M-052 2人とも変わらない
俺達は、明人達の頼みを手伝う事にした。
俺達より長くこの世界にいる明人達は、人々の暮らしを良くするために頑張っているらしい。
実に、明人らしい。そしてそれに美月さんが加わっていれば、それなりの効果が出ている筈だ。
明人達を取り巻く周囲の者達も信頼しているようだし、すっかりこの世界に溶け込んでいるようにも見える。
俺が依頼されたのは2つ。とりあえずこのギルドの依頼書を何とかするのに協力してくれというものと、地図作りに協力してくれと言うものだ。もっとも、地図作りには天文台建設も入っていたから、正確には3つになるのかな。
それにしても、驚いた。
地図作りの方法を知らないと言ったら、バビロンという電脳と一体化したオートマタが情報を伝送してくれた。
さらには、俺達の状況についても推察してくれた。
どうやら、並行世界が相互に干渉しあっているらしい。
そして、明人達をこの世界に送り込んだのは、魔法の進んだ世界。そして俺を送り込んだのは科学の進んだ世界らしい。
と言っても、俺達より数段優れたその文明世界の住人は、俺達には神としか思えない。
そして報酬の話になった。俺がいらないと答えると、俺とフラウを雑貨屋に連れて行って革の上下とブーツそれに大型のバッグを揃えてくれた。
「幾らなんでもGシャツにGパンはね。下着も揃えてあげるから今着ているのは袋に入れてバッグに入れておきなさい。」
ちょっとひらひらしたのが多いような気もするけど、新しい革の上下にレッグホルスターを付けて装備ベルトを付ける。
装備ベルト用に小さなポーチを1つと採取用ナイフまで揃えてくれた。持ってはいるんだが、美月さん相手に断われる筈も無い。
「後は、これ!」
そう言って、小さな双眼鏡をくれた。フラウには短眼鏡だ。
これはありがたい。直ぐに腰のバッグに入れて置く。
バッグからテンガロンハットを取り出して頭に被る。このスタイルなら問題ないだろう。
「ガンマンみたいね。でもそれならこの村にいても不自然に見えないわ。」
うんうんと頷きながら美月さんが俺達を見ている。
「それで、宿なんだけど…。」
「あぁ、それなら心配ない。村の外で野宿するから…。」
「ダメよ!」
最後まで言わせて貰えなかった。
今度は雑貨屋から宿屋に向かうと、宿屋のカウンターで何やらおばさんと美月さんで交渉をしている。
そして、おばさんからか鍵を受取った所を見ると交渉が成立したようだ。
「こっちよ。」
とりあえず、付いていくしかなさそうだ。
通りを俺達が来た門の方に向かって歩くと、三叉路を南に曲る。
そして家並みが続く通りを南に歩いて行くと門が見えてきた。
「あれが、この村の南門よ。あの先は畑があるの。そしてこの村の重要な収入源である陶器窯があるのよ。」
そう言って門の前の広場を今度は右に歩く。するとログハウスの長屋が見えてきた。
鍵の番号と扉を確かめるように歩いて2つ目の扉の前で立止まる。
「ここでしばらく暮らしなさい。若い娘さんが野宿なんてダメよ。」
そう言うと鍵を外して扉を開く。
その扉の向うには、10畳程の広さの部屋があった。真中には炉が切ってある。そして奥には3畳程の板の間があった。
「この長屋は村に長く逗留するハンターや商人用に作ったの。もちろん村人の新居にもなるわ。
布団は、無いからマントを使ってね。それと、この炉は薪じゃなくて炭を使って。炭はさっきの雑貨屋にあるわ。
井戸は共用で、さっきあったでしょ。…という事で、明日からギルドの依頼を頼むわよ。」
そう言ってフラウに鍵を渡すと、俺達の返事も聞かないで帰ってしまった。
「変わった娘さんですね。」
「確かにな。だが、誰も美月さんには逆らえない所がある。正義感が人一倍強くて、義侠心もある。困っている人を見つけると放って置けないんだ。学校でも生徒会長として学生からも慕われていたし、先生達の信頼もあつかった。
