M-057 水中から来た協力者
長屋に戻ると早速炭を熾してポットを乗せる。
パイプを取り出して、さてどうしたものかと考え始めた。
天文台がどんなものか分かっていないのに気が付いたからだ。
形としてはドームがあって、その中に望遠鏡があるんだよな。そして、美月さんから預かった望遠鏡は2種類ある事が判明した。
赤道儀と言う奴と、経緯台と言う奴だな。
天体観測には赤道儀が良い筈だ。学校にあったドームの中にあったのは確か赤道儀でこれと似た奴だった。
だが、美月さんは地図の原点にしたいと言っていた。
確かにグリニッジ天文台の子午儀を通る南北の線が経度のゼロだから、これを言ってるんだろうな。緯度はこの地球の赤道をゼロとしている筈だから、天文台を作ってその場所を緯度ゼロにした場合は地図作りが大変だ。
確か子午儀って言うのは上下角のみが可動なんだよな。となれば、一番それに近いのは経緯台って事になる。地球を綺麗に南北で2つに割った線で経緯台の水平移動を固定してやれば良い筈だ。
「マスター、何を考えているんですか?」
フラウが心配そうな顔をして俺にシェラカップに入れたお茶を渡してくれた。
顔に出てたかな?
「あぁ、明人の家で、天文台は任せておけって言ったからな。だが、天文台をどうやって作るかはまでは俺も考えていなかった。」
「望遠鏡を収納するドームとそのドームで観測する為の人間が居住する空間を作れば良いと思います。居住空間は2家族と考えて明人さんの家を参考にすれば150㎡それが2つですから300㎡で良いでしょう。
ドームは望遠鏡の長さの3倍は必要です。この望遠鏡からすれば4m位でしょうか。
それと、天文台の庭に何かしらの目印も必要でしょう。
何と言っても、この世界の地図の原点なのですから。」
フラウにも思うところがあるのかな?意外と力説してたぞ。
とは言うものの、ありがたい話ではある。
庭に何か?と言うのも判るような気がするな。たぶん東西南北の指標みたいな奴で良いだろう。
それと合わせて、整地する土地の大きさを頭に描くと、フラウが干渉してきた。
たちまち一回り大きくなる。
その敷地を前に見た地図に重ね合わせて場所を確定する。
やはり、俺が見込んだ場所にぴったりと合うぞ。
「マスター。ユリシーさんのところに行って筆記用具を頂いて来てください。このまま私は設計を進めていきます。」
頭の中にCAD図面のような形で3Dで描かれた天文台が消えてしまった。
何時のまにかフラウの頭に俺の方が介入していたらしい。
「あぁ、行ってくるよ。」
そう言って長屋を出る。ユリシーさんの仕事場というか事務所は歩いて5分も掛からない。訳を説明すると、変わった物なら作ってやると言われてしまった。
確かにドームは変わってるから興味を持つに違いない。
「戻ったよ。」
そう言ってフラウに紙とペンを渡す。インクを一々付けるタイプだから、ちょっと使い辛いかな。
それでも、フラウはその筆記用具を受取ると、備え付けの木の箱をテーブル代わりにして凄い勢いで図面を描き始めた。
俺がポットのお茶を入れて、のんびりと一服し始めたのだが、そんな事にはお構いなしでペンを走らせている。
俺の一服が終ってもまだ止まらない。既に10枚以上の図面が描かれている。
そして、やっとフラウの作業が終わったのは、ギョエーっという変わった声で鳴く小鳥が朝を告げた時だった。
「マスター、終了です。この通りに作れば天文台が完成しますよ。」
そう言って、嬉しそうに俺に図面の束を出してきたんだが、さっぱり判らんぞ。
判ったのは、一番最初の整地の図面と完成した図面だ。中はちょっと専門的過ぎる。
「そして、これを2つユリシーさんに頼んでください。」
そう言って3枚の図面を出してきた。これはドームとドームの回転機構、それにスリットの開閉に関わる図面だな。
早速、取り掛かろうという事で、囲炉裏の炭を灰で覆うと俺達はユリシーさんを訪ねる事にした。
ログハウスに行くと、デッキの長椅子でのんびりとパイプをユリシーさんは楽しんでいた。
「お早うございます!」
「お早う!ってお前達か。まだ若いもんは寝ているもんだぞ。この時間帯はワシ等のものだ!」
そんな事を言いながらも、俺達に向かいの席を勧めてくれる。
席に腰を下ろすと直ぐに、フラウの描いた図面をテーブルに広げる。
「これを作っていただきたい。報酬は明人が払うと言っていた。」
「これは、また色物じゃな。回転するのか…。良いぞ、作ってやろう。そうじゃな、2週間は掛かるじゃろう。それで良いな。」
