M-080 GO WEST
東岸の低い山脈はまだ続いているが、フラウの神託で西へと進路を変えた。
真っ直ぐ西に行けば、ロッキー山脈の山裾にあるロスアラモス研究所に着くと言っているが、距離は半端じゃないぞ。殆どアメリカ大陸を半分以上横断する事になるんじゃないか?
まぁ、時間はたっぷりある事だし、のんびりと西部開拓の逸話を思い出しながら歩くとするか。
山裾の小さな泉で休息して、水筒にたっぷりと水を補給する。俺達の活動限界時間も450時間を上回ったところで大陸横断を開始した。
問題は距離だよな。水筒の水は1人約3ℓだから活動時間を240時間程伸ばすことが可能だ。合計の活動時間は690時間。まぁ安全を考えて600時間とすれば、1時間に歩ける距離を4kmと仮定して2400km…、東岸からロスアラモスまでぎりぎりの距離になる。
何とか途中で水場を探さねばなるまい。
俺の生活していた時代なら中原にはミシシッピーが流れていたが、科学衛星の画像では広大な砂漠に近い荒地と火山が広がっている。
そんな俺の心配事を知っているのか知らないのか、フラウの足取りは軽い。
1.5m程の杖をついて、テンガロンハットに革の上下姿はちょっと馬を無くしたインディアンのようで違和感もあるけど、この荒地には似つかわしい姿ではある。
「山から眺めたときは起伏のない荒地だと思ったけど、それなりに起伏はあるみたいだな。」
「それでも砂丘のような起伏は見られません。この起伏は風雨による侵食だと思います。」
確かに、砂礫の流れた跡が結構目に付く。だけど、こんな荒野に雨が降るのは年に何回も無い筈だ。
そして、その雨は台風よりも強烈な雨なんだろうな。アメリカの平原地帯は竜巻のメッカだと聞いた事がある。俺が知らないような大規模な雷雨によって起こったのだろうか?
季節は春で、荒野の低地には名も知らない雑草が芽吹いている。しかし、雨が降らないのであれば育つ前に枯れてしまうかもしれない。
フラウが周辺の監視をしてくれるので俺は科学衛星の画像でこれからの進路の状況を確認している。
まだ見えないけど、火山があるみたいだ。温泉があれば、また楽しめるな。
その先は、砂漠が続く。
砂丘が幾重にも重なって続いて西の火山地帯に続いていた。
ロッキー山脈は火山が続く山脈になったみたいだな。
それでも、南北に連なる大山脈はあまり形が変わっていないようにも思える。
「前方1200に小型の渡りバタムが群れています。」
「そいつらだけか?」
「ロードランナーが数匹接近してますね。」
『ロードランナー』とは飛べない鳥だ。ガトル程の大きさで、軍鶏に似た姿をしているがその駆け足はとんでもなく速い。時速60km以上の速度で荒野を走り回っている。
そして、その嘴の内側には短く鋭い歯が生えている。正しく肉食の鳥だが、狙う獲物は昆虫のようだ。
こっちの渡りバタムは体長20cm程の小型の昆虫だが、後ろ足が発達してジャンプする距離は100m近い。その上、必要に迫られれば長距離を飛行する為の羽がある。
荒地に点在する草を求めて移動するんだろうな。
ちょっと、立ち止まってロードランナーの狩りを見学する。
左から土埃を上げて渡りバタムの群れに突っ込んだと思ったら、渡りバタムの群れが飛び去る前に群れを通過してしまった。
そして通過したロードランナーの嘴には、しっかりと渡りバタムが咥えられているのが双眼鏡で確認できた。
今の所はそんな連中に合うだけだが、ロードランナーがこの地帯の生態系の頂点にいるとは考えにくい。
獲物を咥えて一目散に走り去ったのは俺達に気が付いての行動とは考えにくい。
その場で食べないのは、立ち止まる事で更なる捕食者の餌食にならないためだろう。…としたら、そいつはどんな奴だ?
