の熱源反応がある。温度が38度前後だから、例のゴリラ部隊と考えて良いだろう。
更に南方からも軍勢が集まりつつある事が熱源の移動で分る。
そして、エリア90の南方には大きな熱源反応が3箇所あり、時速3km程の速度でこちらに近付いてくる。
「この部隊の一つ一つが、数万の軍勢です。現在の距離は約120km。1日の移動距離が30km前後ですから後4日でこの周囲は10万を越すゴリラ兵に囲まれます。」
「で、俺達の使える手段は?」
「このような場合なら制圧兵器が使えれば良いのですが、まだ解凍が終了していません。現在使用可能な車両は、軽戦車と中隊支援用の自走砲です。」
「規模と自走砲の種類は?」
「これが軽戦車と自走砲のスペックです。」
新たに大型ディスプレイが現れ、軽戦車と自走砲の画像と仕様が表示される。
軽戦車は威力偵察用だな。この時代に75mm砲は余り役には立たないだろう。とは言え、ベルトドライブで給弾される砲弾は多目的砲弾のようだ。搭載数が60発もあるし、同軸機銃の弾丸は2,400発だ。
重量は10tだが、時速70kmで走れればかなり掻き回せるな。
そして、自走砲は…、やはり105mmか。搭載している砲弾70発が榴弾オンリーというのがおもしろい。完全に陣地攻略用だ。
最大飛距離は18kmだから、軽戦車の後ろでバックアップできそうだ。
上部に小さな機関銃ポットが付いている。制御は可能だが装弾数は600発か…。
車両の運用時間は距離に依存されるようだ。稼動8時間、距離にして500kmというところだな。
「モスボール化されていたのは3中隊です。現在までに1中隊の整備及び燃料注入を完了しています。」
「中隊編成は?」
「軽戦車3小隊、48両。自走砲1小隊16両です。」
「偵察用の装甲車もあったな。」
「あれは、攻撃には向いておりません。南に配置した装甲車は引き上げさせました。」
あくまで、この64両ってことか。
そういえば対空車両も中隊規模で持ってた筈だ。フラウが何も言わないところをみると、このエリア90の最終防衛を偵察用車両と共に負わせるつもりのようだ。
だが、1つの軍勢に振る分けられる車両は軽戦車16両それに自走砲が5両だ。正直言って飲み込まれるのが落ちだな。
ならば、最後は自爆させるか…。
「フラウ。輸送車両に爆薬は?」
「自爆はお勧めしません。最低でも周囲に被害を与える為には100kg以上の爆薬を必要とします。輸送車両にプラスチック系の爆薬がありましたが、これは塔を破壊する為に用いるべきです。」
確かに正論だよな。
となれば、それまでにモスボールを解く車両がどれだけあるかになるな。
「残り、3日で作戦可能な車両は8台です。軽戦車を解凍しています。」
俺の思考を読んだか…。まぁ、それは良いとして8両で第2部隊を形成するとはジリ貧だな。
多銃身の対空車両は施設の最終防衛用だとすれば、この施設を制圧する事はできないだろうが、かなり危ういことに変わりはない。
「で、作戦は?」
俺の言葉にラミア01が卓上の仮想キーボードを操作する。
大型ディスプレイに地形図が表示され、敵の陣形が表示された。三角形の陣だな。この陣形ならば鶴翼陣で迎え撃つのがいいんだが…。
エリア90を基点として10km毎の円が表示される。なるほど、現在は120km付近にいるな。一辺2km程の赤い三角形の集団が、距離10km程の間隔を空けてこちらに向かって来る。
「どう考えても、3方向に分かれそうだな。」
「たぶん、20km付近で広がると思います。」
「根拠は?」
「エリア内の丘に作った通信用アンテナが視認できるからです。」
続いて、ディスプレイに緑色の矢印が4つ表示された。
「自走砲1分隊が1つの矢印です。基点より50km先に進出して、このように展開します。」
分隊間の距離は5km程だな。分隊間の距離を5kmにして横一列に展開するようだ。
「各分隊は距離10kmで砲撃開始。砲撃パターンは第1、2分隊が左から、第3、4分隊が右から行います。2秒間隔で3斉射、10秒の強制砲身冷却を実施して再度繰返します。最後の10発は連続して敵の中心部を狙います」
群れを集めて集中砲火を浴びせるのか…。
この後は車間距離を広げて敵を蹂躙することになるわけだな。600発の機銃弾でどれ程頑張れるかは分らないが、その後は轢き殺すだけになるから早い段階で火炎弾の餌食になりそうだな。
「それで、この結果をシュミレーションした結果は?」
「最大で、3割を削減出来ました。」
自走砲1小隊を潰しても残り7万以上という事か。『戦いは数だ』は至言だな。
だが、纏めてドカン!は悪くない考えだ。
折角纏まってるんだから、直に次の部隊を投入すべきだろう。その考えをフラウ達は持っていないのだろうか?
