M-045 モスレムの王都
ラプトルの群れに襲われて2日後に俺達は村へと戻る事が出来た。ラプトルの蹴爪はそれなりに需要があるらしい。1個20Lで買取って貰えた。回収出来た蹴爪は21匹分で42個。蹴爪と魚の報酬を併せると890L。1人222Lで2Lが余分だけど、これでジュースを買って皆で分け合った。
「そろそろ、大森林地帯を離れようと思うんですけど…。」
「そうだな。俺達もここでレベルを上げる事も無いし、単なる物見遊山だからね。出来れば、大森林地帯を抜けるまでは一緒にパーティを組んで貰いたい。」
そんな訳で、俺達は大森林地帯を後にした。
結構、面白い獣達が多かった。ラプトルには驚いたが、あれがいるならもっと奥には大型恐竜がいてもおかしくない。暴君と呼ばれるのはチラノザウルス辺りだと思うけど、特に俺達が狩る必要は無い。
途中の森で一夜を明かし、大森林地帯に隣接する村に着いた。
ここで、俺達の臨時パーティは解散だ。
「色々とありがとうございました。」
「いや、こちらこそ。やはり大森林地帯は俺達2人では無理だ。レミネアさんとキャルルさんがいてくれたから色々と面白いものを見たり、経験したり出来たよ。」
「ありがとにゃ。これ、大切にするにゃ。」
そう言ってキャルルさんが、大ムカデの嘴をバッグから取り出した。
これから、サーミストの王都に向かって短剣の柄に加工して貰うらしい。
それでは、と最後の別れを告げるとフラウと共に次の町へ歩き出した。
とことこと、疲れを感じる事の無い歩みで俺達は西に向かって歩く。
「次はどこにします?」
「そうだな。まだ行ってないのはモスレムか…。一旦モスレムの王都に向って、銅の地金を買っておくか。宿噂話でモスレムのどこに向かうかを決めれば良い。」
季節はまだ冬の最中だ。大森林地帯での狩りの報酬でだいぶ銀貨も貯まっている。しばらくは狩りをしないで暮らすのも良いだろう。
のんびりと5日程掛けて、サーミストからモスレムに向かう街道を北に歩く。
モスレム王都が見えたところで、街道の休憩所に小さな焚火を作って夜を明かす事にした。
このままだと、着くのが夜になってしまうし、走るにしても王都近郊だけに人目がありすぎる。
幸い、この休憩所には俺達以外は夜を明かそうと言う者はいない。
投槍の穂先を回収して柄は薪にする。しばらくは投槍を使う事も無いだろう。
そして、林から俺達の杖を切り出した。1.5m程の杖が一番俺達に使いやすいし、これが俺達の普段使う武器だとは誰も思わない筈だ。
後は、のんびりとパイプを楽しみ夜明けを待つ。
街道をサーミストに向かう荷馬車が、隊列を組んで俺達の前を通り過ぎた。
そろそろ俺達が出発しても良い頃合だ。
焚火に飲み掛けのお茶を投げ捨てて火を消すと、杖を片手に立ち上がる。
「背中の長剣はこのままで良いですか?」
「良いと思うよ。あればそれだけでハンターだと判ってくれるだろう。ところで、何か入用な物はない?」
「特にありませんね。砥石も後1つありますから…。」
何時の間にか、予備を買っていたようだ。
まぁ、フラウの趣味だし、何時も良く切れる状態なら何も問題は無い。」
「出来れば、予備の長剣を揃えませんか?…今の長剣も良いのですが、斬れ味に優れた物も必要な気がします。」
俺達の主要武器はレールガンだが、あまり多用するのも問題がある。そして、今もっている長剣は、長剣とは名ばかりの物だ。刃渡りの長い鉈と言うのが正しいような気がする。
それでも、俺達の力で振りぬけばそれなりに威力はあるんだが、確かにぶった切るが正しい表現になるな。
「購入資金は十分だ。フラウが納得する長剣を買えば良いと思う。俺にも同じ物を買って欲しいけど。」
