M-050 リザル族
夜が開けるとリザル族の男達は獣の毛皮を剥いで行く。
俺達はガトルの牙を回収して、フラウがガドラーの魔石を回収する。
グライザムの肉は食べられるらしい。内蔵は捨てて残りを骨から切り取っている。その剥ぎ取りは石のナイフだ。
大きなグライザムの毛皮を5枚持ってきたので、俺は3枚を受取った。
「元はお前達が追いかけていた獲物だ。それにあの槍で俺は助かった。この毛皮で肉を運べるだろう。」
「助かる話だが、それで良いのか?…グライザムの毛皮はハンターが欲しがるものだぞ。」
「あぁ、構わない。3つもあれば十分だ。それにこれを使え。」
そう言って、クナイを1本リザル族に渡す。
ちょっと使いがってが悪いかもしれないが、石のナイフよりは良いだろう。
「じゃぁ、縁があったらまたな。」
「あぁ、俺はレグド。仲間に会ったら俺の名を言え。」
レグドに頷くとガリク達の元に2枚のグライザムの毛皮を持って戻った。
「俺達も村に戻るぞ。」
「良いのか?あのグライザムはユング達が倒したものだぞ。」
「構わないさ。この毛皮だけでも高値が着く。それに幾ら倒しても俺とフラウのレベルは上がらないし…。」
俺の答えに納得したのかしないのか、それでも焚火を始末すると、こちらを見ているリザル族のハンターに手を振って俺達は村へと引き揚げた。
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「ガトルの牙が16個、ガドラーの魔石が2個。それにグライザムの毛皮が3枚…。
正直、驚きます。報酬は…、440Lと金貨9枚です。グライザムの肉や内臓は王都で加工されて薬になるんですが、毛皮だけですからこの値段になってしまいます。」
カウンターのお姉さんが、吃驚したような済まなそうな複雑な顔をして俺に報酬を渡してくれた。
早速、テーブルで待っているガリク達の所に行くと、報酬を分ける。
「金貨は全部で9枚だ。各チームに3枚で良いな。残りは440Lだから70Lずつ分配して、残りで食事と酒にしたいが…。」
金貨3枚と聞いてガリク達、それにクラウゼさんが驚いて俺を見る。
「ちょっと、待ってください。その金貨はユングさん達の物じゃないですか?…俺達は、全く参加してませんよ。」
ガリクの言葉にクラウゼさん達も頷く。
「そうにゃ。私達は見てる事しか出来なかったにゃ。」
「狩りの報酬は皆で分けるのが原則だ。今回のガトル狩りの余禄だと思えば良い。これでガリクも長剣が作れるんじゃないか?」
「確かに…。ありがたく受取るよ。」
報酬の分配が終ったところで、酒場に出かけて20Lで食事と酒を楽しんだ。
「簡単に仲間に入れて貰ったけど、ユング達と狩りをするのは私達には無理なようね。レベルにさほど開きは無いと思ってたけど、十分銀に匹敵するわ。」
「それなら、俺達じゃ全く足手纏いじゃないか。」
「そうでもないさ。ただ、俺達の狩りが少し変わってるだけだ。あの大きい奴、グライザムとか言ったな。あれを倒せたのも、俺達が魔道具を持っているから出来たようなものだ。生憎と俺達以外は使えない代物だが、随分と助けられた。」
そう言って、テーブルにベレッタを取り出す。
「そういえば、それで光の筋のようなものを発射していたな。グライザムの後頭部に大きな穴が空いていた…。」
「魔道具の話は聞いた事があるけど…私も、初めて見たわ。」
「だから、レベル差ではなく、武器の差だと思う。後は俺達の体質の違いだろうな。」
「凄い体質にゃ。ネコ族より上にゃ。」
「それも、魔法が使えないためだと思ってる。正直な話、魔法を使えるほうが遥かに便利だ。」
そう言って、安物の酒を飲む。
食事が終ると、その場で別れた。たぶん2度とチームを組む事は無いだろう。
ガリクもクラウゼさんも王都に行くと言っていたからな。
