M-044 大森林地帯を流れる川辺にて
一月も過ぎると、レミネアさん達のレベルが黒1つに上がった。
それを記念して、大森林地帯の中を流れる川にまで足を伸ばす事になった。
依頼は、その川に生息する魚を軽く焼いた状態で15匹。報酬は50Lと安いものだが、単に見物だけでは詰らないと言う事だから、その辺は我慢するしかない。
村のある荒地から、東南方向に進んで森の中に入ると、蜘蛛の巣や垂れ下がる蔦、そして降って来るヤマヒルをものともせずにひたすら進む。
途中にあった小さな広場のような荒地で一泊すると2日目の夕方近くに森を抜けた。
そこは広い川原になっていた。大きな岩がゴロゴロしている。
川は水深は浅く30cm程で、なるほど30cm程の魚が群れている。
近くの森から薪を取って来ると、【カチート】の結界の中で焚火を作って夕食を取る。
「問題はどうやって魚を取るか、という事だな。」
「これが使えるかも知れないにゃ!」
そう言って、キャルルさんが取り出した矢には、ちょっと代わった鏃が付いていた。
丁度、魚を取るヤスのように先端が3本の針のように尖って、返しまで付いている。
「これで魚を撃つにゃ。刺されば逃げられないにゃ。」
そう言って、矢に糸を結んでいる。
当たっても、外れても矢を無くす事は無さそうだ。その上、当たれば糸を手繰って手元に魚を取り込む事が出来る。
面白そうだから、明日は見学する事にしよう。
そんな事を考えて、俺達は横になった。
夜にはヒルや、管虫がぞろぞろ這い出てくるけど、【カチート】のおかげで安眠出来る。そして、それらは朝日と共にどこかに姿を消してしまった。
たぶん森の中に入ったのだろうけど、昼間には余り見かけないから、巣穴にでも潜っているのだろうか?
焚火でスープを作ると、そのスープに硬いパンを入れたのが俺達の朝食になる。
朝食を終えると、仕事始めの1杯のお茶を楽しみ、いよいよ魚取りが始まった。
キャルルさんが川に顔を出している岩場をピョンピョンと飛んで行くと川面に慎重に狙いを定めて、矢を放った。
そして、糸を手繰って矢を回収すると、鏃に魚が付いている。
魚を外すと、レミネアさんに手渡し、次の魚に狙いを付けているようだ。
俺とフラウは川の上流と下流に分かれて、周囲の警戒をする。
上流から、キャルルさんの狩りをしばらく見ていると、3割程度の確率で魚を手に入れているのが判った。結構弓は上手いようだ。
俺ではとても…、なんて考えながらパイプを楽しむ。
俺達と1月近く臨時のパーティを組んでいるから、俺達の能力についても少し判ってきたらしい。俺達が通常のハンターより広範囲に獣を探知出来るという事は、彼女達にとってはありがたいことだろう。
俺達が様子を見ている限り、彼女達は安心して狩りに専念できる。
それでも、20匹の魚を得るのに昼を過ぎてしまった。
最初は調子良く魚を取っていたのだが、だんだんとキャルルさんの近くに魚が寄り付かなくなったらしい。
段々と矢を射る距離が伸びていったのが俺にも判った。
それでも、あんな道具で魚を20匹獲れるのだから、黒1つの実力とはかなり
のものだ。
魚の腸を抜いて、串に刺し焚火で軽く炙る。
合計15匹が依頼内容だから、5匹は俺達の夕食になる。
依頼分を袋に入れて、残りの5匹をじっくりと焼き上げていた時…。
「南東より中型の獣接近。距離900。16匹の集団です。極めて速度が速い…。推定時速60km。」
俺達は武器を持って立ち上がると南東を見る。
ヘッドディスプレイには急速に近付く獣が映っている。種別不明はまだ見た事が無い奴だな。
とりあえず、俺達の直ぐ東には浅いけれど川がある。こちらに敵意を示さねば、無闇と獣を狩る必要は無い。
ヘッドディスプレイの動きを良く見ると、どうやら狩りをしているようだ。1つの光点を取り巻くように他の光点が動いている。
そして、その狩りも直ぐに終るだろう。追われる獣の前にはこの川が流れているからだ。
南東の森の一角から、バサバサと茂みを掻き分けて大きなイネガルが飛び出してきた。
そいつは一瞬イネガルだと思ったが良く見るとかなり違っている。
体形は確かにイネガルだが、口から伸びた牙と額の1本角の長さは通常のイネガルより遥かに長い。そして剛毛に覆われた体から6本の短い足が伸びている。
「何だ、あれは?」
「どうやら、イネガルの亜種のようです。…狩りますか?」
