M-055 お使いを頼まれた
明人とネコ族の男が部隊編成を話し合っていたので、ロケット弾を作ってやる約束をしてしまった。
余り世界に異文化干渉をしたくなかったが、明人の考えている兵種が戦闘工兵と聞いては方って置けない。
何と言っても戦闘工兵にはバズーカ砲だよな。
歩兵が良いと言う奴もあるが、俺には何と言っても大型戦車と渡り合える戦闘力が魅力的だ。まぁ、使うのは明人達だからそれらしいのを作ってやれば良いだろう。
そんな事で、明人が言っていたユリシーと言うドワーフに簡単な絵を描いて作成を依頼した。
バネが問題だが、ユリシーさんは場合によってはバネを二重にすると言っていた。この世界の鋼の錬度を経験的に知っているんだろうな。
出来たら、明人に届けてやってくれと言っといたけど、どういう風に完成したかはまでは分からなかった。
そんなある日、ギルドに出かけると、カウンターのお姉さんが、明人が呼んでいたと言っていた。
何時ものテーブルを見てみると、何やら考え中のようだ。
あいつは苦労性だからな。人の苦労を背負い込む悪い癖がある。美月さんも親分気質だから2人して色んな問題に対処しなければならないのは、学生時代とさほど変わっていないようだ。
「お早う!…何の用だ?」
「あぁ、哲也か。お早う。…ちょっとお願いがあるんだ。俺と来てくれないかな?」
「良いぞ。まだ、依頼は受けていないからな。」
俺の声に吃驚したようだったが、直ぐに席を立つと俺をギルドの外に連れ出す。
「実は、御后様の願いを聞いて貰いたいんだ。」
「余り、この世界に介入したくは無いんだが…。」
「それは、理解してる心算だ。だが、これは哲也達なら容易に出来るが俺達では少し時間が掛かり過ぎる。」
そんな話をしながら通りを来たに歩いて行くと湖の方に石畳の道が続いている場所に出た。
その林の中を歩いて行くと大きなログハウスが立っている。2階建てだ。
玄関の扉を明人が叩くと、中から侍女が扉を開けてくれた。
「御后様がお待ちしています。どうぞ中に。」
玄関を入ると左右に廊下が続いている。明人は、玄関を入って直ぐの扉を開けて中に入っていく。
「お待たせしました。ユング達を連れてきました。」
明人は部屋の中にそう言うと、俺を部屋の中から手招きする。
そこは、リビングと食堂を一緒にしたような部屋だった。
片隅には暖炉があり、真中に大きなテーブルとそれを取り巻くように10脚ぐらいの椅子がある。
そして、暖炉に背を向けるように一人の女性が座っていた。
その前には武器が積まれている。
俺達は明人に連れられたまま女性の前の椅子に座った。
「アキトの古い友人と聞く。すまんがこれをリザル族の族長に届けて欲しいのじゃ。」
そう言って御后様は、折畳んだ書状をテーブルの上に置いた。
「俺達は今まで表に立って行動する事を控えてきました。アキトの頼みでもありますから、今回はお受けいたしますが…。」
「分かっておるつもりじゃ。今回は時間が足りぬ。今回だけは頼まれて欲しい。」
「この村には、天文台を作り、地図を作る為の測量技術を教えるまでは滞在しています。ですが、俺達をあまり頼らないで下さい。何れこの地を去ります。その時に困る事態になりかねませんので。」
「その通りじゃ。我等もアキトを頼りにはしておるが、何時までもこの地におる保証はない。出来る限りその知識を収集しておるが、時間が足りぬ。指標を示して貰いそれに辿り着くのは我らの努力次第となろう。」
「そこまで分かっておられれば十分です。リザル族の族長とは1度面識もありますので早速出かけましょう。それで、持参するのはこのテーブルの品ですか?」
「そうじゃ。その端にある魔法の袋を使うが良い。その袋も先方に渡してかまわぬ。」
俺は袋に次々と武器を入れる。槍の穂先が20個、短剣が10個、そして斧の頭が20個だ。その外に大鍋や穀物の袋もあった。
全てを2つの魔法の袋に詰め込むと、俺とフラウの腰に付けたバッグに押込む。
そこに侍女がお茶を入れたカップを運んできた。
「早速出かけてもらいたいが、その前に茶を飲んで行ったらどうじゃ。」
そう言って、俺達の顔を見る。
俺達を見る目は、何時もギルドで見かける小さな女の子を連れた時の眼光ではない。
鋭く、眼球を通して俺の心を探る目だ。
流石一国の御后様だけの事はある。武人として人を見る目は持っているのだろう。でも、俺達は人では無いんだけどね…。
そんな御后様に見詰められながら、のんびりとお茶を飲めるフラウが少し羨ましくなってきたぞ。
最後に、御后様はニコリと微笑むと、よろしく頼む。と俺に目礼してくれた。
少し、ホッとした気分で温くなったお茶を頂く。
「では、行って参ります。」 そう言うと俺達は立ち上がり、見送ろうとする明人を手で制してリビングを出る。
