M-007 魔道師と魔法
ラッピナを食べ終えた2人は、もう一度ポットでお茶を沸かす。
「…付近の様子はどうですか?」
「ラッピナが跳ね回ってる位かな。ここしばらくガトルを専門に狩っていたからかも知れないけど、ガトルは付近にいないみたいだ。」
そう言いながら、マリーネが入れてくれたお茶を飲む。
「ところで、スティングルってどんな習性なんだ?」
トリムはパイプに焚火から火を点けていたが、俺の問いにこちらを振り向いた。
「俺達も初めてなんです。でも聞いた話では、昼間に草原で小さな獣を狩るみたいです。
俺に教えてくれた男は親子連れのリスティンを見つけて、狩ろうとしたところでスティングルを見つけたそうです。
狩りに邪魔になりそうだと仲間の1人が近くに寄ってきたスティングル1匹に矢を射掛けたところ、数匹の群れにいきなり襲われたと言ってました。しかも、矢を射掛けた者のみを狙って来たそうです。
その男がいう事では、狩りそっちのけで重傷者を村の分神殿に担ぎこんだと言ってました。」
ふむ、図鑑の通りだな。だとすれば…。
「先ずは見つけることだな。ラッピナを1匹確保しておくか…。餌で誘き寄せる方法が取れるはずだ。大きさはそれ程でもないな。…ところで、トリムは長剣を使うんだろうけど、マリーネは魔術師なの?」
「えぇ、魔道師なの。使えるのは、火炎弾を放つ【メル】と、癒しの【サフロ】の2つだけど…。」
申し訳無さそうな顔でマリーネが呟いたが、それって凄い事だぞ。
やはり、薄々は判っていたが、現実に目の前に魔法を使える魔道師がいるんだ。サインは…貰えないよな。
「ユング達は魔道具を使うと聞いたぞ。魔道具の話は昔から有名だ。魔道師を越える攻撃を詠唱を全くせずに使うとは聞いた事がある。
しかし、それを使いこなす者はここ100年は表れていないらしい。だから、知っている者は多いがそれを目にしたものは殆どいないんじゃないかな。」
トリムがそう言いながら、のんびりとパイプを煙らせている。
「正直な話、俺達は気がついたらあの山の中にいた。ひたすら麓に向かって村に辿り着いたのさ。そして、それ以前の記憶が無い。
暮す上で必要な事は思い出せても、どこに住んでいたのか、何をしていたのかは思い出そうとする都度、酷い頭痛に悩まされる。」
「転移魔法…。」
マリーネが小さな声で呟いた。
「無理に思い出す事は無いわ。多分、魔道師のレベルが低いにも関わらず転移魔法を発動させたのね。無理に思い出そうとすると廃人になるかも…。」
「それって、やばいのか?」
マリーネは小さくトリムに頷いた。
「驚いたな。せっかく魔道具の生産地が判るかも知れなかったのに…。」
そう言いながらパイプを仕舞うと、俺達に顔を向ける。
「明日は、俺が最初に攻撃する。スティングルは素早いと聞いた。俺に向かって来たら、マリーネと共に援護してくれ。」
「了解した。…明日は早いんだろ。俺達が火の番をするから、ゆっくり休んでくれ。」
俺の言葉を聞くと安心したように2人は焚火の傍で横になった。
「どう思う?」
「文明が発達した過去があったのでしょう。銃に違和感を彼等は持っていません。魔道具として古い時代の武器が最近まで使われていたのかも知れません。」
俺も同じ意見だ。トリムもそれを知る手掛かりを俺に求めたのだろうけど、マリーネの勘違いで諦めてくれたようだ。
それにしても…、それ程優れた武器なら、何故俺の持つ銃を欲しがらないんだろうか?
