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M-079 山間の海軍基地跡

 

 海岸伝いに南へと歩く。

 ずっと荒地が続いて、西の遥か彼方にポツンとたまに森を見掛けるような風景だ。

 そんな土地だが、獣の姿は北の針葉樹林地帯よりは豊富になってきた。

 ヘッドディスプレイには黄色の輝点でそんな獣の群れがあるのだが、目視ではあまり見る事が出来ない。

 どうやら臆病な連中らしく、300m位まで近付くと穴の中に潜ってしまう。

 雪の吹き溜まりが荒地の僅かな起伏にそって点在している中で、草の根を掘って食べているらしいウサギに似た獣だ。

 最初はラッピナかと思ったが長い耳はどうやら角ではなくて本物みたいだ。

 フラウがベレッタで1匹し止めたのでじっくり観察できたが、その姿はウサギに似たネズミといった感じだな。食べる気にはなれないぞ。

 そんな獣の名前は、『ラビットマウス』だ。まぁ、そのまんまな名前だけどね。

 そんな感じで名前を付けるのもこの旅の楽しみではある。


 「14時方向、1200にウルフワームです。ラビットマウスを狙っているようです。」

 「こっちに敵対しなければ問題ない。」


 あえて、攻撃する事も無かろう。距離は十分離れている。

 大陸が異なると、同じような獣でも少し形が違ってくるようだ。

 ラッピナとガトルの関係なんだろうな。グライザムのような奴もいたし、リスティンはユニコーンと見れば良いだろう。

 となれば、イネガルとバタムのような奴もこの後に出てくるという事になるのかな。

               ・

               ◇

               ・


 前方に大きな山並みが見えてきた。

 たぶんあれが隆起した地形なのだろう。双眼鏡で覗くと低木が生い茂っているのが見える。高さは数百mに満たない緩やかな丘のような山並みだ。それでも山頂付近には未だ白く雪化粧をしている。

 

 「後、150km程で海軍基地の跡地に着きます。」

 「方向はこのままで良いんだな?」

 「若干左手になりますが、このまま進んで問題ないでしょう。」


 俺達はゆっくりと進んで行く。

 走っても良いのだろうが、変に獣達を刺激するのも問題なような気がする。

 まぁ、先は長いんだしのんびり歩くのも良いだろう。

 「10時方向、12時方向それに13時方向にウルフワームです。直近は10時方向の1100ですが、12時方向も1300で動きがありません。」


 という事は、あと15分程で接触する事になるのか?

 

 「進行方向の奴は、殺るしかなさそうだな。フラウ、頼めるか?」

 「了解です。」


 フラウが自動小銃のセーフティを解除している。

 まだ、カートリッジを2つ残しているからな。今のカートリッジも10発以上残ってる筈だ。


 距離200mで前方の茂みに蹲って俺達を狙っているウルフワームの姿を視野に捕らえた。ヘッドディスプレイには赤い輝点で表示されているから俺達を狙っているのは間違いないみたいだ。

 左右のウルフワームは黄色だから俺達に敵対する動きはないようだな。


 2発の銃声が荒野に響く。

 ヘッドディスプレイの視野をサーマルモードに変更すると、急速に体温が低下する姿が分る。

 相変わらず良い腕だな。

 

 セーフティを戻して、自動小銃を肩に掛けると、地面に突き刺した杖を手に、フラウが歩き出す。

 俺もその脇に急いで駆け寄って南を目指した。

               ・

               ◇

               ・


 低い山の連なる山脈に足を踏み入れると、針葉樹と広葉樹の混生した森が俺達の前に広がる。

 森の木々の高さは10mに満たない。立木の太さも30cmを越えるものは無いようだ。土地が豊かではないようだ。下草も背が低く100m以上先まで見通せる。

 それでも、荒地に比べれば獣の姿が多い。


 小型のユニコーンにラビットマウス、そして新たに見掛けたのはナマケモノのような姿をして森の木々を巧みに飛び回る猿のような奴だ。

 早速『エダワタリ』と命名したぞ。

 