リザル族か、虐げられた民族みたいだが御后様は彼等の行く末を案じているようだ。あのような御后様なら明人を上手く使えるだろう。その使い方に私利私欲が絡んでいない限り、美月さんも手助けしてるんだろうな。
北門を出て森へ行く小道を歩いて行く。
周囲の生体反応を見ながら俺達は少し歩みを速めて行った。
探知距離ギリギリを3つの生体反応が高速で動いている。いや、3つだと思ったが1つの生体反応に2つの生体反応が重複している。これが意味するものは…、馬の様なものに乗っているという事だ。
だが、その場所はこの森を抜けた荒地だぞ。馬なんかではとてもあの速度は出せない。
フラウが俺の顔を見る。
どうやら、フラウも興味が湧いたようだ。
「フラウ。少し走るか?…この高速で荒地を移動しているものを見てみたい。」
フラウが頷くのを確認すると身体機能を3倍に上げる。この位なら長時間でも何とか耐えられる。
時速30km程度の速度で森の小道を走りぬけた。
3体の走り去った方向は判っているから、その内追いつくだろう。どんな獣でも長時間高速機動は出来ない筈だ。
森を抜けると今度は荒地を西に向かう。そのまま少し走ると、3体が一緒に止まっているのが生体感知ディスプレイに表示される。
その止まっている場所は大きな岩のようだ。
目標が判ればそこまで急ぐまで…。そこで見たものは、小さな焚火を作ってお茶を飲んでいる例の3人の嬢ちゃん達だった。
俺達が高速で走って来たのを目を丸くして見ている。
「確か、アキトの友人達じゃったな。妙な場所で会ったものじゃ。しばらく休め。茶ぐらいはご馳走しよう。」
その言葉にフラウと顔を見合わせたが、確かに彼女達に興味はあった。
「ありがたく頂くよ。」
そう言って、焚火の傍に座るとバッグからカップを取り出す。
猫耳の女の子がポットからお茶を入れてくれた。
「どうしたのじゃ?」
「あぁ、山荘で御后様にお使いを頼まれた。これからリザル族の集落に出掛ける。」
「どう考えても7日は掛かるぞ。」
「そこは、俺達の能力で何とかなる。ところで、とんでもない高機動で動く3体を見付けてここに来たんだが…。」
俺がそう言うと、クスクスと3人が笑い出した。
「それは、あれじゃ。」
一番小さな女の子が指差したものは、のんびりと野菜を食べている亀だった。
陸亀なのか?そしてその背中に馬の鞍のようなものが付いている。横バーのハンドルモドキも付いてるぞ。
「あのガルパスが我等の乗り物じゃ。人が走るよりも早く荒地を駆ける事が出来る。」
あれがか?…どう見たって亀だぞ。そりゃあ、ウサギより亀の方が早いって事は俺だって知ってるが、あれは童話の中だ。
実際に走らせたらウサギの方が早いに決まってる。ましてや人の走る速さよりも早いなんて俺には信じられない。
「疑っておるな?…まぁ、見る事が無い者には信じられぬのも無理はない。じゃが、これに乗った我等は無敵じゃった。モスレムの東、テーバイ独立戦争では10倍以上の敵兵を蹴散らしたのじゃ。」
そう言って仰け反るように胸を張るアルトさんに、女の子2人がうんうんと頷いている。
「判った、判った…。そう、熱くなるな。」
俺の言葉に、やはり信じて無いな。って目付きで見ているぞ。
誰だ、こんな風にこの子達を育てたのは!…親の顔が見てみたいぞ!
「さて、我等はこれから狩りの時間じゃ。先は長い。気を付けて行くのじゃぞ。」
そう、俺に言うと背中からクロスボーを取り出した。良く見ると動滑車付だ。たぶん明人が作ったものだろう。
そして、ポットの残りのお茶を焚火にかけて火を消すと、ちょこちょこと走って行って亀に乗る。
「行け!アルタイル!!」
その言葉に反応して亀が一気に駆け出した。とんでもない速度だ。時速40km以上に一気に加速したぞ。
その後を2匹の亀が追い駆けて行き、たちまち俺達の視界から消え去った。
俺とフラウはお茶の入ったカップを持ちながら、呆然とした表情でその姿を見送る。
やはり、ファンタジーな世界だな。バイク並みに走る亀なんて、俺には未だ信じられないぞ。
ふうっと息を吐くと、残ったお茶を飲み干して、カップを水筒の水で濯いでバッグに入れる。
そして、西に向かって歩き始めた。
生体反応を確認しながらひたすら西に歩いて行く。
フラウがネウサナトラムまでの道筋をマッピングしているので俺達の進行方向に問題は無い。
どちらかと言うと大型の獣に進路を邪魔されたくないだけだ。
日が落ちても、進む速度に変化は無い。暗視モードで森の中でも数百m以上先まで見通せる。
一晩中歩くと見覚えのある小さな沢に出た。
この沢でバックスキンの上下をダメにしたんだよな。そんな事をちょっと考えてしまった。
そして、ひたすら歩く事まる1日で、俺達はリザル族の集落の近くまで辿り着いた。