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M-072 旅の必需品は水

 


 コンロンから真直ぐに東に向かう。そこは中国の大地だ。10億人以上がかつて暮らしていた土地なんだが、今はグランドキャニオンのように大地が割れている。

 超磁力兵器による地殻変動によるものだとは理解出来るが、凄まじい光景だな。

 暮らしていた人達は一瞬でこの変動に飲み込まれたんだろう。苦しまずに亡くなったと思いたいものだ。


 「ハーピィ達が相変わらず付いて来ます。」

 「この起伏が激しい所ではあんな姿が良いんだろうな。襲って来なければ放っておこう。この大地で生きているんだ。俺達が余所者だ。」

 

 遠くの空に小さく点々と舞っているのがハーピィなんだろう。俺達に蹴散らされてからは襲ってこない。それでも、遠くから狙っているように俺達に付いて来る。

 この起伏の激しい大地ではあのような姿に変異しても違和感はないな。

 たぶん、変異の過程で自らを更に変異させた者達がいたのだろう。人間は本来地に立つ生物だ。その2次元世界から解放された者達を変異と呼ぶには気の毒に思える。ある意味、新しい人間なのだ。

 だが、その変異の過程で知能を退化させてしまったらしい。

 それが残っていれば、大空の覇者として君臨していたかも知れないな。


 「それにしても歩き辛い台地だな。」

 「自然による侵食が余り無いようです。たぶん大気循環の仕組みが変わったのかも知れません。」

 「水が無ければ厄介だぞ。」

 「後、3ℓはあります。2人で120時間は大丈夫です。」

 

 ヘッドディスプレイの活動時間の残りは260時間程ある。2週間程は持つという事になるな。

 元々、中国大陸は乾燥地帯だ。大河はあるが、その流れが大地を削っているから濁りが酷い。少し、北を目指そうか?

 確かロシアとの国境地帯は湖沼があった筈だ。


 「フラウ、少し北に進路を変えるぞ。このまま行っても、この大地では時間が掛かるばかりだ。」

 「了解です。具体的な次の目的地を教えてください。」

 「そうだな。前の世界のレナ川を目指そう。シベリアの森林地帯だ。ここよりは歩き易いと思うよ。」


 「座標確認しました。旧世界の地形では2,000km程離れています。途中に砂漠がありますよ。」

 「確かゴビ砂漠だろう。今も砂漠かは分からないけどね。」


 俺の言葉に頷くとフラウが左に少し向きを変えて歩き出す。

 かなり地形が変わってるからな。砂漠が山に、山が平原になっているかもしれない。だが、ベーリング海峡を渡るにはユーラシア大陸の北東部に行かなければならないのは確かだ。

 どこで方向を変えるかは俺達次第。まぁ、水を求めて動く事で良いんじゃないかな。

 

 数日程歩き通したところで、休憩を取る。

 何時の間に低地に下りてきたようだ。と言っても、標高は1,500m程あるのだが起伏がない台地と低木の林が疎らにあるような場所だ。

 小指程にしか育たない低木の枝を集めて焚火を作る。

 ポットに1ℓの水を入れてフラウがお茶の準備を始めた。そんな光景を見ながら、残り少なくなったタバコを取り出して火を点ける。

 どうやら、これで3箱頂いてきたタバコの1箱が無くなった。新しくバッグから1箱取り出してポケットに入れると、無くなったタバコの箱を焚火に投げ入れる。

 もうちょっと頂いてくれば良かったかな?


 シェラカップに2杯半、活動時間が40時間増える。ヘッドディスプレイの活動時間はようやく200時間を越えた。


 「ちょっと先が心配だな。周囲の獣も見掛けない。速度を上げるか?」

 フラウにそう告げて腰を上げる。暇に開かせて掘った穴に焚火の残骸を入れて、北東に進路を取って歩き出す。


 やっと、荒地を流れる川を見付けたのは、それから1週間が過ぎていた。

 残りの水筒は2ℓが後1個となっていた。

 早速、焚火を作って、久しぶりのスープを作る。

 フラウが調理をする間に、たっぷりと水筒に水を入れて置く。モスレム王国を立つ時には2ℓの水筒2個と0.6ℓが2個だったが、途中のコロニーで1ℓサイズを1個手に入れたから全部で5個の水筒がある。

 