 エダワタリは草食性のようだ。地上のウルフワームのような捕食者を逃れて樹上を生活の場にすべく進化したのだろう。

 だが、そうなると捕食者だってそれを捕らえられるように進化する筈だ。

 それを見る事が出来たのは2日程過ぎた時だった。

 

 「10時方向から14時方向にエダワタリの群れが移動していきます。何かに追われているようです。」

 

 ヘッドディスプレイにその状況が映し出される。

 数匹の黄色の輝点が跳ねるように左から移動してくる。そしてその後ろから黄色の輝点がエダワタリに負けない速さで真直ぐに群れを追っている。

 速度が段違いだ。直ぐに群れに追いつくぞ。


 「生体反応が小さいですね。昆虫かも知れません。」

 「だな。…そして、もう直ぐ俺達の前を横切るぞ。」


 木立の影に隠れるようにしてその姿を窺う。

 そして、俺達の前を横切ったのは甲虫だった。

 しかし、細長い姿はカミキリムシよりも長くトンボの尾を短くしたようにも見える。羽も長いから、確かに甲虫よりはトンボだよな。

 

 視界から消えたが、ヘッドディスプレイではその狩りの様子が映っていた。

 エダワタリの群れに突っ込むようにして1匹を捕らえたようだ。

 たぶん鋭い顎で一噛みで倒したんだろうな。

 この森の生態系の頂点にいるのはそんな捕食者だった。


 「『大王ヤンマ』で登録します。」


 残念、フラウに先を越されてしまった。


 途中に泉を見つけたので、此処で休憩に入る。

 水筒の水を補給して、俺達も焚火を作ってお茶を飲む。

 フラウが小さな袋を逆さにしてポットに最後のお手製のお茶を入れた。ちょっと残念そうな顔をしている。

 まぁ、アッサムで見つけたお茶は余禄のようなものだから、ここまで楽しめただけ良かったと思うぞ。

 ネウサナトラムで手に入れたお茶は魔法の袋にたっぷりと残っている筈だ。

 それより問題は、俺の方だ。

 最後のタバコの箱には残り数本。もう少し持ち出した方が良かったかな。

 そんな事を考えながら、タバコに火を点けてお茶を飲む。


 「後、50kmもありません。直ぐに出発しますか?」

 「そうだな…。もう少し、此処でお茶を飲んでからにしよう。今、350時間程度だ。400時間を越えておけばしばらくは休まずに済む。」


 シェラカップに3杯のお茶を飲んだ所で活動時間が400時間を越えた。4杯目のお茶は殆ど味が無かったけど、これでしばらくは休まずに動ける。


 焚火の傍に穴を掘って、焚火を底に投げ込んで火を消す。

 そして、フラウの示す方向に歩きはじめた。

 そろそろ日が傾いてきた。

 このまま進めば明日の朝には目的地に着くことが出来るだろう。

               ・

               ◇

               ・


 朝日が低い山並みを照らす頃、俺達は目的の基地に着いた。

 海軍基地と言う事は、赤錆びて転がる鉄屑でそれと分かる。やはり長い年月が去っただけの事はある。

 船の面影は全く無い。細長く横たわる赤錆がかつての船なんだろうけどね。


 そんな残骸の中を歩くと、小さな建物が見えてきた。

 それ程痛んでいないという事は、最近まで此処に済んでいたという事か?


 「フラウ。生体反応は?」

 「ありません。動体反応を含めて基地内に反応は皆無です。」


 此処を最近去ったという事なのかな。前のコロニーもそんな感じだったな。

 とはいえ、此処を去る理由は何だったんだろう。

 少なくともそれなりの人数はいたと思う。小さな村を維持するのはそれ程苦労は無かったと思うが…。


 小さな建物は、俺の住んでいた家位の大きさだ。

 入口の扉は錆びて固着している。足で蹴破って中に入ると、そこは教室位の広さのホールになっていた。

 

 「襲撃もあったようですね。」

 

 フラウが銃眼の傍に散乱している薬莢を見て言った。

 薬莢は真鍮製だ。結構腐食速度は速いはずなんだが、転がっている薬莢はまだ腐食の痕跡が見えない。

 意外と最近になってこの基地を放棄したということなのか?


