M-081 ロスアラモスの廃墟
段々とロスアラモスの状況が分ってきた。
広大な敷地を持つ研究所には沢山の建物があった筈だが、殆どの建物は荒地に還っている。
それでも、数箇所の建物がある事が分った。
損傷は激しいが修理した痕跡もあるようだ。何より、その建物間が獣道のような道で結ばれている。
損傷した柵は、そんな建物を囲むように作られている。そしてその広さは2km四方に及ぶ。
柵の中には畑の跡や、井戸らしきものも見受けられる。
確かに、つい最近までこの場所で人が暮らしていたようだ。
「マスター、これを見てください。」
急にヘッドディスプレイの画像が切り替わる。
それは、ロスアラモスの周辺50km四方の画像だが、サーマルモードで捉えた画像だ。
「これか?」
フラウが俺に告げたかったのは、30km程南の尾根に高熱反応がある事だ。
「中心温度800℃程度で極めて狭い範囲です。これに該当するものは焚火です。」
「誰かがこの地にいるということか?」
「次に通常モードでこの場所を拡大します。」
ディスプレイに小さな集落が映った。
確かに焚火をしているな。明人が住んでいる村よりも規模は小さいぞ。
「村の周囲は2重の柵だ。そして空堀まである。強力な外敵がいるみたいだ。」
「そうですね。畑が村の北斜面にありますから、外敵は山裾方面にいるという事でしょうか?」
「そうなるな。若しくは山裾から攻撃してくるという事だろう。もっと拡大出来ないか?」
更に村の詳細が見えてくる。
焼畑のような場所で数人が作業している。その姿は人間だな。着ている物は俺達と同じような革の上下だ。
畑に向かって開いている門は楼門になっていて何人かその場にいるみたいだ。村の家は木造で数十軒が広場を中心に並んでいる。その広場では子供達が遊んでいるのが見えた。
柵には数箇所の見張り台があり、何人かの男が待機しているようだな。そして手には銃を持っている。
「相当技術が退行してるぞ。あれはフリントロックだ。前装式で数発撃てばバレルを掃除しなければならないやつだ。」
「黒色火薬ですか…。ですが、弾丸は大きいですし、弾速もそれなりです。グライザムを倒せるでしょう。」
確かに強力ではある。だが、攻める側が大勢ならちょっと不安な武器だな。
ロスアラモスで土産を見つけて一度訪問してみるか。この辺りの状況が分るかも知れないからな。
・
◇
・
のんびりと温泉で静養して、俺達はロスアラモスへと歩いて行く。
このまま行けば、北東方向から研究所へと向かう事になるので、発見した集落は丁度反対側になる。
早期に接触して争いが起これば、俺達の支障になるから丁度良い。
5日程歩き通すと目の前に廃墟が現れた。標高は2千m近いな。まともな植物は育たないような気がするぞ。良くも畑を作っていたものだ。
あちこち破壊された高さ3m程の柵を潜ると、柵の外とは違って雑草の丈が短い。そんな中に建物があった。
早速、近くの建物に向かって歩き出す。
その建物は大きなビルの一部のようだ。破壊されなかった箇所にビルの残骸を積上げている。
鉄製の扉も腐食がそれ程進んでいなかった。
扉の取っ手を掴んで引くと、それ程力を入れずに開く事が出来る。
中に入ると真っ暗だ。
額にLEDの明かりを点けて、視野を暗視モードに変更する。
どうやら、ロビーのような場所だ教室2つ分位の部屋の奥には通路が延びている。その通路の前には木製の机が置いてあり、木製のバリケードの残骸が転がっている。
バリケードは俺達が入って来た扉にも設けられるように丸太を組んだ丈夫そうな柵が扉の横に置いてある。
木製の机にある引き出しを開けると、黄ばんだ書類が投げ込まれている。
文字は英語だな…、困ったぞ。
「フラウ。これが読めるか?」
「英語ですね。言語ライブラリーに入っています。マスターにも理解出来ますよ。ヘッドディスプレイを開いて言語の選択を選んで下さい。現在は日本語&エントラムズ王国語になっていますが、エントラムズを英語に直せば文字が読めますし、この大陸の生存者の子孫であれば何とか会話が出来る筈です。」
