M-078 命名は早いもん勝ち
ラプラドル半島へとのんびりハドソン湾の氷原を歩いていた時に、明人達から連絡が入った。
とりあえず休憩を取ってメールの中身を確認してみる。
何んと、歪みの破壊は核を使うのか。20kt位なら、この地には一杯ありそうだ。
たぶん、平原部のサイロに行けば適当なのが見つかるだろう。
「マスター、明人様はICBMから抜きだそうとしてますね。」
「多弾頭ミサイルなら、その1個は20kt位だろう。」
「ですが、Puを使用していた場合は、半減期の関係で劣化しているはずですよ。」
…確かに。
フラウからお茶のカップを受け取りながら確信した。
最後の大戦から2千年以上経っているならPuは先ず無理だ。となればUを使用した核爆弾となるが、あれって初期に作られただけで量産はされなかった筈だ。
それがありそうな場所は…。
「クリャリンスクだ。そこに無ければちょっと問題だな。フラウ。メールを作成してくれ。内容は……。」
『…歪みの除去に核を使うのは理解した。俺もロスアラモスを目指す事にする。 明人は理解しているか疑問だが、問題が2つあるぞ。 1つは、Puを使った弾頭はたぶん使用出来ない筈だ。半減期が短いから他の同位体に変わって、本来のPu239の量が変化している筈だ。そしてその変化によって生じた元素は中性子吸収体として分裂を抑制する物もある。それに、もし弾頭が破壊されていたら、Puの毒性は青酸カリより高いぞ。極めて高い放射線を放つ物質だから、ICBMの弾頭を抜取るという事は止めといた方が良い。 そして、問題の1つがそれに変わる物質だ。U235を使った核爆弾を見つけろ。 アメリカの最初の爆弾で、ソ連も同じ物を使っている。何故廃れたかは、後でゆっくり説明してやるが、威力的にはお前が望む程度の物がある筈だ。 U235の半減期は極めて長い。2千年程度で組成にそれ程の変化は無いだろう。 俺達が軍の基地を目指さずに、研究所を目指すのはその為だ。明人も、旧世界のクリャリンスクを目指せ。そこにロシア最大の秘密地下研究所がある筈だ。』
「メール文作成終了です。送信しますか?」
「あぁ、送ってくれ。そして俺達もロスアラモスを目指すぞ。」
「送信終了しました。ロスアラモスですか? 距離がありますよ。」
「それでも、歪までの距離の半分ぐらいだろ。たぶんそこにあるはずなんだが、無いとなればちょっと考えなくちゃならないな。」
直線距離で3千km位かな。このまま東海岸を進んで途中からロッキー山脈を目指すか。
東海岸には海軍基地があったはずだから、その辺を家捜ししてみるのも面白そうだ。
「フラウ。東海岸沿いで、地殻変動を免れた海軍基地はあるか?」
「調査します。………東海岸の殆どが著しく侵食されています。かなり大規模な津波が発生した痕跡と推測します。一箇所だけ隆起した地域に海軍基地がありますが、そこへ寄ってみますか?」
「あぁ、行ってみよう。」
日本が沈んだ位の地殻変動だ。海岸地帯の基地は確かに壊滅してるな。だが、隆起したとなると少しは話が違ってくるかもしれない。
たぶん名も無い基地なんだろうけど…。幾ら土地が広いからと言って、あっちこっちに基地を作っているような気がするぞ。
上の連中はそんな基地を覚えてるのか疑問だな。何か、大きな作戦ごとに新しく基地を作ったんじゃないか?
カップをフラウに渡すと、ポットの残りのお湯でサッとカップを洗い流してバッグの袋に仕舞い込む。
それが終ったのを見て焚火の傍から立ち上がると、フラウが焚火を氷上に足で散らした。
互いに頷き合うと俺達は進路を南に変えて歩き始めた。
このまま進めば5大湖だが、今は一つの大きな湖だ。その湖岸に沿って歩けば東海岸に出られる。
5日程歩くと、氷原が雪原に変わって針葉樹林の森が俺達の前に現れた。
その森の入口で焚火を作る。
久しぶりのスープの塩味が心地よい。何ヶ月振りかだ。
「冬ですから生体反応は僅かです。たぶん小動物は冬眠しているのでしょう。ユニコーンの反応が南西でありましたが、直ぐに消えました。」
「そうだな。まだ気温は-5℃位だ。春にはまだ早い。」
問題は、核爆弾の運搬手段だ。何とか、車位は調達できないかな。
「フラウ。俺達2人で運搬できる重量ってどれ位だ?」
「そうですね。300kg位は何とかなると思います。」
やはり1tは無理か…。
U核爆弾を見つけて、その運搬手段を確保して…。
意外と色々考えなくちゃならないみたいだ。
明人の方は、イオンクラフトを手に入れているから、それで運搬する事は出来るだろう。歪の座標を指示して誘導する事ぐらいはバビロンとユグドラシルの連中が協力してくれる筈だ。
だが、問題は俺の方にある。
こっちは、俺とフラウのみ。他者の協力を依頼する事は不可能だ。まぁ、科学衛星からの画像だけでもありがたく思わなければなるまい。
「フラウ…。俺達で機械を作ることは可能だろうか?」
「作ろうとする物と入手できる資材に左右されます。資材さえあればこれより強力な武器を作る事も出来ますが?」
「いや、武器ではなくて運搬手段だ。約2t程度を運搬する手段が無いと俺達の遠征が無駄になる。」
「ならば、簡易な反重力場発生装置とイオンクラフトの併用で可能な筈です。問題は資材ですね。銅、アルミ、珪素、それにレアメタルが必要になります。」
ん? …材料で良いのか。製品を必要としないのか?
