M-090 南へ
フラウがイオンクラフトの点検をしているから、この穴倉の調査は俺一人だ。
生体反応、動体反応共に無いから穴倉の中に危険はない。重い装甲板に閉ざされていたんだから、まぁ誰も入る事は出来なかったろう。
やや傾斜したタラップを数m降りると、入口と同じようなセラミック金属の扉がある。
取っ手を掴んで無理やり引いてみたら、軋り音をたてて少しずつ開いてきた。
俺が入れる位に開いたところで中に入ってみる。
扉の中は20m程の通路があって左右と突き当たりに扉があった。
俺の持つライトに照らされた扉は、どれも普通の扉に見える。
重要なものは一番奥だろう。
そんな考えで突き当たりの扉まで歩いて、無理やり扉を開く。
教室程の部屋の中には円形にディスプレイが並べられており、正面には大型スクリーンがある。
どうやら、基地の非常時に使われる司令室のようだ。
ディスプレイの1つを触ると、ボロボロと崩れ落ちた。大分時が経過しているように思える。
司令室から戻る途中で左右の部屋を開けてみる。
1つは兵員の待機室のようだ。
そして、もう1つも同じように見えたが、部屋の奥にコンテナが置いてある。開けようとしたがどうやらロックされているようだ。
持上げてみるとそれ程重くはない。50kgは無さそうだな。
俺はコンテナを担いで、イオンクラフトへと戻る事にした。
「フラウ。これを調べてくれないかな?」
「どこで見つけたのですか? あまり、動き回るのもどうかと思いますよ。」
「まぁ、大きな基地だからね。何かないかと探してたら、これを見つけたんだ。」
それでも、イオンクラフトの点検の手を休めて、俺の担いできたコンテナを調べてくれた。
「爆発物の反応はありませんね。ロックされていますから機構部分を破壊します。」
右手の甲からレーザーを出してコンテナの両端部分を切り取った。
そして、中に入っていたものは…。
「何だと思う?」
「…小型のイオンクラフトですね。偵察用と推定します。4機ありますが、劣化は酷くありません。…使えますよ。」
フラウは操縦席に戻ると、工具を入れたコンテナを降ろしてきた。
早速、修理に取り掛かったようだが、バッグからナノマシンを入れた容器を取出して小型のイオンクラフトにその中身を注いで行く。
ゆっくりとコンテナ内部のイオンクラフトをナノマシンが覆って行く。
ナノマシンの制御はフラウがしているんだから、修理してると言ってもおかしくはないのだが、ちょっと不思議な光景だな。
暇つぶしにイオンクラフトの屋根に上って、双眼鏡で辺りを眺めながらタバコを吸っていると、フラウが俺を呼ぶ声がした。
屋根から飛下りてフラウの元に行く。
「修理完了です。緊急充電を行いましたから、1時間程の行動は可能です。屋根に電磁石で取り付けておけば自分で太陽電池パネルを広げて充電を始めるでしょう。性能は、稼働時間が30時間。行動半径100km。監視装置は通常視野とサーマル視野を持っています。通常視野の分解能は100m上空ならミリ単位です。そして、通常視野と連動した動体探知を備えています。」
「ありがとう。結構使えそうだな。武器は持っていないんだな?」
「武装はありません。母体が20kgもありませんから自動小銃の反動すら受けることは出来ないでしょう。」
偵察に特化という訳だな。それでも俺達の乗るイオンクラフトの周囲100kmを偵察できるのはありがたいぞ。
基地には結局2日程滞在した。
イオンクラフトには異常はなかったようだが、細かな設定をやり直したようだ。
運転はフラウ任せだが、運転操作が楽な方がいいに決まってる。その辺はフラウが納得するまでさせておくにかぎる。
そして、俺の席にも新たなディスプレイが増えていた。小型の偵察用イオンクラフトの画像を表示させるものらしい。
