M-093 タロスとラミア
「資機材配置位置からすると、これになりますね。」
目の前に沢山のモスボールが並んでいる。
俺の身長よりも高い白い塊が6個、その隣に俺と同じ位の塊が6個並んでいた。
さて、どうしようか? と考えていると、フラウがいきなりナイフをモスボールに突刺した。
刺したナイフをそのまま横に移動して、ブロックのようにロボットを覆った樹脂を剥いでいる。
次々と樹脂を切り出して、10分もすると俺の前にケンタウロスが姿を現した。
次にケンタウロスの馬体の背中にある、埋め込みボルトを工具で取去る。
背中の半分が露出したところで、フラウがその中の基板に手をかざした。かざした手から沢山のプローブが糸のように基板を包んで行く。
たぶん、電脳の構造を探っているのだろう。時折、基板の発光ダイオードが目まぐるしく点滅を繰り返していた。
「問題ないようですね。部品の劣化が進んでいると思いましたが、このまま使用出来るようです。基本的な役割は単純労働ですね。積層バッテリーを使用していますから、フルに充電すれば30時間は稼動出来ますよ。とりあえず私が急速充電を行います。」
フラウは取外した背中のカバーを元に戻すと、脇腹近くのカバーを開いた。
その中にある2つの突起を片手で掴むと、その場で停止した。
体内の動力炉からの電力を送っているんだろうけど、端から見るとにらめっこしているような感じだな。
そんな状態が30分程続くと、フラウが突然ケンタウロスから手を離した。
と同時にケンタウロスの上半身が俺達の方を向く。
「作業用ロボット残り11体のモスボールを解除しなさい。」
フラウの言葉を理解したのか、ケンタウロスは自分の隣のモスボールを4本の腕を使ってバリバリと樹脂を引き剥がし始めた。
「さて、充電装置の準備をしておかないといけませんよ。こっちです。」
なかなか動かすのは大変そうだ。俺はフラウの後について歩いて行った。
充電装置は俺とフラウでどうにか運べる大きさだ。
近くの台車に積み込んで、専用のケーブルと共に作業用ロボットのところに運んで行く。
充電装置の出力は1度に4体の充電が可能なようだ。
フラウがモスボールを解除されたケンタウロスに充電ケーブルを接続している。俺は元電源をどうにか探し出すと、充電装置への電源ケーブルを接続した。
フラウのところに戻ると、ケンタウロスが3体目のモスボールを解除している。
充電装置の電源は入っているようだ。早速フラウが2体目のケンタウロスの充電を開始している。
「このロボットのAIの推論システムはかなり初期のものです。車両の調整や修理は出来ますがそれ以外の事で自ら動く事はありませんね。もう1種類の方を期待してるんですが…。」
そんな心配が出来るフラウのAIってどの位進んでいるんだ?
俺にとっては、ちゃんとした人格を持った人間のように思えるぞ。
一緒に暮らすようになってからだんだんと人間に近づいて行くような気がするな。
「少しは期待出来るんじゃないか? 何と言っても精密作業用って感じだからな。ところで、こいつらの名前をどうするんだ? ケンタウロス型だから『ケンタ』では、ちょっとなぁ…。」
「『タロス』でどうでしょうか。6体いますからタロスの後に番号を付ければ問題ありません。」
「となると、こちらは『ラミア』になるのかな。同じ名前の女王がいるけど、離れてるからね。問題はない筈だ。同じく番号で個体識別をするか…。」
「それでは、そのように記憶させます。後は私が監視しますから大丈夫ですよ。」
その言葉をありがたく頂き、バギーに乗って地上に出る。
俺がバギーで水を運ぶ位ではこの地下施設の酸素濃度は低下したままだ。未だに数%を保っている。どこかに窒素タンクでもあるんだろうかと思いたくなるほどだ。
出たついでに、水汲みに出掛けるが、最大の目的はタバコを吸うためだ。
何せ、地下施設では火が点かないからな。
周辺を監視しながら、咥えタバコで運転するのも慣れたものだ。
◇
◇
◇
水を積んで施設に戻ってくると、ラミアの最後のモスボールが解除されているところだった。
タロスの方は充電が終了したらしく、新たな充電装置にケーブルを接続している。現在、4体のラミアが充電中のようだな。
ラミアの2体がタロスの1体の馬の背中を取外して何か作業を行っているな。
どこからか運んできた作業用台車に詰まれた装置を組み込んでいるように見える。
「何を始めたんだ?」
「タロス1体のAIを強化します。ラミア程ではありませんが、他のタロスのに指示を与える事が可能になりますよ。」
「ということは、ラミアはかなり高度のAIを搭載しているのか?」
「ラミアの電脳は非ノイマン型ですから曖昧な言葉を推論して行動する事が出来ます。マスターの指示でもちゃんと行動出来ますよ。」
俺って、そんなにいいかげんな指示をしていたかな? まぁ、ある意味人型の思考をするから、フラウにとってはいいかげんに捉えられているのだろうか? でも、そうなるとフラウの電脳は人間の思考を読み取ってその真意を推測出来る事になる。
科学ってどこまで進むんだろうな。フラウは心を持つオートマタなのかも知れない。
少なくとも喜怒哀楽を持っているのかも知れない。そして、それが心だと俺は思う。お茶を美味しそうに飲んだり、閑な時は長剣を研ぐフラウを思うと今更ながらに1人の少女に思えてくる。
「それで、これからの予定だけど…。」
「先ずは偵察です。それを可能にするために通信設備を復旧させます。それと平行して偵察部隊のモスボールを1小隊分解除します。簡易AI搭載の装甲車両ですからこの施設を襲撃するようなことがあれば早期に発見できます。」
殆ど戦争ってことになるのかな。
機甲師団がまるまるだから、それで攻め入れば簡単かもしれないが、向こうの戦力が分らないからな。此処を防御すると共にあのバリヤーについても調べなければなるまい。
「例の次元断層を応用した障壁についても調べなくちゃならないぞ。使える物があればいいが…。」
「イオンクラフト型の偵察機を記憶槽で確認しました。そこから虫型の偵察ロボットを障壁の近くに送ります。地面付近の障壁強度等が分る筈です。」
出来れば侵入経路を見つけてほしいものだ。
後をフラウに任せて、司令室に向かう。
司令室のディスプレイで偵察用の装甲車両の仕様を確認してみる。
それは、装甲車というよりは戦車だな。大砲はなくて砲塔には、大型の機関砲が乗っている。左右のランチャーは多目的ミサイルか?
