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M-088 この地を去る前に


 夏が過ぎ秋が訪れ、そして今は冬の最中だ。

 薪は修理建屋の中に山のように積んであるから、周囲に積もった雪を溶かすのには何の問題もない。

 とは言え、フラウが要求した真水の量は毎日100ℓ以上。

 焚火で対応するには量が多すぎるので、閉鎖区画の食堂にあった大鍋を運んで簡単な炉の上に載せてある。

 周囲の雪を一輪車で運んで鍋に投げ入れて溶かしているんだが、結構な労働だぞ。疲れるからでないから良い様なものの、肉体を持った連中なら途中で投げ出したくなるような単純な重労働だと思うな。

 

 これだけ水を必要としているのは、電気分解で水素を取り出す為だ。フラウ達が製作した水素プラントは可搬型で大きさは1.5m四方、重量は約1t程だ。小型に出来たのは良いのだが効率が悪い。ボンベ内の触媒に吸着出来るのは、水素精製量の2割程度に留まっている。吸着出来ない水素は逆止弁を多重に取り付けた長い管で放出しているのだが、あれで水素爆発が起こらないのだろうか?

 ちょっと危険なので閉鎖区画から、持ち出して修理建屋から離れた場所で行っている。

 目標はボンベ6本分らしいのだが、ようやく2本が充填を終えたようだ。このままでは春を迎えるのは確実だな。


 そんな水素製造をフロイに任せて、フラウの方は多目的車両の再組立てを行っている。

 多目的車両は、どうやら兵員輸送用に使われていたらしい。

 長さ8mで横幅も2.4mある。重量は車両自体で10トン近くになりそうだな。

 全体の形は6輪のマイクロバスの左右側面にトンボの羽を生やしたような形だ。前2mが操縦席で、直後ろに大きな2つの荷台がある。

 前の荷台にガンバレル型の核爆弾を入れて厳重に装甲板で覆っている。その装甲板もセラミック系と鉄板のサンドイッチだ。

 後部の荷台は奥行き3m程でここに水素発生装置を収納して行くようだ。

 動力は、車体の下部に装着してあるようだが、カバーがしてあるから良く見えないな。

 水素タンクも下に取り付けるようで、今は取り付け部のラックの中にボンベが2本納まっている。


 操縦席の屋根は跳ね上げ式で体を乗り出せるし、そこから屋根を伝って後部にも移動できるように梯子を横にしたような通路が作られている。そしてその通路に沿って手すりが着いているから、ハーネスを着けて手すりにカラビナでハーネスのロープを止めれば、屋根の上に乗っていても振り落とされる事はないだろう。


 「武器は付いてないんだな。」

 [マスターが見つけてきた自動小銃がありますから、それでいいと思いますが…。何か、ご希望がありますか?」


 「この屋根にターレットを着けて、機関銃があればいいな、と思ってたんだ。まぁ、改めて造る事になるならいらないけどね。」

 「この車両にフロイを乗せる事が出来ません。あの集落に託す事になりますが、フロイの武器はレールガンのみです。襲撃を考えると重機関銃が欲しくなりますね。作るなら1つも2つも同じ事です。」


 やはり、フロイは連れて行けないか…。結構役に立ちそうだが、フラウの言う通り、この場所にいたんだから、この場所の住人のために働くのが本来の姿なんだろうな。

 出発する前にガデムに託すとしよう。


 車両と燃料を2人に任せて、閉鎖区画の調査は俺の暇つぶしには都合がいい。

 お蔭で、衣類や荷物を運ぶコンテナ、飲料水の容器等を見つける事が出来た。

 目的を持たずに興味本位で探し回るから、思いがけない発見をする事もある。

 今日の成果は、お茶とコーヒー。それにマールボロ5箱と葉巻が数本だ。

 区画内が窒素雰囲気で温度が低いので、外見上の劣化は確認できない。封を切っていないから意外と使えるんじゃないかな?


 一緒に見つけたパーコレーターを使ってコーヒーをフラウと一緒に飲んでみたが異常はないようだ。久しぶりのコーヒー特有の匂いと風味を味わう。

 そして、タバコはちょっとキツメだが問題はない。パイプも良いんだがやはりタバコの方が気楽に吸えるな。


 「今度、閉鎖区画に入った時は工具セットを探してくれませんか?」

 「どんな工具?」

 「精密作業が可能な工具…機械工具ではなく、電気工作用の工具がほしいですね。」


 フラウのお願いだ。お願いと言うより今後の旅に必要と考えるべきだろう。

 

 「了解した。水は十分確保してあるから、明日にでも潜ってみるよ。」

 「ありがとうございます。重機関銃はサンプルを見つけました。出発までには用意できます。」

                ・

                ◇

                ・


 そんな事をしながら跡地で過ごしていると、ガデムが数人の男を連れて俺達の所にやってきた。


 「狩の途中で寄ってみたのだ。何か不足しているものはないのか?」

 「大丈夫だ。特に何もない。それに必要なら閉鎖区画から手に入れる。そっちこそ欲しいものがないのか?」


 焚火の周りに腰を下ろした連中に、お茶を入れながら聞いてみる。

 

 「10日程前に襲撃を受けた。あの大型銃はすばらしいぞ。あのお蔭で大きな被害はなかったし、ルシフルを1体殺す事が出来た。ありがたく思う。」

 「作りはしたが、それを使って退けたのはそっちだ。となると、弾丸が足りないか…。」

 

 「先の話になるが、仲間を1人預けたい。元々この地にいたんだが、今は俺達を助けてくれている。しかし、ここを去るときに連れて行くことは困難だ。」

 「長老に話はしてみるが、どんな奴だ?」


 彼等に待ってもらって、フロイが閉鎖区画から出てくるのを待つ。やがて大きなコンテナを担いだフロイが修理建屋に向かって歩いてくるのが見えた。


 「フロイ。ちょっと来てくれ!」

 

