M-049 グライザムとリザル族
クラウゼさんは【シャイン】を使えると言っていた。やはり俺達を交えた狩りは夜の狩りになってしまう。
「ユングさんの合図で【シャイン】を放ちます。2個ほどあれば十分でしょう。後は後ろから【メル】で援護します。」
「私は、これにゃ。素早いから側面を援護するにゃ。」
「なら、俺達は長剣ですからクラウゼさんの盾になります。」
「となれば、正面攻撃は俺とフラウになるな。俺が左で、フラウが右からだ。後ろに回りこむガトル達はレジアさんが牽制してガリク達が食い止めろ。」
そんな分担を決めた後は俺とフラウを残して休ませた。
ポットのお茶を飲みながらパイプを楽しんでいると、何時しか周囲の小さな獣達の気配が無くなっている。
「動体反応が北にあります。警戒しているようですね。」
確かにそんな感じだな。それでも数匹の先導するガトルの後ろには10匹以上のガトルが付いてくる。その内の2匹の生体反応が一際大きい、たぶんそいつ等がガドラーなのだろう。
ゆっくりした動作で寝ている4人を起こす。
慌てて飛び起きた連中に状況を伝えると、カップ半分程のお茶を飲ませて頭をすっきりさせる。
「まだ狩りは始まらない。2M(300m)は離れている。少しずつ近付いているから、準備だけしておいてくれ。」
4人が頷いた事を確認して俺もパイプにタバコを詰め直す。
「凄いにゃ。私にはまだ分からないにゃ。」
「段々近付いてるから、もうすぐ分かるよ。方向はあっちだ。」
そう言って、レジアさんにガトルの来る方向を教えてあげる。
「魔法が使えないし、利かない体だからかな。皆には出来る事が俺達は出来ない。そのために神様が別の力を分けてくれたんだと思うよ。」
「魔法も利かないんですか…。では、私達だけでも掛けておきます。」
そう言って【アクセル】を少年達と自分達に掛ける。
「でも、昨日の動きはとても素早かったですよね。」
「たぶん、ネコ族の人以上に素早いと思うよ。だから、これ以上素早くならないように【アクセル】が利かないのかも知れない。」
そう呟くと、パイプに火を点けた。
少しずつ焚火の火を大きくする。焚火だって獣相手なら立派な障害になる。
「来たにゃ。確かに北からにゃ。」
ヘッドディスプレイには先行する数匹のガトルが100m程先まで来ているのが写っている。その後ろには群れがしっかりと付いて来ていた。しきりに周囲をうかがっているのは、バラしたラッピナの意図を怪しんでの事か?
1匹がラッピナの肉片を齧りだすと、直ぐに他のガトルがばら撒かれたラッピナを見付けたようだ。そして、我勝ちにと群れが追い付いて来る。
そんなガトルが周囲に広がって、ラッピナを撒いた場所を空ける。悠々とガドラーが近付き、それを食べ始めたようだ。
群れの中でも、上下関係があるんだろうな。
小さなガトルでは十分な獲物が回ってこないと思う。
そんな、ガトルが俺達に近付いてくる。
落ちている肉ではなく、生きている俺達を襲う心算になったようだ。
「来るぞ。ラッピナを食えない奴等は俺達を襲う心算だ。」
俺達は立ち上がるとあらかじめ決めておいた配置に付く。
【【シャイン!】…【シャイン!】」
クラウゼさんの魔法で2つの光球が周囲を照らす。
その中を数匹のガトルが俺立ち目掛けて疾走して来た。
ボグ!
俺が振り下ろした杖が鈍い音を立てると同時に杖に骨を折った衝撃が伝わる。
廻すようにして、もう1匹を下から突き上げて空中に放り投げる。
どうやら、群れも俺達に気付いたようだ。一団となって森から飛び出してきた。
杖を投げ槍の要領で投げ付けると先頭を走ってきたガトルに当たって頭に突き刺さる。
ベレッタを引き抜くと、L設定でガトルを狙って射撃を始める。
ドン!っと火炎弾がガトルに命中した。火達磨になってもがいている。
そして、一際大きなガトルが俺達に向かってきた。
ガドラーだよな。前にもベレッタで倒したから、これもこのままで良いだろう。
慎重に狙った銃弾は眉間に吸い込まれていく。ガドラーは数歩それでも歩いたが、やがてドサリと横になった。
素早く周囲を見回す。誰も、負傷は無いようだ。
「どうやら、終ったな。…まだ夜だから、討伐部位の回収は明日だな。」
そう言って、焚火のところに歩いて行き、ポットから自分のカップにお茶を注ぐ。
ゆっくり飲んでいると、皆が集まってくる。
「これで、依頼は達成ですね。ガトルを初めて夜に狩りましたが、やはり【シャイン】は必要ですね。」
「ネコ族なら1個で良いにゃ。でも、人間なら夜の狩りは3つはいるにゃ。」
「まぁ、無事に終ったんだ。後は朝まで寝るだけだな…。まて!武装を解くな。」
俺は武器を仕舞おうとしていたガリクに注意した。
何か大きな生体反応を持つ獣が数匹こちらに駆けて来る。
「ガドラーよりも大型です。初めての獣ですね。」
「皆、覚悟しとけよ。ガドラーよりも大型の獣が6匹向かって来るぞ。」
俺の言葉に慌てて武器を構えた。
「あと2M(300m)位だ。焚火に薪をもっと入れとけ。俺とフラウで殺る。クラウゼさん魔法で援護してくれ。今度はガリク達は焚火の後ろだ。回りこんできたらレジアさんに任せて、2人はレジアさんの手助けだ。
かなりやばそうな奴だから。絶対に焚火の前には出るなよ。」