俺達はユリシーさんに頭を下げると、東の門にある広場に向かった。
広場は村の広場にしては広い方なんだろうな。直径は30m程だ。将来は少し大きくなるような事を言っていたから、やはり中央に記念碑を造る事になりそうだ。
フラウが広場の中央に立つとマッピングの原点登録をしているようだ。
この広場の中央から北に真直ぐ伸びた場所に、天文台の敷地を造成する事から俺達の作業が始まる。
東の門の門番さんに「お早う!」と挨拶して、丸太の柵伝いに北へと回りこむ。
普段誰も通らないみたいで林には下草が生い茂っている。20m先も見えない状態だ。
他のハンターだったら苦労するだろうが俺達には問題ない。
「ここが、先程の広場の北になります。」
フラウがそう言うと、今度は北に向かって歩き出した。
しばらく歩くと突然視界が開けた。
そこは湖に面した岩場となっており、立木も根を下ろせないようだ。
地面は硬い岩盤だな。その岩場の端まで行くと、林に覆われているためか村の姿は見えない。
明人の家は湖に面しているのだが、小さな岬が邪魔をして隠しているようだ。
その場所で焚火を作るとポットを乗せる。
フラウと一緒に座り込むと、俺のヘッドディスプレイに整地情報が表示された。
しかも、現状と合わせて表示がされている。
お茶を飲みながら、さてどうしようかな?と考えてるとお茶を飲んでいたフラウが口を開いた。
「整地の方法ですが、高出力のイオンビームで岩石をプラズマ化して削ります。
約1cmの深さで50mを0.5秒で鏡面化することが可能です。」
やろうとしている事は鉋掛けと一緒だな。削りカスは蒸発してしまうという事か。
「出来るならそれでも良いが、インターバルはどれ位掛かるんだ?」
「約20秒は待たなければなりません。」
1分間に3cmか…。2人で6cm。2時間あれば終るかな?
「俺にも出来るんだよな?」
「出来ます。設定変更は私が操作します。」
俺の見ていたヘッドディスプレイに別な数表が表示される。何かめんどくさそうな設定数値が次々に変更されていく。
「終了です。イオンビームの飛距離は50mです。ヘッドディスプレイの3D図に合わせて表面を削るように腕を動かス事によりイオンビームが右手甲から発射されます。そして、発射位置合わせと発射は自動操作されます。
ヘッドディスプレイの選択を【自動】から【解除】にすれば全て元に戻ります。」
「ひょっとして、難しい所は全てフラウがやるって事?」
「マスターの立場は、ある意味遠隔砲台ですね。」
まぁ、仕方がないか。短時間で整地するなんてとても出来そうも無いしな。
何かあれば、【解除】で元に戻れば良いだろう。
お茶を飲み終えると、フラウに岩場の一角へ連れて来られた。
「ここがマスターの立ち位置です。操作は全て私が行ないますが、異常を感じたら【解除】して対応してください。周辺300mにガトル以上の生体反応が現れた場合、作業を一時中断します。」
そう言って、俺から離れていく。
整地図を見ると俺の立っている場所が東の外れに当たる。そしてフラウは南の外れに向かって歩いているようだ。
そしてフラウが歩みを止めてこちらを見る。いよいよ始めるみたいだな。
俺の右腕が俺の意思に関係なく伸びていく。
なるほどこれがフラウが操作しているという事か。
フラウの腕が少し横に振られたかと思うと目の前の岩の塊が一瞬光ったような気がする。
俺の腕が独りでに動くと短い閃光が岩に吸い込まれていく。
こんなんで整地が出来るのだろうか?
ちょっと疑問が生じてきたが、フラウと俺の交互に行なわれるイオンビームで岩は少しずつ平面の面積を増していった。
30分も続けるとだいぶ水平面が広がってきた。
50m四方だからな。2,500㎡かなり大きな敷地になるはずだ。
そして約1時間後、突然俺の右腕が自由になった。
フラウが俺の所に走ってくる。
「マスター、完了です。岬部分で欠損していますが、約2,300㎡の水平な土地です。」
なるほど、水平だ。俺の姿が良く写っている。
だが、これだと美月さんなら絶対に滑って転びそうだぞ。
「フラウ。表面をざらざらに出来ないか?…溶岩が固まったような感じで凸凹が欲しいんだ。」
「そうですか?…この方が綺麗に思いますけど。」
フラウは美を優先するようだ。
突然ヘッドディスプレイに警報が走る。
生体探知モードに切り替わると、黄色の輝点がこちらに近付いて来ている。数は3体、方向は湖だと!