10日程で歩いた距離は約1000km。
火山が見えたところで、ちょっと休憩して水筒の水を飲む。
「前みたいに温泉があると良いんですが…。」
「科学衛星の画像で分らないか?」
「調べてみます。」
フラウが嬉しそうにそう言うと目を閉じた。
そして…。
「火山の北斜面、殆ど裾野ですが、温泉があります。工程が100km程伸びますが、温泉で補給すれば十分に活動時間を伸ばす事が出来ます。」
「なら、行かない手は無いな。少し寄り道しよう。」
そんな事で、俺達は歩く方向を少し北側に向ける。
フラウの話では4日で到着すると言う事だが、久しぶりに湯に体を伸ばせると思うと俺も嬉しくなってきた。
火山は活火山のようだ。標高は3000m位はあるだろう。ちょっと富士山に似ている。
山頂の火口から盛んに煙を吐いているが、火山灰は荒地に吹く強い北東の風で流されているらしくこちらには降ってこない。
故郷を思い出しながらのんびり歩くのも気持ちが良い。俺達の故郷、日本といったらやはり富士山だよな。
そんな思いが、フラウの声に吹き飛んだ。
「後方1300に生体反応。急速に私達に近付いています。」
フラウが杖を地面に突刺して、肩の自動小銃を構える。
その姿に俺も急いで杖を放り投げて、ベレッタを引き抜いた。後方から俺達に向かってくる奴の姿は2mを越える身長をした恐竜だ。ラプターに似た姿をしているが、ラプターよりは大きいぞ。肉食らしく大きな口には鋭い牙が光っている。
距離200で、フラウが先頭を走るラプターモドキに自動小銃を撃つ。
3発撃った銃弾は全て命中したようだ。速度を落とさずにその場で転倒したから盛大に土煙が上がる。
距離100で今度は俺がベレッタの弾速度をMにして奴らを撃つ。弾丸で頭に大穴が開いて転倒する姿を捉えると、次の奴に銃を向ける。
後続の連中にも次々とベレッタで射撃を行う。まるで殲滅戦だな。
「ラプターモドキですが、『ラプランナー』と名付けます。」
フラウが自動小銃のマガジンを交換しながら俺に告げた。
フラウも残りのマガジンは1個になったようだ。肩に担いだ自動小銃のマガジンを抜くと、銃を投げ捨てる。遠距離攻撃は出来ないが、ベレッタの方が強力だ。抜取ったマガジンと予備のマガジンはフラウにあずければ有効に使ってくれるだろう。
「この大陸で銃弾の確保は出来ないんですか?」
「あぁ、この大陸の国とフラウが持っている自動小銃を見つけた国は武器の仕様が少し違うんだ。銃弾を見つけても代替出来ない。」
まぁ、両陣営の武器に使う砲弾が同一規格ならおもしろい事がいろいろ起こりそうだ。
互いに自分達の武器を使えないようにする為なんだろうけど、1発の威力は今まで使っていた方が高いんだよな。弾丸は鉄だしね。
倒したラプランナーを検分してみる。
ラプターよりも足が発達しているのが分る。捕食者側だからロードランナーに走り負けしないだけの脚力があるのだろう。
そして、大きな口だけでなく、前足も長く筋肉が付いている。
「走りこんで、この手で横殴りにして狩をしたんじゃないでしょうか。」
杖の先で大きな爪をいじりながらフラウが推測する。
だが、俺にはその背中の深い傷の方が気になった。
仲間同士の喧嘩なら3本の爪痕が残る筈だが、そこにあるのは1本でかなり深い。
この傷を負わせた相手はどんな奴だ? ラプランナーは捕食者だが、更なる捕食者がいるのかも知れないな。
足元は荒地から砂漠になってきた。
幾重にも砂丘が俺達の前に現れる。大きなものは20mを越えるような高さだ。重力制御を行って体重を軽減すれば、それ程砂に足を捉えられずにすむ。
そして、生物の姿も激減した。草も生えない土地ならそれを食べる者を底辺とする食物連鎖も成り立たないのであろう。
しかし、皆無ではない。砂丘の低地には僅かばかりの緑がある。場合によっては小さな水溜りまであった。
そこには小型の虫が草を食んであり、それを狙う獣もいる。
たまに、ロードランナーやラプランナーの骨らしきものが横たわっているけど、小さなオアシスを上手く見つける事ができなかったのであろう。
「あれは何でしょうか? 生体反応はありますが小さなものです。」
フラウが指差す場所を双眼鏡で覗くと、うねうねと動く触手のようなものが数本砂漠から突き出ていた。
「分らないね。距離が離れているから害はないと思うけど…」
そう言って、先を急ぐ。気持ちのいい奴ではないが、害がなければ無視するに限る。
だが、数時間程歩くとその砂漠から2m位突き出て蠢く触手みたいなものは、俺達の前に次々と姿を現してくる。
「たぶん砂の中に本体がいるのでしょう。でもどんな姿なんでしょうか?」