宿に戻って、食事を取って一休み。もっとも眠る必要の無い俺達だが、世間向きには疲れたと装う必要がある。
夕方近くに食堂に下りて食事をしながら農夫の話に耳を傾ける。
「もうすぐ、狩猟期が始まるな。」
「あぁ、だが俺達には関係ねぇ話さ。ハンターだって集まるのは黒5つ以上が多いらしいぞ。」
「確かにそうなんだが、何でも屋台が沢山出ると言うじゃないか。それを見に行くのも良いと思ってな。」
「俺も聞いた。屋台か…。子供達を連れて行けば楽しそうだな。」
そんな話をしていると、1人の農夫がその話に加わって来た。
「聞いたか?今年の狩猟期が危ぶまれているそうだ。…何でも参加者が少ないと言う事だぞ。」
「だが、それを聞いてレベルの低いハンターが集まりそうだとも俺は聞いたぞ。今年もやるに違いない。あの狩猟期があるからネウサナトラムの村は冬を越せるんだ。色々と始めたらしいが、冬越しの食料を集めるのが狩猟期の目的だぞ。」
「確かにそうなんだが…。」
ふむ、狩猟期と言う祭りには屋台が出るのか。そして、狩猟期には村の冬越しの食料を得るためのものらしい。
ネウサナトラムの位置は…、と図鑑の地図で調べるとどうやらこの村の東らしい。
一旦王都に帰ってちゃんとした道を行く方法もあるが、この地図だと北の山脈の麓を辿るように行けば何とかなりそうだな。大きな湖が目印なら迷う事は無いだろう。
リザル族に会って帰ろうかと思ったが、少し遠回りしてみるか。モスレムの東はきな臭そうだが、そこまで東ではないようだ。
部屋に戻ると、フラウにネウサナトラム行きを話す。
「先を急ぐ旅ではありません。マスターの気の向くままにご一緒します。」
「なら、リザル族を訪ねて、その足でネウサナトラムに向かおう。レグド達のおかげで金も出来た。少しは見返りを渡さないとな。」
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◇
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それから5日程、ギルドで簡単な狩りを受けると、いよいよこの村ともおさらばだ。
雑貨屋で、籠を1つ買い込んで、古着をありったけと穀物の袋を1つ買い込む。
武器屋に向かうと、ナイフと斧を数丁新たに買い込んだ。これだけ買い込んでも、銀貨40枚も使わない。
その足で、ギルドに向かい。村を去ることを告げた。
「そうですか。グライザムを狩れるハンターが村にいてくれると安心なんですが、分かりました。旅の安全を祈ってますよ。」
ありがとうと言って、ギルドを出る。
リザル族の集落はこの村を出て1日程度歩く場所にあるらしいが、詳しい場所までは分からないそうだ。
東門の出口の門番さんに別れを告げて、北に向かって歩き始める。
直ぐに道はなくなり、森の中を進む羽目になったが、注意してみると獣道のように踏み固められてきた道を見つけた。
集落と村との交易の為の道だろう。これを辿ればリザル族の集落に辿り着けそうだ。
村の北に広がる森の生物相も豊かなようだ。
ヘッドディスプレイには小型の草食獣が沢山いるのが分かる。
たまにディスプレイの片隅にガトルが現れるが、向うから俺達を避けてくれる。
昼を過ぎた頃。ヘッドディスプレイに数百の個体が現れた。
ようやく、リザル族の集落のようだ。
集落を目指して進んでいくと、俺達の前方に数人が集まってくる。俺達の接近に気付いたようだ。
「止まれ!この先はリザル族の集落だ。見れば若いハンターのようだが、集落に用があるのか?」
藪の影から石の槍を向けて数人のリザルの民が俺達を誰何する。
「この前、レグドと言うハンターに世話になった。彼が追っていた獲物を俺達で狩ってしまったのだが、その報酬は莫大だった。僅かだが報酬で得た金で買い込んだ品を届けて彼に礼をしたい。」
リザル族は槍を引いた。
