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M-066 現れたトンネル

 


 旧ヒマラヤ山脈を目指して俺達は歩く。

 森を2つ程抜けると、どうやらキメラの王国とはお別れのようだ。

 視界の外れを、リスティンに似た獣が群れを成して横切っている。


 「どうやら、普通の森になってきたな。」

 「はい。そして高度も千mに近付いています。旧大陸地図では、そろそろアッサム地方になりますが…。」


 お茶の原木がある、と言ったのをまだ覚えていたようだ。

 確か、アッサム地方は一大産地だったよな。ここで手には入れなければ雲南省にでも行かなければフラウは納得してくれないかもしれない。

 だが、2千年も前の原木となると現在はどんな大木になっているんだろう。

 家の近所にあった茶畑のお茶の木は精々俺の肩まで達しなかったが、ひょっとして縄文杉みたいな感じなのかな?


 そんな事を考えながら、周りの木々を見て歩く。どんな巨木似成っているとしても、お茶の木には2つの特徴がある。あのギザギザ葉っぱと根元近くに沢山落ちてるお茶の実だ。

 フラウが周辺を監視して、俺は木々を観察する。

 そんな感じで、1つ森を過ぎた時。遂にお茶の木を見つけた。

 お茶の木で森が出来ている。

 細い幹だが、それでも高さは10m近い。

 

 季節的には初夏だから、お茶摘みが出来るけど…、どうやってお茶にするのかを俺は知らないぞ。

 「フラウ、これがお茶の木だ。あの葉を乾燥させて丸めるようにするとお茶を入れる事が出来るんだが、生憎俺はその方法を知らん。」

 「この葉がそうですか…。ちょっと苦味が強いですね。」

 

 フラウが1枚の葉を手に取ると端の方を噛んでみたようだ。

 「そのままではね。熱を加えることで化学変化が起きるんだと思うよ。」

 そう言いながら、幹の下に大量に落ちているお茶の実を10個程袋に入れる。全てが上手く行ったら、明人の元に返って茶畑を作るのも悪くない。


 「少し休みませんか?…試してみます。」

 「なら、若葉だけを摘み取るんだ。先端の緑が薄く、柔らかい所だけだぞ。」


 フラウの申し出に俺が注文を付ける。

 そして、2人で帽子に一杯お茶の葉を摘み取ると、焚火を作ってお茶を飲みながらお茶を俺の記憶をフラウが辿って作り始めた。


 焚火の炭を利用して鍋の中に手でも見ながらお茶の葉を入れる。

 葉を温めながら何度も何度も掌で揉む。

 火傷しそうな作り方だけど、俺達は有機体じゃ無いからね。安心して熱い鍋底に手を触れられる。


 「余り熱くしてはダメだ。ゆっくりと葉の水分を抜いて行くんだ。」

 俺の忠告に頷きながら、拝むような仕草でお茶の葉を両手で揉んで行く。


 1時間程すると、お茶の葉らしく丸まってきた。だが、まだ水分がだいぶ残ってるな。

 「このまま、葉の水分を抜いていけば大丈夫だ。代わろうか?」

 フラウは俺の言葉に首を振ると、再び鍋の中のお茶の葉を揉み始めた。


 そんなフラウを見ながら、パイプを楽しむ。

 だいぶ山脈に近付いてきたな。

 確か、この山脈の枝分かれした先にコンロン山脈があったはずだ。

 旧大陸のコンロンコロニーの位置を確かめると、確かにコンロン山脈に位置している。

 せっかく来たんだから、最高峰に上ってコンロンの方向に下りれば良いか…。


 フラウの作ったお茶の葉で美味しいお茶が飲めるように、水を汲みに出かける。

 一旦、重力傾斜で上空に上がり、周囲を見渡せば数km四方の地形が判る。

 直ぐに、山脈から流れ出る雪解けの流れを見つけた。

 大型水筒の水を捨てて、新しい水を入れる。

 雪解け水は初夏なのに5℃程度だ。腰に付けた水筒の水もついでに交換しておいた。


 俺が帰った時には、フラウの作業は終わっていた。

 サラサラと手からこぼれるお茶の葉を嬉しそうに眺めている。

 