そんな女性だから、誰もが憧れる。そして問題も色々とあったのさ。」
とりあえず俺達は、備え付けの炭を熾してポットに水筒の水を入れて火に掛ける。
炉と言うよりは囲炉裏の感じだな。周りには長椅子があるから、それの腰を掛けてお湯が沸くのを待つ事にした。
部屋の明かりは蝋燭を使うようだ。柱から飛び出した燭台に蝋燭が1本付いていた。
そして、さっきの話の続きをフラウにしてあげる。
「美月さんは美人だ。そして頭脳明晰な上に合気道場の師範代でもある。
それだから、美月さんを彼女にしたい奴は大勢いたんだ。そして、美月さんはそんな申し込みに全て同じように答えた。
『明人を越える人じゃないと話しにならないわ。』
この結果、明人が入学してから連日のように決闘騒ぎだ。だが、誰一人として明人に勝てる奴はいなかったんだ。
明人に勝てる相手はただ1人、美月さんだけだ。そして明人も美月さんと同じように義侠心にあつい。
俺だって、苛めにあっていたところをだいぶ助けられた。
何時しか明人を越えたいと思っていたが、あの頃は思いだけだった。」
お湯が沸いたようで、フラウがお茶を入れたシェラカップを渡してくれる。
「苦労しましたね。」
「あぁ、苦労したさ。でも、あの2人に助けられたのは事実だ。明人に頼まれて拒むものはそれなりにいたさ。明人憎しでね。でも、美月さんの頼まれ事を拒む奴はいなかったな。」
そう言って、パイプに火を点ける。
何だろうな。憧れていたのかな…。そういう意味では明人が気の毒に思える。
まぁ、学校のヒロインを彼女にしているんだから、しょうがないとは思うけどね。
しばらくここに厄介になるようだから、雑貨屋に出かけて炭を購入した。適当に分量を言って、蝋燭数本とタバコの袋も購入しておく。
長屋に戻ると、備え付けの炭桶に買い込んだ炭を入れて囲炉裏の傍に置いておく。水筒の水も共同井戸で補給しておいた。
のんびりとお茶を飲みながら明日の朝を待つ。
この村で狩猟期を見てからアトレイムに戻ろうと思ったが、思わぬ奴に出会ったものだ。
明人達と一緒にしばらく過ごすのも悪く無さそうだ。
・
◇
・
朝になった。
囲炉裏の炭に灰を被せて火を消す。
そして立ち上がると、再度装備の確認を行なう。
装備ベルトの腰には大きめのバッグ。そして小さなポーチと採取用のスコップナイフは新品だ。
レッグホルスターのベレッタには、昨夜フラウがきちんと弾丸を補充している。
大型バッグの裏に隠したナイフと杖があれば、十分大型獣とも戦える。
フラウと顔を合わせて頷くと、長屋を出て鍵を掛ける。
途中の共同井戸で水筒の水を新しくするとギルドに向かって歩き出した。
「お早う!」
そう言ってギルドの扉を開く。
奥のテーブルにいる明人に軽く手を振ると、明人も手を振ったが、そのとたん3人組の娘達が一斉に俺達を見詰める。
これはまた面白いな。
早速、明人のいるテーブルに行くと、懸命に娘達に明人が弁明していた。
「誰じゃ、あの2人組みは?」
「そうです。誰なんですか?」
「昔の友達だよ。昔住んでいた国で一緒だったんだ。」
苦しい言い訳だな。ここは1つ…。
「お早う、明人。仕事を手伝って欲しいと言うから早速来たぞ。ところで、こっちの娘さん達は誰だ!」
「紹介しよう。こっちの3人は俺の妹のミーアちゃん。それに、王女様のサーシャちゃん。そして俺に降嫁したアルトさんだ。」
ん?…今、さらりととんでもない事を言っていたぞ。
「そして、こっちの2人がユングとフラウだ。黒3つなんだが実力は俺以上だと思う。俺の古い友人だ。姉貴も2人を知っているから、安心していいよ。」
「それなら、歓迎しよう。ところで黒3つと言ったな。アキトは銀4つ。それでもアキトを越えるというのか?」