「たぶん軍の基地にあると思うが、原料で良いのか?」
「材料で十分です。組み上げるために必要な製品とする為に時間は必要ですが、反重力アシストによるイオンクラフトを作ることは可能です。約1年程度は期間が掛かると思いますが…。」
十分だ。明人達も何か始めるみたいだしな。俺達と連動した作戦が出来るのはしばらく先になるだろう。
「となれば、ロスアラモスで核爆弾を探した後でイオンクラフトを組み立てる事になりそうだな。上手く行けば、ロスアラモスで材料が見つかるかも知れない。」
休息は俺達に意味は無いが、水を補給して重水素の備蓄を増やすには役に立つ。
数杯のお茶で俺達の活動限界時間は80時間程増加して、トータル400時間を越えた。
そして、俺達は針葉樹林の中を進む。
雪が深いけれど、体重を反重力制御で五分の一程度に削減すれば、足が深く潜る事もない。靴底に30cm程の長さの枝を3本、革紐でスキーのようにして結んでいるのも効果があるみたいだ。身長程の杖をストック代わりに使って歩けば、1時間に2kmは進むことが出来る。
「10時方向、1300に生体反応。大型です。」
「こちらに気付いているか?」
「いえ、別な何かを狙っているようですね。」
ヘッドディスプレイの進行方向からやや左前方に強い輝点がある。俺に分るのはそれまでだが赤くなっていないから敵対反応までは至っていないようだ。
このまま進めば、1km以内に近付く事になりそうだからその時にどんな奴か見てみよう。
自動小銃の残弾は40発位だから余り使う事になるのは避けたいものだ。
10分程歩いたろうか、突然針葉樹林に獣のけたたましい叫びと断末魔の悲鳴が響き渡る。
「先ほどの獣の狩りが成功したようです。10時方向、距離900付近です。」
フラウの告げた方向に双眼鏡の視点を合わせる。
距離が少し遠いが、狩りを行なった獣の姿をはっきりと見る事が出来た。
灰色の毛皮に覆われた毛虫としか表現出来ない姿だが、獲物を咀嚼している頭は狼の痕跡が残っている。しかし、その胴体は異様に長く、少なくとも10本以上の足があるぞ。
「狼から変異した獣のようですね。狼は群れで狩りを行ないますが、あの変異体は単独で狩りを行なうようです。獲物はユニコーンのようですから、少なくとも体長は5mを超えています。」
尻尾を入れれば7m位になるんじゃないかな。
あんなのに襲われたら、人間なら成す術も無いだろう。さて、個体名称を何と付けるか…。
「ウルフワームと命名して、ライブラリに加えます。」
先にフラウに付けられてしまった。ツチノコ狼というロマンチックな名前を思い付いたのに…。
まぁ、こういうのは早いもん勝ちだからな。次ぎは俺も頑張らないと。
針葉樹林の森は結構な広さはあるようだ。湖の岸辺に出たのはそれから2日後だった。
湖は氷結しているが、気温が-5℃程度だと渡るのはちょっと危険かも知れない。
まるで対岸が見えない湖の中心部は凍っていない可能性もある。
ここは、当初の予定通りに湖岸を東に進み事にした。
たまに町の残骸に出会う事もあるが、殆どは朽ち果てて赤錆びた鉄骨が剥き出された姿でそれと分る程度だ。2千年以上の風化がその姿を土に返そうとしている。厳しい自然環境がそれを少し遅らせているみたいだ。
10日程歩いて東海岸に出た。
海岸から望む海は、遠くに流氷の白い姿が見える。海岸の砂には細かなガラスが見られた。これも都市の残骸と見るべきだろう。アメリカの東海岸は都市化が進んでいた筈だが、ここにはその残骸すら見ることが出来ない。
地殻変動で海の底に沈んでしまったのかも知れないな。
俺達の南には巨大湖から流れる大河が横たわっている。上手い事に現在は冬季だから水量が少なく川岸は結氷している。川幅は約2km程度だから、反重力制御で上空に上がり、重力傾斜を使って河を飛び越える。
夏季は水量が増えて3kmを越える広さになるのだろう。川岸の段丘がそれを俺達に教えてくれる。
「ここから目標とする海軍基地まで800km位です。10日位で到着出来るでしょう。」
「これから少しずつ気温が上昇する。獣の動きも活発になる筈だ。生体探知と動体探知は確実にな。」
「了解です。」
俺達は、海岸伝いに南を目指す。
5日程は何事も無く歩みを進める事が出来た。
そして流木で焚火をしながらお茶を飲んでいる時、偶然海を見ていた俺は遥か彼方に巨大な島が浮上したのを目撃してしまった。
「何だ! 島が浮上したぞ。」
「距離約2500、何かは分かりません。」
俺の指差す方向を凝視してフラウが呟いた。
距離が離れすぎているから分析は出来ないみたいだ。ゆっくりと俺達の方向に近付いて来るようにも見える。
急いで、お茶を片付けて様子を見る事にした。
活動限界時間は300時間を超えている。ここで休息を止めても10日は困る事はない筈だ。
やはり近付いて来る。双眼鏡でその姿を見ると、島と言うよりは生物の体表面の一部のようだ。と言っても、フジツボのような小さな貝がびっしりと表面を覆っており、一部には海草も生えている。
そして、唐突に頭を持ち上げた。
大きなワニのような頭の口には長い口先を持った巨大な魚が咥えられていた。
その魚の尾には数本の触手のような物が絡みついている。
古代の海竜のような姿だが、海竜には触手は無かったぞ。そしてあいつは何から進化したんだろう。
「シーデビルで良いな?」
「ライブラリへの登録をシーデビルで完了しました。」
少しは、俺だって命名したいからな。でも、それにしても大きいな。シロナガスの倍はあるぞ。