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M-075 氷原を越えて

 


 バビロンの科学衛星から送られる画像を見ながらフラウと焚火を囲む。

 ベーリング海の激しい潮の流れが作る大渦の音がこの岬にまで聞こえて来る。


 「だいぶ氷が岸に近付きましたね。」

 「あぁ、だがそれでも1kmは先だ。それに、この海流では海峡が結氷する事は期待出来ないな。結氷した場所から氷原を歩いて北米大陸に進むしか無さそうだ。」


 「となれば、この辺りからですか? ベーリング海近傍は避けた方が良いように思えます。」


 フラウがヘッドディスプレイに浮かぶ北極海の氷原に進むコースを描いてくれた。

 レナ川までの半分ほどを西に移動して北極海を進む形だな。極点近くまで接近する事はないが、それでも生身の体では困難な旅だろう。推定距離は2,000kmか。一ヶ月近く歩く事になる。

 途中で、水を補給する事になるが、果たして氷の上で焚火が出来るのだろうか?

 

 「コースはこれで良いだろう。少し戻る事になるな。そして、最後の森でソリを作ろう。ソリに薪を積んでおけば氷原でお茶を飲むぐらいは出来るだろう。それが出来ない場合は早めに戻ればエナジー切れを起す事も無い筈だ。」

 「ですね。周囲には氷がありますから焚火が出来さえすれば問題はない筈です。」


 余り待つのも俺の趣味じゃない。

 早速、西に向かって歩き出す。所々に小さな森がある。これが大地を一面の針葉樹林に変えるまでにどれ位の時が必要なのか。

 確か、酸素循環の一役を担っていた筈だ。

 一度は全て無くなったのだろう。あの杉に似た植物も遺伝子変異の影響を受けているのだろうな。

 

 5日程歩いた場所がフラウの作成し北米ルートの出発点だ。

 早速、近くの立木を伐採してソリを作る。

 俺とフラウで曳けば、少しぐらい荷が多くても何とかなるだろう。


 横幅1m、長さ2mのソリに太い丸太と薪を大量に積んでロープで固定する。5m程の引き綱を作ったからこれで、後は結氷待ちだな。

 

 後は、俺達のエナジーを補給すれば良い。500時間が最大値らしいから、殆ど満タンにまで補給しておく。

 一応水筒に水は持って行くが、量は8割程度だ。どう考えても凍ってしまう。魔法の袋に入っている間は大丈夫だと思うが、出した途端に凍りだしたら厄介だからな。全て凍るものとして措置しておく。