「了解です。」
そう言って俺を見るフラウの顔は嬉しそうだ。
たぶん既製品を購入するのではなく、新たに作って貰う事になるんだろうな。
王都の北門で衛兵に止められた。
まぁ、王都だから不審者の潜入を防止しているんだろうけど、ご苦労な事だ。
「待て、王都に何用だ!」
「ハンターに、向かって何用だは無いと思いますが…。」
そう言って首から下げたギルドカードを取り出す。
「あぁ、悪かった。若い娘さんが2人では、とてもハンターとは思えなくてな。申し訳ない。通って構わんぞ。」
俺達に向かって、自分の非礼を素直に詫びるだけ偉いと思う。
そんな事があったけど、王都の中は広くて賑やかだ。たぶん、この辺りは庶民街なんだろうな。小さな石つくりの家が沢山ある。
そんな中をきょろきょろと、おのぼりさんみたいに通りを歩いて行く。
真直ぐ北に大通りを歩いて行くと、同じような道が東西に交わる大きな交差点に出た。その交差点の東側にある大きな石造りの建物がどうやらギルドらしい。
「今日は!」と挨拶しながらギルドの扉を開いて中に入った。
どこもギルドのホールは一緒のようだ。大きいかそれとも小さいかの違いでしかない。
長いカウンターには数名のお姉さんがハンター達の応対をしている。
俺達もその中の1つに並んで順番を待つ。
「はい、次の方どうぞ。」
「大森林地帯の村から真直ぐに来た。ユングとフラウで共に黒3つになる。」
そう言って俺達のギルドカードをお姉さんに渡す。
「このカード、ずっと更新してないじゃない。直ぐに調べるから…。」
「いや、調べても無理だ。このカードもエントラムズのトラ顔の将軍と真実なんだかの神官に作ってもらったような物だ。幾ら狩りをしても俺達2人のレベルは上がらない。大森林地帯ではラプターを30匹以上狩ったが、それでもレベルは上がらなかった。」
お姉さんは、俺の顔をジッと見ていた。
「エントラムズのギルドを破壊してギルド長を追放した女の子2人組みのハンターの噂を聞いたけど…。」
「俺達だ。だが、あれはギルド長が俺達の討伐したリストを奪ったからだ。そのような邪な者がギルドを仕切っているなら破壊はやむ得ないだろう。」
「分かったわ。ただの無頼漢ではないという事ね。でも、ギルドの破壊はやり過ぎだと私は思うな。」
「俺達は力があるが、闇雲に使う心算は無い。それと、俺達は魔法が一切使えない。しばらく滞在したいが、面白い依頼があったら紹介してくれ。レベル的にはかなり上位になろうとも問題はない。」
「魔法も使わずにラプターを30匹以上狩るって、かなりの非常識よ。でも、頼りにさせて貰うわ。東の方で小競り合いがあるみたいなの。黒レベルのハンターがそっちに行ってしまったから王都に残っているのは、赤と貴族の子弟の黒なのよ。」
「了解した。ところで、宿のお勧めはある?」
どうにか手続きを終えて、お姉さんに書いてもらった簡単な地図を持ってギルドを出る。
「かなり、問題になっていたようですね。」
「あぁ、だがあれは向うに問題がある。俺はちゃんと筋を通したぞ。」
まぁ、ちょっと早急だったような気もするけどね。ギルドにとっては大きな問題だったに違いない。組織を私的な目的にしようとしていた以上その再発防止に躍起になっているだろう。
俺としては、熱いお灸の心算でいるんだが…。
お姉さんの書いてくれた地図には雑貨屋と武器屋まで描いてあった。
まだ宿に行くのは早いだろうという事で、武器屋に寄ってみることにする。
「今日は!」と挨拶しながら武器屋の扉を開く。
「はい!」と言う元気な声と共に、俺達よりも若そうな娘さんがカウンターにやって来る。
「今日は。どんな御用でしょうか?」
