M-064 溶岩台地
だいぶ遠くまで逃げてきた。
全く、キメラとは言えあの亀には驚いたぞ。何と、逃げる俺達に火炎弾を吐き出したのだ。直径2mの炎の球体は表面温度2千度という驚くべきものだった。森が数箇所焼け野原になったけど、どうやってあれを吐き出しているのだろうか?
フラウは絶対魔法ではないと言っている。
ひょっとしたら新たなこの世界のエネルギー源として使えるかも知れないな。
「マスター、もう追って来ないようですよ。」
「そうだな。そろそろ止まるか。」
30分ほど走って、どうにか俺達は逃げおおせたようだ。
河原で急停止すると後を2人で振り返る。
大亀が見えない事荷ホッと溜息をつくと改めて河を眺めた。
此処にはいないだろうな?
望遠鏡を覗くと遥か彼方に2匹いるぞ。こっちには気付いていないようだが、困ったな。
「河原伝いに下流に行きましょう。大型獣は視覚で得物を捕らえます。夜間の渡河なら問題は無いと思います。」
やはり夜か…。
デカン高原の方向はこの河の向うだから、方向的にも余り下流には行きたく無いな。
「広い河原を見付けて夜を待とう。亀が出たらまた下流に逃げる。」
俺の提案にフラウが頷く。
後で、明人に画像を送ってやろう。
怪獣映画が好きだったからな。これを送ったら驚くぞ。
下流に1時間程歩いたところで少し広い河原を見つけた。対岸の森の緑がようやく見える位に広い河には、今のところ亀の姿は見えない。
改めて河原で焚火を作る。
まぁ、お茶はもう飲んだから単なる気休めに過ぎないが、何となく一休みすると焚火を作ってしまう。
俺はのんびりとパイプを楽しみ、フラウは…杖を磨きだした。
そして、だんだんと辺りが夕闇に包まれ始めた。
その夕暮れの空をカラスほども大きさがある蝙蝠が10万単位で空を舞っている姿は壮観の一言だ。
家の近所でムクドリの群れの大群が大空に不思議なアートを描くのを見た事があるが、あれとは比べ物にならない程にスケールが大きい。殆んど空の半分を使っているぞ。
「マスター…。」
フラウが腕を上げて前方を指差す。
「何だ、あれは?」
「キメラとは思いますが、どう合成したらあのような姿になるか想像出来ません。」
動物と言うよりは、植物に近い種なのかもしれない。ハスの葉のような大きく広い葉を上空に伸ばしている。その葉だって直径が10mを越えているぞ。
そんな笠のような葉の間からニュ~っと滑った体を持ち上げた者がいる。どう見てもウナギにしか見えないが、次の瞬間上空に向けて水のようなものを吐き出した。
上空に舞っていた蝙蝠達がそれを浴びて次々とハスの葉の上に落下する。
数回上空に向けて水を吐き出したウナギが河の中に姿を消すと、ハスの葉が中心に向かって閉じていく。そして沢山の蝙蝠を包み込んでハスの葉も水中に姿を消した。
「あのウナギの攻撃範囲が判るか?」
「上空200mが一応の目安ですね。ウナギのような胴体がどれだけ水上に出せるかが判りません。安全圏は300mと考えられます。」
飛んで行けそうだな。とは言え、それ程目が良いようには思えない。どうやって蝙蝠を狙ったんだろう?
「さっきのウナギが蝙蝠を狙えた理由が判らん。」
「葉の中心部から極めて指向性の高い超音波を放出していました。複数の葉で異なる周波数で発射していましたから、解析すれば空間位置をミリ単位で特定出来ます。そこをウナギのような攻撃体で粘液を射出したと思われます。あれは特化した触手のようなものです。本体は水底にいるものと想像します。」
とんでもないキメラだな。
とは言え、葉が開いていなければ見えない事になる。
これは深夜に渡った方が良いのかも知れない。
ウナギモドキはその後も上空に蝙蝠が飛んでいる間中、河の中からあちらこちらから浮んできた。
深夜に、河の上を飛ぶ者がいないことを確認して、一気に河を飛び越える。
重力傾斜を利用して空を飛ぶのは慣れたけど、1度に長距離が飛べないのが辛い。精々数kmが限度だな。
河の上空から河面を見るが、特に何も変化は無い。
念のため、数百m上空を飛行して対岸に下り立った。
あの怪物は夕暮れにしか現れないのだろうか?それとも何か別の感覚器官を持っているのだろうか?