 俺の声に進路を変更して歩いてきた。


 「何デショウ?」

 「ガデム達を紹介しておく。このロスアラモスの住人の子孫達だ。…そして、ガデム。こいつが俺達の仲間のフロイだ。」


 「鉄の体を持っているのか。力も強いのだろう?」

 「フロイが担いできた箱を持ってみろ。2人でも動かん筈だ。」


 ガデムが直に部下を箱に向かわせて調べている。

 唸り声を上げて持上げようとしているが先ずは無理だろうな。


 「力だけでなく、彼の持つ銃も強力だ。だが、弾丸が無くなればそれまでだから使い所は注意する必要がある。…銃の弾丸が無くなれば鉄の棒を渡しておけばゴリアテ位なら弾き飛ばすぞ。」

 「鉄のゴリアテが味方をしてくれると思えば良いか…。長老を説得する価値はありそうだな。」


 「それに、フロイなら閉鎖区画に入れる。ガデム達なら階段を下りる途中でそのまま意識を消失して死んでしまうだろう。閉鎖区画の中の倉庫にはまだまだ使えるものがある。それを取りに行って貰う事も可能だ。」

 「銃や弾丸を作ることも出来るのか?」


 「修理建屋の工作機械が何時まで動くか分らないが、壊れない限り可能だ。」

 「我等に都合が良すぎるようにも思えるが…。」


 「他意はない。この地を去るにあたり、折角動けるフロイを有効に使って貰いたいだけだ。俺達が此処を再度訪れる事はないだろう。」

 

 フロイに感情はないと思うが、折角動いているのだ。無理に破壊する必要はないだろうし、この地に1人残しておくのも気が引ける。

 少しは彼等の力になれるだろう。その結果がどうあれ、俺達が出来るのはここまでだ。


 お茶を飲んでガデム達は帰って行った。

 2人がユニコーンを担いでいたから、村に帰って分けるのだろう。

 雪の中で食料を得る為の狩は大変だろうな。


 修理建屋に入るとフラウが工作機械を使っている。

 部品レベルでは何が出来るか分らないな。

 

 「何が出来るんだ?」

 「重機関銃を作っています。2丁作って一丁はフロイが使い。もう1丁は多目的車両に設置します。」

 

 「例の話をガデムにしておいたよ。長老の裁可がいるらしいが、引き取ってもらえそうだ。」

 「何よりです。そうすると、弾丸を沢山作る必要がありますね。レールガン用と併せて用意します。」


 ある意味餞別だからな。困る事が無いようにしておきたいものだ。

 ふと見ると、作業台の上に真新らしい自動小銃が載っている。

 

 「マスターが見つけてきた自動小銃のメンテナンスが終了したところです。弾丸のカートリッジは20個を操縦席に積んであります。」


 確か、もうちょっとカートリッジはあったはずだが不良品を除いたのかな。

 それでも、600発は使い手がありそうだ。


 「少し、先の予定を立てたい。バビロンのライブラリーと科学衛星の画像が見られるようにしてくれないかな?」

 「通信機能と情報の整理を行えるようにすれば良いですね。プログラムを転送しますから、私の目を見てください。」


 フラウの目を覗くように見ると光が瞬く。これでプログラムが転送出来るんだから便利だよな。

 俺を見て頷いたところをみると、転送が終了したようだ。早速ヘッドディスプレイを見ながら操作を開始する。…あぁ、これだな。


フラウ達の邪魔にならないように焚火の所に戻り、コーヒーを入れる。

閉鎖区画から見つけてきたマグカップにたっぷりとコーヒーを注ぎ、タバコを楽しみながら呑み始めた。


 ヘッドディスプレイの新たなホルダーを開けて、早速衛星画像を見てみる。

 探すのは、南西の村を襲っているゴリラ達の本拠地だ。

 100kmは離れていないようだが、果たしてどうかな。


 「これか?」


 通常の画像では探せず、サーマルモードで見たときにようやくその場所を確認した。

 ガデムたちの暮す集落から南に120km程に、その場所がある。さらにそこから西の山間にも似たような反応を確認した。

 座標を確認して、改めて通常の画像に戻す。

 

 「これじゃ、分らないよな。」


 そう言って、コーヒーを一口飲んだ。

 山に隠れた小さな洞窟。そこが奴等の隠れ家のようだ。

 もう1つの方は洞窟では無いが、谷間の僅かな土地に庵を作っている。

 

 先ずは開放的な方だな。

 画像の拡大率を更に上げると、ゴリラ達を数体確認できた。

 

 ん?…ちょっとおかしいぞ。

 更に拡大率を上げてみた。

 そこに映っていたのは、雪の上に寝転んだゴリラだったが、その腹には顔がない。

ちゃんと肩の上に頭が載っている。


 2種類いるのか? だとしたら、こいつ等は温厚な獣なんだろうか?

 

 そして、今度は洞窟の方を見てみた。

 入口に棍棒を持っているのは、腹に仮面を着けたゴリラだ。

 あの洞窟の中が気になるが、衛星からの画像ではどうしようもないな。

 

 ヘッドディスプレイを消して、焚火を見詰める。

 2本目のタバコに火を点けると、ふう…っと煙を吐き出した。

 

 破壊するか…。そうすれば、かなりガデム達の暮らしは助かる筈だな。

 洞窟は破壊しても、もう一方はどうする?

 今までゴリラはだいぶ見てきたが、通常のゴリラは初めて見る。

 谷間で平和に暮らしているなら、そのままが良いのだが。

 

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