「欲しいのなら俺達から奪おうとしないのは何故だろうな?」
「魔道具が使用者を限定していたものと考えるべきでしょう。他者が使用する場合には何らかの現象が生じると思っている可能性があります。」
何らかの原因?…呪われるとか、死んでしまうとか、爆発するなんて事になるのかな。多分、伝承にそんな事が言われているんだろう。テーブルに乗せても、2人とも手を触れ無かった。
となれば、俺達はある意味呪われた武器を使うハンターとして、彼等に認識されているのかも知れない。
通常の、例えば長剣等の武器を使うと言う手もあるだろうけど、残念ながら俺にはその手の武器の使い方が分からない。
フラウが入れてくれたお茶をゆっくりと時間を掛けながら飲む。
パイプを楽しみ、電脳内でこの間のRPGの続きを楽しんで夜明けを2人で待った。
空が白み始めると、ギョエーって可笑しな声で鳥が鳴き始めた。
少しずつ空が蒼に変わって行く。
そんな時間にトリム達は起き出した。
大きく体を伸ばしながら湖に出かけて顔を洗っている。
昨日買いこんだもう1つの弁当を焚火で焼くと、それが朝食だ。
食後のお茶を皆で飲んでいると、フラウが俺を見て頷いた。俺も頷いて気付いている事を伝えた。
「どうやら、何かが来たようだ。ラッピナでもなくガトルでもなく、リスティンやイネガルとも違うようだ。」
「どっちだ!」
俺の言葉に、急いでカップのお茶を捨てながら聞いてきた。
「あっちだ。距離はまだ少しあるぞ。」
そう言いながら東側を指差す。
「昨夜のラッピナの腸を少しあっちの方に放り投げておいたんだ。それを狙ってきたんだろうか?」
「気を付けてくれよ。肉食獣は色んな奴がいるからな。」
俺の言葉にトリムが小さく頷く。
「確かに、不注意だった。…謝るよ。」
「判れば良いさ。」
そして、トリムは身を低くして俺の指差した方に偵察に行った。
直ぐに戻ってくると俺達に状況を教えてくれた。
「間違いないスティングルだ。しかも8匹…。」
「どうするの?8匹のスティングルを相手にするのは無謀よ。」
トリムの報告にマリーネが泣きそうな声を出した。
「俺とフラウが両側から行く。トリムが先行しながらマリーネが援護すれば何とかなるんじゃないか?」
「3方向から同時に襲うのか?…しかし、それだとお前達の援護がいなくなるぞ。」
「大丈夫だと思う。トリムもその方がやり易いだろう。一撃で倒さねば集団で襲うというなら、最初で3匹倒して、相手が誰を襲うかを悩んでいる隙に更に3匹を襲えば良い。そうすれば残りは2匹だ。何とでもなるだろう。」
「そう簡単そうに言わないでくれ。俺はそれ程素早く無いぞ。」
「そのための援護だ。火炎弾で後方から攻撃すれば更にやつらは混乱する。」
「変則的な4方向からの攻撃になるのか…。それなら何とかなるかもな。」
俺の話を聞いてマリーネも小さく頷いている。
決して暴挙ではない。俺とフラウの2人でも十分可能だと俺は判断している。
「俺とフラウはこれから周りこむ。合図したら攻撃開始だ。」
トリム達が頷いたのを確認して、俺とフラウは杖を持って左右に分かれて獣を大きく迂回した。フラウが位置に付いたのを確認してトリムに手を振る。
スティングルはしきりに荒地の匂いを嗅いでいる。既にラッピナの腸は食べてしまったのだろう。その残りを探しているようだ。
そして、そのスティングルの群れの向こうでトリムが長剣を抜き放ちそれを振ったかと思うと、ウオォー!と蛮声を上げながらスティングルの群れに突っ込んで来る。
俺も、一気に最速になるような加速でスティングルに向けて駆けて行く。反対側では同じようにフラウが駆けて来ている筈だ。
素早く、スティングルに駆け寄ると、杖を奴の首筋に叩き込む。ゴンっという手応えがしたから、頚椎を確実に破壊したはずだ。
その杖を回収するように素早く引くと、俺に向かってきたスティングルの頭に突きを入れる。ガツンっと言う鈍い手応えは頭蓋骨の砕ける感触だ。
更に杖を引きながら振りかぶるとトリムを横から襲おうとしているスティングルの背中に振り下ろす。ガツンとした手応えと同時にスティングルがその場に昏倒する。
高速で迫る熱源を感知して片足を軸に半回転すると俺に向かってきたスティングルの横腹に火炎弾が命中する。
ギャオンっという叫びを上げてスティングルが横様に倒れた所をトリムが長剣で止めを差した。
そして、それが最後のスティングルだったようだ。8匹の獣は全て地に倒れている。
「どうにかだな。…それにしても、ただの木の棒で3匹ずつ倒したのか?俺はてっきり魔道具を使うのだと思っていた。」
「杖が使えればその方が良いさ。ぶん殴れば大抵の獣は倒せるからね。…でも、一撃で倒せない相手なら使う事に躊躇はしないつもりだ。」
フラウとマリーネが焚火でお茶を沸かそうとしている時、俺とトリムでスティングルの牙の回収を行なう。スティングルは両方の牙なんだよな。
そして、お茶を飲みながら一休み。俺とトリムはパイプを取り出して一服だ。
「女でもパイプを使うとは思わなかったぞ。」
「何とでも言え。俺はこれが好きなんだ。」
そう言ってパイプを指差すとトリムがニコリと笑った。
一休みすると、早速村に帰ることになった。
結構遠くまで来ているから、村に着くのは日が落ちてからかもしれない。
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やはり村に着いた時には日がすっかり落ちていた。それでも門番さんは片方の門を閉めただけで、篝火を焚いて門を守っていた。
「こんばんは!」
「おぉ、お前達か。…夜分に帰るのは感心しないな。早めに村に着くか、それとも安全な場所で野宿するかを考えた方が良いぞ。夜は獣が多い。そこを歩くのは無用心だ。」
そんな忠告をしてくれるから嬉しく思う。
門番さんに手を振って分かれて、ギルドに向った。
ギルドのカウンターのお姉さんの前に戦利品を広げると、早速報酬を4人で分ける。
全部で260Lだから1人65Lになる130Lをトリムから貰うと、早速宿に向った。