 北極海から吹き付ける風を数本の立木の陰でやり過ごして、焚火を囲みのんびりと時を過ごす。

 俺は、例のRPGを楽しみ、フラウは剣を研ぐ。

 冷たい北風の中、剣を研ぐ音だけが聞こえる。…寂しい音だ。

 夜になると、星空にオーロラが広がる。

 一度は見てみたいものの筆頭だったオーロラは、幻想的な光りの帯を俺達に見せてくれる。

 何時まで見ていてても飽きない不思議な現象だよな。

               ・

               ◇

               ・


 一月程海辺に滞在すると、ようやく岸辺まで氷が覆われた。まだうねりに合わせて氷が動いているからもう少し待たねばいけないようだ。

 そして、10日が過ぎたとき、氷の動きが止まった事を確認した俺達はソリを曳きながら北極海の氷原を歩き始めた。


 岸辺から20km程はゴツゴツした氷だったが北に向かうにつれて平原のように平になっていく。

 それでも、ちょっとした氷の起伏で吹き溜まりのように雪が積もり凍っているばしょもある。

 アクトラス山脈を越えた時のように、靴底の鋲に鋲を溶接して簡単なアイゼンを作っているから、氷に滑る事もない。

 杖も両端部分は鉄で覆っているから十分に雪原で役に立つ。

 比較的順調に数日が過ぎて行った。


 そして、活動限界が300時間を切った時、ちょっとした雪原の丘を風除けにして、焚火を作る。

 太い薪を雪原に敷いてその上で焚火だ。別にお湯を作る必要はない。氷を溶かして水が得られれば良いのだ。

 ポットに周辺の雪や氷を詰めて、三脚に吊るす。

 風は今の所弱いから直ぐにポットの氷は融けるだろう。


 やがて、氷が融けるとポットにお茶の葉を入れる。

 沸騰するまで待つ事も無く、20分程過ぎたところで、カップに注いだお茶を2人で飲み始めた。


 「何とかなるもんだな。」

 「はい。次ぎは200時間を過ぎた頃に補給しましょう。それが済めば北米大陸に着くと思います。」


 都合、ポットに3杯程のお茶を2人で飲むと、雪で焚火を消してソリに残った薪を積み込む。

 この先、薪の補給が出来ないから無駄には出来ない。

 

 それにしても、マイナス20℃は半端じゃないな。

 この極寒の雪原に生物は存在しないんじゃないか。俺の時代には北極熊やアザラシなどがいた筈だが、岸を離れて10日程経っても、生体反応は全く無い。

 寒さに特化した生物への進化は、もっと時間が掛かるのかも知れないな。


 地吹雪は突然やってくる。

 そんな時はソリの風下に退避してひたすら風が止むのを待つしかない。

 地吹雪は長いものでは2日間も続いたが、大概は1日で収まる。

 雪の下から這い出して、ソリを引きずりだすと、東へと歩き始める。


 俺達の活動時間が200時間を切った時は、コースの終わりごろだった。後500kmも無い。

 残った薪をソリの上で燃やしてポットで氷を融かす。

 たっぷりとお茶を飲んでほぼ限界まで活動時間を延ばしていく。


 「これで、残りの距離は踏破出来ます。あと10日は掛からないと思います。」

 「そうだな。いよいよ別の大陸だ。どんな生物がいるかも楽しみだね」


 そんな事を言いながら、残り少ないタバコを箱から取り出す。後数本だな。そしたら最後の箱になるが、北米で手に入れられればありがたいものだ。


 ソリに乗せた薪が燃え落ちて雪原に落ちる。

 そろそろ俺達も出発だな。フラウがポットを片付けて立ち上がる。

 俺も杖を掴んで立ち上がろうとした時だ。

 ゴゴゴ…という音を立てて雪原が盛り上がり始めた。

 フラウと俺は急いで重力傾斜を上空に向けて飛び上がる。

 200m程上昇したところで、さっきまでいた雪原を見ると、ドーム状に何かが盛り上がっている直径は優に100mはあるだろう。


 「何だ?」

 「生物のようですが、殆ど生命反応がありません。極めて原始的な生物の集合体…、たぶん巨大な群体生物と推察します。」


 クラゲだというのか?

 群体生物の代表格がクラゲだが、こんなに大きなクラゲっているんだな。だとしたら、餌は何なんだ?

 

 そんな事を考えていると、ドームが少しずつ沈んでいく。俺達の足元にはポッカリと丸い穴が氷原に開いた。

 その穴の中に何かが跳ねている。

 光りを求めて、魚が集まってきたのだろう。

 

 そして、それを餌にする獣が海面に姿を現す。

 アザラシのようにも見えるが、首が異様に長い。3m程の体長の三分の一が首に見える。そして、背中と腹に付いた鰭で器用に海中を泳ぎ回るようだ。流線型の体には鰓まで着いているぞ。

