M-054 ラッピナの小山
長屋に帰る前に、雑貨屋によって背負い籠を1つ購入する。
ラッピナの数が数だから、肩掛けバッグでは入りきれない。籠に入れて運んだ方が良さそうだ。
長屋に帰ると、フラウに俺の杖を要求される。とりあえず渡しておいて、囲炉裏の火を熾す。ポットを掛けて、のんびりとパイプを楽しみながらフラウの行動を見ているんだが…、何を始めたんだ?
ジッと杖を眺めながら、少ずつスコップナイフで削っている。
どうやら、自分の杖が終ったみたいで、今度は俺の杖を削り始めた。
「何を始めたんだ?」
フラウにお茶を渡しながら聞いてみた。
「杖の重心と長さ方向の歪を修正していました。今夜はラッピナ狩りですから、これで一撃です。」
そういえば、杖を投げて狩りをしているのは分かっているけど、槍投げみたいに投げるのかな?それともバトンを投げるようにクルクルと回して投げるんだろうか?
「それをどうやって使うんだ?」
「このように手前を持って投付けます!」
どうやら、バトンの投げ方だな。だとすればちょっとした重心のブレが問題になるのかもしれない。
「これで、仕留めたほうが早いんじゃないのか?」
「そっちは、マスターに任せます。銅貨を沢山貰いましたから、弾丸は十分です。」
杖を気に入ってるみたいだな。
この依頼が終ったら鉄の棒でも買ってやろうかな…。なんて考えながらお茶を飲む。
そんな事をしていると、段々と日が傾いてきた。
長屋の周囲が賑やかになってきたから、住人達も長屋に戻って来たのだろう。そろそろ俺達の狩りの時間だな。
「フラウ。狩りの時間だ!」
俺の声にフラウが立ち上がって籠を背負い、杖を持つ。
急いで、炭を灰の中に埋めると、その上に厚く灰を被せた。
そして、俺も立ち上がる。
長屋の外に出ると、だいぶ暗くなっている。部屋の扉をフラウが鍵を掛けて、ベルトのポーチに仕舞いこんだ。
2人で南門に歩いて行くと、扉が半分閉まっている。門番さんが門の上に光球を1個上げて門の周囲を照らしていた。
「ご苦労様です!」
「今から狩りか?…稼ぐのも良いが、無理はするなよ。」
そんな言葉を俺達に掛けてくれた。やはり、村の門番さんはどこも親身になってくれるな。
10分も歩くと真っ暗になってきた。
視野を暗視モードにして、生体反応をヘッドディスプレイに表示する。
うん…。いるぞ、いるぞ!
1時間程歩いて、見覚えのある立木の所に来た。
「どうやら、畑よりも荒地の方に沢山いるようですね。」
「あぁ、近場は他のハンターに任せて、俺達は荒地を狩るか?」
俺の言葉にフラウが小さく頷く。
そして、そのまま南へと道を歩いて行く。
道が無くなった所が荒地の始まりだ。周囲を見渡すと小さな岩が積み重なって見える場所がある。
「フラウ。ここに籠を置いて狩りを始めよう。ところで、俺達以外にハンターはいないよな?」
「大丈夫です。今の所ガトルの姿もありませんし、ガトル以上の生体反応も検知出来ません。既知のハンターであれば緑に、こちらに敵意が無いものは黄色に生体反応の結果が表示されますから、他のハンターを誤射することはありえません。」
「じゃぁ、俺はこっちからだ。」
「私は反対の西側で狩りをします。」
俺達は2手に別れた。
ベレッタを抜いて素早くLに切り替える。これでも、ライフル銃並みの発射速度だ。ラッピナなら分けなく貫通してしまう筈だ。
直ぐに30m程離れた場所のラッピナに狙いを付ける。慎重にターゲットマークにラッピナの頭部を重ねると、静かにトリガーを引き絞った。
パシュ!っという音だけが聞え、ラッピナはその場に昏倒した。
先ずは1匹。動体検知モードにディスプレイを変更すると、フラウの狩りの様子が分かる。ササーっと動いて停止。そしてまた動き始める。