 焚火に戻るとフラウと水筒を分けてバッグの袋に詰める。2ℓサイズの水筒2本はフラウが持って1ℓは俺のバッグだ。まぁ、予備と言う事なのかな。

 0.6ℓサイズの小さな水筒は各々腰に下げる。

 

 「出来ました。スープを飲むのは久しぶりですね。」

 「そうだな。魔法の袋は保存が利くと聞いた。たまに飲むならだいぶ先まで持つんじゃないか。」

 そんな事を言って、フラウが渡してくれたシェラカップのスープを先割れスプーンで具を頂きながら飲み始めた。

 久しぶりに塩気のある物を食べるから、美味く感じる。まぁ、フラウが料理上手なのかもしれないけどね。


 2杯のスープを飲み終えると、今度はお茶の時間だ。

 時間を掛けて、のんびり飲むとヘッドディスプレイの稼動時間がどんどん増えていく。

 

 「俺達の水分補給量に最大値ってあるのか?」

 「500時間が最大値です。2割程は更に蓄えられます。現在、200時間を目安に水分補給を行なっていますが、400時間以上に上げておくべきかと思います。」


 気が付かなかったな。水から抽出する重水素を使って重力制御下での核融合が俺達のエナジーとなるらしい。水の中に含まれる重水素の量は極僅かだから、俺達が幾ら水を飲んでも多孔金属体に蓄えられる重水素の量はタカが知れている。そして余分な水分は水蒸気となって対表面から発散していくのだ。

 その多孔金属体を半分程度の蓄積量で俺達は行動していたらしい。


 「そうだな。獣もいないことだし、のんびりお茶を飲もう。」

 そう言ってポットからシェラカップにお茶を注ぐ。

 満天の星空の下で、焚火をフラウと囲んでお茶を飲むのもワイルドな感じだな。

 となれば、タバコが必要か。

 ポケットから1本抜き出して火を点ける。


 フラウは久しぶりに剣を研ぎだした。

 まぁ、趣味なんだろうな。常に切れ味は最高だから文句は言わないけど、この旅が終る頃には長剣が短剣になりそうだぞ。


 のんびりお茶を飲みながら、ヘッドディスプレイの稼働時間を確認する。

 400時間を越えたのは次の日の朝だった。


 出発する前に、フラウが上空に上がって周囲の状況を確認する。

 どうやら、北東に小さな沼が点在しているらしい。

 水があるのは何となく安心出来る。

 

 重力制御で体を浮かし、重力傾斜を利用して、数百m程の距離を弾むように移動する。

 荒地は何時しか湿原に変化し、小さな沼があちこちにあるから地上を歩くと時間が掛かってしょうがない。


 それでも2日程移動すると再び荒地が目の前に広がってきた。

 低木すらない岩石砂漠地帯のようだ。

 はたして、どこまで広がってるんだろうか。途中に川や湖が無ければ問題だぞ。


 「フラウ。バビロンの科学衛星の地表画像を確認できるか? この荒地の広がりと進行方向の水場を確認したい。」

 俺に頷くと目の前の小さな焚火を見詰める。

 直ぐに俺のヘッドディスプレイに画像が映し出された。

 

 点滅している輝点が俺達の居場所だな。まだ、北米大陸とユーラシア大陸の狭間まで2千kmはありそうだ。

 そして、途中の河は…、2つあるな。約千kmほど先だが、たぶんその河がレナ河なんだろう。

 そして、海峡手前にも川があるようだ。

 レナ河までは約15日位だろう。現在の稼働時間は350時間ほどだから、水筒の水を入れれば到達できるな。


 問題があるとすればこの季節だな。明人の住む村を発って早1年が過ぎようとしている。季節は初夏だが、海峡を渡ることが出来るのだろうか?

