M-042 森に潜むもの
次の日の昼過ぎに、大森林地帯の荒地にポツンと建つ村に俺達は辿り着いた。
村と言っても、数軒の丸太作りの家があるだけだ。
ギルドと雑貨屋それに2軒の宿屋と酒場が1つ。民家は1軒もない。
まぁ、こんな所で畑を作ろう何て酔狂な人はいないだろう。大森林で採れるまたは狩れる代物を取引するハンターを相手にする村と言うところだろう。
早速、ギルドに出かけて到着の報告をする。
「へぇ~。娘さん4人とは珍しいね。赤8つだったら、あまり南に行ってはいけないよ。なるべく、この村から30M(4.5km)以内で出来る依頼にすることだね。」
「有難うございます。近場で楽しみますよ。」
そう言って、依頼掲示板を見に出かけた。
なるほど…。さっぱり依頼の品が分からないぞ。名前を記憶槽の図鑑と対象しながら見ていく事にする。
「これなんか、どうでしょう?」
フラウが見つけた依頼はトルケ草の採取だ。1本5Lとは高額だな。そして、依頼の数は10個以上とある。10個以上でも全て1本5Lとは中々だぞ。
レミネアさん達も薬草採取のようだ。
「私達はこれにします。」
そう言って見せてくれた依頼書はラフラ茸の採取とある。
図鑑で調べると、ジグモという蜘蛛の巣の中に生えているらしい。これは重さで買取るらしい。半G(グル:1G=2kg)で200Lと書いてある。
早速、カウンターに持って行くと、確認印を貰って探す場所を教えて貰う。
「そうだな…。どちらも東に20M(3km)程の所にある丘の斜面にありそうだな。その先の森は少し危険だから余り近付くなよ。ワンタイを見かけた奴がおる。」
ワンタイ…。急いで図鑑を検索するとサーベルタイガーモドキだ。
中々この大森林地帯は楽しめそうだぞ。
明日から仕事をする事にして、宿を確保する事にした。とりあえずこの村の相場が知りたい。1日幾ら以上稼げば良いかの目安になるからね。
2軒の宿の安い方は1泊朝食込みで30Lだった。もっとも俺たち4人が一緒の部屋で、その部屋も寝台が2段になっている奴が2つ置いてある、6畳程の小さな部屋だ。
「やはり、相場は高いですね。夕食が7Lと言っていましたから、1日で40L以上稼ぐ必要があります。持ち合わせは十分ですが明日の採取の成果によっては野宿をして過ごす事も考えなくてはなりませんね。」
意外としっかりした考えを持っているようだ。俺達はカナトール王からの依頼金をそのまま持っているから特に問題は無いが、レミネアさん達もそれなりの金額は持っているようだ。
「俺達はレミネアさん達に合わせるよ。だが、風呂が無いのが残念だね。」
俺の言葉を聞いて、レミネアさんがハッとして何か思い付いたようだ。
「そう言えば、魔法が全くダメだったんですね。これから毎晩全員に【クリーネ】の魔法を掛けます。体と衣服が清浄になりますからそれで我慢してください。」
【クリーネ】が俺達に有効化どうかは分からないけど、少なくとも衣服は綺麗になりそうだな。
その日は、夕食を食べて直ぐにベッドで横になる。
明日は、早くから村を出て薬草採取に勤しまねばなるまい。
・
◇
・
次の日の朝早く…と言っても、ここは誰もが早起きだ。
俺達は日の出と共に起きたのだが、朝食を食べに1階の食堂に下りた時には殆どのハンターが宿を出ていた。
「ここは誰もが早いんだ。夜にならない内に依頼を終えるためにな。」
俺達に朝食を運んでくれた宿のオヤジが教えてくれた。
俺達も急いで朝食を取り、今夜も泊まる事を伝えて前金を払っておく。でないと村の中で野宿になりかねない。
ハンターの数は常に増減していると宿のオヤジが昨日話してくれた。
早速、村を出ると東へと向かう。20M程先の丘が俺達の目的地だ。
30分も歩くと、なだらかな起伏の影に村が消えていった。
「目印も無くて、村に戻れるんでしょうか?」
「それは、大丈夫だ。俺達は方向感覚が優れている。迷う事は無いはずだ。それに最悪の場合でもカチートなら夜を過ごせるんだから、そんなに心配は無いと思うよ。」
「それに、これがあるにゃ。これで方向が分かるにゃ。」
そう言ってキャルルさんが取り出したのは、紐のついた棒だった。
「この棒は何時も北と南を指すにゃ。…大丈夫、確かに東に向かって真直ぐにゃ。」
磁石だ。…余りに単純で一瞬驚いてしまったが、確かにそれ位の科学力はあるのかも知れない。
使い方がかなりアバウトだが、目印の無い場所だから十分役に立つのだろう。
俺達の内蔵されたコンパスでたまに補正してやるか。
そんな時、先頭を歩いていたフラウが立止まった。
「何かいます。…ジグモかも知れません。」
そう言って、足元の小石を少し離れた地面の窪みに投げつけると…小石がスポッと地面に消える。
フラウが頷くと、投槍をその地面に投付けた。
50cm程突き刺さると、槍の柄がブルブルと震えている。
その震えが止まると、フラウは柄を掴んでグイっと持ち上げた。投槍の先端にドッジボール程の大きさの蜘蛛が刺さっている。
「どうやら、ジグモのようです。」
そう言って槍を振るうと蜘蛛をやり先から取り除いた。
俺達はジグモの巣穴を覗き込む。
巧妙に蜘蛛の糸の上に砂が張り付いてまるで蓋のように巣穴を隠している。
この巣穴に隠れて、近づいてくる小動物を捕らえるのだろう。
そして…。
