M-082 新たな仲間
「マスター、起動が可能です。」
ロボットの修理を始めて10日程経ったある日、整備建屋の扉から外を眺めていた俺の所にフラウがやって来て教えてくれた。
「だいぶ早かったな。一月程懸かかるかと思っていたが…。」
「これを使いました。体内回路と部品のリフレッシュにはナノマシンが一番です。」
そう言って、小さなボトルを見せてくれた。それって、最初から腰のバッグに入っていた水筒じゃないのか? 0.2ℓじゃ、何の役にも立たないと思っていたが、ナノマシンが入っていたのか。
「無くなってしまって残念だね。この後どんな難題が出てくるか分らないから、使うときには教えて欲しかったな。」
「何か勘違いしているようですが…。修理に使ったナノマシンは回収しました。ボトルのナノマシン量に変化はありません。」
という事は、かなり重篤な損壊も修理出来るってことか? それは利用価値が高そうだな。
まぁそれはさておいて、とりあえず修理が完了したロボットに会ってみるか。
見た感じでは、この場所に運んだ時と同じように作業台の上に仰向きで寝ている状態に変わりはない。心持ち、体表面の金属光沢が増したかなというところだな。
改めて、ロボットを見てみると典型的な外骨格構造だ。関節は球体関節じみた形状をしている。身長は約2m。重さはけっこうあったな。200kgはあるんじゃないか?
頭部にあるのは2つのカメラアイと長方形の口だな。耳の位置にピンポン玉を半分にしたような膨らみがある。その半球状の部分にある穴の奥にマイクロホンでも入っているのかな。
胴体は円筒ではなく楕円体だ。ずん胴だけど、胴囲は1.5mはあるんじゃないかな。
腕と足は円筒の組み合わせだ。掌は無く、球状関節に3本の指が出ている。という事は、握る事が出来る訳だ。
「結局動力は電力なんだな?」
「そうです。体内に水素イオンバッテリーを持っています。能力的には最大まで充電すれば3日程度は私達と同じように活動できますが、充電機能は明人様のところにいるディーと同じように太陽電池パネルを背中から張り出して行う構造です。」
「結構使えそうか?」
「単純労働には適しています。高度な推論機能は持っていません。命令を言語で受ける事が出来ますよ。」
「例えば、あの車両位は動かせそうか?」
「筋肉に相当する働きは形状記憶合金で行っていますが、力を必要とする時には、油圧シリンダーがアシストする構造です。1t以上を持上げる事が可能です。」
ちょっとしたクレーンだな。動力源に問題が無ければ、色々と役に立ちそうだ。
「こいつの記憶槽を探って何か分った?」
「かなりの部分に欠損がみられます。それでも一番知りたい事は分りました。閉鎖区画の深部に核爆弾が存在します。」
それが分っただけでも十分だ。後は、起動するだけだな。
「それじゃぁ、動かそうか。」
俺の言葉にフラウが頷くと、ロボットの額に片手を当てて俺を見た。
「起動させます!」
フラウがロボットの額の部分から手を離す。
何かの起動シーケンスを手の電磁誘導回路を使って強制起動させたようだ。
ロボットの両目のレンズが動き出す。焦点を合わせているようだ。そして、静かに体を起こした。
「ゴ命令ヲ…」
機械的な抑揚のない言葉がロボットから聞こえてくる。口の中にスピーカがあるみたいだな。
「俺達と共にあれ。そして俺達の指示に従え。」
「ますたート認識シマシタ。指示ニ従イマス。」
「名前がいりますね…。フロイにしましょう!」
嬉しそうにフラウが俺に伝える。
ユング・フラウにユング・フロイトか…。連想ゲームみたいだな。まぁ、ネーミング自体は悪くない。
「個別識別こーど、『フロイ』ヲ認識シマシタ。」
ロボット…否、フロイだったな。フロイは俺達にそう告げると作業台から下りて俺達の前に立った。
それを見ているフラウは満足そうな顔をしている。まぁ、新たな仲間だからな。