偵察用イオンクラフトの操作は命令方式だ。俺のヘッドディスプレイ上で命令の選択を行えば、後は自動的にこなすようだ。
模型飛行機のようにリモコンで飛ばすのかと思っていたが、時代は進んでいたようだ。
出発前にお茶を飲んで、、簡単にこれからの行動を再確認する。
「目標までは、後5,000km程です。燃料は約80%ですから、丁度ギリギリの距離ですね。」
「出来れば燃料を補給したいな。この先の水源はどうなんだ?」
「大河が1,500km先にあります。そして3,600km先に湖と小さな流れがあります。」
「湖近くの川が良いだろう。湖には何がいるか分らないからな。」
それに、目標に近ければ何かあっても逃げ帰れる。逃げるならば、なるべく遠くに逃げたいからな。
操縦席に乗り込むと、ディスプレイに次の目標が表示される。
衛星画像でみると、直径50km程の円形の湖だ。何か爆発の址のようにも見える綺麗な円形だな。
そんな湖に流れ込む川が東から延びている。
川幅もそれ程広くない。精々20m程度に見える。そしてその周囲は荒地だ。獣が近付いても直に分るぞ。
・
◇
・
何事もなく2日を掛けて、イオンクラフトは目的地に着いた。
ゆっくりと流れる川岸から30m程はなれた場所にイオンクラフトを停めると、2機の偵察用イオンクラフトを発進させる。上空300mを5kmの円を描いて偵察を行えば、危険な獣の接近をいち早く知る事が出来るだろう。
偵察情報は、フラウを経由して俺のヘッドディスプレイでも確認できる。
ちょっと俺の仕事が増えたみたいで嬉しくなってきたな。
フラウに言い付かって川からバケツで水を運ぶ。
小型水素プラントはイオンクラフトの荷台に収まったままで稼動中だ。プラントの稼動電力は屋根を広げた感じで展開している太陽電池パネルのようだ。
かなり電力を必要とするみたいで、2段に引き伸ばしている。
プラントは自動だから夜間もバッテリーに溜め込まれた電力で稼動するのだが、効率は極めて悪い。ここで、少なくとも10日は足止めになるようだ。
時間つぶしに、俺とフラウで偵察用のイオンクラフトを使って周辺の調査を行う事にした。
各1台を担当して、残りの2台を使って適当に調査を試みる。
科学衛星の画像からはめぼしいものは無かったのだが、まぁ、退屈だしね。
それでも、衛星画像とは異なり、鮮明な画像は自分が空を飛びながら地表を観察しているような錯覚を覚える。
何日か過ぎた時のことだ。
ちょっとした違和感のある物を見つけた。
地表に50cm程の白くて丸いものが露出しているのだ。周辺は小高い丘が連なっている場所ではあるが、明らかに人工物のような感じがする。
この場所からは西におよそ80km程だから、イオンクラフトの燃料が一杯になったらちょっと寄って見るのもおもしろいかも知れない。
早速、座標を確認してフラウに知らせておく事にした。
「確かに人工物です。岩でも、コンクリートでもありませんね。」
「だろ。それが気になるんだよな。それ程離れてもいないから、目的地に向かう前にちょっと寄ってみたいんだ。」
そして、10日を過ぎた時に俺達はイオンクラフトを、白い露頭がある場所に移動させた。
早速、調査を初めると直に正体が分った。
何んと、モスボール化した何かが地表に現れていたのだ。
モスボール樹脂は長い年月でかなり劣化しているようで、長剣で叩くとボロボロと崩れる。
その中にあったものは、装甲車だった。
装甲車と言っても、車輪ではなくキャタピラを使う軽量戦車のようなものだが、分類的には装甲車で良いと思う。
砲塔には大砲ではなく、長銃身の機関砲が付いている。
「程度は良いみたいだけど…。」
「修理すれば乗れると思いますよ。それと、この一帯にはかなりの数のモスボールがあるみたいです。少なくとも装甲師団の中隊規模はあります。」
という事は、100両近い装甲車が埋まってるって事か?