「たぶん。俺達は幾ら狩りをしてもレベルが上がらないんだ。このレベルもエントラムズでトラ顔の将軍に無理やり貰ったようなものだ。」
「ケイモスに貰えたならそれで良い。そうか…。ディーと同じなのじゃな。」
そう言って小さな女の子は1人で納得している。
「さて、では我等は狩りに出かけるぞ。今日の獲物はカルキュルじゃ。クルキュルを見かけた者もおるらしい。相手にとって不足無しじゃ!」
小さな女の子がそう言うと、ネコ耳の女の子ともう1人がオウ!と言ってバタバタとギルドから出て行く。
そして、ピィーと言う笛の音が3つ重なるとカシャカシャと言う音が近付いてきて直ぐに遠ざかった。
俺は明人の対面に座るとパイプを取り出す。
指先に電撃を発生させて火を点けると、明人が驚いた顔をしてタバコを取り出した。そしてジッポーで火を点けている。
「面白い娘達だな。それにしてもあんな小さな娘が明人に降嫁したのか?良くも美月さんが了承したもんだ。」
「アルトさんはサーシャちゃんのおばさんだ。あんな風に見えるけど、もう40歳を越えているぞ。そしてこの先もずっとあの姿だ。」
「エルフ族では無いようだが…。」
「あぁ、少しはエルフの血は引いているがあの姿は呪いによるものだ。昔、魔族と戦って、呪いを受けたらしい。そして、どうやら不死の存在だ。戦闘時に解呪法で一時的に呪いを受けた時点の姿に戻れるが、普段はあの通りだ。」
「ちょっと待て、昨日は気が付かなかったが、お前達も消えた当時の姿のままだぞ。」
「俺達も似たような状態だ。姉貴も俺と一緒に不死の存在だな。傷は治るし、毒も効かない。」
「俺と似たような存在か…。」
俺は無機質の体、そして明人達は有機質の体ではあるが、共に寿命が無いのかもしれない。その理由は…、気になるところだ。互いに何らかの役割を負っている可能性も否定できないな。
「ところで、とんでもない依頼の数だが、どこから手掛ければ良いんだ?」
「依頼書の上に『B』と書いてあるのが担当分だ。さっきのアルトさん達と同じクラスになる。ちなみに『A』は姉貴達が担当しているし、『C』』はどうにか一人前のハンターの担当分だ。そして『D』は御婆ちゃんと孫みたいな感じのハンターが請け負っている。」
どうにか一人前は理解出来るが、御婆ちゃんと孫っていったいどんなハンターなんだ?…だいたいそんなハンターがいること事態おかしいと思わないのか?
疑問符を頭の上にちらつかせながら考え込んでいると、バタンと扉が開き2人連れのハンターが入って来た。
「お早う!」って小さな娘が元気良く挨拶してスタスタと掲示板に向かう。そしてその後ろから入ってきたのは、妙齢のハンターだ。背中の長剣がよく似合うし、立ち振る舞いに隙がない。
そんな女性の元に先程の女の子が依頼書を持って走っていく。
「お婆ちゃん今日はこれにするわ。」
「どれどれ…。ジギタ草の採取じゃな。そしてガトルの群れがおるのか…。なるほど2つの依頼が傍じゃのう。これは一度に2つの依頼をこなす事になるようじゃ。リムもそろそろ1人でガトルを狩れると思うぞ。やってみるか?」
「うん!」
女の子が嬉しそうに返事をしてるけど、良いのかな。ちょっと問題がありそうな会話だぞ。
そして、カウンターで手続きをしてギルドを出て行った。
「今のが、俺の義理の一番下の妹とアルトさんの母上だ。確かに歳の差は御婆ちゃんと孫なんだよな。」
「大丈夫なのか?」
「お婆ちゃんは、銀4つだ。王族だからそれ以上にギルドランクを上げる事が無い。1度、病み上がりのリハビリだと言って俺と勝負したんだが引き分けだった。」
どんだけチートなんだ、あの女性は!
病み上がりでも、明人と引き分ける程の実力なら、小さな女の子を連れて行っても問題は無い訳だな。
「じゃぁ、俺達も手伝うよ。」
ちょっと毒気を抜かれた感じで、俺とフラウは掲示板に向かった。