M-056 天文台を作ろう
「そうか。モスレム王后殿の頼みとなれば、我等も聞かねばなるまい。我等一族今はモスレムの民じゃ。」
長老の住まう竪穴式住居に招き入れられると、早速託された書付を長老に渡す。
それを読み終えると、小さな声で呟いた。
「…それと、これを託された。」
バッグより袋を取出し、槍の穂先、短剣、それに斧の刃先を取り出す。大鍋と雑穀の入った袋もあった。最後に、魔法の袋を畳んでその上に重ねる。
「それは?」
「我等は単なる使いであれば、詳細は判らない。しかし、リザル族の戦士が持つ石槍は大切な宝と聞く。狩猟期に参加するのであれば他のハンターに合わせた武器を用いるのがスジではないかと推察する。」
「リザルの実力は武器ではない事を示せと言うておると…。じゃが、これにはもう1つの意味もある。我等に武器を渡すという事は我等への信頼の証。ありがたくお受けする。」
その時、ムシロのような物を下げただけの入口が開いて、木を削って作った粗末なカップと皿を持って若者が入って来た。
俺達と長老の前にカップを置いて下がろうとする所に、長老が声をかける。
「グネルを呼べ。」
長老の言葉に、若者が長老に顔を向けると深く頭を下げて出て行った。
「先ずは、長旅ご苦労だった。大したもてなしは出来ぬが摘むと良い。里では余り手に入らぬものじゃ。」
干した木の実のようだが、何だろう?
1つ手に取って口に入れる。フラウも俺に倣った。
ん?…これはコケモモか?
「失礼だが、これを少し分けてくれないか?」
「これで良いなら、帰りに1瓶持って行くが良い。我等の冬越しの食料じゃが、先程頂いた穀物袋で我等は満足じゃ。」
そう言って、長老の傍に控えていた男に何事か指示する。
その男が小屋の入口を出ようとした時、入れ違いに2人の戦士が入って来た。
「グネルか、ダネリも一緒だな。ここに座れ。」
戦士は長老に指示に従って長老の右隣に並んで座る。
「前にこの集落を訪ねたハンターが、モスレム王后殿の書状を持ってやって来た。我等に集落の東にある湖の傍の村で開かれるハンターの祭りに参加させたいらしい。
お前達の前にある武器はその祭りに使う狩の道具じゃ。
我等をモスレムの民として認知してくれた以上、その指示に従えるものであれば従うのが国民と言うものじゃ。
グネルよ、戦士を率いて行ってくれぬか?」
「長老の命とあれば従いましょう。ですが我等は戦士。ハンターではありませぬ。それは問題になる気がしますが…。」
「それなら、ネウサナトラム村でハンターの登録をすればいい。ハンターはギルドを通して狩りを行ないそれを届ける事により報酬を受ける。報酬を使って衣食住を賄うのだ。ハンターの祭りであれば、その行事は狩りになるだろう。大物を狩り、その報酬で冬越しの食料を自らの手で得ることが出来るだろう。」
俺の言葉に、グネルと呼ばれたリザル族の若者が俺を見る。
「なるほど、それならば我等集落の為にもなる。長老、これは参加すべきだと我は思う。」
「ならば、行くか…。じゃが、我等の姿は、余りにも里人と異なっておる。皆がお前達を奇異な目で見るじゃろう。それにお前は耐えられるか?」
「耐えましょう。それで冬にひもじい思いをする子供達がいなくなるのであれば、それ位容易い事です。」
狩猟採取で暮す民族だからな。獲物が取れない冬は過酷なものなんだろうな。
そして、リザル族は原始共産主義なのか。部族社会の中に富みの不均衡が無いんだな。乏しい食料を皆で分け合っているのだろう。
「では、この者の携えてきた武器を持って出かけるが良い。明日にも仲間と出かけて、ハンターとなりハンターが何であるかを良く知ってくるのじゃ。そして、狩りの獲物は冬を越す食料に変えて戻ってくるのじゃ。」
「俺からも1つ。途中で狩りをして獲物を村に持ち込め。それでとりあえずの生活資金を得られる。そして、村にいるアキトを頼れ。あいつは良い奴だ。姿形で相手を見るような奴ではない。」
俺の言葉に長老が頷く。
「アキト殿ならそうであろう。グネル、戦士を頼むぞ。」
リザル族の若者は長老の前の武器を袋に入れるともう1人の男と共に小屋を出て行った。
「グネルに任せてある。グネルとダネリが率いる戦士は3人ずつだ。都合8人を送る。王后殿には参加を伝えて欲しい。」
長老の言葉に俺は頭を下げる。
そこに、土を練って固めただけの土器の壷を持った若者が入って来た。
「何も土産になるような物がここには無い。これは先程お前達が欲しがったコケモモじゃ。これを土産に持ち帰るが良い。この辺りで沢山取れるが、生憎と冬越しの食料には少し物足りぬ。」
「これは、これで売れるような気がします。その辺を確かめればリザル族に採取を依頼することは可能でしょうか?」
「同じ重さで穀物に換えられるなら、女達が沢山採取するじゃろう。」
「それを伺えればありがたいです。では俺達はこれで…。」
俺とフラウは深々と長老に頭を下げる。
長老も俺達に頭を下げた。
席を立つと小屋の出口のところで長老に再度軽く頭を下げる。
それを見た長老が軽く頷く。
何となく、田舎の御祖父ちゃんみたいな物腰の長老だったな。
壷をバッグの袋に入れて、リザル族の集落を出て東に歩き出す。
周囲にリザル族の生体反応が見えなくなった事を確認して、一気に森の中を走り出す。