「…それで、ライトはどうなった?」
「探す必要はありませんでした。フロイの両肩に前周囲のライトが内蔵されています。そして、部品庫に専用オプションがありました。…あれです。」
フラウが部屋の隅を指差す。
何か筒状の物が2つ置いてある。1つはライトだな。先端にLEDが数十個ついているぞ。集束レンズも大型で直径20cm近い。サーチライトとして使えるんじゃないか。もう1つは…。
「武器です。初歩的なレールガンですね。私達の持つ銃のMクラスの威力がありそうです。弾丸はヘリカル弾装に50発分が入っていました。レールガンに1つ装着して2個は銃のバレル下部に装着しています。」
それって、鬼に金棒じゃないのか? 外骨格はどう見てもチタン系の金属みたいだし。
まぁ、使えるボディーガードが手に入ったと思えばいいんだろうけどね。
「いい相棒が出来たところで閉鎖区画を調べたいが、活動時間を考えると水が先のようだな。」
「途中の沢まで取りに行く必要がありますね。井戸は埋まっていました。」
2つ程井戸があったようだが、先にフラウが調べたみたいだな。
沢までは尾根を1つ越えた所だから、往復に1日も掛からないだろう。
核爆弾がある事が分っているんだから慌てる事はない。明人達も直には探しに行けないだろうしな。
・
◇
・
「これが閉鎖区画だな。」
「それにしてはあまり厳重ではありませんね。」
確かに、隣の地下倉庫と同じような入口だからな。
フロイが、鎖を千切りスライド扉を少しずつ開け始めた。
そして人が通れる程の隙間が出来たところで、俺達はその中に入って行く。
暗闇の20m先に直径6m四方の鋼鉄の耐圧隔壁とそこに組み込まれた耐圧扉が俺達を待っていた。
余程ヤバイものを入れていたのか、或いは研究所の人員を一時的に非難させるシェルターだったのか…。たぶん両方の目的だったんだろうな。
「複合素材で出来ています。表面は鋼鉄ですが、内部はセラミックや合金も使われているようです。」
「コンポジットか…面倒だな。これだけの扉だと厚さは0.5~1m位じゃないかと思うが、レーザーで焼き切れるかな?」
「直接焼き切りますか?」
「そうだな。面倒くさいけど、扉を適当に切り出してくれ。」
俺の言葉にフラウが手の甲レーザー発生器を出現させる。
そして、プリンをスプーンで掬い取るような感じで、3m四方の扉を切断し始めた。切り出したブロックはフロイが順次部屋の片隅に放り投げている。どう見ても100kgは越えているのだが、まるでレンガを持つように簡単に放り投げているぞ。
そんな2人の連携作業を見ながら、入口付近でパイプを楽しむ。
ちょっと悩むのは、この中を閉鎖した事だ。
この種の扉の構造は内部から閉鎖が行われる。中に避難していた人間が危機的状況が去った事で外に出るなら扉を閉鎖する事は出来ない。外から土砂を運び込んで穴を塞ぐ事になるだろう。
だが、この扉が閉まっているという事は、内部の人間が閉めた事になる。まぁ、制御回路をいじって出来なくもないが、普通そんな面倒くさい事はやらない筈だ。
となれば、中に誰か住んでいたか、住んでいるということになるが、大規模地下コロニーでもなければ数年で食料が尽きてしまうだろう。
では、なぜ中に残ったんだ?
「扉の撤去を完了しました。」
扉の奥からフラウが俺に報告してくれた。
扉を見るとそこには四角い空洞がある。
タバコの灰を床に捨てバッグに仕舞い込み、空洞に歩いて行った。
耐圧隔壁の厚さは案の定50cm程だ。扉から真っ直ぐに床にレールが敷設されている。やはりブロックを内側から塞ぐ構造だったな。
壁を抜けた所は20m四方位の部屋だった。フロイの両肩から飛び出したライトが辺りを明るく照らしている。
そして、この部屋の置くには3つの通路があった。果たして、本命はどれかな?