 早速、ポットに俺の汲んできた水を入れて焚火の傍に置く。

 「この小さなポットにお茶の葉を入れるんだ。とりあえずスプーン3杯で試してみるぞ。」

 お茶の葉をいれたポットにお湯を注ぐ。

 そして、1分ほど待つとシェラカップにお茶を注いだ。綺麗な緑色のお茶だ。ほんのりと新茶の香りが広がる。


 2人で乾杯して飲んだ。ほろ苦く、そして少し僅かな甘みも感じる事が出来る。

 悪くない味だ。前の世界で飲んだお茶よりも遥かに上質な感じだな。

 流石、アッサム。それともフラウの技を褒めるべきなのか…。


 「美味しいね。これがお茶だよ。」

 「味は上品ですが、有用元素の含有量は微々たるものです。王国のお茶の方が体には良さそうです。」


 まぁ、あれは色んな物が雑じってるからな。

 「確かにそうだろうけど、これが本物のお茶だよ。王国はたぶん代用品を探して、あんな味のお茶に落着いたんだろうな。」

  

 お茶が出るのは2回までだ。3回目を飲む時は改めてお茶の葉を交換する。

 フラウの作った新茶は両手で持てる位の量だ。後10回は楽しめるだろう。

 そんな事を考えながら3杯目のお茶を飲む。

               ・

               ◇

               ・


 急峻な峰を歩けるのも、重力制御が出来るからだ。

 ほぼ90度に近い絶壁さえも、体重を20分の1に低減して、身体機能を3倍にすれば、指1つで登る事も可能だ。

 この身体機能があれば、前の世界では一流の登山家として名を残せたに違いない。

 

 高度はとっくに3千mを越えている。

 急な登山は高山病の原因にもなるんだが、俺達には肺も心臓も血液さえも無いから、そんな心配は無用だ。

 

 「マスター。また、雪豹です。方位、85度。距離1,100m。」

 「あぁ、あれだな。俺達に気付いていないようだな。このまま、あの尾根を越えよう。」


 雪豹とフラウは言っていたが、俺には豹には思えない。

 大体、胴体だけで3mは越えてるぞ。そして、6本足だ。

 白い体毛に覆われたネコ族ではあるようだが、頭から尻尾までたてがみのような長い毛があるのが特徴だ。そして、胴体には黒い斑点がある。

 俺の記憶ライブラリーを漁ってそんな名前を付けたんだろうが、意外とネーミングセンスが良いな。

 これを機会にフラウにこの世界の生物のライブラリーを作ってもらおう。

 名前と分類は彼女の得意とするところだ。


 そんな事を考えながら、小さな尾根を越える。

 そして、俺達の前に氷の絶壁が姿を現した。

 まるで、壁のようだ。高さ100m近い崖が行く手を阻む壁のように東西に続いている。

 

 「これは、また見事な眺めだな!」

 「感心している場合では無いようです。あれを…。」

 

 フラウの指差した場所を見て、一瞬ドキリとしたが直ぐに頷いた。

 おびただしい骨が周囲に散らばっている。

 雪と氷に覆われてちょっと分かり辛いが、1度気が付けば俺達の回りの至る所にあるのが分かる。

 

 「どうやら、雪豹の狩場のようです。私達に気が付かなかったのではなく、此処に誘導していたものと判断します。」

 

 たぶん、そんな感じだな。俺達は罠に落ちたようだ。

 この崖が行く手を阻むし、東西からも雪豹が近づいて来ている。さらには断崖の上の方からも何匹かが下りて来ている。


 さて、一戦交えるか…。そう思いながら杖を握った時だった。

 ゴォーー・・・!っと大きな音が上から聞こえてきた。

 雪崩だと!

 慌てて、フラウと上空に舞い上がる。長時間は無理だが、数分なら留まっていられる。

 上空300m程の所から、足元に大きな雪崩が下っていくのを眺めた。

 俺達を断崖に誘い込んだ雪豹達は巻き添えを食ったようだ。10匹近くあった生体反応が全て消えている。

 3分ほど経ってから、凸凹した雪崩の跡に下り立って断崖を見上げる。

 断崖は雪崩にを受けて、その姿を少し変えていた。

 ほぼ垂直の壁のようであったが、雪崩の通過した場所は少し氷の面が削られたようで、60度程の急斜面になっている。


 「これなら上れそうだな。」

 「マスター、…入口があります!」


 俺達から東に少し離れた場所に、直径2m程の丸い穴が空いている。雪崩により氷で隠されていた入口が顔を出したようだ。

 「行ってみるか?」

 「行きましょう。明らかに人工物です。自然界には曲線はありますが真円はありません。」


 重力制御を行い、断崖の上に方向性を持たせる。これで、俺達は軽く急斜面を上る事が出来るのだ。

 穴に近付くにつれ、やはり人工物であると確信する。同心円状に穴の岩壁が削られているのが分かった。


 「トンネルらしいが、真っ暗だな…。」

 直径2mはある穴は緩やかな斜路を形成して奥に続いている。20m程先までは見えるが、その先は真っ暗だ。

 「額に小さな光源を作ります。面で発光するLEDですが、ナノマシンを調整しますので、その間パイプでも楽しんでいてください。」

 

