M-077 旧アラスカ国境の基地
河口から200kmは歩いたろう。
厳冬季の氷結した河は、確かに冬のハイウエイという所だ。バイクでもあればさぞや楽しめたるだろう。
そんな平らな氷の上を歩いていくのは楽なはずなのだが、生憎とそうではなかった。
至る所にグリズリーがいるのだ。
雪の下の少しばかりの草やコケを求めて、ユニコーンが山々を群れで移動する。それをグリズリーは狩るようなのだ。当然見晴らしが良い場所に陣取る事になるのだが、その条件に適した場所がこの河の上らしい。
おかげで、数km毎に、グリズリーを数頭見掛ける。
襲ってこなければ、無駄な殺生はしないのだが、生憎と極めて好戦的だ。
自動小銃を撃って対応してたら、何時の間にかマガジンが残り1個になってしまった。確か後20発は銃に装着したマガジンに残っている筈だから、少しセーブしながら使おう。せっかく手に入れた銃だからな。
タァーン!
フラウの撃った自動小銃でグルズリーが眉間を打ち抜かれて倒れる。直ぐに数頭がその亡骸を奪い合い、引きちぎって食べ始めた。
俺ではフラウのように1発で倒すのはちょっと無理だな。頭に当てる事は出来るのだが、即死させる確率はかなり低い。そんな訳で無駄弾を沢山撃ってるみたいだ。フラウの持っているマガジンは2つあるのも、無駄弾をそれだけ撃たないからかもしれない。
そんな訳で、グリズリーの始末はフラウに頼み、俺達は周囲を見ながら凍った河を上流へと歩いて行く。
「あれもグリズリーでしょうか?」
フラウが2km程先に見える黒い陰を指差した。
双眼鏡を取り出してその姿を視野に納める。
そこにいたのは、グリズリーの皮を被ったゴリラのような奴だった。例のサル達だな。石の穂先の槍を小脇に抱えている3人の姿が見て取れる。
「ゴリラのハンターだ。狙いはユニコーンだろう。少し遠巻きに進むぞ。」
「了解です。それ程知性があるとは思えなかったのですが、初期の人類に近い知能はありそうですね。」
寒さを防ぐ為に毛皮をまとい、そして腕の延長である武器を作る。まして、さっきの姿はグリズリーのテリトリーに入るためにグリズリーの毛皮を被って擬態している。それを考える事が出来るという事だけでも知性がかなり高い事が分かる。
何れ、部族を作ってそれを国にするのかもしれないな。
河は右方向に大きく蛇行している。あの尾根を迂回している形だな。距離は約5km程だ。
「フラウ。あの尾根を越える。」
「了解しました。先行します。」
そう言うと、フラウの体が浮かび始めた。俺も急いで重力制御を開始する。
重力傾斜を右方向に傾けて上空を飛行する。精々数kmの飛行だが、尾根には余裕で到達出来た。
500m程の標高はあるのだろう。周囲の光景が良く見える。
河にそって黒い点々は集まっているのは、グリズリー達だな。そして上流は大きな山脈の中に入っていく。
そして、グリズリーが群れるのもこの辺りまでのようだ。そもそもユニコーンの移動経路は森や林に限定されるのだろう。
「あそこまで飛べばのんびり河を歩けそうだぞ。」
「そうですね。そして、目的地まで残り400kmです。」
とは言うものの、それは直線距離だよな。河は尾根を廻っているから、どう考えてもその3倍以上はありそうだ。
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◇
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尾根に隠れるようにして焚火を作り、のんびりとお茶を飲む。
基地が見えるまでの距離に来たものの、予想外の事態が生じた。基地跡にサル達が集落を作っているのだ。
種族的にはゴリラより少し小柄な体形をしている。どんな姿と聞かれたら原始人のような奴と答えられる位、博物館の模型に似ているぞ。クロマニュンと言うよりは、ネアンデルタールと答えられそうだ。
「やはり、部族間の争いは絶えないようです。」
偵察に出掛けたフラウが教えてくれる。
周囲を囲った木製の頑丈そうな柵には至る所に同族の骨と思わしき物が飾られているそうだ。人肉食をするのだろうか?