「もうすぐ分ると思うよ。ほら…」
俺達目掛けてラプランナーが走ってくる。俺達を獲物と思ったようだ。
だが、ラプランナーと俺達の間に触手を伸ばしている奴が数匹はいるみたいだ。ラプランナーがそこを通った時、たぶん姿を見せてくれるだろう。
2kmは離れていたラプランナーが凄い速さで近付いてくる。
そして、触手近くを走り抜けようとした時にラプランナーが次々と転倒して、体を痙攣させている。
ズズズー…っと砂を割って大きな塊が姿を現した。
家位の大きさのある岩の塊だ。
「貝の一種だな。陸生に進化したという事か。となれば、あれを倒したのは毒槍だ。そんな巻貝が海にいた筈だ。」
「あの大きさで貝ですか? 新種の軟体動物ではないのでしょうか。」
「いや、貝だよ。あの岩みたいなのに入ってるんだろう。あの岩が巻貝そのものなんだ。」
食えるのかな? そんな考えが浮かんだが、たぶんこの怪物がこの区域の生態系の頂点になるんだろうな。
前に見た、背中に傷のあるラプランナーは槍がかすって出来たものなんだろう。刺されば毒液で口に運ばれて行くラプランナーと同じ運命を辿ったに違いない。
「『デザートランス』と名付けよう。」
「了解しました。デザートランスと登録します。」
触手の正体が分ったところで先を急ぐ。
この大陸にも変わった種類の動物が沢山いるな。
・
◇
・
硫化水素が盆地に充満している中に、温泉が湧き出ていた。
噴出するお湯の温度は90℃を超えている。触ればたちまち火傷をするようなお湯だが、俺達には関係無い事だ。
比重の重い硫化水素は温泉の上3m位までを覆っているから、俺達の装備はその数m上になるように枯れた枝の先に吊るしてある。そして俺達は猛毒の大気の中でのんびりとお湯の中で体を伸ばす。
「効能は、肩こり、腰痛そして打ち身捻挫に…、ついでに子宝も。」
「何ですか? さっきからぶつぶつと。」
頭に手ぬぐいのように折った布を伸せたフラウが聞いてきた。
「やはり、温泉に入ったらそれなりの効能を期待するじゃないか。お約束って奴さ。」
「生体に関する効能は理解出来ませんが、私達には極めて有効です。微量ですがレアメタル成分もありますし、重水素の含有量は通常呑む水よりも豊富です。できれば1日はこのまま入っていたいですね。」
そういえば、前に泥の中にも浸かっていたような気がするな。
確かにマグマと間接的に水脈が接触しているのだから色んな成分が溶け込んでいるに違いないが、それ程長く浸かっているとのぼせそうだぞ。
そう思って、自分の考えに思わず笑い出す。
まだ、生体でいた頃の経験的記憶が体に染み付いているようだ。俺達はのぼせることなく延々と湯に浸かっていられる。それもこんな熱湯にだ。
「ロスアラモスの状況が何か分らないか?」
「科学衛星の高解像度画像を送ります。」
俺のヘッドディスプレイに画像が映し出される。かなり解像度が高いな。
ゆっくりと、敷地をなでるように画像が動く。
「画像の大きさは100m四方です。分解能は直径1cmの球体を識別できますね。」
そう言っているが、ディスプレイには廃墟の跡が写っているだけだ。時折草むらから小動物が顔を出している。
そんな光景が延々と続いていた時、突然その廃墟に焚火の跡を見つけた。
キャンプファイヤーのような大きなものではなく、俺達がお茶を飲む時に作る焚火位の物だ。
「止めてくれ。…あれは焚火の跡だよな?」
「確かに焚火です。それもつい最近のようですね。1年は経っていません。」
焚火を中心に周囲を見ると、柵や、急拵えの小屋の跡も見つける事が出来た。
つい最近まで人が住んでいたのかも知れないな。
そう思いながら注意して、ディスプレイを見ていると、今度は墓地らしき場所を確認する事ができた。
沢山の柱が整然と並んでいる。そこに生い茂る雑草は周囲よりも少ない事から、誰かが管理していたと考えられる。
「痕跡は2、3年前の物と推察します。最近の痕跡は確認できませんが、場合によってはまだ研究所内で生活している者がいるやもしれませんね。」
「そうだな。そしてこの大陸にあった国は銃社会だ。自分の身を守る為に躊躇なく銃を撃つこともありえるぞ。」
「私達を攻撃すると!」
「可能性は高い。もっとも、拳銃程度では俺達に危害を加える事はできないと思うけどね。」
ナノマシン集合体である俺達の体は、一部が欠損しても直に補える。受けた銃弾を分解して身体機能の維持に回す事も可能だ。
とは言え、問答無用で撃たれるのは問題だな。その時はしっかりと反撃させて貰おう。
基本スタンスは目には目を…で良い筈だ。