「その話は、俺も聞いた。グライザムを群れで狩る娘に会ったと言っていた。何かの間違いだろうと笑っていたが、その証拠として毛皮を2枚出したのだから皆が驚いていた。…それだけの腕なら長老も話を聞きたいだろう。こっちだ。案内する。」
そう言って、向きを変えて森を歩いて行く。
結構な速度だ。俺達だから問題ないが、人間だったらとっくに顎を出しているぞ。
棘のある潅木で300m程囲った中にリザル族の集落があった。長屋風の竪穴式住居が並んで立っている。その中の一際大きな建物に俺達は案内された。
中は10m程の広さがあって、中央に炉が切ってある。炉の傍に長椅子が置いてある。俺達はそこに座って、フラウは背中の籠を下ろした。
直ぐに、奥のカーテンが開かれ老いたリザル族が姿を現す。
炉を挟んで俺達の前に座ると、ジッと俺達の顔を見詰めた。
「レグドから、若い娘2人がグライザム5匹を一瞬で倒したと聞いた。誰も笑って相手にしなかったが、彼が取り出した肉と毛皮は間違いなくグライザムだった。
狩りの邪魔をしたといってレグドは2匹分の毛皮と肉を受取ったが、本来はそなた達が倒したもの。お返しするのが筋だと思うが…。」
なるほど、義理堅い種族だな。
「いや、どちらかといえばこちらが謝らねばならないだろう。彼等の狩りの邪魔をしてその上獲物の分け前はこちらが多すぎる。
あれ程の値が付くとは俺も思ってみなかった。少しは返さねばと思い訪ねた次第。」
そう言って、籠を長老の脇にいた者に渡す。
「中身は、古着とナイフに斧だ。穀物も1袋が入っている。これをレグドに渡して貰いたい。」
そして、腰のバッグから袋を出して、王都で購入したナイフと斧、それに槍を取り出す。
「全て金属部分だけだ。適当に柄を付ければ使えると思う。これは長老にお渡しする。」
その武器の上にフラウが穀物の入った袋を乗せる。
「これをワシに送る理由が分からん。」
「1つ聞きたい事がある。それを教えて貰いたい。」
「大変助かるものばかりだが、一体何を聞きたいのだ?」
「なぜ、その姿なのだ?…俺は、気が付いたらこの世界にいた。そして俺達には魔法が全く使えん。何とかネコ族並みの素早さでハンターを続けている。
色んな種族に会ったが、皆人間の姿に似ていた。しかし、リザル族の姿は…。」
「お主達で2回目じゃ。我等の姿について聞いてきたのは…。これが何か分かるか?」
そう言って、大切そうに取り出した物は小さな仏像だった。
「あぁ、仏像だ。信仰のシンボルとなるものだ。その教義は…。」
「いや、知っているだけ分かれば十分じゃ。確かあの者達は、ネウサナトラム村にいる筈じゃ。そこで村一番のハンターを訪ねるが良い。
かの者は我等の伝承を知りたがった。その報酬は我等の安住の地。その報酬で話した内容をお前達にする訳には行かぬ。」
義理堅いというのもここまで来ると問題な気がするぞ。
とは言え、俺達がこれから行こうとする村にそのハンターがいるなら都合が良い。
それを教えてくれただけでも感謝しなければなるまい。
「では、これで失礼します。」
「待て、日が暮れるぞ。明日に向かえば良いだろう。東の村は人が歩けば3日は掛かる。休養して行くが良い。」
「ありがたいお話ですが、俺達はネコ族並みに夜目が利きます。森を進むのに問題はありません。」
「そうか…。お前達の贈り物はありがたく頂く。冬を迎えるに着る物も無い子供達が大勢いるのだ。感謝する。」
長老はそう言って深々と頭を下げた。
俺達も頭を下げると、家を出る。
「待て、今から行くのであれば、簡単に道を教える。とにかく真直ぐ東だ。俺達の足で1日行ったところに小さな沢がある。その先1日で眼下に大きな湖が見える筈だ。その湖の南西に村がある。」
俺達を追いかけてきたリザルの民が教えてくれた。
結構近いじゃないか。俺は改めて礼を言うと、集落を出て森を東に向かって進んだ。