 奥にある扉を開けると、下に階段が続いている。

 やはりこの基地の本体は地下に作られていたようだ。

 額のLEDを点灯させ、視野を暗視モードに変更する。そして、階段をゆっくりと下りていく。


 「コロニーとしては役立つ物ではなさそうですね。」


 地下1階の踊り場にあるフロアのレイアウト図では地下3階、各階の部屋は20程で構成された小さな物だった。


 「あぁ、だがしばらくはこの地で生活が出来たようだな。」

 

 地下1階の最初の部屋は会議室のような場所だった。たぶん、この場所でこの地を守る兵士達が待機していたんだろう。壁には朽ちた革の上下が掛けられている。そして、部屋の一角には錆びてボロボロになったライフル銃が積んであった。


 一回り各階の部屋を調査してみると、おおよその生活が想像できる。

 貯蔵庫には干からびた干し肉と、麦を入れた袋が放置されていた。

 少なくとも、餓死した訳では無さそうである。


 「この電算機の記憶回路は再生が出来そうです。」

 「壁に投影できるか?」

 「やってみます。」


 小さな部屋だが、この部屋が指揮官の部屋のようだ。そしてその机はそれ自体が一つの電算機として機能していたようである。生憎と電源が断たれてどれ位になるか分らないけど、何が起きたか位は知っておいても損は無い。


 フラウの右手が変化して机の中の基盤の一つに接続されるケーブルのコネクタと同じ構造に変化する。

 右手を基盤に差し込むと、微少電流を回路に流してシステムの解析をしているようだ。

 やがて、回路のLEDが目まぐるしく発光する。

 どうやら、記憶回路の構造体を理解したみたいだな。


 「終了しました。映像記録それにこの基地の日誌のようです。」

 「日誌は後でゆっくり読ませてもらおう。映像とその説明書だけでも少し見せてくれないか?」


 「了解です。壁に10枚ずつ投影します。」


 そう言うと、額のLEDが消えてそこにレンズが現れる。

 壁に投影された画像は2m四方位の大きさだ。まぁ、3m程はなれて見る分には丁度良い。


 最初の数十枚は地殻変動が起きて直ぐに撮影された映像に違いない。 

 基地の外には大型の船が横に倒れているのが映っていた。そして、この基地の建物にそれ程被害が見当たらない。

 今は、この地下を持つ建物1つだが、当初は数十の建物が基地には存在していたようだ。

 

 基地の人口は数千人の規模を持っていたようだ。本来の基地要員に加えて、周辺から助かった民間人が集まってきたらしい。

 そして、共同で何とかこの地にシェルターを作ったらしい。地表の環境条件は生物が住めないほどに激変が始まっている。それに間に合うように、船を解体して生活の場を作ったようだ。


 鉄のドームに覆われたこの地で、乏しい食料を分け合って暮す時代が過ぎると、地表に畑を作り、狩りを始める。

 居住する人員は十分の一程度にまで減ったが彼らはこの地で確かに生活していた。


 そして…、戦が始まった。

 相手は、アクトラス山脈で出会ったゴリラみたいな奴だ。だが、画像に映っていたのはちゃんと頭にそれなりの大きさの頭が乗っている。

 棍棒対ライフルは、ある意味一方的な虐殺になる。だが、この戦の勝利者はどうやらゴリラ達のようだな。

 ライフル銃があっても弾丸が欠乏すれば、その有利さは失われる。

 そして、弾丸が無くなる寸前にこの基地を放棄したようだ。

 どこに向かって出掛けたかは判らない。上手くゴリラから逃げてくれれば良いのだが。


 「ありがとう。だいたい分った。」

 「どこに向かったのでしょうか? この山脈では同じようにゴリラの襲撃を受けるでしょう。」

 「そうだな。たぶん、西だと思う。海岸から5km程離れた場所に島があった筈だ。そこを目指したんだと思うが、海も危険な奴が多いから果たして辿り着けたかどうかは分らないな。まして、その地で生活を維持する事が出来たかは後で科学衛星の画像で確認してみよう。」


 廃棄された基地には目ぼしい物は無い。俺達は地上に上がると、南を目指して歩き始めた。

 

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