「極めて酸素濃度が低い状態です。窒素で置換されていたようですね。」
「保管した機材の劣化を防ぐ目的と考えられるな。扉を破壊したから少しずつ外気が入ってきてるんだ。」
さて、どこから行こうかな?
まぁ、全部見る事になるんだから、順番に左から調査を始めるか。
「フラウ、左からだ。」
「了解です。」
フロイに場に何事か告げると、フロイが先導して通路を歩いて行く。彼の歩みで周囲の光が揺れているが、全体を見られるから、気になる事はない。
ライトを見つけたのはありがたいな。俺達のLEDでは暗視モードでなければ周囲を見る事が出来ない。
直ぐに左手に扉があった。
鍵は掛かっていないみたいで、フラウ達が中に入っていく。俺も急いで中に入る。
そこは、避難室って感じの部屋だ。教室2つ分位の部屋には3段ベッドが沢山並んでいる。
俺達が立つ扉付近は、小さな会議机とベンチがある。そして通路側にはロッカーが並んでいた。
俺とフラウで片っ端からロッカーを開けていったが、目ぼしい物は置いていない。ここを去るときに持ち去ったんだろうな。
そんな部屋が5つ程続いていた。1部屋に40人って感じだな。全部で200人は休めるとなれば、その2倍以上の人員をこの閉鎖区画に退避出来たに違いない。
そして、次の部屋には工作機械が並び部品倉庫もあった。機械の程度はそれ程劣化した様子がない。サビが全く付いていなかった。やはり、窒素が充填されていただけの事はあるな。部品倉庫には薬品や電子部品までが揃っている。
直ぐに役立つ物意外は置いて行ったのだろう。
「マスター。階段があります。」
「マッピングはしているな。とりあえず順番に調査しよう。この階だけでも、後つ通路があるんだ。まだ先は長いぞ。」
そんな左側の通路は結構先まで伸びている。もう500mは歩いたに違いない。
そして突然前方に壁が現れた。通路は右に曲って伸びている。
少し歩くと十字路に遭遇した。
どうやら3本の通路は此処で合流するようだ。
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◇
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この階を地上階と呼ぶ事にした。
地上階には居住区と小さな工作室に倉庫があった。そして右側の通路には大きな水耕栽培施設が残っていた。
最初数百人の避難民を対象としていたと考えていたが優に千人を超える人員を収容出来る施設のようだ。
地下2階には研究施設と居住区が半々だ。同じようなフロア構造を取っている。
結構な大きさだがこれを維持する電力となると、小型原子炉を想像するしか無さそうだ。核融合炉も魅力的だが、それを地下深くに作るのはどうだろうか?
原子力研究のメッカである事を考えると、Puを使った原子炉なんだろうな。流体発電を使えばかなり小型になるから大深度施設の電力確保には適していると思う。
地下3階に下りると、フロア全体が研究施設の様相を示している。
その研究はどちらかと言うと、生化学に近いものだろう。倉庫に並んだシリンダーにはグロテスクな様相の人体や獣が液体の中に入っている。
やはり、自分達の肉体変化を食い止めようと努力していたのだろう。
手術室のような部屋の中央にあるベッドには干からびた亡骸が手足を拘束された状態で載せられていた。
解剖の途中だったのか腹部に大きな穴が開いていた。
「やはり、遺伝子改変が一気に進んだのでしょうか?」
「たぶんな。懸命にその原因を探ったに違いない。だが、原因不明のままにこの施設は閉鎖されたんだろうな。」
どこかに研究成果を纏めたライブラリーがあるに違いない。フラウならばその記憶の一部を取り出せるかも知れないな。
そうすれば、この地で何が起こったのかが分るかも知れない。