確かに獲物が少ない場所だ。人間も狩るのであれば、それを食する事もあるだろう。
「入口は?」
「村の中に開いている洞穴に金属反応がありました。その中だと思いますが、どうやら彼らの聖域のようで色んな物が飾れれてました。」
「洞窟の直径は?」
「約3mです。」
ならば、一気に飛んで洞窟の中に入れそうだな。神聖な場所なら、近づく者もいないだろう。
「夜間、ギリギリまで集落に近付いて上空から洞窟に入ると言う事で何とかならないかな。」
「それなら、問題はないでしょう。今夜の月が沈むのは3時頃になります。」
せっかく来たんだから、一度は中に入ってみないとね。俺達に役立つものがあるかもしれない。出来ればブーツと手袋が欲しいぞ。
そんな、自分に都合の良い事を考えながら夜を待つ。
チビチビと飲んでいるお茶で活動時間は400時間を越えている。調査には十分な時間だな。
日が暮れてから稜線に顔を出し集落を双眼鏡で覗く。距離は約3km程だから、集落の様子が良く見える。
どうやら、狩りを終えて帰って来た者達がいるらしい。分配去れた獲物を木の枝に刺して、盛大な焚火にかざして焼いて食べているようだ。
獲物の種類までは分からないが、結構な大物みたいだぞ。
「今夜は宴会らしいな。」
「狩が無事に終ったんでしょう。獲物も多かったに違いありません。」
獲物が多い少ないで喜怒哀楽があるのは原始的だが人間の本能に近い思いに違いない。獲物が多ければ喜び笑いあう。中々幸せな感じもするぞ。
焚火の回りで騒ぎまわる光景が深夜まで続いたけれど、流石に2時を回ると静かなものだ。それでも焚火の周りには不寝番であろうと思われる人影が動いている。
「そろそろ良いみたいですよ。」
「そうだな。先ずは上空から接近して、急降下で洞穴に入る。それで良いな。」
俺の言葉にフラウが頷いた。
この旅を通して、自分が一番変わった事と言えば、重力制御に精通した事だろう。最初は数百mがやっとだったが、この頃は数kmまで飛べるようになってきた。確かに鳥のようにとはいかないが、その内、スーパーマンみたいになれるに違いない。
上空を静かに移動して、洞窟周辺に誰もいないことを生体探知で確認する。そして、重力傾斜を操り、一気に洞窟へと俺達は入って行った。
額のLEDを点灯して、視野を暗視モードに変更する。
周囲がモノトーンの世界に変貌して俺達にその姿を見せてくれた。
そこにあるのはおびただしい人骨だ。すべて頭蓋骨の一部に大きな穴が開いている。
やはり、人肉食をする部族のようだ。この骨はその狩りの犠牲者なのだろう。
一箇所に集めて、聖域化していることは、タタリでも恐れているのだろうか?
「奥に続いています。先を急ぎましょう。」
「そうだな。」
フラウに続いて俺も奥に歩き出す。
周囲の壁には鑿で削った跡がある。やはり、この洞窟は人工的に作られたものだ。
奥に進むにつれ人骨が無くなってきた。壁面には訳の分からない抽象画のようなものが描かれている。天井が煤けている所を見ると、彼らは洞窟の奥にまで行く事があるらしい。
「気温上昇。現在10℃まで上昇しています。」
「未だ基地の動力源が生きているのか?」
俺の言葉にフラウが首を振る。
少なくとも小さな基地だから原子力を動力にしていたとは思えない。となんれば気温上昇の理由は何だ?
10分程歩くと捻れて転がった扉の向うに通路が続いていた。
天井の明かりは点かないから動力は失われているようだな。それに天井の煤が気になるな。原始人達はかなりの頻度で此処を訪れているらしい。
通路にある扉の一つを開けると、その理由が分かった。
どうやらここでキノコを栽培しているらしい。
狩りの獲物が何時もあるとは限らないから、これも生存を保つ一つの方法だろう。
マッシュルームに良く似ているけど、大きさが10倍程のキノコが原木に生えている。
そんな原木が部屋の中にキチンと列を作っている。
次の部屋も同じようにキノコの栽培地だ。
だが、この熱は何処から来るのだろう?
「マスター。前方で通路がなくなっています。気温40℃まで上昇しています。」
フラウの言うとおり前方の穴で通路が終っている。
そして、その終わりまで通路の天井は煤が付いている。
通路の最後まで歩いて穴を覗いてみる。深く切れ込んだ穴はまるで底が見えない。
そして、切れ込みに数体の遺体が見えた。
どうやら、この穴は生贄を捧げる穴のようだ。深い奥から熱風が上がってくる。この熱風を使ってキノコを栽培する事で、あの部族は周囲の部族より一段進んだ文化を持っているようだ。そして大地への感謝を生贄として捧げているのだろう。
かなり野蛮だが、宗教の最初の姿かも知れないな。
「どうやら、役に立ちそうも無いな。」
「そうなると、次ぎはカナダの大西洋側になります。此処からだと約1,200km南東になります。」
「それなら、少しは氷の世界から開放されるかも知れないな。」
さて、帰ろうとして、現在の時刻に気が付いた。時間は朝の9時頃だ。今出ると、集落が大騒ぎだろう。少し時間を潰して夜を待って出ようか。
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今度は尾根越えが連続して続く。
歩くのも面倒なので重力制御で一つ一つ尾根を制覇していく。
この山脈は東西に伸びているようだ。南東に進むから結構な数の尾根を越えてきたぞ。
5日程そんな行軍をすると、前方に大きな白い平原が現れた。
「どうやらハドソン湾に着たみたいだな。確かラプラドル半島の山間部だからこの湾に沿って歩けば良いはずだ。」
「そうですね。次の基地まで残り600km程です。方向はこのままで。」
どうやら、ハドソン湾を横断する事になりそうだな。まぁ、気温が-10℃近くで安定しているから海に落ちる事は無いだろう。
ハドソン湾の氷原に立って南東を見るが、白い地平線が見えるだけだ。
また、海を渡るのか…。そんな思いを浮かべながらひたすら氷原を南東に向かって歩いて行く。此処には変な生物はいないよな。
そう思いながらも周囲を見ると、ちょっとした雪の吹き溜まりもクラゲの化け物に見えてしまう。
フラウの生体探知を信頼して隣を歩いていこう。