「どうやら、追われているようです。他のハンターが後ろから追いかけています。5人のハンターです。」
フラウが他人事のように呟いた。
確かに、追われているようだ。だが、あんな大きな生体反応を持つ獣を一体誰が狩るんだ。村のギルドの話では、それ程高いレベルのハンターはいないはずだったが。
「マスター。レールガンの出力をMに設定変更してください。」
素早く、ヘッドディスプレイを操作してベレッタの出力を上げる。これで秒速2km。頭に当たれば脳が衝撃波で吹き飛ぶ筈だ。
森から飛び出して来た獣は熊だった。大型のグリズリーみたいな姿で4つ足でこっちに駆けて来る。
俺が左から狙って、フラウは右の奴から狙う。
ターゲットの捉えた頭部目掛けて、トリガーを引く。
光の筋のようになって弾丸が飛ぶのが一瞬目に見えた。そして、その光の筋からグリズリーの頭が僅かに外れた。
かなり素早い奴だ。次の弾丸は胸付近に吸い込まれたが、奴の駆けて来る速さに変化は無い。
3発目の弾丸がようやく頭に吸い込まれる。そしてグリズリーの後頭部から花が咲いたように血飛沫が飛んだ。
次のグリズリーに狙いを着ける。20m程にまで近付いたグリズリーは最初の弾丸で後頭部が吹き飛んだ。
そして、次のグリズリーを狙おうとした瞬間、前方に飛び込むように奴の一撃を避けた。
何時の間にか直ぐ傍まで来ていたらしい。
ベレッタを発射して頭部を破壊したその時、グリズリーの脇腹に2本の槍が深々と突き立った。
急いで次のグリズリーを探す。
周囲に確認出来ないのでヘッドディスプレイを覗く。やはり、あれでお終いか…。
「マスター。ハンターが近付いてきます。」
現れたハンターが光球と焚火の光でその全身を現した時、俺達は一瞬時が止まったような錯覚を覚えた。
現れたハンターは5人。古い革の服や、皮の簡単なパンツをはいている。足には丈夫そうな分厚いブーツを履き、持っている武器が石の槍だ。革帯には石の斧を挟んでいる。
そんな姿にも驚くが、もっと凄いのはその体だ。
どう見てもトカゲにしか俺には見えん。尻尾が無いだけだな。
俺達が驚いて声も出ない中、異形のハンターが俺達の前に並ぶと頭を下げた。
「済まぬ。まさか、森の出口で狩りをしているハンターがいるとは思わなかった。どうやら仕留められたようだが、怪我は無いか?」
「怪我は無い。気遣い無用だ。…ところで、お前達はリザル族か?…あれ程の距離から的確に槍を投げるなど、俺達には無理だ。あの槍がなかったらと思うとゾッとする。助かったよ。」
「なに、それよりもグライザムを群れで狩るとはとんでもないハンターだ。出来れば、我等に肉を貰えないだろうか。毛皮は剥いでお渡しする。」
「朝になってからでも良いだろう。先ずは食事をするが良い。あれだけの速度で森を走っていたのだ。腹は減っている筈だ。」
リザル族のハンターのリーダーが並んだ者達に何事か告げると、その場で焚火を取り囲むように座った。
「ちょっと出掛けて来ます。」
そう言うとフラウが闇に消えていく。
「カップは持っているか?」
リザル族のハンターは俺の言葉に頷いた。早速、簡単なスープを作り始める。
「私がやります。」
クラウゼさんが俺の手付きを見て途中から参戦してきた。
しばらくして、戻って来たフラウは3匹のラッピナをぶら下げている。
「これは俺達が捌きましょう。」
今度はガリクがラッピナを持って、少し離れた光球の下に移動して作業を始めた。
「それにしても、石器なんだ。見せてくれないか?」
俺の言葉に担いでいた槍を俺に渡してくれた。
やはり…確かに細石刃だ。これならあの深さに槍が刺さるのも分かる。そして、この槍1本を仕上げるのにどれだけ時間が掛かったんだろう。
「ありがとう。石器の中では最高のものだ。話には聞いていたが実際に使われたところを見たのは初めてだ。」
「この槍の秘密が分かるのか?」
「あぁ、分かる心算だ。それは細石刃と呼ばれる種類の石器だ。作りのは大変な労力が掛かるが大型獣を倒すには、一番適している。」
俺の言葉にニヤリと笑った。でも、ちょっと凄みがありすぎるぞ。
「出来たぞ。今から焼くからな。」
「ありがたい。実は腹が減っていたのだ。」
焼ける間、世間話をしていると、リザル族はやはり村の北に集落を作っているらしい。
そして、その集落から西の山を監視しているとの事だった。
「我等をモスレムの国民としてくれた。その恩義は大きいものがある。」
国民なら国民としての義務があるのだが、彼等に課せられた義務はカナトールの侵略を事前に察知する事らしい。
そんな哨戒任務が終えた時にグライザムを見つけたらしい。グライザムの毛皮は高く売れるし、その肉は集落への土産にもなる。
追い掛ければ群れはバラける。その中の足の遅い者を狙おうとしたらしいのだが…。
「まさか、群れを全滅させるとは思わなかった。さぞかし高名なハンターなのだろう。名前は?」
「ユングにフラウだ。高名ではないよ。黒の3つだからね。」
「ユングにフラウか。覚えたぞ。グライザムを群れで倒す娘達としてな。」
変な2つ名が付かない事を祈るだけだな。
「出来たぞ!」
ガリクが肉を千切り始めた。
「スープも良い味よ。」
もう過ぐ夜が明けそうだけど、俺達は少し早目の朝食を食べる事にした。
でも、これが朝食だと朝から肉料理なんだよな。