「デカン高原のあった場所はあっちの方角ですね。」
フラウが森の一角を指差す。
「このまま、森の上空を飛んで行こう。どうやらこの地域はキメラの巣窟のようだ。」
「了解です。1km前後の跳躍を繰り返します。付いて来てください。」
そう言って、フラウが上空に舞い上がる。
俺もフラウの重力制御データにシンクロして後を追った。
数十km移動した森の木立の上で小休止を取る。水筒の水を飲み、ちょっと周辺を探る。まぁ、それはフラウに任せて俺はパイプを楽しんでるけどね。
「特に大型獣の反応はありません。大型獣は河に近い場所に集中しているようですね。」
「だが、油断は出来ん。インドは結構大型獣がいたんだ。それらがキメラのように姿を変えているとしたら、河だけに限らない。」
「気を付けるべき大型獣はどのような者がいると…?」
「ゾウ。サイ。トラ…辺りかな。特にトラは肉食獣だ。それに蛇の類も多かった筈だ。」
「データ、確認しました。トラは出ましたね。残りはサイとゾウですか…。」
余り会いたくは無いな。どんなキメラになってるか判りゃしない。
さっさと片付けて、次に行きたいものだ。
・
◇
・
100kmも森を飛んでいくと草原地帯に出る。
GPSナビでは更に南に500kmは進まねばならないようだ。ゆっくり歩いても5日と言う距離だから、何かあるのであればその兆候が現れてもおかしくは無い。
「フラウ、金属探知機は組み込まれてる?」
「組織を変更します。しばらくお待ち下さい…。完了しました。周囲20m、地下2mまでに、マスターの持つクナイ程度であれば検知出来ます。」
「もっと大きくして構わない。家屋の扉程度の大きさの金属物体であれば少し広がるか?」
「周囲50m、地下3mの範囲で可能です。」
「じゃぁ、それで周辺探知を継続してくれ。生体探知は俺がやる。」
役割を分担して、南へと歩き始める。
草原の下草は踝位だ。遠くまで見通しが利くから不意打ちを喰らう事は無いだろう。
そんな感じで3日程歩いた時だ。フラウが突然立止まった。
「どうした?」
「地下で何かが移動しています。マスター、感じませんか?…極めて僅かな振動ですが発生場所は地下です。西方向より移動してきています。」
俺は、最後までフラウの言葉を聞かずに、フラウの腕を持って上空に退避した。
地上200mでいったん重力平行を取って下を見る。
フラウも重力制御を行なって俺と同じように隣に静止する。
ドォン!っと俺達のいた場所に土煙が上がり、巨大なミミズが姿を現した。
口の回りに牙状の突起が同心円状に生えている。
あれで地面を掘り進んでいたのか?
「あれは?」
「たぶん、ミミズの変異種だろう。だが、大きいな。」
太さはドラム缶並み、長さは優に100mはあるぞ。あの口からすると、肉食なのかな?あまり係わり合いにはなりたくないものだ。
1km程離れた場所に着地すると、遠くに見えるミミズをもう一度見てみる。
これだけ離れても大きく見えるな。
「西にリスティンクラスの獣が群れを作っています。」
「こっちに来るのか?」
「私達の後方300m程の所を通って東に抜けます。」
その群れの接近はヘッドディスプレイに映っているが、遠くに見えるミミズはその動きに合わせて方向を変えようとしている。
「あのミミズは地面の振動を検知して獲物を捕らえる見たいだぞ。ほら、頭の方向がリスティンの方向に向いてるし、俺達に向かって移動を開始したようだ。」
余りお近付きになりたくない奴だから、俺達はさっさと移動する事にした。重力傾斜をデカン高原の方向に作って飛んで行く。
数回繰り替えすと、ゴツゴツした石の大地に遭遇した。
これがデカン高原地帯なのか?
肥沃な大地と聞いていたが、あまりにも酷い変わりようだ。まるで溶岩が冷えた後のように遠くまで黒いゴツゴツした岩が続いている。
「ここが、マスターの目指した場所ですか?」
「そうなんだが…あまりに酷い変わりようだ。上空1kmで数回飛んでみる。何かあれば調査するが、何も無ければ今度はヒマラヤだ。」
明人が、使われた兵器は核ではなく超磁力兵器と言ってたな。マントル対流を変化させる兵器らしいから火山帯でなくても火山が噴火するのだろう。旧世界の地図と現在の地図がだいぶ異なるから、大陸の浮き沈みもあったはずだ。何せ日本が沈んだ位だからな。
俺達は何度か跳躍を繰返して周辺を観察してみたが、やはりここは溶岩の噴出が著しい。これではたとえ生き残った者がいたとしても溶岩で焼け死んでしまう。
「フラウ、ここはもう良い。次に行こう…。」
俺の小さな呟きにフラウが頷いた。
「次はどこですか?」
「せかいで一番高い山脈地帯だ。あそこなら大きな都市も研究所もない。目立たない所だから或いは、何かあるかも知れない。」
「GPSのナビをセットしました。旧世界のエベレスト。現在も8千mを越える山です。」
「という事は、やはり大きな変化が無かった事になる。…行くぞ!」
フラウの先導で今度は進路を北東方向に変えて飛んで行く。
そして再び大河の畔に俺達は到達した。
小さな焚火を作ってお茶を沸かす。どうやらこれでバッグの中に入れていた大型水筒が空になるらしい。
それでも、ベルトの腰に0.8ℓの水筒は半分位残っているから、後1週間は持つな。
お茶を飲みながら西の夕焼けを眺める。
そして、太陽が森の中に消えようとした時、対岸の森から一斉に蝙蝠が飛び出した。
この間と同じように夕暮れの空を不思議な模様を作って飛び回り始めた。
ザパーン!っと俺達の直ぐ目の前の水面に巨大なハスの葉が浮かびあがるとその葉を広げていく。
ニューっと大きなうなぎの頭も出て来た。
俺がそのウナギに嫌悪感を持つ理由が分った。そのウナギには目があるのみ。口も鼻も鰓すらない。
そして、キューンという極めて高周波で指向性の高い音波が葉の中心部から発せられた。
やはり、思ったとおりだ。こいつは植物に違いない。ウナギや他の動植物と合体した植物のキメラなのだ。