中隊全部を装甲車にする事は考えられないから、戦車もあるって事になるな。
まぁ、今の所は使う事も無いから、このままで良いだろう。
「とりあえず、先を急ぐか。 こっちの歪みを早く見たいしな。」
「目的地まで残り1,400kmです。明日には着きますよ。」
俺達は、地上300m付近を150km程の速度で飛行する。
偵察用イオンクラフトを1機先行させ、俺達の前方50km付近を地上100mで飛ばして前方の警戒を行わせる。
このイオンクラフトには早期警戒機能は無いから、見つけた偵察用イオンクラフトは重宝する。それに何といっても俺の気晴らしにもなるし、仕事をひとつやっているという自覚もできる。でないと、全てフラウ任せになってしまうから、精神衛生的にも問題がない。
夜間になって偵察用イオンクラフトを交代させる。目的地まで後800kmもない。
「順調だな。こっちは問題ないが、明人の方は大変そうだ。」
「大戦が始まりそうですね。相手の規模が20倍を越えていますが、大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だ。美月さんがいるかぎり、そしてその下で明人が頑張るかぎり問題はないと思う。ただ、明人は大変だろうけどね。」
「それ程の戦略家なんですか?」
「戦略家なのかな…。とにかく先読みが上手なんだ。まるでこれから起きる事が分るようにも思えるぞ。」
ひょっとしたら、実際に見えているのかもしれない。そんな行動を取る時が多々あったぞ。
明人の方は思い返せば、まぁ普通の男だ。だが、美月さんは全く違う。
ある意味、超状の能力を持っていたといっても過言ではないだろう。危機管理は万全だし、一度試験のヤマを聞いた事があるけど、全て正解だった。
不思議な人だよな。
タバコを吸いながら昔を振り返ってみるのもおもしろい。
あの時気付かなかった事が良く見えてくる。
ひょっとして美月さんは、自分の能力のカモフラージュに明人を使っていたんじゃないのか?
確かに明人と美月さんの仲は公認の間柄だから、何時も一緒で余り気にもならなかったが…今思えば行動するときは何時も明人を使っていたな。
そんな感じだから美月さんのナイトとして皆が見ていたんだが、明人自体は意外と温厚な奴だ。奴の行動は常に美月さんの指示があったようにも思えるぞ。
まぁ、今となってはどうでもいい事だ。
相変わらず振り回されてる明人だが、あれはあれで幸せに違いない。
ある意味ストイックな奴だから、明人1人にしておいたらどこかの洞窟に隠遁しないとも限らないからな。三月さんやあの嬢ちゃん達がいれば、そんな事は思いもつかないだろう。
「マスター。生体反応が活発です。集落規模を超えています。」
「どんな村だか確認して見るか。」
そう言って、新たに1台の偵察用イオンクラフトを使って、1km程離れた場所に送り込んだ。
通常視野を増光させて、簡易的な暗視状態にカメラを持って行く。
そこに移っていたのは、仮面を腹に着けたゴリラと悪魔の群れだった。
盛大に焚火を焚いて何かを炙って食べている。
偵察用イオンクラフトを次の場所に移動しても同じような光景がディスプレイに映し出された。
「例のゴリラと悪魔だ。この辺一帯にかなりの数が生息してるぞ。」
「彼等の村なんでしょうか?」
「嫌、住居は見当たらなかった。どちらかというと、軍の一部隊にも見える。」
住居はおろか子供の姿も見えない。たぶん成人したゴリラの集団と見るべきだ。そして奴らを指揮する悪魔も一緒だ。
現在地から目標まで300km。
下は何時の間にか森に変わっている。
そして、その中に多数のゴリラ達がいるのだ。いったい何のためだ?
更に目標までの距離が近付く。
後、100kmもない。先行する偵察用イオンクラフトは少しずつ明るくなって行く視野に人工の構造物を捕らえている。
それは、尖塔のような形でそびえ、高さは200mはあるだろう。地上付近は直径20m知覚有りそうだ。
その尖塔に1km程に偵察用イオンクラフトが近付いたとき、イオンクラフトの画像が突然途絶えた。