 俺達の祖先は陸続きだったベーリング海峡を渡って北米に行ったと歴史で習ったが、俺達の世界では大きな海峡だ。そして海流の流れも早い。

 場合によっては北極海の氷を伝って北米に渡る事になろう。

 その場合は、北極海が氷に覆われる冬が望ましい。そうなると、半年はユーラシア大陸の最も北東にしばらく待ちぼうけとなる可能性が高い。


 その場合は軍の基地跡でも探してみるか。

 俺達の世界では2つの大国が接した場所だ。軍の隠された基地も数多くあったに違いない。


 焚火を消して、北東方向に2人で歩き始めた。

 元はタイガと呼ばれる針葉樹が一面に茂っていた筈だったが、今はその面影すらない。

 超磁力兵器とはとんでもない兵器だな。

 核爆弾も酷いものだが大陸の形を変えるような事にはならなかった。

 それが、たった2、3百年でこの様だ。人間というのは余程業の深い生物なんだな。

 反省すらせずに更に威力を高めるとは…。確か、日本は海の底だと明人が言っていたな。俺達には帰るべき故郷すらないという事か。


 「マスター、生体探知に感があります。8時方向、距離1,200。」

 「何だ?」

 「未知の反応です。」


 立止まって、後を見る。確かに、何かが地被いてくるな。ここまで後数分でやってきそうだ。

 「反応は、黄色です。私達に敵対して襲ってくる訳では無いようです。」

 「だが、かなりの大物だぞ。それが逃げるという事は後ろにいる奴はもっととんでもない奴になる。」


 段々と近付いてきた獣の姿の詳細が見えてきた。

 何と、逃げてきたのはゾウだ。毛深い姿は小型のマンモスのようにも見える。

 そして、俺達を威嚇するように振り上げた長い鼻は2本あった。横に2本並んでいる。

 

 急いでフラウと上空に逃げる。

 200m程上昇した俺達の足元を数匹のゾウが通り過ぎた。小さなゾウもいるから

親子連れのようだ。

 

 「マスター、あそこを!」

 隣のフラウが指差した方向の遠くの地面が爆発している。

 連続して土砂を跳ね飛ばして急速に俺達の方向に何かが進んできた。

 

 フラウがベレッタを取り出して土砂を巻き上げながら進んでくる物体に狙いを付ける。

 光体が一瞬に何かに吸い込まれるように飛ぶと、その動きがピタリと止まる。

 そして次の瞬間、地面を突き破って大きな物体が俺立ち目掛けて伸び上がってきた。


 その姿は…、どう見ても蛇だな。30m以上立ち上がっているぞ。そして、その先端に違和感のある頭がある。

 頭だけで5mはあるだろう。その黒光りする頭は金属光沢を放っている。

 俺達の方向に頭を向けると、ゆっくりと頭が開いた。

 頭に分厚い鎧を被っているようだ。4つに分かれたそれは、まるで花びらのように開いていく。

 中から出て来たのが本当の頭らしいが、目の無いワニのような頭だ。

 俺達の方向に口が向くと、シュルシュルと触手状の長い舌が伸びてきたが、精々30m程伸びただけだから、距離が全く足りないな。


 「蛇の類かな?」

 「あの頭以外は蛇の特徴を持っていますから、蛇と分類して良さそうです。ですが、蛇は金属を利用しません。あの頭の保護カバーは間違いなく金属体です。レールガンのハイレベルを発射してもあの保護カバーを貫通出来ませんでした。鉄ではなくタングステンとチタンの複合体と推定します。」

 そう言いながら、バッグからデジカメを取り出すと写真を写す。


 そりゃ、貫通は無理だろう。戦車砲の弾丸みたいな組成じゃないか。そして、地中を高速で進めるのもその辺に秘密があるみたいだな。

 フラウは、デジカメで撮った写真で珍獣の写真集でも作るのかな。まぁ、面白そうな企画ではあるけどね。


 蛇は俺達をしっかりとターッゲトしているが、こいつに目は無い。一体何を認識して俺達の方向を見ているのか不思議な話だ。


 「微弱な電波を感じます。極めて波長が短いですから、レーダーとして私達を認識しているのかもしれません。」

 

 生体電流を何らかの形で高周波に変えて発射し、それの反射波で俺達を見ているのか?


 「驚いたな。確かに蛇の中には熱を使って相手を見るし、イルカは超音波を使い、電気ウナギは微弱な生体電流を検知する。電波を使う奴がいても不思議じゃないけどね。」

 「生体でギガヘルツまで高周波を作れるとは思いませんでした。」


 フラウが下でユラユラと頭を揺らしている蛇を見下ろしいながら呟く。

 「このまま上昇して、北東に移動する。」

 フラウにそう告げると、俺達は重力傾斜を北東に向けて作り出し、滑るように空を飛んだ。

 蛇はしばらく俺達の方向に頭を向けていたが、やがて金属体を閉じると地中に潜って行った。

 3km程飛行して再び上空を移動する。数回繰り返して地中の振動を確認したが、何の反応も無い。

 どうやら、蛇は俺達を追って来ないみたいだ。

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