M-092 水汲み
この施設の司令室は地下2階にあった。
内部には遺体もなく全くの無人状態で最終大戦を乗り越えたみたいだ。
フラウが復活させた指令用電脳の記憶槽からの情報では、大戦後の侵略に備えて機甲師団一つの装備をまるまるモスボール化したようだ。
流石、超大国を誇っただけの事はある。日本では考えられないような戦略だよな。
司令部のシステムに大きな支障がないのであれば、車両等もあまり修理をしなくても使えるかも知れないな。
その辺の情報を引続きフラウに確認して貰う。
「…おおよその情報は手に入れました。やはり師団規模の車両ですが、AIを搭載しています。それ程高度ではありませんね。明確な指示を与えれば自動的に戦闘を行う事ができます。
問題が2つ。1つは、車両に搭載された弾薬のみで予備がありません。2つめは燃料が抜かれています。」
「最初の問題はどうしようも無いな。2つ目の燃料なんだが、何を使うんだ?」
「水素タービンを使用しています。イオンクラフトと燃料が同じですが、あれに搭載された水素プラントを使って燃料補給を行うのは10年以上の年月が掛かりますよ。」
効率が悪い装置だったからな。まぁ、それも仕方が無い事だけどね。
「個別の車両に燃料が無くとも燃料を補給する為の設備はこの施設にあると思うのだが?」
「地下5階にあります。起動する為に使う水素は、イオンクラフトのボンベ3個分になります。」
「燃料プラントは直に稼動できるのか?」
「それも2つ問題があります。1つは原料の水を大量に必要とします。2つ目は酸素の放出ラインを作る必要があります。」
「酸素放出ラインはないのか?」
「途中で工事が終っているようです。」
水は何とか運べばいいだけだ。問題は酸素の放出ラインの方だな。
資材と工事がフラウに可能かどうかを確認させると、時間は掛かるができるとの答えが返って来たその時間も1週間という事だかなんら問題は無いな。水は俺が運べばいい。
ジェリ缶を1個ずつ両手に持って、南方に流れる川から水を汲んでくるのだが、水タンクの大きさは20㎥程の大きさだ。
これではまるで、プールの水をバケツで入れるような感じになる。
数回運んだところで、フラウが見かねて対処してくれた。
モスボール化された高機動車両…偵察用に特化された車両はどう見ても、バギー車にしか見えない。
そのバギー車をレストアして後部にちいさなリアカーのようなカーゴを取り付ける。
カーゴに300ℓ程のタンクを取り付けて俺に引き渡してくれた。
モスボールがずらりと並んでいる地下の待機所の一角に俺を連れて行くと、目の前のバギー車を指差しながら早速説明が始まった。
「運転はアクセルとブレーキそれにハンドルで行います。起動スイッチはこれで、ヘッドライトはこのスイッチです。後ろのカーゴに水を満杯にしたときは急には止まれませんから注意して下さい。」
フラウの説明はとりあえず聞いておく。必要な時に再生できるからな。
バギー車のギアは前進と後進しかないようだ。何となく遊園地のゴーカートみたいだな。それでも金属製の網のようなタイヤは6個もついている。
運転席は一つで、後ろに50cm程の箱型の籠と銃架が付いている。銃架には自動小銃が乗っているぞ。
さて、行ってみるか。
シートに収まって4点式シートベルトを着ける。起動スイッチを入れて、ヘッドライトを点灯させると前方が明るく照らされた。
左手でハンドルを握り、ギアを前進に入れる。後は、アクセルとブレーキでいいんだよな。
「では、行ってくる……! フラウ、どこから出ればいいんだ?」
この広い区画から外に出るところなんてなかった筈だよな。
「ヘッドディスプレイのナビゲーションに従って進んで下さい。地上への斜路を一部開放しました。帰ってきた時はナビゲーション画面にある開閉選択を操作して開けて下さい。この場所まで戻って頂ければ、カーゴのタンクから貯水槽に総帥出来るようにパイプラインを敷設しておきます。」
「了解。じゃぁ、行ってくるぞ!」
ディスプレイに表示された矢印を目標に施設内をのろのろとバギーを走らせる。後ろのカーゴも空荷だから、意外と軽やかな走りだ。動力は電動らしくエンジン音がしないところがちょっとさびしいな。
前方に長い斜路が見えて来た。
ディスプレイに表示された扉の開閉表示が点滅し始める。この辺りで操作しろという事らしい。
『扉開』を選択すると、斜路の前方がきしり音を上げながら開き始めた。
斜路の長さを考えると地下15m付近に施設はあるようだな。200m程の斜路を上りきると俺の乗ったバギーは地表へと出た。
ディスプレイに今度は地表の簡易な地図が表示される。目標何かは特に無いから真っ直ぐ南に進めばいい。
動体検知機能に上空からの飛来物が表示された。
バギーから身を乗り出して空を見ると、俺達のイオンクラフトが下りてきたところだった。俺が出てきた扉を通って施設内に入って行く。
のろのろした動きなので、少しアクセルを踏んでみた。途端に速度が上がり後ろのカーゴが飛び跳ねている。
時速はだいたい50km位だ。少しアクセルを弱めてカーゴを安定させる。
このバギーには速度計と蓄電計の2つしか付いていない。
速度計は理解出来るが、蓄電計の表示は意味が分らないな。どれ位連続で走らせられるか聞いておけば良かった。
時速40kmは車の速度としてはゆっくりなんだろうが、視線が低いからスピード感がある。
ナビと各種の検知機能を使いながら3時間程速らせると、川原に着いた。
早速、カーゴのタンク上面に付いた蓋を開けると、バケツで水を入れ始める。