「いや、止めておこう。それより、あのイネガルを狩っていた奴等がもうすぐ出てくるぞ。」
俺の言葉が終らない内に、イネガルを狩る者達が森から飛び出すようにして姿を現した。
「レミネアさん。急いで【カチート】を張ってくれ!」
俺はそう言うとフラウの手を握って後方に跳んだ。
レミネアさんが【カチート】を素早く詠唱して焚火の周囲に障壁を張る。
その障壁の上に川原の砂を一掴み手に取って俺達は跳び乗った。
そして砂を障壁の上部に撒き散らす。
すると【カチート】で作られた見えない障壁の天井部分が砂の粒で明らかになった。これで、足を踏み外す事はない。
「ラプターにゃ!…この辺にはいないはずにゃ。」
俺にはラプトルと言ってくれたほうが判り易い。
身長は俺達と同じで2mに満たないが、2足歩行で集団で狩りをする恐竜だ。
ラプトルの武器は足の後ろに付いた鎌のような蹴爪だ。奴等のにもしっかりと見て取れる。
俺達に気付いてはいるようだが、その前に狩りの決着を付けたいらしい。
ジリジリと3方向からイネガルの包囲を狭めている。
そして、一匹がイネガルに向かって行きその体を跳び越えた。
シュ!っと血煙が上がるのが見えた。やはり、蹴爪での攻撃か…。
それを合図に群れがイネガルに殺到する。
ウオン!と言う短い叫びを上げてイネガルは川原に横倒しになる。
ラプトル達が群がって食事を始めた。10分近くで300kgは越えるイネガルが骨に変わる。
そして、ラプトルの1匹がこちらを睨む。
来るのか?
「【カチート】の障壁は丈夫と聞いているが、奴等の攻撃は防げるのか?」
「イネガル亜種やワンタイではびくともしないと聞いています。ラプターは相手を切り裂いての攻撃ですから、問題なく耐えられます。それよりユングさん達は何故【カチート】の中に入らなかったんですか?」
「全員入ってしまっては、攻撃出来ない。もし向かってきたなら、俺達がこの上から攻撃する。【カチート】が丈夫なら問題ない筈だ。ゆっくり見学しててくれ。」
そう中の2人に言って安心させる。俺もしばらくはここから高みの見物だ。
俺達をジッと見ていたラプトルに周囲のラプトルが気付いたのか、こちらを見るラプトルの数が増えてきた。
そして、ピョンピョンと軽快な足取りでこちらに近付いてきた。
障壁の中ではレミネアさんが魔道師の杖を持ち、キャルルさんは弓に矢をつがえている。
1匹のラプトルが、レミネアさん達の頭を飛び越えるように跳躍する…。
ドン!っという鈍い音がしてラプトルは弾き飛ばされた。俺達には振動さえ伝わらない。
ラプトル程度では十分【カチート】で防護出来るという事だな。
そして、ラプトルは自分達を見下ろしている俺達の存在に気が付いたようだ。
ジッと俺達を見ていたが、1匹が大きく跳躍して俺達に向かって来た。
ドン!っという音がして、やはり障壁に弾かれる。
「ラプターの跳躍高さは推定6m程度です。この障壁の上ならば彼等に襲われる心配はありません。」
フラウが、素早く弾かれた高さからラプトルの能力を推定した。
だが、俺にはもう1つ気懸かりがある。
「レミネアさん。とりあえず心配はないようだから落着いてお茶でも飲んでてくれ。それと1つ教えて欲しい。【カチート】の持続時間はどれ位なんだ?」
「判りました。確かにそうみたいですね。それと【カチート】の持続時間は半日と半日の半分と聞いています。」
俺を見上げながら教えてくれた。
それが問題だな。12時間+6時間…18時間後に問題が発生する。
2回の攻撃で奴等が帰らないという事は、それまでにこのような状況下において狩りを成功させた事があるのだろう。
となれば、その襲撃は【カチート】の効力が切れた、その時を狙う事になる。
奴等を見ると、数匹がカチートの障壁近くで片足を障壁に乗せている。
その足で障壁が消えた事が判った瞬間に、一気に襲い掛かる心算らしい。
何かの本で、ラプトルの知能が極めて高いという仮説を読んだ記憶がある。その仮説はどうやら本当らしいな。集団での狩りが彼等の知能を高めたのだろう。
「フラウ、ここから奴等を狙撃出来るか?」
「距離は遠い個体でも30m以内です。極めて容易な狙撃になります。」
「なら、フラウは遠くの奴から狙ってくれ。俺は近い奴から撃って行く。もし、逃げるようなら、そいつを他よりも優先するんだ。」
俺の言葉に頷くと、フラウはベレッタを抜いて障壁の縁まで歩いて行った。
キュー!… キェー!!