仕様を読むと、行動半径は100km。走行距離は600kmとある。最高時速はキャタピラで時速80kmはすごいぞ。
カメラは通常視野は望遠付だな。その他にはサーマルモードと暗視モードが付いている。対人レーダーは、ドプラー型か…動体検知が出来るな。
問題は、弾薬か…。ミサイル2機に機関砲弾が600。同軸機銃弾が2,400発は少ないな。
それと、敵の識別が出来ないと索敵も出来ない。簡易AIだと言っていたが、フラウと相談だな。
ついでにその他の車両も眺めてみる。
ミリタリーオタクの俺にはたまらんぞ。兵器の形はそれ程変化していないから、ある程度その車両の使い方は理解出来る。
形の変化は基本的に省力化と無人化によって小型化している事位だ。
戦車の形はそのままだし、キャタピラとタイヤは今でも主流のようだ。それ以外では多脚式を採用したものが幾つかある。イオンクラフトは実用化されているが、反重力制御となると試験的に組み込まれたものがあるだけだ。しかも目的が重量軽減であり、それを使って飛行するには至っていない。
超磁力兵器が最終戦争に使われたと聞いたが、この施設にはそのようなトンデモ兵器はないようだな。戦術核さえなかったぞ。
ん…? これは……。
そんな車両のサーベイをしていると、おもしろいファイルを見つけた。
この時代に騎兵隊があるのだ。早速、ファイルを覗いて見る。
それは修理用ケンタウロスを戦闘用にしたものだ。
16体で1小隊を編成し、4小隊で中隊を作っている。全部で2中隊に支援砲兵部隊が2小隊付いている。
全部でケンタウロスが128体と迫撃砲のような大砲を積んだ装甲車が32台があるようだ。
たぶん掃討目的とは思うが、この時代に騎兵隊とは外人の考えは良く分らないな。
司令室の扉が開いてフラウとラミアが1体入って来た。体をくねらせて移動するラミアは、明人に是非見せたいものだ。
「偵察車両のモスボール解除を始めました。それと、このバッジを着けて下さい。3個ありますから、全て着装してください。敵味方識別判定はこのバッジの通信機能を介して行います。壊れた場合は敵と判断されますから注意が必要です。」
まぁ、AIの限界だろうな。付けておけば打たれる心配はないという事だな。
早速、胸とベルトそれに腰のバッグに着けておいた。1個でも機能が正常なら問題ないとフラウが補足してくれる。
「司令室の監視と操作用にラミア01を連れて来ました。周辺監視の管制と師団のモスボール解除の進行状況等を把握して貰います。」
「だいじょうぶなのか?」
「ナノマシンで強化したAIです。他のラミアよりは、数段優れた推論が出来ます。」
「フラウがそう言うなら問題は無いだろうけど…。」
改めてラミアを見ると上半身は女性型だ。ちゃんと出るところは出てるし、腰のくびれもあるぞ。でも腰から下は蛇のような蛇体なんだよな。3mは長さがあるようだ。
そして顔には2つの瞳のない目だけが付いている。
肩まで届く髪は触手のようにウネウネしている。夜に出会ったら叫んでたな…。
だが、その触手状の髪や4本ある細い腕は繊細な作業を可能としているのだ。
車両に搭載されたAIの調整にはなくてはならない存在なんだろうな。
「ラミアやタロス達は言葉を話すことは出来ませんが、私達の声を聞くことはできます。」
「う~ん…。やはり、声が欲しいな。フロイも声が出せたんだ。せめて1人だけでも、俺達と意思を通じ合えたらと思うな。」
「それは、問題ありません。ラミアやタロスの言葉は通信機を通して私達に届きます。」
フラウの言葉が終ると同時に俺の頭に声が届く。
「ラミア01です。司令室で勤務します。どうぞよろしく。」
「ご丁寧に、ユングです。こちらこそ…。」
思わず挨拶してしまった。
俺達と同じように会話ができるのか?
これは、ちょと楽しみだな。
ラミアは蛇体を使って近くの端末に移動すると、フラウの言葉に耳を傾けているようだ。…と言っても耳は見当たらないが、話をしているフラウをジッと見詰めているから俺にはそんな風に見えるな。