確かに、戦力の逐次投入は愚策の典型だ。だが、自走砲の突撃に連動して左右から砲撃を浴びせれば更に被害を拡大出来ると思うのだが…。
「その後の展開は、マスターの考える通りです。配置はこのように左右に2小隊を並べて突入します。75mm砲が低圧滑空砲ですから最大射程が5km程です。それでも砲弾数が多いですからそれなりに役立ちます。」
ディスプレイの敵軍の左右に新たな緑の直線が現れた。左右から敵軍の中心に向かって前進するようだが最終突撃は行わないようだ。
たぶん、次の戦闘でも軽戦車を使おうとしているのかもしれない。
「軽戦車の追撃が終了した時点での敵残存兵力は3割を切る事になるでしょう。」
「通常の軍隊なら敗走するけど、奴らはどうかな?」
「奴隷的支配なら敗走すると考えられます。ですが、洗脳となると…。」
最後の一兵まで向かって来る事になるな。
そして、最後に使える兵力は軽戦車が8両と装甲偵察車両が4台と対空車両が4台か…。
弾数だけなら4万発を越えるけど、かなり無理があるな。
「輸送車両に自動化された固定機銃ってないのか?」
「重機関銃はありますがAIは搭載されておりません。装弾数もドラム型で200発です。」
まぁ、無い物ねだりは良くないか…。それでも、重機関銃があるなら俺でも発射できそうだな。200発ならそれなりに使えそうだ。
「とりあえずこれで対処しよう。全体の調整は頼むぞ。それと、俺のバギーに重機関銃を付けといてくれ。」
「了解しました。」
場合によっては白兵戦に近い戦闘を行わねばならない。
ケンタウロス型の騎兵この師団の支援歩兵に相当するようだ。早い内に中隊規模で解凍したほうが良いように思える。
大型ディスプレイを南北1千km程の範囲で見てみると、次の軍団が北上しているのが分る。
南米大陸にかなりの兵力を持っていたみたいだ。…というより、大陸の制圧を南から行ったのかもしれないな。
それと、次元断層の偵察だ。何時までも此処で連中の相手をする訳にもいかないからな。
「どうしました?」
「こっちの攻撃を考えてた。先ずは目的地の前にある障壁を調べるのが先にだろうが、この後ろの部隊も気にはなる。」
「偵察部隊はもうしばらくお待ち下さい。ラミア02が昆虫型偵察ロボットの調整中です。問題は中継システムが必要になることですが、数箇所に中継器を投下する事で何とかなるでしょう。敵に発見されて破壊されても更に次の中継器を投下すれば問題ありません。」
もう1台、ラミアのAIを強化したようだな。できれば更にラミアとタロスを増やしたいところだが、新たに作るとなるとそれだけで時間が掛かりそうだ。
そして、これが一段落したら、地域殲滅兵器の解凍を急ぐべきだな。
・
◇
・
3日目の昼近く。
俺とフラウは施設の出口付近で、焚火を囲みながらお茶を飲んでいる。
早朝に出発した自走砲部隊と軽戦車部隊は、もう配置についていることだろう。
いよいよ、ククルカンの軍隊と本格的な戦いが始まるのだ。
傍らには重機関銃が搭載されたバギーが置いてある。フラウの運転で俺が打てば軽戦車1台分位の働きができるかも知れない。
そして、俺達は焚火越しにフラウが展開した大型仮想ディスプレイを見守っている。
それは画面が4つに分割され、上空の偵察用イオンクラフトからの画像と軽戦車に随行した偵察用装甲車からの映像、それに通信用アンテナの上部に設けたITVからの画像が表示されていた。
「後、15分もありません。距離は11kmを切りました。」
「大型のイオンクラフトがほしいな。爆弾でも落とせばもっと楽だと思うよ。」
反省点は色々あるけど、いまさら作戦を変える事はしない。
後は、作戦決行の合図を行うだけだ。
焚火の薪を手にとってタバコに火を点ける。上空からの画像に表示される攻撃開始点までの距離数を示すデジタル表示が少しずつ減っているが、このタバコを楽しむぐらいの時間は十分に有りそうだ。
2本目のタバコに火を点けた時、フラウが機械的に言葉を発した。
「時間です」
上空からの画像で敵軍の左右に直線状に砲弾が炸裂する。だが、その直線の長さは敵の広がりに比べて四分の一にもならない。
貧弱な火力だな。
分隊毎に射撃をしているから10秒立たずに次の砲弾が炸裂し、その直線は遠方に延びる。
4回撃たねば、敵軍の横を脅かせないようだな。
直線状に敵軍の側面に砲弾を撃ち込むと、50m程敵軍に接近した位置で次の砲弾が炸裂していく。
そして、3回目の直線状に伸びた砲弾の炸裂は、敵軍の右側面を捉えた。
クモの子を散らすように中心方向にゴリラ達が逃げ出すのが見える。
「あの動きは?」
「洗脳までは至っていないようですね。戦闘奴隷に近いのかもしれません。」
少しは意思があるのだろうか?
中央だけでなく、外側に逃げるゴリラ達も多いようだ。これは3割殲滅は困難じゃないかな?
数分も経たずに着弾点が横に伸びた。手前からかなり分散した形で4斉射が行われる。次の弾着が無いところをみると、これで全弾撃ちつくしたらしい。
「全自走砲突撃を開始します。車両間隔役50m。突入後機銃弾を撃ちつくした後は、ランダムにコースを変えて敵軍を蹂躙します。」
「軽戦車の突撃は?」
「自走砲のランダム走行が始まってからです。」
上空からの映像では、逃げ惑うゴリラ達を踏み潰しながら走りまわる自走砲の姿が映し出されている。
そして、その周囲に次々と火炎弾が着弾し始めた。
ひとつの自走砲に一度に数個の大きな火炎弾がぶつかっている。俺が受けた火炎弾と同じものらしいが、あれが連続的に当たればそれ程時間を待たずに自走砲は停止するだろう。
俺の心配する通りに次々と自走砲が停止する。停止した自走砲は真っ赤に灼熱しているようだ。