ラプトルの1匹が大きくかん高い声を森の方に向かって叫んだ。
「マスター、更にラプターの群れがこちらに向かってきます。方向は先程と同様。距離800。個体数12と14の2つの群れです。」
こいつ等、仲間を呼びやがった。都合41匹に膨れたぞ。
「レミネアさん。こいつ等仲間を呼んでいる。次の群れがやってくるぞ。俺達は上から奴等を狩る事にしたが、レミネアさん達は中でゆっくりしていてくれ。」
俺もフラウの左へと移動するとベレッタを引抜く。
「作戦変更。標的は任意。俺は左から倒していく。」
「了解です。右から任意に倒します。」
夕闇が近付いているが俺達には関係ない。
レールガンの弾速をLに設定する。これでも弾速は秒速1kmを越える。軍用ライフルよりも威力は上だ。
ヘッドディスプレイを下げてターゲットスコープを表示させると、そのT字のセンターにラプトルの頭を捉え発射する。
ビュン!っというかん高い音と共に狙ったラプトルの額に穴が開き、後頭部が血煙を伴って爆ぜる。
そして、次の狙いを付け…発射する。
パシャパシャと軽い音を伴って増援の群れがやって来たが、俺達の作業は変わらない。
次々とターゲットスコープに捉えたラプトルを血祭りに上げていく。
ものの30分も掛からずにラプトルの群れを全滅させたようだが、俺達の【カチート】の回りは百鬼夜行の世界になってしまった。
日暮と共に、森から虫や原生動物みたいな奴が這い出して来た。
血の匂いでも嗅ぎ付けたのだろうか。ズルズルと引き摺るような音や、ガサガサと何かが這いずる音が俺達を取り巻いた。
生命反応が低く体温すら持たないような奴等だから、焚火の僅かな明かりを使って暗視モードで回りを見ているんだが、おぞましい姿をしたものばかりだ。
そんな死肉漁りが集まればそれを狙う者達もやって来る。
それは、大きなヤモリだったり、ムカデだったりの姿をしている。まぁ。こちらの方が見ていてそれ程醜悪ではないが、見えない障壁をペタペタと張り付いてヤモリが上って来た時には、投槍でそいつを下に突き落としてやった。
そして、死肉漁りを喰らう者達が慌てて逃げ出し始めた。
何時の間にか、森が直ぐ傍までやってきている。動き回る木々達が、餌を求めてやってきたのだ。
シュルシュルと俺達に向かって伸びる触手のような蔦を次々と長剣で斬り取って行く。
フラウがベルトのポーチから爆裂球を取り出すと、歩く木の根元に紐を引いて放り投げる。
ドォン!っと炸裂して障壁の近くで小さな火が出来ると、木々がそれを避けるように森へと移動していく。その移動先から蔦を伸ばすと、死肉漁りを狙う虫や爬虫類を蔦で絡め獲っていた。
そんな光景ではあるが、俺達には余裕が出来た。
俺はパイプを楽しみ、フラウは小さな砥石を取り出して長剣を研いでいる。