止まる時間はそれ程無いけど、その時に杖を投げているんだな。
俺も、次の獲物に狙いを定める。
1時間程度の狩りで俺が13匹。フラウが25匹のラッピナを狩る事が出来た。
時間を見ると、まだ12時にもなっていない。
村の南門は閉まっているだろう。今夜はここで夜を明かして、明日の早朝に村に帰る事にする。
岩の陰に小さな焚火を作ると、フラウが早速ポットを乗せる。
お湯が湧く間、のんびりとパイプを楽しむ。
ちょっと、簡単すぎる狩りだな。あの嬢ちゃん達に残しておいても良かったが、数が多いからな。
少しでも依頼書を減らす事が目的だから、まぁ文句は言われないだろう。
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◇
・
朝靄の中を籠を担いだ俺達が歩く姿は、どう見ても畑から帰る農民にしか見えないだろう。まぁ、方向が逆ではあるのだが…。
畑で今年最後の収穫をする村人とすれ違うたびに挨拶をしながら村に帰ると、門番さんが俺達に声を掛けてきた。
「無事に帰って来て良かったな。若い娘が野宿とはと、気になっていたんだが。無事で何よりだ。」
「ご心配お掛けしました。…これ、良かったら食べてください。」
俺はそう言ってフラウの背負った籠からラッピナを1匹門番さんに手渡す。
「これは、ラッピナじゃねえか。ありがとうよ。」
そう言って俺達に頭を下げる門番さんに片手を上げて別れを告げる。
「純朴な人ですね。」
「あぁ、だから村は好きなんだ。都会だとこうはいかないからね。」
そんな話をしながら通りを歩いてギルドに入った。
「お早う!」と声を出してカウンターに行くと、昨日のお姉さんが俺達に気付いたようだ。
「早いわね。少しは獲れた?…ダメだったら、もう直ぐミーアちゃん達が来るから頼んであげる。」
「いや、大漁だった。」
俺がそう言うと、フラウが背負っていた籠の中身をカウンターに積み上げる。
「全部で37匹。昨日の依頼の数は15匹だから、他のラッピナ狩りの依頼書があればそれも完了としたい。」
しばらく呆気に取られてラッピナの小山を見ていたが、直ぐにカウンターから出て来て、依頼書の壁に走っていった。
しばらくすると数枚の依頼書を持ってカウンターに戻って来た。
「数がありますから、手続きは事後でも問題ないでしょう。ラッピナは1匹15Lで共通ですから、全部で555Lになります。」
そう言って、俺達に報酬を渡してくれた。
さて、次はどれにするかな?
フラウと一緒に依頼書を眺める。少しは壁が見え出してきたな。後2日もやれば義理は立つかな…。
カチャカチャと言う音が聞えたと思ったら、バタンと扉が開く音がして、ドタドタと響いた靴音が突然に止まった。
不審に思って後を振り返ると、3人のお嬢ちゃん達がラッピナの山を口を開けてみている。何事かカウンターのお姉さんと話していたが、お姉さんが俺達を指差すと、つかつかと小さなお嬢ちゃんが俺達の所にやってきた。
「あのラッピナの山はお前達が狩ったのか?」
「そうだ。昨夜狩りをしたんだ。」
「無礼とは思うが、教えて欲しい。ラッピナは普通罠を用いる。我等は弓を使うが、それでも狩れるのは昼間で10匹程度じゃ。どのようにしたら、それ程狩れるのじゃ?」
昼間に弓で狩るほうが俺には難しいと思うぞ。
「俺達はネコ族以上に夜目が利く。フラウの場合は近寄って、杖を投げるんだ。俺はこれで頭を撃ち抜く。」
そう言って、ベレッタを取り出した。
「フム。アキトの持つ銃に似ておるようじゃ。確かに威力は認めるがあの轟音では他のラッピナが逃げるのではないか?」