もうちょっと何とかして欲しかったが、おもしろい玩具を貰ってるから文句はない。
30分程で満杯になったタンクを牽く事になるのだが、やはり300kgの重量は馬鹿には出来ない。帰りは軽快な操縦感は味わえないな。
気になっていた、ブレーキを踏んでも急には止まれないという事を実際にやってみたら、カーゴがバギーを追い抜くような動きになって、バギーが進行方向と90度向きを変えて停止した。
止まる前にはかなり減速する事が必要になるみたいだ。
施設に近づいた時扉の開閉表示が点滅を始めた。
直に『扉開』を選択すると、300m程前方に地面が大きく上方向に開いた。
そのまま直進して斜路に向かい施設に入って行くと、後ろの方で金属の軋む音が聞こえてくる。扉が自動的に閉じたようだな。
施設の中はナビに従って走って行くと、前方にフラウが立っているのが見える。たぶんあの近くまで行けばいいのだろう。
アクセルを緩めて惰性で走りながらブレーキを調整する。そして最後にぐっとブレーキを踏み込むとバギーは停止した。
「ご苦労様です。この場所に表示を設けましたから、後で自分でも分るようにコーンを立てて置いてください。」
そんなフラウに片手を上げて了解を伝える。シートベルトを外してバギーから降りると、壁の近くにコーンが数個置いてある。
早速、バギーの両側に3個ずつ立てておいた。このコーンの列の間にバギーを止めればいい。
フラウがごそごそとホースをひいて来る。その先端にあるアタッチメントをカーゴのタンクの下部にカチリと取付るとバルブを開いてタンクの水を貯水槽に送り始めた。
「帰ってきたら、これで送水して下さい。グラビティで地下5階の貯水槽に送られます。」
「分った。ところでイオンクラフトを何に使うんだ?」
「水素精製装置を稼動させて、施設の電源装置を復活させます。予備の水素タービンエンジンで動く発電機がありました。それで、この施設の1割程度の電力を復活出来ます。」
非常用発電機を動かすということか。モスボールを取去ったり、水素精製装置を働かせるには少なからず電力が必要だ。
場合によっては、太陽電池パネルを施設周辺に展開しなければならないかもな。
その辺はフラウに任せて、とりあえずは水を運ぼう。
空になったタンクのバルブを閉じてホースを外す。
フラウに再度出掛けることを伝えて、バギーに乗り込んだ。
・
◇
・
俺の水汲みのノルマは続く。
今ではカーゴをもう1つ連結しているから、一回の作業で運べる量は600ℓ程になる。
1日2回運ぶ作業で15時間前後の作業量だ。アルバイトの時間単価を考えたら結構稼いでるななんて考えながらバギーを運転する。
ちょっとした楽しみは、施設が窒素雰囲気だからタバコは吸えないが、こうしてバギーを運転している時はタバコが吸える。
10日も経つと、だいぶ運転にも慣れたので周囲の風景を楽しむ余裕もでてきた。
もっとも、周囲は荒涼とした緩やかな丘が連なっているだけなんだけどね。
動体、生体検知機能を最大限で使用しているが、脅威となる大型獣は今のところいないようだ。
バギーの姿に驚いて隠れてしまう、ネズミ位の小型の獣をたまに見掛けるだけだ。
作業が終ると、指令室で施設の機能を解凍しているフラウの様子を見に行く。
俺達の時代から比べて遥かに進んだ機甲師団だ。どんな車両があるか見てるだけでも楽しくなる。
「順調か?」
「現状での問題があるとすれば時間だけです。車両のモスボールを解くのに3月は懸かりますし、燃料精製と燃料パックへの充填だけでも2月以上懸かるでしょう。更に、AIの調整も必要です。」
たった2人だけだからな。それに俺が出来る事はそれ程ない。実質、フラウが1人でやっているようなものだ。
本来なら師団なんだから中隊規模の修理専用部隊がいると思うんだけどね。
ん?…ちょっと待てよ。俺達の時代よりは100年以上進んだ時代だ。自律型の修理ロボットがいてもおかしくはないぞ。現に、多目的ロボットであるフロイがロスアラモスにいたぐらいだ。
改めて、師団構成と装備品を確認してみると…あった。これだな。
自立型修理ロボット12体。腕と足が4本ずつ付いているケンタウロスみたいな奴が6体。それに上部に小さな腕が2本付いて下半身が蛇のような奴が6体。
作業に特化した形なんだろうけど、ファンタジーな姿はこの世界には似合っているぞ。
「フラウ、俺の見ているファイルを確認してくれ。フラウの手伝いが出来るかもしれない。」
俺の言葉に、作業を中断して俺の座る席に移動してくると背中越しにディスプレイを覗き込む。
「多目的作業用と精密作業用のロボットですね。…ちょっと席を換わって下さい。確認します。」
俺が席を立つと素早く席に座りキーボードを目にも留まらぬ速さで操作する。
画面が次々と変化していくのは、フラウが必要な情報を確認している為なのだろう。
電脳の記憶槽を直接覗く事はしないようだ。
「使えます。作業期間を大幅に短縮出来るでしょう。早速、出掛けますか?」
「俺は構わないぞ。」
フラウが工具の入った小さなコンテナを担ぐと、司令室を出て行こうとしたので、あわてて後を追いかけた。
建物の内部はぼんやりと非常灯の明かりが灯っているので真っ暗ではない。ちょっと通常視覚の感度を上げれば、俺達には真昼と変わらないように周囲を見る事が出来る。
建物からモスボールの並ぶ施設に入り、白い大きな蛹のように見えるモスボールの間をフラウは目的地に向かってひたすら歩く。
改めて歩いてみるとこの施設の巨大さが実感できるな。
たまに目にする天井を支える柱も直径が5mはありそうだ。