慌てて俺達は湖を見る。方向は西になるんだが、距離を考えて湖面を見ると不思議な生物が俺達に接近している。
段々と近付いて来た生物を見て、俺は溜息を付いた。
まぁ、いても不思議じゃないよな。
どう見てもカッパだ。
俺にしてみれば猫耳の少女よりは何となく親しみ易いぞ。昔から日本にいたと言われてるしな。
深緑の皮膚をした頭に小さなお皿を乗せて黄色がかった嘴を持った生物は俺達の近くに来て、岩場に上がって来た。
やはりカッパだ。背中に甲羅まで背負っている。
ここは、やはり挨拶なんだろうな?
「今日は、ひょっとして、この湖に住んでいるカッパですか?…私はユングとフラウ。決して怪しい者ではありません。」
言ってる自分に笑ってしまう。
「カッパとは何か判らないが、俺達はカラメル族だ。大気に鉱物性イオンが大量に放出された事を確認したので、その調査に来た。」
カッパではなく、良く似たカラメル人なんだな。
しかし、言ってる事は、ちょっと問題だぞ。このカラメル人は大気中のイオン濃度を検出する手段を持っており、その観測を続けているという事になる。
この世界に科学を発展させた種族はいない。ひょっとして、カラメル人だけが独自に科学を発展させたのかも知れない。
そして、その科学力は現代科学に匹敵するものを持っている事になる。
「たぶん、その原因は俺達です。ここに天文台を作ろうと整地していたんですが、時間が無くて岩の表面をイオンビームでプラズマガス化してましたから。」
俺の言葉にカラメル人達が顔を見合わせている。
「現場を確認したいが、問題ないか?」
最初に俺に聞いて来たカラメル人が言ってきた。
「どうぞ。とりあえず終了した所です。」
3人のカラメル人が水中からその全身を俺達に現す。
身長が1.7m位あるから、伝説のカッパよりは大きいな。
岸辺に上がると、背中の甲羅と嘴を外した。
やはり…。俺が昔から思っていた通りだ。背中の甲羅が酸素タンク、そして嘴は呼吸装置らしい。
器用に水掻きの付いた足で岩場を上がると、俺達の整地現場を見る。
「なるほど、これだけの面積を蒸発させたのなら、あの観測値は正しい事になるな。
ところで、天文台を作ると言っていたな。
お前たちはこの天体がどのような形をしているのか知っているのか?」
やはりこの種族は、明人達が付き合っている種族よりも高度に科学を発展させているようだ。
「色んな意見があるでしょうが、俺個人としては球体だと思っています。1年を掛けてあの太陽を廻っている。そして1日1回転の自転をしています。但し、自転軸が少し傾いている為、春夏秋冬の季節がある…。」
「どうして、それを知っているか聞いても構わぬか?」
「少し長い話になりますよ。それで良ければ…。」
「構わぬ。我等カラメル族は千年を生きる。時間は幾らでもあるのだ。」
俺達は整地した岩場の近くに改めて焚火を作りお茶を沸かして、カラメル人に振舞いながら、ここまでの俺の物語を話した。
「やはりそうなのか。お前達の気が余りにも弱いのはその機械の体のせいなのだろう。しかし、しっかりした魂は持っているようだ。それが俺達には気として感じる事が出来る。」
「水棲人では無いんですね。やはり陸上で暮す種族と考えますが、争いを避ける究極の選択だと思いますよ。」
カラメル族は地上尾争いに加わらないようだ。その優れた科学力を悪用させるのを嫌がっているんだな。
爆裂球を世界中に供給しているようだが、分解しても無駄なようだ。
黒色火薬でないところが、そして供給量が多い事が同じ物を作ろうとする気を無くしてしまうらしい。
「ところで、1つだけ協力して頂けると助かるんですが。」
「ものによるが、話してみろ。」
「この天体の回転軸の方向と、回転角度が判りません。それだけでも教えて頂けると助かります。」
3人のカラメル人は互いに顔を見合す。
「それは可能な話だ。それに、この星にそんな事を考える者がいたのも面白い。たぶん、建物は石作りにすると思うが、それも手伝ってやる。」
カラメル人の言葉に、フラウがバッグから図面を持ち出す。
「それでしたら…。」
早速、カラメル人に天文台の説明を始めた。
意外と、この天文台はフラウの好みに合わせて出来上がりそうだ。