 ある意味両生類だな。


 突然海中から槍が飛び出し、水面近くで餌を捕らえていたアザラシモドキを刺し貫く。その槍はもがいているアザラシを槍先に差したまま、海中へと沈んでいった。


 「先ほどの群体生物の仕業だと思います。やはり海中の生物にも遺伝子改変の波は押し寄せていたようです。」

 「そうだな。少し離れた場所に下りて、先を急ごう。」


 その場で数枚の写真を取って俺の後をフラウが飛んでくる。

 1km程離れた場所に下りて、今度は慎重に歩き始めた。

 何時先程のクラゲが現れるか分らない。北極海も陸地同様、危険な場所のようだ。


 そして、遂に俺達は北米大陸に足を乗せた。

 これからは、ひたすら南に歩けば良い事になる。

 早速針葉樹の森に入ると焚火を始めた。

 活動限界は200時間以上残っているが、早めに回復しておくのに越した事は無い。

 

 「真直ぐ、歪に向かいますか?」

 「少し、アメリカを見てみよう。俺達の時代には大国だった。コロニーも幾つか作られているだろう。狙い目は米軍の基地だな。西の大山脈と東岸の山脈地帯の基地を幾つか拾ってくれ。そして、現在の地形図で比較的影響を受けなかった場所を見に行ってみよう。」


 お茶を飲んでいた俺の脳裏のヘッドディスプレイに、俺の知る大陸が現れ次に現在の大陸が重なる。

 流石、大国だけあってその被害も甚大だな。ロッキー山脈がずたずただぞ。

 そして、やはり火山になったか。イエローストンは大型の火山と言われていたからな。

 新たな山脈は、砂漠地帯から延びているようだ。

 

 そして一番の変化はカリブ海が無くなっている。

 荒れた平原になっているぞ。南米には楽に行けそうな気がするな。


 「数箇所の基地が残っているかも知れません。」

 

 新たな輝点がディスプレイに現れた。

 一番近い所は、カナダとの国境近くだな。ユーコン河の源流に近いところだ。今も周辺の山に変化は無さそうだから、少しは期待出来そうだ。


 頭上にはオーロラが爆発したように輝いている。

 今夜はここで星空を眺めながらゆっくりするのも良いだろう。


 「明日の早朝にここを発つ。目標は、この基地だ。」

 「了解です。ここへは、このように行きましょう。」


 ディスプレイの輝点にコースが描かれる。

 新たな楽しみを覚えたな。これだと北に広がる山脈を太平洋側へ抜けるように迂回するんだな。そして国境地帯の山脈の切れ目から東に向う事になる。

 3倍以上遠回りになりそうだが、それだけ楽しめるという事だ。


 「明人達は海の向うにいるんだよな。」

 「えぇ、1万kmは離れている筈です。旅立って2年か、何をしているんだか。」


 「きっと、女の子に囲まれてうろたえてますよ。」

 「確かにな。正義感は人一倍だ。そして強くもある。だが、意外と気が弱いんだよな。」


 たぶん、ギルドで見掛けたあの嬢ちゃん達に振り回されてるんだろう。

 そんな光景がまざまざと脳裏に浮かんでくる。

 苦笑いをしながら、タバコに火を点ける俺を、フラウが不思議そうな顔をして見ていた。

 

 まぁ、明人の事だ。自然に寄ってくっる。それがあいつの良いところだと俺は思うぞ。そして、奴がどうしようもない時には、その傍に寄り添う美月さんが適切に処理してくれる。

 正に才媛だよな。誰もがそれを認め、同性達は憧れ、俺達異性は何とか彼女にしたいと思うのだが、その前にナイトである明人がいるんだ。

 俺は早くに諦めて、明人の友人の1人として見ていたから、そんな連中の行動を面白く見ることが出来た。

 それも、遠い過去の事だと思うと、ちょっと寂しくもある。

 まぁ、女友達が1人もいなかった俺に、こうしてフラウが付き合ってくれるんだから、世の中何が起こるか分らないよな。

 

 また夜空にオーロラが爆発した。周囲の景色まで色が染まって見えるようだ。

 フラウもその光景に顔を上げて空を見ている。カメラで撮影しようとしているが、ちゃんと撮れるのだろうか?

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