ここはフラウに任せて、俺はのんびりと陳列棚の武器を眺め始めた。
王都の武器屋だけあって色んな種類の武器が揃っている。やはり西洋的な武器が多いというか、東洋の刀のようなものは置いていない。
レイピアのような刺突剣もあるけど、これじゃ狩りは出来ないと思うな。
「やはり、これですと新たに製作することになります。値段は銀貨50枚以上になりますが…。」
「金貨2枚で2本作ってくれ。」
俺の言葉にカウンターの娘さんが驚いている。
「ちょっとお待ち下さい。父を呼んできます。」
しばらくすると、奥のほうからやって来たのはトラ顔の大男だった。
「お前達か、金貨で長剣を作りたいという奴は?」
「そうです。今の長剣も打って貰ったものなのですが、切れ味よりも打撃力を重視したものです。少しは長剣の使い方が分かってきましたから、今度は斬れる長剣がほしくなりました。」
「今使っている長剣を見せてみろ。」
俺は片手で長剣を引き抜いて武器屋の主人に渡した。
長剣を受取ったとたんに主人の顔が驚きに変わる。
「この剣を使ってたのか…。確かに良く研いであるが、これは確かに相手に打撃を与えるものだな。普通の長剣の倍近く重さがあるが、片手で扱えるとは大した奴だ。
…どれ、作るのはこれか…。
お前達、これを作っても使えるのか?」
チラリとフラウが備え付けの紙にメモした形をみて主人が聞いて来た。
「問題ありません。長さが2割増し程度で、重さは現状よりも軽くなります。」
「確かにそうだが、先がそれ程鋭くないぞ。」
どれどれと俺もその絵を見てみる。なるほど、切っ先は60度位だ。通常の剣が両刃で先端部分が尖っているから、これもある意味色物だな。
「1つ金貨1枚なら、良い鋼材が使えるだろう。長く使える長剣が出来るはずだ。いいだろう。請け負う事にする。だが、10日は掛かるぞ。」
「前金は幾ら払えば良いでしょうか?」
「お前達のギルドカードを見せてくれれば良い。後は娘に任せる。」
そう言うと、フラウの描いたメモを持って奥に下がって行った。
俺は長剣を背中に戻すと、後を再度フラウに任せる。
武器を見るのも意外と飽きないものだ。結構どうやって使うの?と思いたくなるような武器もあるからね。
その後、途中で見付けた食堂に入ると、ちょっと早い昼食を取る。
食後に出されたお茶を飲みながら、周囲の連中の話を聞いていると、やはり話題は東の小競り合いに集中している。
そして、その小競り合いがどうやらかなりの戦争である事がおぼろげに推察出来た頃、俺達は食堂を後にして紹介された宿に向う事にした。
何か、振り出しに戻るような感じで庶民街に戻ると、肉屋の看板が目印の小さな通りを東に進む。そしてベッドの看板を見つけた。
「今日は!」と言いながら中に入る。そこは小さなカウンターがあるばかりだ。
「は~い。」と言う返事と共に出て来たのは、とっても体形がふくよかなおばさんだった。
「ギルドで紹介して貰ったんですが…、しばらく泊めて貰えませんか?」
「誰だろうね。こんな宿を紹介するのは?」
「ショートカットで、おばさんに良く似た娘さんです。」
「あぁ、メリルね。私の姪なのよ。メリルの紹介では断われないわ。ここは小さいから食事は隣の食堂を利用してね。食事抜きで1泊25Lになるけど良いかしら?」
お願いします。と言って、10日分を支払った。少し相場が高い気もするけど、王都ならではの値なのだろう。
おばさんの案内で2階の部屋に行く。
どうやら、5部屋程度の小さな宿らしい。
「ここを使ってね。風呂は部屋には無いけど、1日交替で入れるわ。」
「ありがとうございます。」
そう言って俺達はおばさんに頭を下げる。
この宿を拠点にしばらくは王都の依頼をこなして行こう。