「ありました。間違いなくラフラ茸です。」
そう言って、レミネアさんが嬉しそうに茸を採取した。バッグから小さな籠を取り出すとその中に茸を入れてキャルルさんがそれを片方の肩に担いでいる。
意外と便利そうだな。俺達もあんな具合に使える小さな籠が欲しい所だ。
巣穴から茸を全て取り去るとまた歩き出す。
また、フラウが立止まった。
「マスター。分かりますか?」
フラウに言われて、生体探知、動体探知、サーマルモードとヘッドディスプレイの画像を切り替えていく。
生体反応は僅かなものだ。動体探知にはまるで反応が無い。そして、サーマルモードでは…、丸く周囲より温度が上がっている箇所がある。
なるほど…。蜘蛛の糸が断熱材として作用するから上に張り付いた砂の温度が周囲より高くなるんだ。そして、虫特有の小さな生体反応。この2つが合致すればそこにジグモがいる訳だな。
「どうやら、ジグモの巣穴は俺達で簡単に見つけられるらしい。」
そう言って手に持った、投槍を前方に投げる。
先程と同じように50cm程投槍が突き刺さり柄がブルブルと震えている。近寄って槍を持ち上げると、先程と同じように大きな蜘蛛が刺さっていた。
ポイって蜘蛛を投げ捨てると、レミネアさんを手招きする。
急いで、レミネアさんがキャルルさんを連れてくると、巣穴の茸を籠に入れていく、それが終ると俺達は東に向って、また歩き出した。
2時間程掛けて、どうやら目的の丘に着いたようだ。
たいして高くも無い丘だが、2km程先にこんもりと茂る大きな森を見渡す事が出来た。
危険など無いようにも見えるけど、ギルドの人間は近寄るなと言っていたから、レミネアさん達のレベルでは対処出来ないと考えたのだろう。
黒レベルで入る事が許される森にはどんな獣がいるのかワクワクするけど、俺達はパーティを組んでいるからな。彼女達のレベルの上がるのを待ってからでも良いだろう。
近くの潅木から薪を取って焚火を作ると、少し早い昼食を取る事にした。
ポットのお茶を配り終えると、宿で購入した黒パンサンドを食べ始める。
「だいぶ、茸が取れましたから、昼食後はトルケ草採取のお手伝いをします。」
「そうしてくれると有難い。俺達にはジグモの棲家は分かるけどトルケ草は全くの素人だ。」
食後のお茶を飲みながらレミネアさんの申し出を有難く受ける。
とは言うものの、先ずはラフラ茸が最初だろう。薪を集めながらそれらしい巣穴が沢山ある事が分かったからね。
焚火を消すと、早速ジグモの巣穴を暴いていく。数箇所の巣穴から彼女達が持っている籠に入りきれない程の茸を取ってから、今度はトルケ草の採取を皆で始める事になった。
トルケ草は、何と言ったらよいか…、うん。ブロッコリに良く似てる。
その球根が目的の物だが、こんなのこの丘にあるんだろうか?
「見つけたにゃ!」
キャルルさんが早速見付けると、スコップナイフで丁寧に球根を引き抜いて茎をスパッて切り取った。
茶色のブロッコリーだな。保護色みたいで見つけ難いようだ。
ヘッドディスプレイを動体検知モードに切り替えてガトル程度の大きさ以上に警報をセットすると、真剣になってブロッコリーを探し始める。
数分後に1個見つけた。
ちょっと地面にしゃがみこんで横から見つけるのがコツのようだ。
次々とブロッコリーを見つけ出して袋に球根を詰めていく。
十数個を集めたところで、皆を呼び寄せた。時間は丁度3時頃だ。小さな焚火を作るとポットでお茶を沸かす。
お茶のポットを皆が廻して自分のカップに入れたところで、レミネアさんが
はい!って俺にトルケ草の球根を渡してくれた。
「私はこれだけにゃ。」
そう言って、キャルルさんも俺達に球根をくれた。
「良いのか?1個5Lだぞ。」
「良いんです。私達だけではジグモの巣穴を見つけるだけでも大変です。これだけあれば銀貨で報酬が得られます。こんな感じで報酬が得られるなら、高い宿の方にも宿泊出来ますよ。」
頂いた球根を俺が集めた球根と一緒にフラウに渡す。薬草採取に使う布袋がパンパンに膨らんでいる。
「37個あります。感謝します。」
フラウがそう言ってレミネアさんに頭を下げる。
球根を入れた袋をフラウがバッグに仕舞いこむのを見て、俺達は村へ帰ることにした。浅い穴を掘って焚火を投げ込みその上に土を被せる。
「森から何かが出てきました。あそこです。」
そう言って俺達に森の一角を指差して教えてくれた。
それは、たぶん蛇なんだと思う。
ズルズルと長い胴体を森から表し始めたが、その体は血塗れだ。
何かから逃れようとしているのだろうか…。俺達との距離は数百m程あるがその姿が分かるという事は、アナコンダよりも大きな大蛇なんだろう。
そして、良く見ると森から何かが伸びてきた。
蛇の胴にそれが届くと、のたうつ大蛇をズルズルと森の中に引き込んでいく。
森の一角に大蛇が姿を消し、その周辺の森の木々がゆさゆさと梢を揺らしている。
その揺れが止まると、もう気配は何も無い。
あの大蛇を狩るのは俺達だって一筋縄では行かないだろう。それをやすやすとこなす生命反応に乏しいものは何だったのだろう。
俺達は顔を見合わせて考えたが思い浮かぶものは無い。
日が暮れれば、そんな得たいの知れないものが、森から来ると思うとぞっとする。
俺達はフラウを先頭にして、村へと逃げるようにこの場を後にした。