このまま走れば明日には村に着けるだろう。
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◇
・
眼下にリオン湖が見える。昼過ぎには村に帰れるだろう。
ここまで来ると、流石に狩猟期に集まったハンター達を、俺達の生体検知機能がたまに検知する。走る速度を早歩き位にまで落とすと、ひたすら村に向かって歩いて行く。
「今日は!」
「おぉ、お前達か。だいぶくたびれているが、何時も獲物があるとは限らねぇ。ゆっくり休んで明日に期待するんだな。」
北門の門番さんは、俺達が狩りに失敗したと思っているようだ。
明日に期待して、元気出せという言葉がありがたいな。
俺達を心配して、後姿を見ているであろう門番さんに片手を上げて礼を言っておく。
そのまま通りを進んで明人の家に向かう。
昼過ぎだからいるかもしれない。もしいなければ、夜にまた来れば良い。
通りから林の小道を入って小さな石作りの家の扉を叩く。
直ぐにはい!っと家の中から返事があり、ディーと呼ばれているオートマタが俺達を家の中に入れてくれた。
大きなテーブルでどうやら御后様を交えて話をしていたようだ、そのテーブルの空いた席にディーが案内してくれた。
座ると直ぐに、お茶を持って来てくれた。そして明人達にもお茶を継ぎ足している。
「だいぶ早かったな。」
「休まずに走り抜けたからな。」
明人の問いにそう答えて簡単に行程を説明する。
驚いている美月さんを見ながら御后様が聞いて来た。
「…で、リザル族長は何と?」
「参加を表明しました。4人のチームを2組、送るそうです。」
俺の答えに御后様は、ホッとした表情を浮かべる。
「そして、これを見てください。」
そう言ってバッグの中から壷を取り出してテーブルに置いた。
「何じゃ。これは?…何かの実のようじゃが。」
御后様の言葉を聞きながら、美月さんは小さな実を一個手にとって、口に入れた。途端にすっぱそうな表情を浮かべる。
「これって、コケモモ?」
俺はまだ口を窄めている美月さんに話をする。
「そうだ。リザル族の森で沢山取れると聞いた。…彼等はこれを冬越しの食料として天日干しで保存食にしているけど、これ自体の栄養価は低い。」
「ジャムならいけそうだけどね。」
「俺も、それを考えた。だが、リザル族には砂糖が無い。砂糖があれば、ジャムを作って市場に出す事ができる。その利益で冬越しの穀物を買えば、子供達が飢えずに済むはずだ。
この村で行う狩猟期には御用商人が訪れると聞いた。彼等から砂糖を購入する事は出来ないだろうか?」
「我が手配しよう。値段は交渉じゃが、それ程大量に必要とせぬはず。場合によっては非関税とする事で値段を下げる事も可能じゃ。」
「それは彼等に特権を与える事になりませんか?同じ領民であれば彼等もそのような行為は望まないと思いますが?」
御后様の言葉に美月さんが疑問を投げかける。
「なに、リザル族全体を屯田兵と位置付ければ良い。彼等も畑は作るじゃろう。そして、北と西の監視を継続しておるのだ。」
それなりに理由が必要みたいだな。
「それでは、俺達は美月さんの依頼に取り掛かる。…だが俺としては、測量基準の原点となる最初の基準点は、それなりのメジャーな場所に置きたいんだが…。」
「ユングの考えた候補地は?」
「東門の広場の中心。または南門の広場の中心だ。」
明人の問いに俺は即答する。
正直な話。それ以外に適地は無い。畑のど真ん中はイヤだろうし、王都の広場では天文台を作るために立ち退きをする人々が出るかもしれない。
「東門の広場が良かろう。北と南はそれぞれ村の規模を大きくする事で現在の広場を他の用途で使うやも知れぬ。東は急峻な山裾じゃ。開発するには多大な労力を必要とするじゃろう。」 御后様の言葉に俺は頷いた。
「その通りです。そして、そこを基準点とすればリオン湖の東の岩場地帯に天文台を築けます。…早速取り掛かりたいのですが、資金はどのように用意していただけますか?」
「私の我が侭ですから、私が出します。とりあえず金貨10枚をお渡しします。」
美月さんが答えてくれる。
「天文台と測量原点の設置なら、銀貨10枚もあれば十分だ。…但し、内装は範囲外だぞ。それと、リオン湖周辺から建設用の石と木材を切り出す事も了承して欲しい。あぁ、そうだ。ドームはユリシーさんに頼む事にするから、その支払いは明人で良いな。」
俺の言葉に明人が嫌な顔をしたけど、まぁ、それぐらいで済むんだから諦めろ。
それに、俺達は設計費や人件費は取らないからな。
それでも、美月さんは俺の前に1枚の金貨を差し出してきた。俺の要求の10倍だな。
「そうだ。ちょっと待っててね。」
そう言うといきなり席を立ってロフトに上っていく。そして肩掛けバッグを持って来た。
「これに、測量器具や天体望遠鏡が分割して入ってるの。天文台が出来たら据え付けて欲しいし、測量器具の使い方も天文台で教えてくれないかな。」
確かに天文台には望遠鏡がいるな。そしていきなり測量が出来るとは思えない。教育を行なう場所として天文台を使うというのか…。
まぁ、頑張って始めてみるか。
それではこれで。そう挨拶して俺達は長屋に戻る事にした。
これで、明日からはのんびりと天文台作りを楽しめるな。