 フラウはそう言うと壁を背に座り込んだ。ナノマシンの配列を組み替えて光源を作るとは…、意外と俺達の体は便利な仕組みだな。

 パイプを取り出してタバコを詰める。そして指先をシヨートさせると、火花でタバコに火が点いた。


 「私の方は終了です。今度は、マスターのナノマシンを制御します。」

 フラウの呟きが終ると同時にヘッドディスプレイに複雑な模様が映し出される。電子回路図のようにも見えるが、これがナノマシンの配列図なのか?


 特に痛みは無い。フラウに任せてパイプを吸っていると、突然ヘッドディスプレイの回路図が無くなった。

 

 「終了しました。ヘッドディスプレイに光源スイッチを表示してありますから、それを意識でクリックすれば、前方を照らす事が出来ます。」

 なるほど、ディスプレイの端に小さなスイッチマークが浮んでいた。


 「それでは、入りましょう。周辺監視は私が受け持ちます。」

 「そうだな。俺は念のためにサーマルモードを起動しておく。生体感知と動体感知は任せた。」

 俺達は、ゆっくりとトンネルを奥に進んで行った。

 無理すれば2人並んで歩けるが、フラウが杖を掴んで前方を進んでいる。俺は2m程後を付いて行く。


 20m程進むと流石に暗い。視界を暗視モードに変更して進む。それでも、200m程進むと真っ暗になってしまった。

 「マスター、ヘッドディスプレイのスイッチを入れてください。」

 フラウの指示に従って、ヘッドディスプレイに浮んだスイッチを入れる。すると、周囲が明るくなって見えてきた。

 

 光源と言っても、懐中電灯のような強い光ではない。ボンヤリとした光源なのだが、暗視モードと併用すれば、20m程先まで見通せる。

 それでも、何の変化もこのトンネルには無い。

 

 1時間程歩いたが、まだトンネルは続いている。少なくとも5kmは歩いた筈だ。このまま、山脈を突き抜ける訳でも無さそうだ、緩やかな傾斜がずっと続いている。

 更に、30分程歩いた時、俺達は大きな空間に出た。


 ちょっとした野球場位の広場の一角にトンネルはポッカリと口を開いていたのだ。

 足元は乾いているが土だった。

 少し遠くを見ると、畑の畝のような物が整然と並んでいる。

 そんな広場の数箇所にさび付いた鉄塔が立っていた。その上部には光源と思われるパネルが取り付けられている。

 

 「ここは、たぶん畑だな。地下世界で自給自足していたんだろう。何らかの原因で地上を目指したに違いない。」

 「たぶん…、あの奥に土が積み上げられています。」


 このトンネルの残土なのだろう。おびただしい土砂が山になっている。

 俺達はゆっくりと時計回りに壁の調査を始めた。

 畑なら、住んでいた連中の居住区があるはずだ。耕作の度に出入する扉が必ずある。


 俺達が程なく見つけた物は、シャッターだった。縦横3m程のシャッターが錆びた姿を壁に浮かべていた。直ぐ隣に扉もあった。

 扉は全く動かない。シャッターは、押すとギシギシと音を立てながら錆を辺りに散らしている。


 「薄い鋼板ですね。破壊して中に入りましょう。」

 「そうだな。だが、どうやって…。」

 ガァン!

 俺の言葉は最後まで言えなかった。フラウが杖をシャッターに叩き付けたのだ。

 打撃を受けたシャッターは辺りに錆の粉を撒きながら、鋼板の連なりの一部を外した。

 そこに両手を入れて無理やりにフラウは引き離す。

 ガシャーン!

 地上から1m程の所でシャッターの下部がレールから外れてしまった。


 「マスター、入れますよ。」

 呑気な声で俺に報告してくれたが、俺の方は呆れて頷くだけだ。

 体を折り曲げながら、シャッターを潜る。

 その先にあったのは農業機械の保管庫だった。


 トラクターが3台程ある。後は、用途不明の機械だが、キャタピラを履いているから、これも農業機械なんだろう。

 体育館より少し広い部屋には左手にも同じようなシャッターが付いている。たぶんあの先にも耕作エリアがあるのだろう。

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