俺のヘッドディスプレイの画面が高速で切り替わり、選択を繰返している。それが終了した時、改めて書類を見た。
なるほど、読めるぞ。
どうやら、この施設への立ち入り者のリストのようだ。
重要施設なのか、その後の政治中心地なのかは分らないが、かなり限定して建物の入域を制限していたらしい。
「どうやら、この地域の司令部を置いていたようです。命令書が何枚か混じってます。」
他の引き出しを漁っていたフラウが呟いた。
「らしいな。そして、ここで誰何をしていたんだろう。奥に行けばもっと分るだろう。」
そう言って通路へとフラウを促がす。
通路の両側に一定の間隔で扉が並ぶ。
それをひとつひとつ確認しながら奥へと俺達は向かって行った。
そんな扉を開けると、会議室が手前に4つ並び、その次は控え室のようだ。特にめぼしい物は置いてなかった。
そして、一番奥の扉を開けると、今までの部屋とは違い中央に大きな机が置いてあった。その机はガラス板が載せられ、地図を押さえている。
「ここが司令室という事なんだろうな。地図は地殻変動以降のものだ。」
「柵内にある建物は6つ。その内3つが居住区です。この地下倉庫とあるのが、私達の目標でしょうか?」
「あるいは、この閉鎖区域のどちらかだろうな。この整備建屋も気になるところだ。」
部屋の奥にある大きな机は司令官用のものだろう。引き出しには鍵は掛かっていない。
引き出しを開くと、ファイルが沢山出てきた。
どうやら、アルマゲドンの混乱期に作成した施設の再生計画のようだ。
何とか、種々の施設を維持しようとして努力していたようだが、アルマゲドンの被害は1回では無かったようだ。
何度か計画が修正され、その都度規模が小さくなっている。
そして、近くの火山が噴火した後には再生計画を修正する事は無かったようだ。
そのファイルの最後には悪魔襲来とだけ殴り書きがある。
「武装集団と推測していたのですが武器が見当たりませんね。」
「たぶん使い切ったんだろうな。そして建物と一緒に埋まったものも多かったに違いない。」
「この小型投光器は使えそうですよ。」
そう言って2本の懐中電灯を俺に見せてくれた。
マグライトだな。長さが45cm位ある大型のものだ。光源は3個のLEDだ。だが、乾電池が無いぞ。
「整備建屋に向かいませんか? この内部に誘導電流を受ける部品を組み込めば私達の掌から電源を供給出来ます。」
ベレッタの電力も確か誘導電力で供給するんだっけな。意外と使える機能かも知れないぞ。
概略の建物位置は掴んだから、フラウについて整備建屋へと向かった。
整備建屋は平屋だが屋根の半分位が土砂で覆われている。土砂というよりは上階が崩れた痕跡なのかもしれないが…。
入口は両開きで両方を開くと横幅が4mもある。そして扉の高さは3m位だ。ちょっとした大型車両の整備もこの中で出来そうな感じだな。
両扉を開けて中に入ると、期待を裏切らない眺めだ。6輪の高機動車が2台も置いてある。さらには土木工事用のローダーもあるぞ。
そんな体育館の2倍程もある屋内駐車場の奥に扉が3つ並んでいる。
左端は休憩所のようだ。簡単な作りの大型テーブルに椅子が10個程並んでいる。
ステンレスのカップがそのまま数個放置されていた。
その奥にロッカーが30個程並んでいる。片っ端から開けてみたが汚れたツナギや革靴が置いてあるだけだった。
真ん中の扉の奥には工作機械が数台並んでいる。
その近くにあるテーブルにはフリントロック式の銃の図面が置いてあった。たぶんこの機械で最後に作られたのが、南西方向にある村人が持っていた銃なのだろう。
その部屋の奥に金網で仕切られた材料保管庫が教室2つ分程の広さで棚を並べている。
「何んとかなりそうです。ここで作業を開始します。」
棚と棚にあるパレットの表示を見ていたフラウが俺に振り返って教えてくれた。
となれば、最後の扉は俺が調べるか。
フラウを部屋に残して右の扉を開く。そこには車両整備用の機材とその奥には部品棚が並んでいた。