「これは、音が殆んどしないんだ。ちょっと高い音が出るだけだから、少し離れれば聞えないと思うぞ。」
ふーむ…と考えながら、仲間の所に行ってしまった。
それにしても、明人も銃を持っているのか。持っていても轟音がするというのだから通常のハンドガンなんだろうな。今度見せて貰おう。
そんな事を考えていると、さっきの嬢ちゃん達がぞろぞろと依頼書が一面に張ってある壁にやってきた。
意外と、気の短そうな娘達だから、先に選ばせてやるか…。
俺はフラウに軽く頷いて窓際のテーブル席に腰を下ろす。
フラウが2人分のお茶のカップを持って来ると隣に座った。
嬢ちゃん達の様子を見てると、わいわい言いながら盛んに依頼書を指差して自己主張をしているな。
兄弟には見えないが、明人の縁者である事は確かだ。あの小さい娘が嫁だとは俺には信じられないぞ。
でも、確かに降嫁したって言ってたよな。よく美月さんが許したものだ。あの頃は許婚ですって、明人のいないところでは言ってたからな。
そして明人の両親も、美月さんのところの御祖父さんも否定しない所がまた面白かったけどね。
それでも、どうやら決まったようだ。と言うより妥協したのか?各自1枚ずつ依頼書を持ってるぞ。
カウンターに言ってお姉さんと何やら話してたけど、ドン!っと確認印を貰った所を見ると、嬢ちゃん達には問題ない依頼のようだ。一体何を狩るんだろうか?ちょっと気になるな。
そんな嬢ちゃん達とすれ違いに入ってきたのは明人だ。カウンターのお姉さんにお早う!なんて声を掛けている。少しカウンターで話をしてると、俺達に気がついたようだ。真直ぐこちらにやってきた。
「早いね。これから狩りなの?」
「あぁ、さっき狩りから帰った所だ。次の依頼書を見繕っていたんだが…。」
「家の嬢ちゃん達だな。ゴメンな。何時もあんな感じなんだ。決して悪い子達じゃないんだけどね。」
何となく明人の、家の立ち位置が分かったような気がする。こいつも苦労しているようだ。
「ところで、明人は拳銃を持っているのか?」
「あぁ、俺はこれを使ってる。」
そう言って取り出したのはM29じゃないか!
「1度撃たせてくれないか?…これを片手撃ちするのが昔の夢だったんだ。」
「大丈夫か?俺でもどうにかだぞ。」
心配する明人に一応断わって、ギルドの裏手に出る扉を開くと、練習用の的を目掛けて撃ってみた。
ドォン!と言う音の暴力のような発射音と共に練習用の的の板が吹き飛んだ。
中々のものだな。
これも良いとは思うけど、生憎装弾は6発。その上本来あるべきダブルアクションがシングルになっている。
確かに、ダブルよりは命中率が上がるんだけどね。
「ありがとう。良い銃だ。」
「あぁ、でもこれでさえグライザムを倒すには1発ではダメだった。」
明人がそんな事を呟きながら、バッグの後ろに隠したホルスターに銃を戻している。
「今までで一番の強敵は何だった?」
「人間では、こないだ見ただろう。あのおばあちゃんだ。御后様なんだけど、病床からおきたところで試合をしたんだが相打ちだった。とんでもなく強いワンマンアーミーみたいな人だよ。獣では…、大森林地帯で襲ってきたレグナスだな。どう見てもチラノザウルスだったぞ。どうにか傷口に手榴弾を挟んで倒したけど…。そこで、ディーを見つけたんだ。ずっと地下の船で寝ていたんだ。俺のDNAを解析して俺をマスターと呼んで何時も俺達と一緒にいる。」
「大森林地帯は俺達も行ってみた。…途中に流れる川までだったが、面白いのがだいぶいたぞ。」
「あぁ、それもこの間話した中で分かった筈だ。この世界の住人はある意味全て遺伝子が操作されている。」
そう言って明人は、フラウが改めて持って来たお茶のカップを飲み干した。