確かに整備建屋だな。…この高機動車が使えれば核爆弾を運ぶのに使えそうなんだが。
部屋を出て、高機動車の中を覗いて見た。ちょっとした装甲車にも見えなくもない。側面には左右に2箇所ずつ銃眼が付いてるし、屋根の上にはターレットまで付いている。機関銃をターレットに取り付ければ、大型獣の襲来にも使えそうだな。
そして、次の車両に移動した時に実際に使われた事が分った。床に機関銃が取外されていたのだ。
弾丸を全て使い切ったのだろう。機関銃のバレルは真っ赤に錆びが出ていた。
そして、その車両の中を覗いた時だ。中に人が乗っている。
急いで扉を開けると、運転席の後ろに設えた簡易なベンチシートにじっと何もない空間を見ているロボットが座っていた。
とんとんと肩を叩いても反応がない。どうやら、動力源が枯渇したかどっかが破損しているようだ。
「どうしました?」
そう言いながら、俺にマグライトを投げてくれた。
手で握ってスイッチを押すと強い光でLEDが点灯する。結構強力だな。
「これなんだ。遺棄されたロボットみたいなんだが…。」
「外損はないようですね。修理が出来るかもしれません。」
フラウが車両からロボットを降ろそうと中に乗り込んだ。俺も直に手伝って、どうにか車両の脇に横たえる事が出来た。
フラウが右手をロボットにかざして、ゆっくりと体をスキャンしている。
俺はする事も無いので、そんなフラウを後ろから眺めていた。
「内部の損傷もないようです。動かないのは動力源の枯渇だと推察します。」
「動かせないか? こいつの電脳の記憶が知りたい。」
「可能性はありますね。作業台を運んで先程の工作室に運びましょう。」
そういえば右手の車両整備室に長尺の作業台があったな。
俺は直に部屋から作業台を運んできた。下に車輪が付いているから移動は楽なものだ。
2人で力を合わせて作業台にロボットを載せると、がらがらと作業台を押しながら真ん中の部屋へと運んだ。
工作機械が並ぶ奥、金網の手前にちょっとしたスペースがある。そこまで作業台を運ぶと脚部の車輪をロックする。
「ここで修理します。照明等が必要ですが奥に色々ありますから都合がいいです。」
「なら、俺が地下倉庫を調べてくる。何かあれば連絡するから…。」
俺の出来る事は意外と少ない。それでも、何があるか調べる位は出来そうだ。
フラウに片手を上げると、マグライトを持って外に出た。
地下倉庫と閉鎖区画は山の斜面を利用して建てられていたようだ。他にもそんな施設があったのだろうが、今はこの2つしかないようだ。
その内の1つに地下倉庫とペンキで書かれている。
入口は結構大きいな。先程の整備建屋位の扉がある。その扉はスライド式だ。錆びた鎖で取っ手が壁面に埋め込まれたボルトと結び付けられている。
鎖をベレッタで撃って切断すると、力を入れて扉を横に押すとずるずると扉が開く。
入口から届く光で倉庫の中が見えるが、そこにあるのは屑鉄の山だ。
俺は、マグライトを点灯させるとそんな倉庫の中に入って行った。
屑鉄は大量の銃器だった。弾丸が無くなって廃棄されたに違いない。それでも鉄だから熔かして利用するために蓄えていたのだろう。
自動小銃や拳銃が錆びて捨てられている。その量は千丁を超えてるようだ。
その奥には、バスや自動車が並んでいる。もちろん誰も乗っていない。燃料が無くなっても、その部品は使えるってことで保管しているようだ。
一番奥は、長さ30m程の棚がずらりと10列並んでいる。棚の高さは3m位あるが、半数は何も収納されていない。足元に種が落ちているところを見ると、ここには穀物が保管されていたようだ。
残った半分の棚には内容物を書いたプレートが貼ってある金属製の箱だ。引越しサイズだな。何があるかは、棚を眺めながら一巡しておけば後でフラウが確認してくれるだろう。
倉庫は入口以外にはどこにも扉がない。
となると、核爆弾は閉鎖区画ということになるな。
それは、フラウと一緒に確認しよう。
扉を閉めて、フラウの方がどうなったかを楽しみに整備建屋に戻る事にした。